第九十一話・『不屈の肉体』
タイトルを変更しました!
色々あって『轟嵐の塔』攻略後の後日。
俺は簡易テントの中で、座禅を組んで精神統一している最中であった。
体内にある新たな精神体の排出に全力を注いでいるのだ。ぶっちゃけてしまえばウィンクレイの人格が生まれそうなので、早々に追い出す準備をしているのである。あんなもん体の中においておけるかっつーの。
「…………ふぅぅぅぅぅぅぅ」
吸った息を深く吐きながら、自分の中に産まれてくる何かを感じる。
それを異物と判断し、全力で弾き出す。しかしこのままでは弾き出したところで何時か霧散するだけなので、器を作る。
両手を突き出し、掌から黒い液体を生み出していく。ルキナの創りだす汚染物質だ。
粘度の様に黒い液体は蠢きながら、スライムの様に地面の上で這っている。嫌々とその中に手を突っ込み、ウィンクレイの人格を排出。すると自然と黒い液体は勝手に形作っていき、前日見たばかりのウィンクレイの姿へと変貌した。
綺麗に項を隠している緑のセミショート。控えめな乳房に引き締まった体のスレンダースタイル。
個人的には綺麗と言えば綺麗だが、色々吐き出してしまった後なので性欲と言う者は感じられなかった。
「――――はっ!!」
「……おい」
わざとらしくウィンクレイは目を限界まで見開く。
記憶や人格は丸ごとコピーしているはずなので事情は大体理解しているはずだ。それでわざと驚いたように見せているのはこいつはアホな性格が原因だろうか。
「おー、やっと起こしてくれたか。リース。……いや、結城と呼べばいいか?」
「好きに呼べよ」
「じゃあリースでいいや。私の事はウィンでいいぞ」
「……で、ウィンクレイ。目覚めた感想はどうだ? 不自由はないか?」
「ああ、それはだな」
ウィンクレイは笑顔のままテントから出て行く。
裸のままで。
馬鹿か。ああ、馬鹿だった。
「素晴らしい開放感! うぉおおおおおおおおおお自由が我が身にハレルゥゥゥゥヤァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! ヒャッホォォォォォォォォウ!!!! 勃起しそうだぜぃイエェェェアアアアアアアアア!!!!」
「…………こいつ、もう一回殺すべきかな」
完全にキャラがぶっ壊れていた。たぶん『守護者』としての精神汚染や身体的束縛等々から解放された反動だろうが……なんでだろうか。こいつを解放して凄く後悔するのは。女なのに勃起しそうとか何言ってんだ。馬鹿か。ああ、馬鹿だった。二度も同じことを言わせるとはウィンクレイ恐ろしや。
適当な衣服を掴んで、テントを出ながらウィンクレイに投げつける。
鋼でもしないとこいつ真面目に裸で集落の中を駆けまわりそうだから本当に怖い。そうしたら死ぬまで他人の不利する覚悟がある。
「おお、ありがとう。ちっと肌寒いって思ってたとこなんだ」
「……お前、生前そんな性格だったのか?」
「いや? 単純に色々解放されたからなぁ。抑圧されたモンが一気に爆発したからぶっちゃけ私自身もわけわかんねぇわ!」
「自信満々気に言う事じゃないよねそれぇ!?」
とてもじゃないが昨日まで死闘を繰り広げた奴との会話とは思えない。
騒ぎを聞きつけたのか、適当に散歩していたジルヴェが駆け寄ってくる。いいタイミングだった。
「おいリース! 何ださっきの変態的な絶叫は――――」
そこでようやく復活したウィンクレイの存在に気付いたか、目を丸くする。
同時にさっき絶叫していた者が誰なのか理解してその顔に絶望の色が広がった。
「グッモーニンマイシスター!! 調子いかが~? お姉ちゃんがハグしてあげようか?」
「…………えっと、誰、ですか?」
「おいおいおいおい自分の姉の顔を忘れるとは酷い奴だなぁ!? 詫びにホラ! かも~ん」
ウィンクレイは光悦気味な笑顔を浮かべながら両手を広げて受けの体勢に入っていた。
はた目からも気持ち悪いのに言葉をかけられている本人がどんな気持ちか察することは……したくないね。察したくないわ。
「ええと、姉さん、なんだよな?」
「そうですそうです。姉さんです! 色々変わったと思うけど本能みたいなもんだから気にしないでほらほらバッチ来ーい。お姉ちゃんマジで超テンション高いから今日は聖母の如き包容力を――――?」
予想に反して、ジルヴェはガバッとウィンクレイに抱き付いた。
その両目には涙を浮かべており、抱き付く力も恐らく全力だろう。普通なら背骨が折れて「死ねぇ!」状態になるのだろうが、流石元『守護者』。ウィンクレイは余裕の顔であった。
「……ごめん、何も、できなくて。本当に、私――――」
「だーかーらー、非が無いのに謝るなって、前の私に言われただろ? ほら泣かないでスマイルスマイル。笑って笑ってハッピーになろうぜ~?」
「もう、姉さん……変わっても、変わってないね」
「そりゃありがとう。妹からそう言われてお姉ちゃんマジ感激」
片方の口調が色々あれだっったが、ともかく感動の再会を見届ける。
この光景が見れただけで色々苦労した甲斐があったという物だ。
さて、これで下積みはやった。
後は壁をぶち壊すだけだが――――。
「ところでリース、お前は獣王に今から仕掛けに行くんだろ?」
「……気づいていたのか?」
「そりゃ多少の記憶共有はしたからな。で、勝算は」
「知らん。相手の情報が少ないからな。けど、やるしかないだろ。もう」
ぶっちゃけまだ二日しか経過していない以上、三日も時間が残っている。
いや、三日しかない。時間が限られている以上少しでも予定を切り詰めるしかないのだ。
戦争が起こっても事態を即座に改善するためには。
情報はある。あとは行動に移すために、駒を用意するだけだ。
「無茶はするなよ? 死んだら後がめんどい」
「わかってる。皆には内密にな」
これは俺の戦いで俺の立てた作戦だ。
他人を巻き込むわけにはいかない。
今回ばかりは真面目におふざけは無しだ。全力で潰しに行く。
想意気込み――――俺は最後になるかもしれない決闘を挑みに、歩を進めた。
――――――
思えばこの生涯、私は平和という物を理解しようとしなかった。
生まれた時は既に世は戦乱に包まれていた。どこもかしこも血と屍が散らばり、異種族と出会えば無言で殺し合いをする。そんな時代であった。
戦う理由はわからない。
戦いを始めたきっかけも不明。
そんな理由も何もない戦いを、私は何百年も続けた。血塗られた歴史の中を奔走し、敵を殺し続け、長く生きた果てに平穏なる世界を迎えた。だが私はそれを認めなかった。戦いしか知らぬ身に平和などわかるわけがない。
全てを憎み、全てを殺し、全てを妬む。
そんな生き方をせねば、存在意義を見出せなかったのが数百年前の獣人だ。今や他の者と協力し、集落を作り、互いを支え合いながら生きていくなどと言う生き方は昔の私に説いたところで理解しなかっただろうことは容易に想像できる。
私にとって闘争とは生きるための物。しかし皆は私の様に強くはなく、また自分の退けられる外敵は必ずしも他人に退けられるものでは無かった。故に私は集落の民の身を案じ、外敵を寄せ付けず暮らさせることしかできなかった。和平など望まず、一種族だけが淡々と暮らせるそんな世界しか作れなかった。
戦いにしか身を投じて個なった者が、全てを率いて新たな澄香を用意するなどできようがない。だが獣人たちにとって力ある者は羨望であった。希望であった。ならば私が道を作るしかなかった。
だがもうそれも限界だ。排斥し続けてきた脅威は今、我々を駆除しようとしてきている。私が出陣した所で、誰も望まぬ結果しか出せないだろう。
何をすればよい。
何をすれば望む結果を得られる。
それを考えてくれる者はいない。強者こそ至高。強い者が全てやってくれるのだから私たちは考える必要は無い。きっと、集落の民たちはそう思っているだろう。
甘すぎた。厳しいように見えて、私は彼らに飴しか与えていなかったのだ。
ならばどうするべきか。
私に迫る力を持つ二人は、それぞれが自分の策を取った。それが有効かはわからない。だがそれでも彼らはきっと戦いが終わっても獣人達に飴を与え続けるだろう。
それでは駄目なのだ。今があっても未来は無い。いずれ獣人達は滅ぶ。
故に私は考えた。
私に長は務まらない。
ならば別の者にこの座を渡そうと。
それにふさわしい者は、民を想い、民を案じ、民を支え、民を護る。王の器を持つ者こそが正しい。
民を率いるだけでなく、厳しく接し歩き方を教え、個々に未来を創り方を教えられる物ではないと、破滅の道しかないだろう。
だから私は戦おう。
目の前に居る少年と。
王の器を持ちし、異郷から来訪せし強者。
リースフェルト・アンデルセンと。
――――――
大集落の付近にある広大な砂漠の上。
周囲への被害を考えて指定した場所にある多くの影。多数の獣人が見ているのは砂上に立つ二人。俺と、『獣王』レオニードの姿。
俺は指定時間通りに来たレオニードを睨みつけ、あちらもまたこちらを睨みつける。
互いに無言だった。何も言わず、互いに臨戦態勢に入っていた。
言わなくとも全てを理解したのだろう。拳以外では語り合えないと。こうすることが最善なのだと。
少なくとも俺はそうすべきだと思った。幸い、あちらも同様の事を思ってくれたようだった。
「……覚悟は」
「ずっと前にできているさ」
それだけを言い残し、俺は左腕にイリュジオンを変形させたガントレットを装備させ、右腕は小規模にとどめた『月蝕の右腕』を発動する。結果俺の両腕は黒く染まった凶悪な外見と化す。少なくとも人間の腕とは思えない物だろう。
何故剣を使わないという疑問があるだろう。簡単な話だ。どうせ見切られる。彼我の実力差があり過ぎるのだ。変に小細工を使っても正面から突破されておしまいだ。ならばこちらも正々堂々全力で立ち向かうしかあるまい。
息をのむ音があちこちから聞こえてくる。この腕の危険性を直感的に感じ取ったのだろうか。
レオニードもまた側近から自分の武器を手に取る。
その武器は籠手だった。
肌でその圧力を感じ取り、鑑定スキルを発動する。
【アイテム:カテゴリ『武具・ガントレット』】
銘『獅子王の籠手』
作成者 無し
固有能力 永劫不滅:その武具、壊れることなく。永劫輝き続ける。
付与能力 身体能力向上Ⅳ
これは、厄介な武器だ。壊すことができないとは、面倒だ。
確かに強力だが、特殊な能力がほとんどない以上この戦闘は肉弾戦になることは間違いない。
「――――……《不可視の障壁》《生命保険》《魔力の神髄》《鋼の心》《直感強化》《第六感超過》《魔法増幅》《知覚範囲増幅》《全能力時間限定増幅》《最高状態維持》《超感覚》《制限解除》《限界突破》《常時高速再生》《身体能力総合向上》《悪魔の加護》《魔剣の寵愛》」
流石に素の能力のまま勝てるなど微塵も思っていない。
故に今効果的な全ての補助魔法を行使。そしてスキルも発動。『魔力放出・Ⅱ』『卓越した生存術』『戦術眼』『並列演算戦術』『先読み』等々のスキルを全開。
過去最大級の全力を発揮する準備が整った。
試しに今自分のステータスをざっと見てみる。
【ステータス】
名前 志乃七結城――――真名・七死悠姫 HP2160000/2160000 MP5610000/5610000
レベル 288
クラス 多重適正保持者・最適者/愚王
筋力716.82 敏捷710.13 技量824.07 生命力476.11 知力783.86 精神力615.28 魔力730.64 運0.50 素質75.00
未だレベル300程だというのに既に総合数値平均700台に迫るステータスと化している。個人的に見ても傍から見てもアホみたいな増加だ。運だけは相変わらず糞だが。
しかしこれでもまだ足りないというのだからレオニードという奴の化物ぶりがよくわかる。
何せ――――
【ステータス】
名前 レオニード・レックス・クロスフォード HP98210000/98210000 MP0/0
レベル 1799
クラス 獣人
筋力1620.83 敏捷1401.22 技量1020.79 生命力1741.92 知力712.54 精神力629.64 魔力0.00 運3.80 素質49.00
状態 老化65.91
経験値 0/0
装備 『獅子王の籠手』 獣人の戦闘装束
習得済魔法 なし
スキル 狂獣の闘術999.99 料理71.29 カリスマ30.00 直観99.99 第六感99.99 王者の覇気??.?? 獣を束ねるもの??.??
この通りだよ、化け物めが。
七百年生きた化け物と生まれて二十年も経過していないやつを比べるのがおこがましいというものだが。
つか料理がすごく目立ってるんですけど。フェーアの話はマジだったのかよ。
そう考えているとフェーア本人が俺とレオニードの間に現れる。
悲しい顔をしていた。
「……本当に、戦わねばならないのですか?」
「それ以外の道があるなら、そっちを選んでいたんだろうけどな。文句ならお前のオヤジに言え」
「力ある者が弱き者たちを率いる。それは世の条理であろう」
「だとさ」
本当に戦うのは避けたかった。こちらとしても自分の命を必要以上に危険に晒したくないのだ。
しかし戦うしかないのならば、そうするしかないだろう。
もう時間が無い。
「……わかりました。では、見届けましょう、お二方の戦いの結末を」
フェーアは説得は無理だとわかり、身を引く。
その気持ちはありがたいのだが――――間が非常に悪かった。そうとしか言いようがあるまい。
静かに息を吐いて、互いに十分な距離を取った後、構える。
準備が整うと、フェーアが右手を上げて宣誓した。
「これよりリースフェルト・アンデルセンとレオニード・レックス・クロスフォードの決闘を行う。制限時間は無し。互いに敗北条件は『参った』と宣言するか、気絶した方の負けとする。異論は」
「「ない」」
「では――――開始」
上げられた手が、振り下ろされた。
――――――
体が苦しいと悲鳴を上げる。
鎖に繋がれ、任された役目はとても辛い物だった。意識が無い状態に等しいセリアでも、その痛みは計り知れない物だとわかる。手足どころか全身が動かず、地中に流れる地脈から膨大な魔力を絞り出すという行為自体が異質なのだ。
簡単に言えば川に流れる水を一人で大量に汲み上げている、と思えばいい。当然それは不可能だ。だがセリアの肉体と言う巨大なポンプにより強引にそれを可能とした。
代償として計り知れない痛みと苦しみ、そして感情の消失というあまりにも大きすぎる者を支払う。
それはセリアが望んでやったことではない。
ネームレスという、一体の竜種が強制的にセリアをこんな形にまで陥れたのだ。
全て竜の繁栄のため、などと言い。
流に取って神竜とは称え崇める存在。それをこんな扱いをしたと知られればネームレスは確実に全ての竜種から命を狙われることになる。しかしそんな蛮行は未だ誰にも知られておらず、感づいている者こそいるが確証を持ったものがまだいない。
それをいいことにネームレスは好き勝手に動いていた。
まるで寄生虫の様に。
「……ぅ、ぁあ」
魔術式が隅々まで刻まれた個室でセリアは孤独に声を出す。
助けなど来るはずない。しかし苦しくて苦しすぎて、助けを呼んでしまうのだ。
「助、け…………て、ぇ」
セリアの体が倒れる。立つことすらままならない状態で、セリアは必死に体を動かそうとする。
しかし無理だった。あまりにも膨大すぎる魔力を身に通しているせいで感覚が消えてしまっているのだ。唯一動かせるのは喉程度だ。
「誰、か…………助け、てぇ…………ふぁ、あ、る…………苦し、ぃ、よ」
自分の親友の名を細々と呟く。
すでに死んでいるとわかっていても、それ以外に頼れるものなどいなかった。
見ず知らずの自分を好意だけで助けてくれた相棒。もういなくなってしまった存在。
助けてくれと、どう懇願するしか今のセリアにはできなかった。
「痛い、よぅ…………も、う…………嫌、だ…………」
言葉が途切れ途切れになっていく。
微かに残っていた意識が、もう閉じかけている。
助けは来なかった。
だがセリアは、意識が消える瞬間微かといえど、何かを感じた。
瞼の裏に、黒髪の少年の背中が映っていた。
それを見て少しだけ安心し、セリアは何度目になるかわからない眠りについてしまった。
――――――
拳を振りかぶり、殴りつける。
右腕から放たれた人外級の一撃はレオニードに軽く受け止められ、カウンターとして隕石が迫るようなボディーブローが放たれる。受ければ致命傷は確実。最悪死ぬこともあり得ると直感で判断し、『歪曲転移』による空間転移で回避。
一瞬にして背後を取った俺は、レオニードの首に向かって蹴りを入れる。単純な蹴りとはいえ受ければ普通は首が飛ぶ威力だ。そしてそれは苦も無く直撃する。
――――だが無傷。
強靭な筋肉の壁がレオニードの首を包んでいた。その壁は銃弾さえ軽く弾くであろう。そう考えられるほど頑強な肉体であった。
すぐさま引こうとした瞬間――――足を握られる。
「しまっ――――!?」
即座に転移で逃げようとしたが、その前にレオニードは俺を投げた。転移する暇なぞ在る訳もなく、音速で地表を低空飛行しながら、回転しながら砂に突っ込む。言葉にするとかなり優しく聞こえるが、強烈なGによって頭部に血が集まり内出血を起こして血をまき散らしながら超音速で砂に激突だ。洒落ではない。
意識を一度ブラックアウトしてしまったが、一秒の間もなく復活。反射的に危険を感じ取ってその場から飛び上がる。
直後俺の居た場所が爆発する。原因はレオニードの拳圧だった。拳で飛ばした風圧だけであの威力。ふざけるなと叫びたくなる。
直ぐに空間転移で身動きの取れない空中から退避。間一髪で風圧から逃れ、レオニードの懐へと潜り込むことに成功した。そこから予備動作無しでのラッシュを慣行。一撃一撃が城壁をぶっ壊せる攻撃を秒間二十発の速度で繰り出す。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!
「ぬぅぅぅぅん!!」
隙など見せまいと『超過思考加速』を発動。さらに加速して秒間五十発もの連打攻撃。一撃の効果は薄かったがそれでも効果はあるのか、その胸筋が少しずつ凹んでいく。
このまま押す――――そう考えた瞬間、全身を風に叩き付けられて吹っ飛ばされる。
空中を数回転する俺の脚を何かが掴み、理解する間もなく砂に全身を叩き付けられる。
そしてようやく理解する。
(あの野郎、威圧で物理的な衝撃波を生み出しやがった――――!?!?)
気合を入れただけで周囲に衝撃波を放った。
漫画みたいな話だが、やってのけたのだこの化け物は。予備動作も無い全方位攻撃を。
つくづくふざけてやがる。
「ぐっっそ、がぁぁああぁぁぁぁぁあああァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
血反吐を吐きながら、拳で砂を吹き飛ばして砂中から這い出る。
――――そして目の前に現れたレオニードを見て、言葉を失う。
「フンッ!!!!」
強烈なボディーブローが腹に突き刺さる。
鎖骨が全て砕け、内臓は弾け、背骨は軋み、肺は風船のように弾ける。
脳が焼けるような痛みだった。
「ご、ぁ――――は」
「砕技・爆掌撃」
――――世界から色が消えた。
そう錯覚してしまうほどの痛み。腹部が内部から弾け跳ぶ痛み。既に感じられる痛みの許容量を突破し、認識できたのは臓物が宙にまき散らしながら吹き飛ぶ自分の様。
「――――――――――――――――――――――――――」
言葉さえ発せられない。
肺が吹っ飛んでいるのだから当然だ。
「……この程度だったか」
微かに聞こえたレオニードの言葉。
その言葉が全てを物語っていた。――――俺は、この程度だった。
幾ら『現身の力』と言えど、ここまでのダメージは短時間で修復はできない。ルキナの力を併用しても、レオニードに止めを食らわされる前に修復完了するのは不可能だ。
レオニードが静かに近づいてくる。
後は俺の頭を殴りつければそれですべてが終わる。
――――これでいいのか?
いいわけが無い。やらねばならないことがまだ残っているのだ。
――――俺は死ぬのか?
死にたくない。こんな所で死にたくない。
――――どうやって抗う?
知るか。
俺は、死に物狂いで抗うだけだ。相手が何であろうが、死んでたまるか。
俺が死んでいい時は――――全部を終わらせてからだ。
それまで死なない。死にたくない。
だからこんな痛み、耐えてやる。だから動けよ、俺の身体。
動け。動け動け動け――――
「う゛ぅゥゥごけぇぇぇ゛ぇぇええエエエエエエ゛エ゛エエエエよォォォォオオオオオオ゛オ゛オ゛オオオオオオ゛オオオ!!!!!!!」
既に限界を超えた身体を気合だけで動かす。
そのゾンビめいた光景を見て流石にレオニードも驚愕を隠せないのか、こちらに振り下ろそうとした拳が止まる。その隙を見逃さず――――左拳が繰り出す全力の一撃で右頬を穿つ。
空気が弾けるような音がして、レオニードの頭が吹っ飛んだ。しかし間髪入れず右拳での一撃を左頬にぶち込む。俺から見て右に吹っ飛んだレオニードの頭部が逆方向に吹っ飛び、脳を軽くシェイクする。
「な、んだ、と!?」
「ぐ、ぼぁっ、が…………アアアアアアアアアアアッ!!」
気を失いそうになる自分に鞭打つように全力のストレートをレオニードの顔面に叩き込む。
抵抗できずにそれに直撃したレオニードは初めて吹っ飛び様を見せてくれた。だが俺とは違って華麗に一回転して着地する。カッコいいな畜生め。
「……成程、一筋縄ではいかぬようだ」
「ようやく気付いたかよ……ぐ、はぁ…………っ」
強がりを見せたは良い物を、内臓が吹っ飛んでいるせいではっきり言って立つことすらギリギリだ。
肺だけはどうにか修復出来たが、他の内臓が再生しきっていない。
かなり気が引けるが、あの手を使うしかあるまい。
「――――ごぶっ、ァ、ぐァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
破裂して内部が露わになっていた腹部から黒い液体があふれる。
溢れ出た液体は徐々に変形していくと、何かの生物の様な頭部へと変わった。白い歯がむき出しの気色の悪い生物は、俺の腹部から飛び出していたのだ。
自分でも気持ち悪いと思う。当然周りの全員も一歩引いていた。これだからやりたくなかったのだ。
その生物は口を開き――――吸い込みを開始する。
砂と空気を大量に吸い始めたのだ。そう、砂と空気だ。
三十秒ほど吸い込み、砂漠に軽いクレーターを作った謎の生物は満足したように腹の中に引っ込んでいく。あとに残った黒く染まった腹部も煙を上げながら正常な色へと戻ってゆき――――そこには普段通りの腹部の姿が存在していた。
ルキナと『土の現身』『風の現身』の再生力を最大限に利用した再生方法である。
強烈な嫌悪感と痛みを伴い、自然破壊してしまうのが難点だが、効果は抜群。見事内臓を復元させてしまった。
「…………前々から思っていたが、小僧。本当に人間か?」
「……俺にもわからん」
はっきり言ってもう自分でも人間じゃないと思ってしまうこの体。
だが精神は間違いなく人間だ。それだけは譲らないし譲りたくない。だから俺は、人間だ。
……たぶんね。
「さて、まだまだ終わらない。終わらせない。俺は死なないし負けない」
「大層な口を利くやつだ」
「いくらでも言え。これだけは――――俺の意地だ」
そう、仲間のために。俺を信じてくれる奴らのために。
こんな所でくたばるわけにはいかない。
試合は立て直された。
そして勝機は見えた。
後は俺の意地と技術が結果をもたらすだけだ。
目を見開き――――俺は確固たる決意を胸にもう一度駆け出した。
「この勝負――――絶対に、勝つッ!!」
「フン――――ならば来い、己の意地とやらを、貫き通してみろォッ!!!」
拳が交差する。
主人公いよいよゾンビ染みてきましたね。もう胴体切断されても死なないんじゃないかなこれ。個人的にはいくらボコられても傷つかないとかそういう感じで行きたかったのに、なぜかボコボコにされてもすぐに復活するアンデッド系になっているんだ。
因みにこの異様な再生力は『ルキナの再生補助』+『イリュジオンの再生補助』+『炎の現身の再生力』+『土の現身の再生力』+『風の現身の再生力』の賜物。たぶん首だけになっても復活できるんじゃないかな。
…………これを人間と言っていいものやら。
ていうかいつの間にか百万文字突破しているのを見て「マジかよ」と呟いた。平均文字一万で百部以上も書けばそりゃそうだわな。




