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第九十話・『過去の真偽』

 ルージュやリザに傷を診てもらった結果、やはり再生すらできない傷だと判断された。

 回復魔法に疎く、『現身の力』に治療を頼りっぱなしの彼女らだが、流石に素人目でも細胞組織がズタズタになり再生が厳しいと察したのだろう。それにどうせ再生しようがイリュジオンに侵食されて今までとあまり変わらないだろう。

 それでも左腕の喪失という想定外のダメージだが……問題は無い。というかもう慣れた。

 それに解決法はある。イリュジオン自体を左腕に変化させればいいのだ。アレは吸収した代物の形や性質を真似ることができる。俺の腕とて例外ではない。

 試しに変化させてくっつけてみたところ、傷口を取り込むようにしてくっ付いた。感覚は違和感だらけだが、動かせる。あとは慣れだ。前途多難だが、何とかなるだろう。

 あれこれ試して五分が経過すると、すっきりしたような顔でジルヴェがウィンクレイを叩くのをやめたのが見える。どうやら溜まっていた鬱憤をこれでもかというほど吐き出したらしい。モンスターとはいえ自分の姉をストレスの捌け口に使うとは末恐ろしい奴だ。


「話とやらはこれで終了か?」


 そんな皮肉を込めてジルヴェに問いかけるが、どうやら冗談が通じていないのか真顔であった。

 別に真面目に聞いたわけでは無いのだが。


「いや、殴るのは終わったけど話はまだだ。色々説明してもらうよ、姉さん」

「…………あ、はい」


 五分間抵抗もできずに叩かれまくったせいでウィンクレイはすっかり消沈していた。

 例えるならあれだろうか。年下の妹が妙に怖くてびくびくしている情けない姉の姿と言えばいいだろうか。何とも悲惨な関係だ。


「まず……どうして『守護者ガーディアン』になったんだ?」

「いや、それは、その」


 強力な『守護者ガーディアン』といえど、なってしまえば後戻りができないモンスター。他人にさせられたのならともかく自分から成る理由などない。ひっそりと社会に溶け込むにも正体がバレれば即座に討伐隊が駆け込むだろうし、普通のモンスターとして君臨するにも強者どもが常々挑みに来るという面倒くさい環境に慣れればならない。

 後者は生粋の戦闘狂ならば大歓迎の環境なのだが。

 しかしウィンクレイは厳密には戦闘狂では無い。戦うのは好きだが、無差別に殺しをする奴でもないからだ。そうでもなければ獣王たちが『塔』の存在を許容するはずがない。

 別に殺すためになったわけでもなく、誰かになれと強要されたわけでもない。


「……姉さんが追放された時、餓死寸前状態だったのは知っている。私の勝手な推測だけど、生き延びて復讐を――――」

「それはちがう。全くの見当違いだ」


 ジルヴェの言葉を遮り、苦笑するウィンクレイは「仕方ない」とでも言いたげな顔で渋々口を開き始めた。


「確かに生きたいという意思はある。だが復讐なんざお門違いにもほどがある。竜種や獣人たちをぶち殺したのは私だ。こちらに非があって、罰せられた。それを逆恨みするつもりなんてありゃしないよ」

「じゃあどうして……」

「そりゃお前……言いづらいな。…………ただ、見守りたかったんだよ」

「何を」

「お前をだ」


 その言葉を聞いて、ジルヴェが豆鉄砲に撃たれたハトの様な顔になった

 ジルヴェは辺りを見回し、全員が自分を見ていることを見て、最後に自分を指さす。

 困ったように頷くウィンクレイ。


「まぁ、害をなすつもりなんて毛頭なかった。私が居なくなって、お前がどうなるかが心配で。だから生きるための選択を取った。それがモンスターになるという選択だっただけさ」

「何故、私なんかのために」

「……私に『心』を与えてくれた馬鹿妹を護りたいと思うのはそんなに不思議な事か?」

「じゃああの砂嵐は――――」

「腹が減ってぶっ倒れたら適当に保護した後、口に肉でも突っ込んで戦争が起きても安全な港付近に運ぶ予定だった。わざわざ作った分身も非殺傷設定だったんだが……まぁ、気づいてはもらえなかったようだ」

「嘘だろう………」

「信じるかどうかはお前の勝手だ。今の私が何を言おうが、信憑性に欠けるのはわかっているからな」


 自嘲するように、ウィンクレイは呟く。

 今浮かべている表情には後悔の色が強く出ていた。理由など言わずもがなだろう。


「ほんと、こんな事ならさっさとくたばって置きゃよかったなって思ってるよ。何が悲しくて義妹と殺し合いせにゃならんかったのか。運命とやらは実に悲劇が好きらしい」

「姉さん、私は――――」

「謝罪なんてするんじゃねぇぞ、みっともない。お前は私の妹なんだ――――非が無いのに謝るなんざ愚行だ。馬鹿のすることだ。お前はこのウィンクレイ・ライムパールの自慢の家族なんだぞ。私の前で、そんな阿保面晒すんじゃない」


 言いたいことは全て言った。そんな満足げな顔で、ウィンクレイは俺を見つめる。


「一ついいことを教えてやるよリースフェルト。『守護者ガーディアン』ってのは討伐すると、その魂の残滓が『刻印』に宿って討伐者に憑依する。だがそれは死んだ本人じゃない。『守護者ガーディアン』化っていうのは元々の人格を酷く歪ませるもんでな、だが宿る人格は変化前に限りなく近いものだ。要するにお前に宿るであろう私は私であって私じゃない。つまり――――」

「関係ない」

「……え?」

「偽物か本物かを決めるのは本人だ。そいつは俺に言う事じゃねぇよ、馬鹿め」

「…………は、はははっ。こりゃ愉快な奴と出会っちまったな。まぁ、生まれる私とも仲良くやってくれ」


 そう言って、ウィンクレイは瞼を閉じる。

 俺もそれに応えて、左腕に変化していない残った方のイリュジオンを腰から抜いて、逆手に持つ。

 彼女ももう、未練はないのだろう。

 いや、未練はある。

 だからこそ死を望む。

 何とも人間らしい奴だよ、羨ましい。


「ま、待ってくれリース! まだ戻せる方法があるかもしれな――――」

「やめろ。モンスターっていうのは肉体を魔力で構成した疑似生命体。普通の生命体がモンスターになることはあっても、モンスターが普通の生命体にはなりえない。不可逆の存在だ。死と同じく、な」

「姉さん、でもっ……私は」

「ったく、安心しろ。まだ死ぬわけじゃない。今の私が死ぬだけだ。もうちょいまともな私が、後で生まれてくるだろうから、そっちとやれ――――なんて言うのは簡単だが…………やりきれないな、ったく」


 最後の力を振り絞る様にして、ウィンクレイは片腕を風で作る。

 その腕は透けており、元々持っていた腕とは段違いに劣化していたが――――人の温かみを感じる。

 血塗られた殺戮者の手では無く、一人の姉としての手なのだろう。

 そして風の手で、優しくジルヴェの頭をなでる。


「色々迷惑かけたな。だが迷惑かけんのはこれで最後だ」

「…………姉さんは、悲しくないのか?」

「悲しいさ。だが自分で選んだ道だ。恨むなら自分自身だ、関係の無い他人を恨むなんてしない。……ま、そういうわけだ、リースフェルト。――――地獄でまた会おうぜ?」

「はっ――――気長に待ってろよシスコンが」

「お前が言うな」


 右目を開く。黒く染まった視界で、生を受けた者だけが白に染まった世界。

 心臓があるべき場所に、一際白く輝く球状の物体がある。

 それこそが核。『守護者ガーディアン』の体を維持している術式の塊。

 イリュジオンを握り、一撃でそれを貫き砕く。

 手ごたえは無い。元々消えかかっていた体なのだから当然だ。


「…………ちゃんと後片付けはしろよ。神風ボーイ」

「……期待はするなよ」


 最後の頼みを俺に託し――――ウィンクレイという存在が紫の煙となって消える。

 同時に俺の右手の甲に刻印が現れる。

 討伐の証、守護者ガーディアン殺しの証明印、《神法刻印デウス・エングレイブ》。

 最初の『炎の現身』の時は、二つの剣が交差している刻印だった。

 二つ目の『土の現身』の時は、二つの盾が二つの剣を囲むようにして現れた。

 三つめの『風の現身』は――――天使の翼がそれらを包むような絵が刻まれる。

 これにて、『轟嵐の塔』攻略は終了した。



――――――



 名もなき竜――――今はネームレスと呼ばれている竜は頭を悩ませている。

 竜の王国『アリア』に即席で作った会議場代わりの簡易テント。そこには四人の竜の部族の長が集まっていた。それぞれが竜の部族をまとめ上げている者達。当然その統率力は並でなく、利用しようとすればかなり頭を使わねばならない傑物たちだ。

 そしてネームレスはそのもの等に殆ど魔女狩りに近い形でつるし上げられている。勿論たとえだが、此度の独断専行。『アリア』地下最深部に存在していた『生体複製上位術式バイオ・デュプリケイト・スペリオルスペル』を稼働させていた竜種生産機の存在。現『アリア』の女王であるセリアレジスタールへの不信感。先王アリアスフィールの死去の謎。

 それら諸々、現在管理者代表代理としてネームレスは駆り出され、説明を求められていたのである。

 まず口を開いたのは『蒼い双翼』の部、ベリエス・Fフォーラム・アーゲリベト。空の支配者である翼竜ワイバーンを従える空の王者の一人。


「それで、王宮の損害に関しては大体理解した。捕えた少女が噂の『守護者ガーディアン』であったのならば話に説明がつく。しかし捕えた『守護者ガーディアン』に後れを取り、あまつさえ拘束具を外すという失態を犯し、この国に混乱を招いた――――違うか?」

「…………申した通りだ」


 ネームレスは歯噛みする。長々と練っていた計画の汚点。『守護者ガーディアン』が想定外の脅威だったこと。いやそもそも『守護者ガーディアン』が王宮に忍び込んだこと自体が想定外なのだが、それを利用しようとして裏目に出てしまったのだから何も言えない。自業自得と言える。

 その結果、こんなことになってしまっている。

 そう思うと実に後悔を重ねる。さっさと殺しておけばよかったと。


「貴殿にはその責任を取ってもらうぞ名もなき竜よ。いや、今はネームレスだったか。咎人風情が大層な名を語る」

「何だと!」

「立場をわきまえろ咎人。獣人どもと決着を付けるため、無期限凍結処分中のお前を解放してやったのはどこの誰だと存じる」

「ぐっ…………」


 言われた通り、ここに居る四人の決定のおかげでネームレスは眠りから覚めることができた。

 故に大きな顔をして威張ることもできない。何せ彼らに反抗的な態度を取れば一瞬で制圧されまた永い眠りにつくことになるのだから。


「それは重々承知している。しかし儂も忙しい身、本題を成るべき早く進ませてくれると助かる」

「了解した。では――――王宮地下最深部にあったアレはなんだ」


 そう、『生体複製上位術式バイオ・デュプリケイト・スペリオルスペル』の存在。あれだけはどう言い逃れしようが無駄だ。既にネームレスが主導していたことは全員に知れ渡ってしまっているし、どんな言い訳もくだらない妄言にしかなりえないこの状況。

 真実を離すしか道が無い以上、ネームレスも覚悟を決めざるを得なかった。


「……アレは竜種復興のために作らせたものだ。他意は無い」

「他意は無い、か。確かに、それは嘘ではないのだろうよ。だが竜種を『量産』するだと? 馬鹿げている」

「どこがだ。我々の同族が増えれば強大な戦力となりえるだろう。それを否定――――」

「ふざけるな!!」


 地面が揺れた。それは一人の竜種が地面を足で踏んだだけの事で起きたことであった。

 砂漠から離れた峡谷で生活をしている『臥竜の民』の部族長。レーム・Aアルキディスアスナーキン。常に注意深く敵を見定め、決して最初から全力で争わず、部族の存続を第一に考えている生存能力に特化した者だ。

 その実力は不明だが、それでもネームレスと肩を並べる程度には強いという事だけは確信できる。


「我等竜種は誇り高き至高の種。それを魔法で『量産』だと!? 貴様には誇りは無いのか!」

「誇りなぞで戦に勝てるのならばこんなことを行っていない! 大体年々竜種の数が減ってきているのは事実。ならばこうでもして増やさねばなるまい!」

「そこまでして何になる! 魔法などという低俗な外法で同族を増やした果てに一体何がある! 貴様一体何をしようとしているのだ!」

「竜種による世界の統一。……それこそが我らの悲願であろう!」


 ネームレスはさも当り前のように言い放つ。

 それを聞いて面食らったように殆ど全員が頭を抑える。ネームレスのバカげた発言に頭を悩まし、こいつを解放したころの俺は何やってたんだと後悔に浸っているのだ。


「違うか! 人間などという下等生物に五大陸の一つを支配され、日々衰退していく我等! 進むためには此度五大陸を我らの手中に収め、竜による楽園を築き上げることこそが必要なのだ! 何故わからぬ!? 限りある資源を管理もせず無駄に使い生涯を終える他種族など排除して――――」

「黙りなさい」

「ッ!?」


 今まで一言も口を開かなかった『夜の紫炎』の部族長、ギルティナ・Mメイガース・ヴァインズメイルスがその一言でネームレスを黙らせる。

 黒に近い紫の鱗を纏い、夜の世界を手中にしている少数部族の長。実力だけでいえば純粋種でも五指に入る猛者だ。


「先程から黙って聞いていれば底なしにつけあがる……。貴様は、竜を何だと心得ている。世を見定め、調律し、他の者の未来を築き上げる管理者! それが竜なのです! 我を忘れて暴れるだけの雑種やはぐれと我々を同列に扱うつもりならば、今ここで貴様を八つ裂きにするのも容易いのですよ!」


 ネームレスもそれは理解している。

 理解しているが故に耐えられないのだ。今の現状が。

 竜が他種族に下されている今が。


「確かにそうだ! だがその管理者とやらも実に能無しらしい。自分たちの数が減れば管理者も何もないだろう! 外敵に討たれる可能性もある以上、我々への害が無い世界を目指すべきだ! 我々が世界を支配するべきだ! 日々竜の数が少なくなっているのはどうしてだ!? 人間などの他種族が我々の死骸を売りさばくために乱獲されているせいだろう!? 屈辱を覚えないのか! 怒りを燃やさないのか! 儂からしてみれば貴様らの方が可笑しいのだ! 何故涼しい顔をしていられる! 同族が劣等種にその骸を好き勝手にされて激怒しないのかッ!?」


 確かにその言い分は一部の竜種にとっては正しいだろう。いくらはぐれた種とはいえ、自分たちより圧倒的に劣る筈の種族に狩られ、骸を好き勝手に弄られ、その肉体を金にされる。そんな屈辱を何度も味わえば

ネームレスのような考えを持つ者が現れてもおかしくはない。

 だからこそその言い分を軽々しく糾弾することはできない。共感できるからこそ。

 しかし。


「――――だがそれが他種族の存亡を決める理由にはなりえんぞ、ネームレス」

「……なんだと?」


 ネームレスの意見を押さえつけたのは誰でもない。

 竜の王国『アリア』を拠点にその勢力を広げている古参勢力。かつての大戦を幾多も潜り抜けた英雄が頂点に立つ部族『蒼炎の賢者』。その長である青き竜。

 ファルス・イルベルズ・エンシュヴァーツ・ヴィゼルロットンディス・ヴァーミリオン。

 神竜ナーガや魔界に住む竜を除けば、竜種最高の戦士と称えられる傑物である。


「おやおや……まさかヴァーミリオンとあろう者が竜種の繁栄を望まないわけではあるまい」

「確かに繁栄は良き物。訪れるのであれば潔く歓迎しよう。――――だがそれが血塗られた屍の上で成り立っているのであれば断固拒否する」


 ファルスは威嚇するようにネームレスを睨みつけ、牙をうっすらと見せつける。

 下手な真似をすると殺す。そんなメッセージを遠まわしに伝えたのだ。


「貴様のそれは単なる我欲に過ぎん。竜種の中では確かにそう言った意見を持つ者もいるだろう。だが一部だ。総意ではない。それに、此度の独断専行は許されざる愚行であり、また勝手に獣人の集落へと兵を派遣したその浅はかな行動。その行動が結果として兵を大きく失わせ、獣人達をむやみに警戒させてしまうことになった。そして勝手な判断で外道と言っていい、同族の量産という悪趣味な外法の研究及び使用。その問題について言及すれば、自分の語ることこそ竜種の『意思』とでも言いたげに、偉そうな口を開く。……あまつさえ現女王を危険に晒したその失態。――――指揮権を委ねただけで阿呆のように付け上がり、失態を重ねた末に口から出たのは謝罪では無く怒りの言葉と来た。…………ふざけるなよ名無しの小僧が。偉そうな文句を言いたいのならばその汚名の一つを返上してからしろ。それができないのならば此度の落ち度に関して再検討し、場合によっては再永久凍結処分を実行するぞ。恥知らずの愚か者が」


 淡々と、当然のようにファルスはネームレスを言葉で潰していく。

 全てが正論。反論すら許さないその口ぶりと気迫。

 あまりの言圧でネームレスは開きかけた口を鉛でも流し込まれたかのように重く感じてしまう。

 ネームレスは悔し気に奥歯を噛みしめながら、『奥の手』である一つの巻物を取り出す。

 全員がそれを不審な目で見る中、ネームレスは少しだけ微笑しながら巻物を開いた。

 羊皮紙に記されていたのは――――『全部族の無条件協力の約束』という物だった。

 そのあまりの傲慢な物言いに全員が絶句してしまう。


「女王直筆の誓約書だ。これがある限り、お前たちは部族の指揮権を私に無条件で委ねることになる」

「……ふざけているな」

「それは女王への侮辱と受け取ってよいのか? 今の私の立場は女王直属の副官となっているが故――――」

「…………いいだろう。元々協力はするつもりであった。『臥竜の民』からは120の兵を出す」

「フン。『蒼い双翼』からは60だけだ。制空権の確保だけならばこの程度で問題あるまいよ」

「『夜の紫炎』は10しか出せません。元々少数部族故に戦闘兵が少ないので。ご理解いただければ嬉しい」

「――――――」


 イラつく様な顔を浮かべながら、ファルスは嘆息する。

 時間も選択肢も、もうほとんど残されていない。予定とは少々違うが、多少強引に行くべきか。

 そんな考えを巡らせながら口を開いた。


「『蒼炎の賢者』からは300だ。全員ではないが、大多数が魔法を得意としているが故に、戦力としては400以上だろう。文句は無いな」

「勿論。竜の兵士を500近い数率いることができるのならば殲滅戦も容易でしょう。それではこれで会議は終了させていただきます。詳しい報告は後日――――」

「その前に一つ聞きたい」


 殺気の籠った声でファルスは問いかける。――――本当に殺す一歩手前と言った様子であった。


「セリア様はどうなされている」

「……当然、元気でございます。しかし今は多忙な身、懸命にご自身の仕事を熟されているでしょう」

「そうか。引き留めて済まなかったな」

「いえいえ。それではまた」


 そう言ってネームレスは会議の場である簡易テントから素早く立ち去ってしまう。

 残された四人は互いに目線で会話し――――深い溜息を吐いた。


「ネームレスめ。厄介な事態を起こしおって……」

「しかし仕方あるまい。名目上、あの阿呆は女王の側近。下手に逆らえばこちらが危うい」

「権力を持った野心家という物はこれ程殺したいものなのですね。いい経験になりましたよ、本当に」

「…………屑めが」


 各々の感想を言い終えて、四人は改めて本当の『会談』を開始する。

 周囲に不審な影や使い魔の姿が無いことを確認し、ファルスが真っ先に口を開いた。


「まず話すのは他でもない。先王のアリアスフィール様の死因についてだ」

「もう調べがついたのですね。流石」

「茶化すなギルティナ。――――結論から言う。死因は『呪術』による衰弱死であった」

「何だと!?」


 レームが声を上げる。その目は血走っており、それは話をしている本人であるファルス以外の者が全員該当している。

 ――――表には先王の死因は首を断たれたことによる失血死だと伝えられている。

 竜というのは実に生命力あふれる種族であり、はっきりって首を断たれたところで三十分は生存可能である。故に確実に殺すのならば頭部を潰すか魔力の生産核である心臓を潰すしかない。故に死因が『失血死』というのはあり得ないのだ。無詠唱で最上級の回復魔法を行使できる者がそんなことで死ぬわけがない。


「しかもかなり強力。確実に地脈の力を使った呪術だ。アリア様でも星の力を借りた呪術は打ち消し切れなかったのだろうな」

「呪術……だとすれば、犯人はやはり獣人では無く――――」

「ネームレスか」

「魔力が無い獣人が呪術を使える道理などない。……まさか同族が己の王を殺すとは」


 ファルス以外の三人がそう断定する。

 しかし唯一の例外であるファルスは無言で首を振った。


「地脈から膨大な魔力を引き出すには触媒かそれに値する介在者が必要だ。前者は生半可な物では即座に崩壊するし、後者は竜でもない限り一日持たずに死に至るだろう。それも引き出す魔力量が神竜ナーガでも打ち消し切れない術を年単位で行使することのできる魔力量となると――――」

「竜でも不可能ではないか!」

「それが問題なのだ。竜を介在者に使ったわけでもなく、また触媒も最高級の宝石を使った純製オリハルコンの聖杯でも年単位の維持は不可能。――――仮説だが、かなり強大な者の協力を受けたのだろう」

「…………誰ですか、それは」

「あり得るとすれば、神代を生き延びし真の英傑。旧世界の残滓にして神の法則を体現せし者」

「人類の守護者――――エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオンか…………!?」

「そんなわけあるまい。あやつは制約により国王の許可なくば自国の領土から出られぬ身」

「しかし奴以外の者などそうそういまい? ならば他のEXランカーが犯人ということになるが……うぅむ」

「……考えていても仕方のないことだ。だが油断するな。恐らく我らの想像以上の敵が背後に待ち構えている。戦争を回避できても、そいつが襲撃してこないとも限らん。気を引き締めていけ」

「了解しました」

「善処する」

「当然だ」


 全員の賛同の返事をもとに、会議は終了する。

 逆賊が、動き始める。



――――――



 夜の空を仰ぐ。

 風で砂が舞い散る砂漠が広がっている光景。涼しい風を受けながら、上部を平たく切断された岩の上でそんなことをする。

 左手は真っ黒。もはや誤魔化せる様な物でもなく、諦めている。

 今の様はまるで中二病を発症した餓鬼のようだ。黒い両腕、左目が黒く右目が金色のオッドアイ。

 綾斗が今の俺の姿を見たらきっと爆笑するだろう。


「――――ここに居たのか」


 背後にジルヴェが立っていた。そのセリフからして、俺を探していたのだろうか。


「……すごい体だな」

「褒めてんのか?」

「まさか」


 体の四割を侵食されたこの体たらく。

 寿命は一ヶ月を切ったうえに、最近は五感が鈍り始めている。最悪な状態だ。しかも無事な左目の視力が下がってきている。異物を何個も取り込んでいる悪影響だろう。

 数えるだけで三つほどだ。そりゃ視力の一つも下がる。


「すまなかったな」

「何がだよ」

「姉を殺して」

「…………必然の結果だよ。早かれ遅かれ、モンスターという立場上誰かに殺されている。それが知り合いで、死を弄ぶような輩じゃない以上恨むなんざお門違いの感情だ」

「俺なら、どんな姿になろうとも家族は家族だ。殺した奴は地の果てまで追って八つ裂きにしている」

「過激な奴だな」


 呆れた様な声音だ。まぁ、多少やり過ぎたような気もしなくもないが、きっとそうするだろう。

 ジルヴェは俺の隣に着て腰掛けると、空を見上げる。


「……何だ。空を見たいんならここじゃなくてもいいだろう」

「お前と話がしたい。それだけだ」

「話か。お好きにどうぞ。……言って置くが、ウィンクレイの人格が目覚めるのは夜明けほどだ。今話そうとしても意味はないぞ」

「わかってるよ。だから『お前』と話がしたいって言ったろ?」


 適当に『封物の書』から取り出した水筒の栓を開き、喉に流し込む。

 久しぶりの給水に喉が喜ぶように水を吸収し始める。肉体の調子を気にし無いとはいえ、何とも無茶を仕出かしている。こんな乾燥地帯で給水を怠るなど自殺行為同然だろうに。


「お前の昔話を聞こうと思ってな」

「俺の? やめとけ、碌な話じゃない」

「いいだろそれぐらい。じゃあ私から先に話してやるよ」


 別に聞きたくはないのだが。気になると言えば気になるのだが。


「私は捨て子――――らしい。まだ物心ついていなかった時、母親が私を獣人の集落近くに捨てたと聞いている。ほら、私混血だから。集落には誰も引き取ってくれる奴が居なかったそうだ。当時は混血を異様に奇異する奴らが多かったからな」

「そりゃ災難だな。……で、引き取ったのがウィンクレイと」

「そう。姉は気が荒い代わりに差別をしなくてな。気にしなかった、というべきか。戦う以外考えちゃいなかったんだろうな」


 あの戦闘馬鹿が種族での差別をする様子が想像できない。

 さぞかし当時は珍しい存在だっただろう。


「よくわからんが、物心ついた時には姉はどういうわけか丸くなってな。よく遊んでくれたよ。本当の実の姉みたいだった。敵を圧倒していく姿も、敵に取っちゃ悪魔だろうが私にとっては絵本の勇者だ。……誇りだった。強くて勇敢な姉が」

「…………今でも、誇りか?」

「……よく、わからない。自分でも」


 ジルヴェは顔を手で覆う。隙間からは小さな涙粒が見える。

 感傷に浸っているのだろうか。

 過去を悔いているのだろうか。

 それは、わからない。


「姉が集落を追放されて、悲惨な扱いを受けてようやくわかったよ。姉がどれだけ優しく、異質な存在だったか。だけど、子供っていうのは残酷だ。大きすぎる衝撃を受け止めきれない。その結果捻くれて、その時の境遇を実の姉の責任だと本気で信じて――――そして今に至るわけだ。馬鹿だろ?」

「ああ、大馬鹿だ」

「ハッ。そこは違うと言ってほしかったんだが……お前はそう言うと思ってたよ」

「そりゃどーも」


 きっぱりと言い切った俺に、ジルヴェは苦笑を見せる。

 それでも悪い気はしなかったようで、その場で大の字に寝転がった。


「後悔しても意味はないぞ」

「なくてもするのが生物という奴だろう? 無駄だろうと、してしまうもんさ」

「確かにな。……それで、そんなことを言いに俺を探したのかよ」

「……お前の話を聞いていないぞ」

「だから、碌な話じゃないって……。まぁ、いいか」


 自分の過去について他人に話すのは、何回目か。

 もう、忘れてしまったが。


「俺は、平民生まれだ。特に困窮したわけでもなく、裕福だったわけでもない。普通の家だ。だが、俺の両親は俺が物心ついたとき、死んだ。で、俺と唯一残った肉親の妹だけが残った。二人で生きるためにどうにか伝手を探して――――両親の知り合いだっていう奴に保護された」

「へぇ、運がいいんだな」

「それが、どうも厳しくてさ。自立のために虐待一歩手前の鍛錬を子供にさせる奴だったよ。結果的には正解だったが、その時には何時か殺してやるなんて思っていたさ。恩人になんて事考えてんだか、とか今は思ってる。お前と同じだな」


 自嘲気味に呟く。

 厳しい修練を乗り越えて、鍛え抜かれた技術を駆使して今の自分が居る以上そんな事は微塵も思えないのだが。そういう意味では今の自分はユスティーナの存在があったからこそ成り立っていると言ってもいい。

 しかし幼少期、何度死にかけたことやら。


「でもそんな生活も長くは続かない。数年してその人は俺たちを置いて、遠くに行ってしまった。当時は恨んだよ。せめて妹ぐらいは世話を見てやれってな。だが仕事の関係上無理があったから、諦めたがな」

「その仕事ってなんだ? そこまでやばいもんだったのか?」

「国防軍――――いや、ストレートに言っちまうと国の治安維持をする団体みたいなもんだ。血と肉をまき散らす仕事上、子供は育てられなかったんだろうよ」

「そりゃ逆恨みだわな」

「何も知らなかった子供の頃の俺に言ってくれ。とにかくそんなこんなで生き長らえて今の俺がここに居る。それだけだよ」

「…………一つだけ聞いていいか?」

「何だ」


 もう話すことは何もないぞ。と言おうとしたが、ジルヴェが早かった。


「両親の顔とか名前とか、まだ覚えているか?」

「はぁ? 顔はとっくに忘れたが、名前程度は――――、名前、程度……は……………?」


 言われて気づく。

 両親の名前。

 何だったか。

 覚えていない? いや知っているだろう。記憶力は人に自慢できるぐらいはある。恨みを持った奴の名前程度忘れるわけがない。それが憎たらしい両親の名前とあれば尚更――――



「…………思い出せない」



 酷く狼狽する。

 何だ、この感覚は。

 まるで、無理やり何かに塗りつぶされているような。

 気持ち悪い。


「そうか。互いに色々あるんだな。やっぱ、不幸なのは自分一人じゃないって、改めて――――どうしたリース。気分が悪いのか?」

「……悪い、少し頭が痛い。一人にさせてくれないか?」

「あ、ああ? じゃあ、先に帰るな」


 そう言って去るジルヴェ。だがその姿は今の俺にとってはどうでもよい物であった。

 俺は何を知っている。何を思いだせない。名前? 誰の?

 思考が意図せず加速していく。

 何だこれは。何がある。そこに何が――――誰の名前。俺の、違う、妹? 違う――――両親の名前? 知らない。そんなもの知らない。いや知っている。思い出せないだけ。何故忘れたどうやって忘れた。

 ――――誰が俺の記憶を塗り替えた・・・・・


「……………………いや、そもそも――――俺は、本当に捨てられたのか?」


 黒い空を見上げながら、汗だらけの顔でそう呟いた。




今更だけど九十話もやって置きながら主人公の明確な過去についての描写がほとんどない件について。番外編で色々突っ込むんだろうけど、本編で明確な描写をしないってかなり不味くないかな・・・・

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