第八十九話・『暴風は止まる』
死んだ目でガチャガチャやってたらいつの間にか一週間で五つもストックが出来たというありさま。しかし展開を速めたので中ボス戦でも一話以内で終わらせるという始末。大丈夫、大ボスはきっと三話ぐらい使うだろうから(白目)。
あ、ストックが溜まり過ぎたので消化のために三連投します。
こめかみを抑えてその場で座り込み、額から垂れる汗の悪感によって正気を取り戻す。
見えた。何が。
ウィンクレイ・ライムパールという者の人生の一部だ。壮絶で痛感なるその生き様。死して狂ってもなお家族を想うその優しさ。……少しばかりだが共感を覚えざるを得なかった。同じく妹を持つものとして、守りたいという気持ちだけはどうしても理解せざるを得なかった。
おかげで、とてつもない疲労感と罪悪感が一気に襲い掛かる。
敵の事をむやみに知らぬ方が後悔も少ないというのは真実だというのは重々理解しているが、どうやらもう性分らしい。まるで選定でもしているかのようだ。
ソフィとエレシアから心配そうな視線を投げかけられるが、小さく「大丈夫だ」と告げる。
どちらにせよ殺さねばならない以上後戻りはできない。相手の事情を知っていようが相手はこちらの事情などお構いなしだ。ならばやってやるしかあるまい。
「幸せ、日常……まさか求めるモノまで似たり寄ったりか。笑えんな、こいつは」
同じものを求めているからこそ気が進まない。
それをどうやって手に入れられるか。それをどうやって守り抜くかは痛いほどわかっている。
相手はそれを手に入れて、失ってしまった者。
俺はそれを手に入れて、守り抜こうとする者。
違いはそれだけ。
親近感がわきすぎて中々の心労の原因だ。勝手にそんなことを想っても仕方ないとは理解しているのだが、割り切れない部分が多いのだ。
「……どうやら勘違いをしていた様だ。ウィンクレイ、お前は…………いや、俺が言う事でもないな、これは」
自虐気味にそう呟く。
気を取り直して、他の皆を待つ間に所持品の確認をしておく。
ポーションの類の状態や、いざという時の転移装置。牽制用の補助道具辺りも余さず調べ終える。
ざっと十五分ほど経過しただろうか。ほとんど同時に他の扉が開き、別々の場所に飛ばされていたであろう仲間たちの姿が見えてくる。
ルージュ、アウローラ、ベルジェ、スカーフェイス、ジルヴェ、リザ。残り全員が確認できたことでひとまず胸をなでおろした。
直後に目をハート型にしたリザの厚いディープキスをぶちかまされる。
「だぁ~~~~りぃ~~~~~~~ん!! むぅ~~~~~!!」
「ちょ待っ――――んん~~~~~~~~~~~~~!?!?」
確かに一夜を共に過ごしはしたが、再会直後に濃紺ディープとは恐れ入った。
たっぷり十秒ほど唇を付けてリザはようやく満足したように「ぷはぁ」と唇を離す。しかし後ろに回した腕は絶対に話す気配がない。がっちりホールドしている。
「会って早々何やってるのよ馬鹿」
「いいじゃないですかルージュさん。私はダーリンと結ばれたんですよ? これぐらい序の口ですよ~」
「……交わったっていうだけならフェーアも含まれるのだけれど」
「え゛」
リザがギリギリと首をこちらに向ける。
その顔は笑ってはいたが明らかに怒りゲージMAXの状態だった。懐かしいな。野獣を前にした小動物の気分になるのは。
「ダァァァリィィィィイイイイイン??? あの糞尼と一夜を、本当に過ごしたんですかぁ? 添い寝じゃなくて?」
「…………お前、俺と会った時気づいていなかったのか」
「冗談に決まっているでしょう? で、どうなんですか?」
「ああ、過ごしたよ。少しきつかったけど、よかったんじゃない、か?」
ちょっと疑問形で返すと、リザの顔はそのまま固まってしまう。
……はっきり言ってあの時の記憶などもう消えているのだがね。忘れたい記憶とかじゃなくて単にショックで思い出せないだけなのだが。
「じゃあ、ここでもう一回しましょう」
「何を?」
「ナニを」
「ふざけんな」
全員が見ている中で交尾開始しろとかマジで冗談ならない。そもそもお前と寝たのも一種の褒美だからぶっちゃけもうヤル気はないのよ――――などといったら確実に憤慨するだろうことは既に目に見えているのでとりあえずリザの肩を軽く叩いてやる。
「大丈夫だ。お前の方がよかったから」
気休めなのかはわからないがとりあえずこれでOKだろう。証拠にみるみるリザの顔が歓喜の物へと変化していく。代わりに周りの視線が少々冷ややかな物へと変わり始めてしまったがまだ良い。まだ良いから。
「とにかくこれで全員そろったな。一人も欠けないでよかったよ」
「あのような雑魚にやられるようでは、竜人の端くれとしては三流だ」
「そうか。その調子でこの先も進めると良いがな」
横目でジルヴェを見る。
いきなり視線を向けられたジルヴェは「?」と首を傾げているが、直ぐに何かを察したのか小さく首を横に振る。
「いいのか? 義理とはいえ姉なんだろ」
「今更だ。それにありゃもう亡霊。……人に害しかなさない以上、成仏させるのが決まりだろ」
「話ぐらいは、してもいいぞ」
「アレが話なんてするかどうか、わからないけどな」
ジルヴェはまだ知らない。未だウィンクレイが彼女を想っていることを。
それを俺の口から言うべきことではないとは知っている。しかし――――言わないべきなのだろうか。
きっと、言っても信じないだろうが。
俺の見た光景も、相手が作り上げた幻覚かもしれないのだから。
「なら、後から文句言うなよ」
「わかってるよ。ったく……心配し過ぎだ」
苦笑するジルヴェは軽く手を振って話を切った。
俺もしつこく言うつもりはなかったので、もう一度水晶玉に手を当てる。
【――――決戦場・最上層へ移動しますか?】
「頼む」
脳裏から発せられた声にそう答えると、全員が光に包まれる。
それがごく一瞬。たった一秒の後に景色は殺風景な石造りの大広間から、開けたコロシアムような場所へ変わる。風化したようなそのコロシアム。空は相変わらず蒼いまま。時間的にはまだ昼なのだから当然か。
それらの光景を眺めながら、やがてコロシアムの中央へと視線を向ける。
立っていたのは、一人の女性。透明な玉座に腰掛けてこちらを嗤うように不気味な笑顔を浮かべているウィンクレイの姿であった。
「ようこそ決戦の場へ。いい眺めだろう?」
「……これは、趣味か?」
コロシアムとはなかなか凝った趣味をしているなと皮肉気味に言うと、ウィンクレイは軽く笑い飛ばした。
「折角の戦いだ。変に落下して死んでもらっても困るからな」
「そうか。じゃあさっさと殺し合い始めようか。……というわけで、行けベルジェ」
「…………済まんが、私はこれ以上の干渉は良しとしない」
「というと思ったよ」
薄々感づいてはいたが、ベルジェはやはり『守護者』と戦う事を拒否した。
ある意味俺に課せられた試練ともいえるこれを、部外者である自分が手を出すのは気が引けるのだろう。
なら何故アウローラを助けた、と言いたくなると思うがアレは単純に試練でもなんでもなくただの『障害物』に過ぎなかったからだろう。違っていてもアウローラが勝てる相手でもないため、そこまでならば協力はしていただろうが。
「では俺も協力は無しだ。個人的に恨みが無いわけでもないが、俺自身これ以上の経験の蓄積は無意味だからな」
「スカー、お前もか……」
「すまんな。しかし俺が協力したのでは、この先の展開は好転しないだろう」
理解しているからこそ反論できない。口ぶりからスカーはおそらく記憶を取り戻している。纏っているオーラも以前とは段違いに濃密な物へと変わっているのがその証拠だ。彼一人でも恐らくウィンクレイ相手に五分にまで持ち込めるほどだ。下手をすればこの中で二番目の実力者かもしれない。
だからこそ俺の成長を願っている。自分が手を出せばこの先に訪れる困難を俺が退けることができないとわかっているから。
「じゃあ俺も。個人的な恨みはあるっちゃあるが、特に根に持っているわけじゃないからな」
「ソフィ…………ああ、まぁ、お前はいいや」
「……ちなみに聞くが、何故」
「連携が取れない。以上」
確かにソフィの魔法は強力だが、どう見ても多対一では無く一対多向きだ。参戦すれがば恐らく俺たちが巻き込まれかねない。それに俺とあいつは致命的なまでに嫌悪し合う仲。油断して背中を撃たれかねない以上下手に巻き込むのも嫌だ。
となると、戦いに参加するのは俺とアウローラ、ルージュ、リザ、ジルヴェ、エレシアだけということだ。正直アウローラとエレシアについては待機してもらいたいが、二人とも確実に拒否するだろうから言い出せない。確認のため二人を見てみるが、覚悟の籠った目でこちらを睨んでいた。ああ、これじゃ説得も無理だな。
念のためステータスを確認しておく。
【ステータス】
名前 アウローラ・デーフェクトゥス HP97500/97500 MP142000/142000
レベル103
クラス 喪失者
筋力122.01 敏捷97.26 技量62.98 生命力66.23 知力56.91 精神力81.67 魔力73.50 運5.00 素質13.00
状態 正常
経験値 2189/3720100
装備 錆びた大剣 古びたドレス
習得済魔法 【読み取ることができません】
スキル 剣術99.99 魔剣適正69.00 未来眼36.81 気配遮断25.13 肉体改造??.?? 情報隠蔽??.?? 固有魔法・不定中軸の虚数時間99.99 【ERROR】
【ステータス】
名前 エレシア(仮登録) HP6700/6700 MP21900/21900
レベル58
クラス 妖術師
筋力22.79 敏捷23.81 技量19.06 生命力17.32 知力51.68 精神力33.76 魔力198.76 運1.00 素質10.00
状態 正常
経験値 188/781000
装備 劣化した絹の古着
習得済魔法【読み取ることができません】
スキル 妖術??.?? 料理12.81 直感9.27 危機本能??.?? 自己暗示??.?? 妖狐の証??.??
……アウローラについては特にいう事は無い。
だがエレシア――――完全な魔力特化型とは頭を悩ませる素質を持っている。
盛大に皮肉を考えながら歯噛みする。
真面目な話、もしウィンクレイが予想以上の攻撃力を持っている場合一発でも受ければおしまいと言っていい。後方支援に置くとしてもエレシアがどんな魔法を使えるのか読み取れない以上正確な戦術を設けるのも厳しい。直感だがこの読み取れないは単純にエレシア自身が自分が何を使えるのかを理解していないがためにこちらもまた認識ができないのだろうと予想される。妖術……単純な魔術ではないのだろうが。
「仕方ない……《不可視の障壁》《生命保険》《魔力の神髄》《鋼の心》《直感強化》《第六感超過》《魔法増幅》《知覚範囲増幅》《全能力時間限定増幅》《自動迎撃》《反射反撃》《貯蔵魔力共有化》《攻撃子機生成》《防御子機生成》《自律人形生成》――――よし、終わり」
十数種類の補助魔法をエレシアに掛ける。これでよほどのことが無い限りは死なないだろう。
MPの二割を持っていかれたが。
後悔はしていない。
「過保護だなおい」
「悪いかよ」
「えっ……? ふぇ?」
大量の半透明な楯や剣と、水晶の様な素材でできた人形に囲まれたエレシアは戸惑いの声を上げる。
見たことも無い物が自分を囲んでいるのだ。多少の動揺は仕方がない。
しかしこれでもレベル120台程度ならば簡単に返り討ちにできる状態だ。自動で接近してきた相手を刺殺する剣形子機、たとえ突破されても高レベルの竜種の渾身の拳でもない限り貫けない盾形の子機が四枚。それさえ突破しても透明な自動反撃障壁にドギツイ一発を食らう仕組みだ。それをも突破したのならばエレシアに付与した魔法が働いて全身全霊の逃亡状態へと移行。俺の全力の補助魔法だ。能力値だけならばレベルが三桁に到達している奴だろうとも最低でも十五分は無傷で居られるだろうパラメータ。更に俺が持っているであろう魔力を共有化しているのでいざとなれば本人が魔法で迎撃できる。
幾重にも重ねられた防御の術。
本気で破るならば『守護者』を三体ほど連れてこなければだめだろう。
「ついでだ、アウローラにも掛けるぞ」
元『守護者』と現役『守護者』は能力値的に手を出さずともほぼ問題ない。むしろ手を出したところでそこまで大きく上下する物ではないだろうし。
ジルヴェは素手『守護者』と張り合える化け物だ。それに自分で補助魔法を使用できる以上俺が手を出すこともあるまい。
「そろそろいいか?」
「むしろなんで今まで呑気に待っていたんだお前……」
残りMPを六割にまで減らしながら、呆れる様にウィンクレイを睨む。
どう見ても誰が見ても戦闘介入するなら今だろうに、なぜか仕掛けてこない。馬鹿か、それとも――――強者故の余裕というやつか。
慢心と言えばそこまでだが……何せこちらを壊滅寸前にまで追い込んだことのある輩だ。
簡単に問題を片づけるわけにもいくまい。
「ああ、いいぜ。来いよ」
「じゃ遠慮なく」
玉座が霧散し、同時にウィンクレイの姿が掻き消える。
気づいた瞬間には――――すでにこちらの背後へと回っていた。事前に予測していたため間一髪で反応することはできたが、予測していなければ確実に首をかっ飛ばされていただろうと想像すると背筋が凍る思いだ。
素早く片手剣状態にしていたイリュジオンを抜刀し、ウィンクレイの操る魔剣の刃を受け止める。
「――――これぐらいは捌いてくれないとねぇぇええええ?」
「厄介な奴だよ、ったく……!!」
戦闘開始の合図が一瞬にして全員に伝わり、最初にルージュが動く。
その手に握った炎の魔剣アヴァールを尋常ではない正確さで振り抜く。剣は見事俺を避けるようにして背後のウィンクレイにだけ吸い込まれていくように進んでいく。
それに対しウィンクレイは俺の剣を足場にして跳躍。アヴァールの凶刃を避けると背から風の翼を生み出して空中へと躍り出る。その様はまるで妖精だ。しかしながらその動きには脆さなど欠片もなく、ただただ力技で実現したような無理さが滲み出ていた。実際、ウィンクレイは飛行に慣れないのか滑空するようにして距離を取って、すぐに着地してしまう。
「飛ぶのは苦手か?」
「残念ながら、私は背中から翼が生える感覚なんざ許容できなくてね」
「どうでもいいが、俺と言葉を交わしている暇なんてあるのか?」
背後に現れたリザがその瞳を輝かせながら、その手に持った大鎌を振るう。
「撥ねろ、魔性の大鎌ァァァァァアア…………!!」
苦笑いのウィンクレイは即座に反応して、歯だけを摘まむようにして受け止める。流石に筋力だけならウィンクレイが上を行っているようだった。
「流石ですね脳筋。筋力だけはアホみたいにあります」
「黙れよ魔女が。惚れた男に依存しなきゃ己を確立させることもできないのか?」
「…………この世には言ってはいけないことと悪いことがありましてね」
「それは私が決めることだよ、魔女」
「――――ああ、死にたいならそう仰らればいいのに」
リザのスカートの内側から水の鞭らしきものがいくつも飛び出す。それはウィンクレイの足を絡め取ろうとうねりながら突進するが、そんな小細工に引っかかるわけもなくウィンクレイは掴んでいた鎌を起点に逆立ちして回避。その後コンマ一秒の間もなく繰り出された回し蹴りがリザの首に直撃する。
呻き声すら上げることを許さず、一瞬にして顔色を蒼白に変えたリザは弾ける様に真横へと吹き飛び、コロッセオの壁へと突っ込み粉塵をまき散らす。
普通ならその光景に茫然としていただろうが今は殺し合いの最中。気など抜けられない。
俺とアウローラ、そしてジルヴェが同時にしかける。
「はぁぁぁぁあああああッ!!!」
「せぇぃッ!!!」
「姉さぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああん!!!!」
防御無視の刃が、驚速の大剣が、超音速の拳が、三方向からほぼ同時にウィンクレイを襲う。
全てが常人に対して致死的な攻撃。当たればいくら『守護者』とて無傷では済まされない。
それに対しウィンクレイは不敵に笑い――――超速の腕の伸縮により、アウローラの首根っこを誰にも気づかれずにその手に収める。
数秒の間もなく行われた早業は俺たち三人の思考を真っ白にするには十分すぎて――――
「ほら、大切な奴」
「ッ――――――!?!?!」
首を掴まれて身動きの取れないアウローラが俺の前に差し出される。
当然の如く攻撃の軌道内に。アウローラの華奢な身体では、イリュジオンの刃は例えるならばゼリーに対しての大業物の刀。一瞬でその肉体を真っ二つにすることなど理解する前から理解している。
イリュジオンを強引に停止させる。
当り前だが、致命的な隙が三秒も生じてしまった。
「オラ、甘ぇんだよ餓鬼がッ!!!」
ウィンクレイは振りかぶってアウローラの体をこちらに投擲。
成す術もなく、抵抗もできずその身柄を受け止める。
その後に繰り出されるマッハ二十の蹴りが腹に炸裂する。腹にC4爆弾を取り付けてそのまま起爆させたような感覚だった。まともな認識さえ許さないその一撃は俺の視界を滅茶苦茶に狂わし、天地を逆転させ、音さえ置き去りにしてコロシアムの壁に叩き付けるには十分以上の威力を保有していた。
どうにかアウローラだけはこの手から離さず衝撃を伝えずに済んだが――――直撃した代償として小腸と大腸、肝臓に腎臓までペースト状にされた。激痛などもはや一周して感じられなくなっている。体が痛覚を自動的に断ったのだろう。一度に多数の内臓破裂など死んだほうがマシな痛みだとは容易に想像できる。
「ま、だァッ…………ごふっ、お、ォォォォォオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!!!!」
二つの『現身の力』とルキナの再生補助を全て動員し内臓を強引に再生。
伴い半端では無いほどの痛みが生じるが耐える。それしかない以上耐え続ける。
「お、お兄ちゃん! ご、ごめんなさ……」
「謝罪は後だっ…………! 行くぞッ!!!」
抱えていたアウローラを脇に寝かせ乍ら内臓の修復が完了したことを感じると、休む間もなく跳ねる様にスタートダッシュ。足裏を炸裂させながら高速での突進を開始する。
目を凝らせばウィンクレイとジルヴェが凄まじい攻防を繰り広げていた。パンチとキックの嵐。周囲の地面を抉り取りながらの高速戦闘。ルージュが介入しようとするが下手に斬りこむわけにもいかず、しかし繰り出す炎は全てが風のバリアに弾かれる。ルージュとウィンクレイの相性が悪いとはいえこれではルージュがお荷物状態だ。どうにか突破口を作らねば。
「こっちを見ろぉぉおおおおおッ!!!」
「あ? なんだ生きてたのか」
ジルヴェを一瞬にして蹴って弾き飛ばすと、ウィンクレイは回し蹴りを繰り出す。
それをイリュジオンで斬ろうとするが刃が足と触れた瞬間、花火を散らして体ごと大きく弾かれた。
そうなったであろう要因は、ウィンクレイが足に纏っていた風の障壁。表面で高速回転することにより全てを弾き飛ばすそれはまるで鎧の様であった。
「私この前面白い技を思いついたんだよねぇぇぇ。そうだね、試してみようか」
「くっ…………そがぁぁあああああああ!!!」
相手にもされていないかのように戦闘中に談笑するウィンクレイめがけて、即座に体勢を立て直してイリュジオンを振る。狙いは喉、しかし回避の予備動作すら見せない。
当然か。
もう右手の指で止められていたのだから。
「名付けて――――『バーストトルネード・バンカーバスター』ってのはどうかね?」
ウィンクレイの左手に風が凝縮される。
今までとは比べ物にならない密度であり、圧縮され過ぎて熱さえ放っているそれをウィンクレイは杭の様に変化させる。
それを自分の手で握ると――――間髪入れずに俺の腹部に突き刺す。
「ッ…………ご、あぁが」
「おら、どでかいの一発。しぃぃっかり、耐えろよ?」
その杭を――――ウィンクレイはイリュジオンを離していた右手で底部を叩き付ける。
杭が身体を貫通。同時に破裂し体内に高熱の爆風を巡らせ穴から抜けていく。衝撃は内臓を幾つも揺らし、潰し、骨を砕く。痛い、などという次元ではない。
普通、もう死んでいる。
それを「ここで死ねない」という強力な自己暗示と脅迫的な精神により気絶から耐えたのだ。
立っていることすらもはや奇跡と化している。しかしぼうっと突っ立っているわけにはいかない。まだやるべきことがある。
「アァァアアアアアアアアッ!!!!」
「な――――」
俺がまだ生きていることに驚いたのかウィンクレイが初めて表情を崩す。
その間に俺は自分の腹に叩き込まれている細い右腕を自分の右手で強く掴んだ。これでよほどのことが無い限りウィンクレイは俺からは離れられない。
「お前、ゾンビかなにかか?」
「知るかよっ…………ルージュ、今だぁぁぁああああああああッッ!!!!!」
血涙を流しながら絶叫する。
名を呼んだ者はそれに応えて、魔剣片手に風の障壁を突貫。その剣を全力で引いて、刺突攻撃の準備を開始する。ウィンクレイは流石に直撃を食らえば不味いと判断したのか、俺の左腕を切断しに左手を振り上げる。が、その隙に俺は左手に持ち替えたイリュジオンをウィンクレイの喉へと斬りつけようとする。
「しっつこいんだよぉぉぉぉぉおおおおッ…………リィィィィィィィィィス!!!」
苛立ちの籠った声を上げ乍らウィンクレイは地面に突き刺していた『竜屠る聖人の魔剣』を空いていた左手に召喚。その柄を手に収め――――俺の左腕を根元から切断した。
回転しながら切断された左腕がイリュジオンを握ったまま空を舞う。
激痛に歯噛みしながら、鮮血を噴き出す傷の断面に目も向けずただただ右手を握りしめる。絶対に話すまいと。しかし失血寸前の状態。三十秒も持たないだろう。
だが――――二秒で十分だ。
「死ねぇぇェエエエエエ!!!!」
「死ぬかよォォォォォォ!!!!」
ウィンクレイは咄嗟の機転で『竜屠る聖人の魔剣』で自身の右腕を切断する。これにより拘束から解放され、即座に回避行動に移る。
それでもコンマ数秒間に合わず、上空から襲撃してきたルージュのアヴァールの剣先が数センチ食い込み、そのまま右肩から左脇腹まで魔剣の凶刃が走る。傷口は焼け爛れ、修復困難なまでに細胞組織をズタズタにするであろう攻撃は見事ウィンクレイの顔を歪ませることができた。
「くそっ……魔術的な阻害じゃなくて傷をグッチャグチャにして修復不能にしやがった……ッ!?」
「返しの刃は忘れずに」
「ッ!?!」
ルージュは着地と同時に手首を一回転させそのまま逆袈裟斬りを繰り出す。流石に脅威をその身を以て理解していたためかウィンクレイは間一髪で致命傷は回避。しかし左脇腹に深さ五センチほどの裂傷を付けられてしまう。
「こいつはぁ盲点だった。私でもこれ以上その剣を受けることは勘弁したいねぇ……」
「ふん、敵の要求なんて聞かないわよ」
「ま、別にいいけどさ。それより後ろの彼、死にそうだけど放置でいいのぉ?」
「っ……しまった、ユウキ!!」
「が、は…………は、や、べぇな。血が、たりねぇ」
左腕を切断した『竜屠る聖人の魔剣』は魔術的な再生阻害を傷の断面に残す。つまり止血しようが回復魔法をかけようが変化しないという事だ。竜殺しの聖剣の名に恥じない嫌がらせみたいな能力である。
軽口叩きながら右手で左腕のあった場所にある傷の断面に触れる。生暖かい血が回し切った蛇口の水の様に出ている。見れば足元に血の水溜りが出来ている。そろそろ失血死しそうだと苦笑を浮かべながら――――傷の断面を右手で握りつぶした。
「ああああぁぁぁぁぁあがぁぁぁぁああああ!!!!!」
弾けるような痛覚。傷に硫酸でも塗られたような激烈な痛覚に耐えるために地面に頭を何度も叩き付ける。耐えろ耐えろと自分の体に何度も信号を送りながら強引に止血をする。
握りつぶした傷はもうすでに『竜屠る聖人の魔剣』の呪いは消えていた。あくまで剣の能力は生み出した傷だけに生じる物であって原形を留めないほどに崩れた傷に働くものではないからだ。
握りつぶした肉を『現身の力』を使い焼く。もはや見るに堪えないほど傷は悪化していたが、どうにか失血死は免れた。
「……お前さん、ホントはアンデッドか何かじゃないのか。いやほんと」
「軽口叩くなら腕を動かしてみろよォォォォッ…………ウィンクレイ・ライムパァァァァァァァァアアアアアアルッ!!!!!!」
斬り飛ばされた左腕を喰い終えたイリュジオンを右手に召喚。
回転しながら飛んできたそれの柄を掴みながらルージュの脇をすり抜けて、イリュジオンを突き出した。
「っ――――ったく気持ちわりぃなぁぁァッ!!!」
「お互い様だ!!」
頭が狂いそうになるほど高揚感を覚えながら猛攻を開始。
今までとは段違いの速度で剣を振る。考えることを放棄したのか、思考が乱雑になり始める。
ウィンクレイは初めて俺に危機感を覚えたのか、『竜屠る聖人の魔剣』を投げ捨て両手に風を凝縮。それを解放して俺を吹き飛ばそうとするが、突然飛んできた炎によりその両手が爆ぜる。
「ぐぁぁああああ!?!?!」
「油断禁物。私の存在忘れてるんじゃないわよ」
ルージュが『現身の力』を使い圧縮空気に引火したのだ。
物質を燃やす燃料である酸素と気体その物が燃える水素を含む大気を圧縮すればどうなるのか。行ってしまえば空気だけで作った爆弾の出来上がりだ。人一人を吹っ飛ばせるほどの風圧を作り出す空気の量などかなりの物だろう。それをテニスボールサイズに圧縮すればさぞ良く爆ぜるであろう。
勿論それをルージュはわかっていない。彼女にとっては手首を吹っ飛ばそうとして偶然そうなっただけなのだ。ルージュ自身がこれを疑問に思う事はおそらくないだろう。彼女にとってはだた『偶然』良いことが起こった、その程度の事なのだから。
「よくもまァ、左腕斬り飛ばしてくれやがったな。これで左腕なくなるの何回目だよ」
「ハァ? 何言ってんだお前」
「気にすんなよ。ただの戯言だ」
もうこれで三回ほど左腕が消えたのだが、運命とやらはやたら俺の左腕を消したいらしい。
慣れてしまったので今更とやかく言わないが――――ま、王手は後一手で決まりだ。
「何でもいいがなァァ。ついで右腕も斬り飛ばしてやるよ」
「できるといいな」
「あ?」
「積みだ。周囲の警戒を怠ったな」
ウィンクレイの体が突如沈む。
彼女は咄嗟に足を動かそうとするが動かないことを理解し、直ぐに自分の足元を見る。
沈んでいた。土で埋め尽くされていたはずのコロセウムの地面が、ウィンクレイの足元だけ泥に変化して彼女の足元に絡みついている。粘度が高いのか、ウィンクレイが幾ら足掻こうともその足を離す気配はない。
「うふふふふ~。四大属性の魔力をふんだんに練り込んだ泥沼です。いくら神法であろうが、行使は不可能。粘度も最高度なので抜け出すこともできません。――――よくもやってくれましたね、クソアマ」
血だらけのリザが泥の中から現れる。右目の生命探知機能で急に地中に潜って何かをやっていたのが見えていたので一発賭けに出てみたが、どうやら大当たりを引いてしまったらしい。視線を向けずにウィンクレイに異変を悟らせないようにしたのはかなり大変だったが、見返りとしては上々だ。
「くそっ、なら力で――――」
「させると思う?」
「させない」
横になっていたアウローラと援護に回っていたルージュが同時にウィンクレイの両腕を斬り飛ばした。
注意が散漫になっていたせいだろう。あまりにもあっけなく、脅威的だった彼女の両腕は宙を舞い大気に還る。
流石に何が起こったのか理解できていないのか、唖然とした顔でウィンクレイは俺を見上げている。
「終わりだよ」
そう告げ、俺は右手に握ったイリュジオンでウィンクレイの両足を切り飛ばした。
更にルージュが『炎縛鎖』でその全身を泥に拘束。リザの付く多泥によりにより魔法の類も一切合財使用できない。
念願の無力化完了だ。
既に勝敗が決まったと受け入れるしかないのか、ウィンクレイの眼は少しだけ暗くなっている。
敗者の顔であった。
「……強いな、お前たち」
「褒め言葉どうも。さて、本当ならさっさと止めを刺したいところだが――――ジルヴェ!」
「うっ…………」
片腕と肋骨を折られたのか、右手で左胸を押さえながら左腕をだらんと提げているジルヴェ。
先程まで蹴り飛ばされて倒れ伏していたことを気に病んでいるのか、少々元気がない。
彼女の事を想えば無理もない。姉の不始末を自分の手で片づけるつもりが、足止め以外ほとんど役に立っていなかったのだから。さすがに俺は根には持たないが、彼女にそう言っても気休め程度にしかなるまい。
「折角手加減して会話できる状態にまで持ち込んだんだ。話ぐらいはしてやれ」
「て、手加減……? いや、しかし」
「やれ。元々このコロシアムごと空間操作で吹っ飛ばしてもよかったんだ。でも……まぁ、俺の口から言えることじゃないから詳細は省くが、姉妹最期の会話だ。水入らずで話ぐらいはさせてやるから、しろ」
イリュジオンの重力操作かルキナの『月蝕の右腕』のディフィート・スフィアで滅茶苦茶にすればノーリスクで勝てたのだ。それをしないであえて直接戦闘に持ち込んだのは誰でもない、ジルヴェのためだ。
発破をかけられて決心したのか、ジルヴェはおぼつかない足取りでウィンクレイの前に出る。
ゆっくり息を吐き、そして吸う。
それから小さくしゃがみ――――
――――全力のビンタをぶちかました。
バァン! という心地いい音がコロシアムに響き渡る。
「…………色々言いたいことはあるけど、姉さんのことだ。言葉でいっても無駄だろうし、体で表現してみたよ」
「……すると、何だ。愛のビンタ?」
「かもねっ――――!」
もう一回ビンタを叩き込むジルヴェ。
おお、良い音だな。とかそんなことを思ってしまう。
何せ左腕と内臓をいくつか持っていきかけたアホがこうして一方的に頬を叩かれているところを見ていると、とても清々しいんだ。
「ホォォォォオオオオオオオオオッ――――アータタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!!!」
「アバババババババババババババババババ――――ッ!?」
ジルヴェの手が分身かと錯覚するほどの残像を残しながらウィンクレイの頬を叩いて行く。
雄叫びはまるで胸に七つの傷を持つ男のようだ。
俺たちはとりあえずジルヴェの気が済むまでウィンクレイの感電しているような悲鳴をBGMにゆっくりと休息をとるのであった。
……左腕どーしよ。




