第一話・『危機一髪』
初めまして、気楽な船乗りと申します。
出来るだけ更新遅れはしないつもりで行きます。
失踪は特別なことがない限りしません。
追記・軽めの修正をしました。
全体的にいらないと思った部分を修正しました。
追記・指摘された箇所を修正しました。
最初は、夢だと思った。
これは現実ではなく、ただの夢幻。そう信じたかった。
小さな水たまりに、俺は仰向けに倒れていた。
昨日の記憶がなかった。昨日何をやったのか、何を食べたのか、何時に寝たのかさえ、忘れてしまった。一体何があったんだと俺は考える。
――――【ようこそ『新世界』へ。椎奈 結城。君を待っていた】
ノイズがかかり意味不明で理解不能な声が聞こえる。
だけどその声はなんとなく理解でき、とても――――懐かしいと思える声だった。
一回だけ深呼吸をする。
空気はとてもクリアだ。よどみすら感じられない、森の中にあるような新鮮な空気。
水はとても冷たく、綺麗だ。この世の神秘が詰め込まれているような。
瞬きをすると、目の前にノイズが存在そのもののような人が現れる。
いや、それはもはや人とは思えない何かだった。
意識はまだ覚醒していない。刺激が足りない。これは現実ではなく夢だと思い込んでいるからか。そう思うことで、現実逃避しているからか。
――――【さあ、たどり着いてくれ。私の下に】
そんな声とともに、朦朧としていた俺の意識は半ば強制的に覚醒させられた。
異様に漂う異臭のせいで。
「!?」
周りの水たまりが一気に崩れ、透ききっていた空気はまるで排水管の中ような激臭へと変わる。
俺は今度こそ目を開き、跳ね上がるように起きる。そして意識が鮮明になった途端更なる異臭が鼻孔をくすぐり胃の中にあるものを逆流させかける。生涯味わったことのない不快感だった。
口を押えながら周りを見渡す。
信じられないことに、周囲全てが木、木、木。森の中という表現が正しいだろう。しかも上を見上げると満月が二つ白銀色に輝いていた。これだけで自分が現実を見ているのかと疑う。少なくとも麻薬を摂取した覚えなど一切ない。他人に投与されているかもしれないが。
とにかくそんな異常な光景に、目を白黒させてしまう。
度を越えた混乱により、全身から脂汗と冷や汗が混じって出てくる。
改めて自分のいる場所を確認すると、真夜中の森だった。これ以上不気味な場所などそうそうない。まるで友人たちと肝試しに言ったような恐怖感に見舞われ、混乱はさらに加速する。
月光が差し込み、自分の体が照らされる。服だ、いつも家の中で着ている私服。それがずぶ濡れになっていた。何だよこれ、何なんだよ一体。
「なんだこれはっ……!? ふざけんな、おい……趣味悪いぞ……。誰も、いないのか!?」
一瞬で環境が変わってしまった事により、軽いショックが脳を襲う。まず頭に思い浮かんだのは、誰が何のためにこんなことぉおし高田。いや、そもそも人がやったのかすら定かではない。だがそれ以外にどんな奴がこんなことをしたというのだろうか。
「ふ、ふざけんなよ……誰だよこんなことしやがったの、くそっ!!」
息が荒くなり肩で息をするようになる。
心臓の鼓動が全力疾走を数分間も続けたようにバクバクと大きく鼓動し、それと伴い目の前も歪んでくる。
俺はベットに寝ていたはずだ。少なくともそう記憶に残っている。そうでもなければ何かに気絶させられたことになる。この状況が理解不能で、というよりそもそもここは日本のどこなのかわからなくて、いやそれよりなんで月が二つある。俺の記憶が確かなら、認識が確かならば突きは二つ無い。あってたまるか。
現実離れした光景を見続けて、頭痛がしてくる。鼻を潰すような激臭も強くなり始める。喉もいつの間にかわけのわからない異音を出してくる。そろそろ限界だった。
口を押えるが間に合わなく、指の間から嘔吐物が吐き出される。
少し休憩を取ろうと思ったその直後、唐突に聞こえてきた動物の唸り声がそれを禁じた。
「……んなぁっ!?」
「グウルルルルルルルル…………」
茂みから二頭の狼が出てくる。もともとは銀色の体毛だったものが何者かの血で染まっており、凶悪さを倍増させている。四つの目からは理性が一切感じられず、光も点っていない。体は痩せこけており、二つの頭は俺だけを凝視して「食わせろ」と悲願しているようだった。
俺が尻餅をつき、一歩だけ下がったのが引き金となり――――狼は動いた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「うおわあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああッ!!??」
二頭狼は耳を劈く遠吠えをし、それに応えるように俺は自分の声とは思えない絶叫する。
肌をピリピリとやけどでもしたかのように震わせる声二つを同時に受け、俺はついに、軽くパニックに陥った。
頭の裏側からピキッと何かに罅が入ったような音がする。後ろに下がろうとして、勢いよく頭を木の幹に叩き付けてしまった。
その隙を狙ったのか、二頭狼は問答無用で飛び掛かってきた。
「ちょっと待てや畜生がぁぁああああああああ!!!!!!」
もう完全に何もかもが頭に入らず、俺は立ち上がり反対側に全力疾走した。後ろから二頭狼が木の幹を齧り、そのままかみ砕くという信じがたい光景が見えた。
足がどうなってもいい、肺が破裂してもいい、心臓が爆発しても構わないからあいつから一センチでもと離れたい。そんな衝動だけで動き、自分にかかってくる木の枝を引きちぎりながら疾走する。正面から相手するのは危険だ。まず越しでかかるならば腕の一本は持っていかれる覚悟が無ければならない。しかし今この状況応急処置も何もできない状況でそれは自殺同前だった。だから、走った。逃げた。
逃げる途中に聞こえてくる他の獣の声が、俺の心を破壊せんと放ってくるような音に聞こえ、耳を塞ぐ。塞がねば鼓膜が酷いダメージを受けていただろうという音量が手越しに聞こえる。
不気味だ、非現実的だ、ありえないこれは夢だそうだそうだそうだそうだそうだそうだ否定などできないしたくない夢なんだよこれは!!!!
そう全力で現実逃避しながら冷静に状況を判断しようとする。
しかしふと顔に何かがぶつかってきたことに気付いた。。それは――――――大人の手のひら位ありそうな、芋虫だった。
「うっ、おわあああああぁぁあっ!!?」
生理的嫌悪感を刺激されてその虫を掴んで遠くへ投げる。端末魔が聞こえたような気がしたがどうだっていい。後ろからは死が迫ってきているのだ。
怖気を感じて後ろを見てみると、二頭狼はもう近くまで来ていた。狼と人間では速力が違う、当たり前だと知っているからこそ理不尽に思えた。血を吐きそうなほど呼吸をし、すっかりとろみを帯びた固唾は外に飛び散る。それを汚いと思う余裕など今の俺にはない。
足に何かが引っ掛かる。木の根っこだと認識した途端次に死を直感した。
前に倒れた衝撃で手が何かを潰す。飛び散った何かが顔にかかる。
手を見てみると、今度はクワガタムシに似た何かを手で潰していた。クワガタムシはギチギチと嫌な音を立てて助けを呼んでいるように瀕死の状態で足掻いている。それが俺の残り少ない正気を削っていくには十分すぎるほどの衝撃を持っていた。
「グォォオオオオオオオ!!」
「くっそぉぉぉおおおおッ!!」
後ろを振り向くと、二頭狼が今噛みつかんと迫り来ていた。
一瞬だけ無心になる。体の生存本能にゆだね、アドレナリンを大領分泌。
直感的に、完全に無意識に二頭狼を蹴る。普通なら自分でも頭が可笑しい行動と思うが、残念ながら今の俺は正気ではない。正気で生き残れるほど今の状況は優しくはない。
蹴りを出した足は二頭の間に入る。狼は噛みつこうとしたが、俺の蹴った場所に噛みつくための頭がないために、二頭狼はそのまま向こうに吹き飛ばされた。普通なら俺のようなインドアなやつが狼を蹴って吹き飛ばすなど無理だったのかもしれないが、相手はガリガリに痩せていた。体重も普通より激減しているはずであり、渾身の力を込めたのもあって成功した。
数秒経って理性を取り戻した俺は必死に震える足で立ち上がり、再度逃走を開始する。
この頃は完全に血の気が引いており、顔面はもう蒼白だっただろう。
その時、唯一の希望を見つけた。
「――――――、――――――――」
人の、声だった。
ようやく対抗できそうな手だてを見つけ、少しだけ心が休まる。
彼らは、狼の群れと戦っていた。三匹ほどの普通の一頭狼と。
「おい、倒れるな! 立て! 食われるぞ!」
「た、助けっ……助けてください!! お願いします!」
「なっ……!? お前誰だ!? ――――くそ、魔法使いは援護しろ! 盾持ち防げ!」
リーダーと思われる男は、剣と革製の鎧を着こんでいた。普通なら銃刀法違反とかなんやらで俺は騒いでいただろうが非常事態だ。そんなことは目もくれずに俺は助けを乞う。
向こうでは狼の群れが襲ってきており、盾を持った男が一匹をひきつけるがその隙にもう一匹に後ろに回り込まれ、組に噛みつかれる。そしてそのまま――――頸動脈をかみちぎられて、絶命した。
その光景に吐き気を覚えながら俺はリーダーの男に事情を説明した。
「あ、頭が、頭が二つある狼が追って来ているんです! お願いです、助け……!」
そこまで行ったとき、リーダーの男の顔が苦虫を噛み潰したような顔になった。
直後、俺は顔面を蹴飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。
「がは……っ!」
「頭が二つの狼だと!? 双頭狼じゃねぇか! てめぇなんてもん連れてきてんだ!」
「な、にを……」
「おいお前ら逃げるぞ、このガキが面倒なもん連れてきやがった! 一度退却だ!」
その言葉で自分が置いて行かれるのが決定したとわかる。俺は必死の形相で助けを求めた。
「くそっ、見捨てんのかよっ……」
「てめぇは狼どもの餌だ! 大人しく俺達のために食われてな!」
「ふざけやがって……! クソッ!」
もうあちらに助ける気がないのが分かり、俺は叫ぶ。
そんな俺には構わず、男たちは闇へと消えてしまった。
狼が三匹、双頭狼とやらが一匹。絶体絶命以外の言葉が見当たらない。
俺は完全に理性を飛ばし、途切れ途切れの意識を使って死んだ者が使っていた盾と剣を走りながら拾う。呼吸はもう意味の分からないほど激しくなっており、口からは血が垂れている。剣など持ったこともないし盾の使い方もわからない。
しかし極限状態故か、生存本能を駆り立てて俺は剣と盾を構えた。逃げるという選択肢はもう防がれた、なら戦うしかない。本能がそう告げるが理性が拒否する。
「いきなりどこかに飛ばされて! そこにはいい年して鎧を着込んで剣を持ったオッサンがオオカミの群れと戦っていて! 俺はなぜか二つ頭のオオカミの追われて絶体絶命! どんな展開だよふざけんなシナリオライター出てこい糞がぁぁぁっ! 俺は不死身じゃねぇんだぞ!」
悲痛な叫びなど獣が理解するわけもなく、狼たちは一斉にかかって来る。
盾を構えてその攻撃を防ぐが弾かれて後方に転ぶ。だが火事場の馬鹿力というものだろうか、俺両足で跳ね起き、後ろの木にぶつかりながらも盾を構えなおした。
今度は一匹だけ襲い掛かってくる。――――俺は盾で攻撃を弾き、狼の腹部へと剣を突き立てた。
「キャウン!?」
断末魔を上げながら狼は血を吐き絶命。俺は素早く剣を引き抜き、構える。
正常ではない思考に基づき、俺は戦い続けることを選んだ。順調に息も整ってゆく。思考も鮮明になっていっている。
【――――『危機感知』のスキルを習得しました。敏捷が0.50上昇しました】
白い文字が視界の端に浮かぶ。しかしそれを気にしている余裕はない。
今度は二匹同時に襲い掛かってきた。一匹は盾で弾き、もう一匹は剣を正面に突き立てることでその頭を貫く。偶然に助けられた。
もう一等が地面に転び態勢を崩したのを好機とみて、俺はそいつの腹に深々と剣を突き立てた。赤い液体が飛び散り、頬に生暖かい何かがかかる。そしてとどめを刺すように何度も、何度も何度も突き刺す。そして狼がやがて指一本動かなくなり、俺は剣を抜いて尻餅をつく。
休む暇も与えずに双頭狼という異形の獣が後ろから現れる。俺はそれが前々からわかっていたように盾を突き出し、噛みつきを防御する。しかし盾は途轍もない力で噛み砕かれ、盾を手放すのが一歩遅かったら恐らく俺の手は一個なくなっていただろう。
剣を両手で構えて双頭狼と向き合う。
息は先ほどと違い異様なまでに落ち着いている。一度死の危機から脱却したからだろうか。感覚が研ぎ澄まされ、まるで狼の挙動一個一個が知覚できるようだ。
【『行動感知』のスキルを習得しました。知力が0.20上昇しました】
行動がわかる。なら、こいつの行動を先読みすることも難しくはない。
そう、こいつは後一秒後に俺の懐に飛び込もうとする。そして飛びつき、地面に倒してから俺の喉に噛みつく。
【『直感先読』のスキルを習得しました。精神力が1.00上昇しました】
それの行動を読んだからこそ、俺はあらかじめ回避できた。
そして逆にあの双頭狼に喉元に剣を振り下ろし――――狼の頸動脈から血が飛び散る。
だが動く。傷などどうでもいいと言わんばかりに双頭狼は地面を蹴り飛びかかってきた。それも、その行動も読めている。
俺は飛びかかってきた双頭狼の顔を空いた手で殴る。しかし双頭狼は止まらず、俺の腕を切り裂きながら俺の喉に噛みつこうとする。
「があああああああああああッッ!!!!」
剣を双頭狼の腹に突き刺し、その剣は双頭狼の背中まで突き抜ける。力任せに振り、剣ごと狼を向こうへと投げた。
木に叩きつけられた狼は数秒の間痙攣していたが、すぐに痙攣も収まり――――紫色の煙となって消えた。
「……え?」
よく見れば、ほかの狼たちの死体もいつの間にか消えていた。残っていたのは牙や光る石など。バラバラではあったが、まるで『ゲーム』のように戦利品と呼べる物が落ちていた。
消滅した。
現実離れした事実が飲み込めるまで、数分の時間を要した。
「なんなんだよ……!」
狼狽した声を出しながら、俺はその場に座り込んでしまった。
――――――
事が終わった後、俺は余りにも頭が冷えすぎていたことに驚いた。
もう混乱し過ぎて一周回ってこれが「当たり前」と感じられてしまったためだろう。そして何より、死からの脱出。現状の情報の処理が完了したことも含めれば、少しは冷静になっていてもおかしくなかった。
そして現状を並べたのがこれになる。
一つ目、ここは俺の知らない場所。当たり前だ。俺は別に日本全土、いや世界中を渡り歩いたわけではない。そんな人間いるわけもないのだが、ひとまず俺の知らない場所と言っていいだろう。というよりもはやここが俺の知っている地球である証拠など一つもなかった。先ほどあった男たちは日本語を喋ってはいたにしろ、この問題は今考えても無駄なので後回しだ。というかあんなファンシーなコスプレをした外国人風オッサンが日本語を喋っているなど、シュール以外の言葉が見つからない。――――そもそも月が二つある時点で俺の知っている地球ではないことは確実だった。ここが仮想現実ならばまだ理解はできただろうが、残念ながら俺の住んでいた世界ではまだVR技術はこんな繊細なポリゴンを形成できるレベルには達していない。
二つ目、双頭の狼。これで薄々自分の置かれた立場が分かってきた。一応突然変異で頭が二つになる場合はある。だがそれでは可笑しいのだ。このような生物は基本短命だ。すぐに死んでしまう。例外はあるが。一つ可能性を上げるとすれば『元々そういう種族』ということ。進化の果てにあのような奇形が出来上がったということだ。この事実が本当だとすると、ここは俺の知っている世界ではないということになる。出来れば考えたくない最悪の可能性だった。あと、そもそも日本に狼は現存していない。数十年前に絶滅している。
最後の三つ目――――俺の視界に見えたあの文字の羅列。敏捷、知力、精神力、スキル……これらから推測するにこれは俺の『ステータス』である可能性が高い。いやそもそもステータスが表示される時点で可笑しいだろうという前提があるがそもそも俺が森の中で独り寝ていたこと自体が可笑しいのでその問題は省く。
察しのいい者ならもうすでに分かるだろう。
二つの月。
二つ頭の狼。
可笑しな姿をしていた者たち。
剣から見れる製錬技術の脆弱さ。いや、『剣』という存在。
これらをまとめて俺の脳が叩き出した答えは――――ここは、『異世界』ということだった。
「……ふざけんなよ……」
頭を抱えたままそうつぶやく。何の変哲もない……わけではないが、素行不良の高校生がいきなり異世界トリップとかラノベじゃないんだよ。受け入れがたい事実に頭を悩ませながら、休ませていた足を使いゆっくりと立ち上がる。
先ほどの戦いで色々狼たちが何かを落っことしていったのを思い出し、それを拾うべく狼の死体があった場所に行き来する。
罪悪感など端からなかった。そもそもこっちは殺されかけたのだから正当防衛だ。元々狂った価値観がマヒしかけていて、抵抗感などどこかに行ってしまった。俺は何も考えたくない一心で狼たちの残していったものを拾っていく。
集め終わった頃、一人の人間の死体が目に入る。俺が持っている剣の持ち主であり狼たちの喉をかみ切られて一片の慈悲もなく絶命してしまった者。少しだけ罪の意識が芽生えてくるがすぐにその芽を取る。
今は生きることを考えろ。死んで行ったもののことは考えるな。俺は彼の着ていた鉄の籠手や皮の手袋、服はさすがに着たくなかったので放っておき、腰にぶら下げている革袋を奪い取って自分の腰につける。革袋の中身は包帯や傷薬、よくわからない小瓶が入っていた。
なんだろう、と持ち上げて凝視していると――――網膜にそのアイテムの名と効果が映し出される。
【解毒薬】
一定確率で『毒』状態を回復できる。HPを20回復できる。
【回復薬(不良)】
HPを60回復できる。一定確率で『スタン』状態になる。
【包帯(不良)】
傷に巻きつけるとHPを五秒ごとに2回復し、傷を塞ぐ。
「……うわ」
ちょっとだけ面白いと思ったが、どちらかというと気持ち悪いという感覚の方が強かった。本当にゲームみたいだ。だからこそ不快だ。日常生活で視界にウィンドウがいきなり出たらと考えればすぐに気持ちがわかるだろう。
「なら……インベントリ」
【持ち物】
無し
「ないのかよ」
今俺色々持っているんだけど、革袋とか回復薬(不良)とか。
どうすればいいのかと悩み、試しに「入れ」と念じると、空間が歪み革袋は消えてしまった。もう一度持ち門を確認してみると。
【持ち物】
革袋、解毒薬、包帯(不良)、回復薬(不良)
「ふむ」
なるほどなるほど、とゆっくりと仕組みを理解しながら持ち物をすべて歪みに入れる。
しかし万能というわけではなく一定サイズ以上の物、そこら辺に生えていた木などは念じても入らなかった。サイズが限定されているのか、それとも何らかの法則があるのか。
【持ち物】
革袋、解毒薬、包帯(不良)、回復薬(不良)、狼の牙、狼の毛皮、銅のナイフ、木の枝、狼の干からびた心臓、双頭狼の心牙、黒い宝石、劣化した黒い宝石
やっているうちにこれは便利だと思い、色々試そうとしたが急に冷えた頭が緊急信号を出してくる。
そういえば今暗い森で化け物どもが徘徊している森の中だった、ということを思い出し、俺はとりあえず男たちが逃げて行った方向に行く。足跡がくっきりついていたので、付いて行くのは意外と難しくはなかった。
そういえばと、自分の強さをまだ見ていなかったので、早速表示した。
【ステータス】
名前 椎奈 結城 HP38/148 MP85/85
クラス 最適者
レベル6
筋力8.00 敏捷8.52 技量7.95 生命力8.90 知力7.38 精神力9.93 魔力6.30 運0.15 素質15.00
状態 出血1.33
経験値 26/3700
装備 錆びついた鉄の片手剣 古びた鉄の籠手 布のシャツ 布のズボン 布の靴
習得済魔法 無し
スキル 剣術2.01 八属魔法0.50 消失魔法0.01 危機感知1.01 行動感知1.00 直感先読1.44 ??????.??
「……運、悪過ぎだな」
なんだ一以下って、0.10って何なの? 俺はどっかの不幸体質の主人公かっつーの。実際運だけは最悪だと自覚しているが。
それにこんな状況になっているから運が悪いのは納得できる。納得するしかない。
熟練度が第二小数点以下まであるということはスキル制か? 鍛えれば鍛えるほど強くなるあの。いやでもレベルあるし。……まぁ、なんでもいいな。
それよりも素質が気になる。なんとステータス中でトップを独占して二桁だ。素質……成長度合いってことか? 歩き続けながら試しにゲームに関する単語を色々と呟いていく。
しかし一番肝心なログアウトやらチャットやらが全然ヒットしない。これがヒットすればここは仮想空間で作られたVRMMORPGと片づけられたのだが、淡い希望を打ち砕かれて溜息を吐く。先ほども言った通り、こんなVR技術俺の知っている範囲では存在すらしていないが。これがどうか米国の極秘技術であることも期待するが、考えるだけ無駄だ。仮に存在していたとしても、俺が選ばれる要素は……無くはないが、とにかくありえない。それにそうだとしたら何らかの目的が示されるはず。流石に目的も無くそんな世界に放り出されるなど、それこそふざけたお遊びだ。『人は異世界に放り込まれたらどうするのだろうか?』という疑問に終止符を打つために俺がテスターになっているのかもしれないが、そんな事するくらいならこの技術でゲームでも作って売った方がよほど有意義だ。
先程から自分で考えて意味不明な事ばかり考えている気がして、一旦思考を打ち切る。これ以上考えても答えは出ない。思わず一人で深々と考え込みそうになるのは絶対に避けたかった。何せ未知の領域。何が出て来るかなんてわかったものではない。
案の定、急に首の裏がヒリヒリする。嫌な予感がして俺は振り向きざまに剣を一閃する。こちらに飛んできた何かは直撃は免れたものの、弾かれた何かは俺の左肩に突き刺さる。
「いっ……なんだ!?」
空いた手で引っこ抜くと、俺の肩に刺さったのは金属製のような針だった。その針はなぜか緑色に淡く光っており、まるで毒でも塗られていたようだった。
「……うっ!?」
急激に体から力が抜けるのが分かる。
まさに毒といった感じの効力、推測するに麻痺毒か何かだろう。
俺はこれを飛ばしてきた者を探すために、目を凝らす。周囲は依然として暗い森だが、絶対に何かがある。その時又もや視界の端で文字が浮かんだ。
【『直感索敵』のスキルを習得しました。幸運が0.05上がりました】
瞬間的に敵の居場所が直感的にわかる。そこへと向けて針を全力投擲すると、ぐしゃっと音がして昆虫の断末魔のような声が聞こえる。
だがこれでは終わらない。俺は再度振り向きざまに剣を振る。すると剣に何かが当たり、二等分にする。――――まだいる。
【『直感索敵』から『空間索敵』へとスキルが派生しました。知力が0.10上昇しました】
「ちっ――――!」
舌打ちする。
敵は合計『五十匹』、しかも三百六十度完全に囲まれていた。一匹一匹は大したことはないのだろうが、ここまで数に分があると俺の取る行動は一つだけだった。
すぐに前方へと全力でダッシュする。逃げる、それ以外勝機はない。いや、あの麻痺毒針を一斉掃射されたらそれこそ木偶の坊と化して俺の人生はここで終局を迎えてしまう。それだけは絶対に避けるべく、ただひたすらに、ひたむきに走る。
数に分がある場合は基本的に魔術師の出番だろうが残念ながら今の俺には魔法などという超常現象は使えない。つまり最初から逃げる以外の選択肢はないわけだ。
ステータスを見てみると麻痺が0.72という数値になっている。たぶん1.00になったら本格的に効果は表れ始める。10.00になったらそこでお終いだ。俺はアイテム欄から解毒薬を取り出して飲むが、これはどうやら麻痺ではなく毒状態を回復するもののようだった。空になった小瓶を捨てて今度は回復薬を取り出す。だが不良とついているせいでとても飲む気にはなれなかったが、体力が三分の一を下回っているので一応飲んでみる。するとHPが回復し、減った。毒状態が1.00になっている。最悪だ。気休めに包帯を腕の傷に巻きながら走り続ける。
ここで『危機回避』のスキルが発動、後ろに来ていた針を自動的に鷲掴みにし、回転しながら後ろを振り向き投擲、回転の勢いを残したまま前を向き直り再度疾走。
「はっ……はっ……はっ……!」
そろそろ息が上がってきた。まだ街か村は見えないのか。全力疾走してもう一分は経っている。もう見えてもおかしくない頃なのに森は依然と続いている。俺が思っていたよりこの森は巨大なのか、そんなことを思っていると木の根っこが足に引っかかり、顔から地面にキスする。
「ぶごっ!?」
またか、また木の根っこか。愚痴りながら俺は泥だらけになった顔で仰向けに転がり、跳ね起きながら剣を構える。次の瞬間にはもう、蜂に似た虫たちは俺を取り囲み済みだった。
俺は『行動感知』と『直感先読』のスキルを最大限利用し、一匹一匹の挙動を細かく見ていく。
後方の虫二匹が針を発射してきたのを知覚し、すぐに弾いてそれを掴み投げ返す。その隙に左から三匹ほど突撃してきた。剣を振り纏めて叩き潰す。後方から針、指で挟み投げ返す。右と上から虫、斬り潰す。左下。踏んで潰す。全方位から、回転切りで吹き飛ばす。
そんな連続行動をしている間に、疲労がたまっていき、汗が流れる。そろそろ体力も限界に近付いてきた。固唾を飲んで集中しようとするが、集中力が切れかかっているため、今ではもう虫たちの行動が分からない。
背中に針が三本ほど刺さる。次に正面から一本。
「くっ、くそっ……!」
このままではらちが明かない。そう割り切った俺は剣を振りながら地面に落ちていた小石を虫に投擲。命中し虫の体は破裂。向こうにあった木の幹に食い込んで投げられた石は停止する。
すると俺の脅威度判定を上げて来たのか、虫たちは目つきを変えて俺に針を向けてくる。そして発射。
「ッは!!」
気合と共に針を躱し、躱しきれなかった針は剣で防御。
そしてまた転がっている小石を投擲し迎撃。虫が数匹ほど破裂。
さすがに不利と判断したか、虫たちはひとところに集まり集中砲火を真正面からぶつけようとする。流石にアレは密度か高すぎて躱し切れない。そう判断した俺は発射直前に近くの木の裏に隠れる。直か硬い物が何度も何度も木に突き刺さる音。
反撃に移るべく木から顔を出した。――――瞬間、頬を何かが掠る。
「え?」
時間差攻撃。全員で一斉に攻撃するかと思いきや、何匹かの虫はまだ攻撃しなかった。特性上、針が生成されるまで攻撃ができないことから連射ができないと割り切っていたが――――まさか知能面でこんなに優れているとは想定外だった。
まだ前の世界の常識を引きずっていた影響だろう。迂闊過ぎて笑いがこみあげそうになるがそんな状況ではなかった。
直ぐに逃げに転じようと足を動かそうとするが、そんな足へと針が突き刺さる。針が飛んできた方向に視線を移すと、いつの間にか近くまで接近してきていた虫がこちらを非嗤うような表情をしていた。小石を投擲してその身を破裂させるが、今度は腕に針が突き刺さる。また虫が接近してきていた。
伏兵。主力隊が意識を引き付けている間回り込んで裏から接近してきていた。所詮虫と侮っていた結果だった。あまりにも統率力が高すぎる。女王体が居るわけでもない。なのにこんな連携力、統率のとれていない部隊なら、たとえ銃火器を持っていたとしてもこの虫たちにか全滅させられていただろうと想像する。
麻痺が6.89になる。
不幸か、逃げ出そうとしていたがゆえに木から姿を出していてしまったせいで全方位から針が発射された。痺れる腕をどうにか動かして剣で防ぐが足りずにほとんどの針が体に突き刺さる。
痛いという感覚が麻痺されていてくれたのは助かった。でなければ軽く悶絶していただろう。
麻痺がついに10.00を超えた。もう動けない。顔の筋肉さえうまく動かすことができず、剣を杖代わりにやっと立っていられるほどだ。
「こんな、ところで……終わって堪るか……!」
力かこもらない四肢に無理やり力を込めようとする。
くそ、くそくそくそくそくそくそくそおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
「帰るんだよ……帰らなきゃならないんだよッッ!! あっちで、あいつらがっ、妹が…………っがあっ……! 死んで、堪るかあああああああああああああ!!」
死にもの狂いで叫ぶ。
周囲の虫たちが噛みつかんと襲い掛かる。
目を瞑った。
「《炎属・百剣雨》」
諦めかけていたその時、一匹の虫が墜ちた。
燃え盛る焔を纏っている剣によって。
「……は、へ?」
素っ頓狂な声を出している間に、炎の剣は雨のごとく降り注いでくる。
それら一つ一つが虫を恐ろしい精度で焼き、刺し殺し、地面へと叩きつける。俺は頭を抱えてその場で倒れながら蹲る。だが俺の方には一本たりとも剣は落ちてこなかった。
ズガガガガッと剣が数秒ほど降り続け、やがて止む。
蹲っていた俺は体を広げると、俺を中心に剣がここら一帯を焼き尽くしていたことが分かった。
熱い、網膜が焼けるほど熱かった。しかし燃え盛る剣は、すぐに消えてしまう。光の粒になって消滅した。驚愕の表情でその場で立ち尽くしていると、上から声がする。
「あのー、大丈夫ですか?」
「…………え?」
その声の持ち主は、木の上に座り、じっと、フードの奥にある美麗な赤い瞳でこちらを見ていた。
それに対し、俺はいきなり何が起こったのかわからなく、混乱したような声しか返すことしかできなかった。
――――――
「《キュア》……っと。これでよし」
「あ、ありがとう……ございます」
体中に包帯を巻いてくれて、あまつさえ回復魔法らしき術もご丁寧に駆けられた俺は、心底ありがたいと思った。フードで顔は見えないが、恐らく声からして女性だということはわかった。
彼女は偶然こちらに通りかかり、大量の『パラライズ・ビー』と呼ばれる麻痺毒持ちの羽虫と戦い苦戦している俺を見て、助けてくれたそうだ。苦戦というか、後半は完全にワンサイドゲームとなっていたのだが。
木の上から現れて偶然見かけたというのはどうかと思うが、とにかく命を助けられたのは間違いない。俺は重々何度も感謝の言葉を言っていた。
「本当にありがとうございます。危ない状況を助けていただいて」
「別にいいですよ? 同業者みたいだから、困っているときはお互い様ですし」
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
どんなことがあろうとも、命を助けられたからには彼女は命の恩人だ。何らかの形で俺は彼女に恩返しをしなければいけない。できれば今後の行動のために『借り』はあまり作りたくないのだ。
俺は考える。今持っている物にあまり価値があるとは思えない。狩りが返せるほどの価値があるものを、今の俺は持っていないのだ。本当にどうやって返せばいいのか……。金があるならば解決できただろうが、ここで電子マネーが通じるわけもないし、そもそも携帯事態今は持っていない。確か家のリビングに置きっぱなしだったため、ここにはないのだろう。
「何かお礼をさせてください。私にできることなら……何か」
「いいですって、律儀な人ですね~。同業者にこんな人がいたとは、私の方が驚きです」
「命を助けてもらって、何もしないというのはさすがに引け目があるというか……とにかく、何かさせてください」
ここまで押されたのが意外だったのか、彼女は困惑の表情を見せる。
そして数秒後、「そうだ」と呟き俺の方へと向く。
「それじゃあ、ちょっと街に帰ってから言っていいですか?」
「あ、はい」
これで肩の荷が少しだけ軽くなる。
さすがに命を助けられて何もしないというのは本当に癪に障るのだ。道端の捨てられた小犬を見て、自分にできることが何もないと自覚するほどの屈辱感と言えばわかりやすい。若干本音を言えば、彼女が何か面倒事を抱えていた場合、直ぐに離れられるようにするためだが。
我ながら外道である。
俺は麻痺から解けた体を動かし、錆びつき刃こぼれした片手剣を取る。
「そういえばその剣、随分と欠けてますね~? 何かあったのですか?」
「じ、実は、その……双頭の狼に道中襲われまして。拾った剣で戦っていたら、もうこんなになっていました」
慣れない素人が変な使い方をした証拠だ。俺は今の今まで斬るというより叩きつけるという戦法を取っていた。西洋剣ならば正しい使い方だろうが、この細い形状は叩き付けるというより刺し貫く、だ。それにまともに血も吹かずに振り続けていたらこの刃こぼれも錆びつきも当然だった。
元々錆びついていたこともあるだろうが。
「へぇ~、双頭狼ですか。もしかして、倒したんですか?」
「はい。一応、牙は拾ってあるんですけど、見ますか?」
アイテム欄から『双頭狼の心牙』なるものを取り出して彼女に渡す。その牙は未だに脈動しているように生気が感じ取られ、それ自体がまるで生物のような印象を植えつけられた。一瞬道端に捨ててしまうそうな衝動がよぎる。
彼女は受け取った牙をジッと観察し、やがて驚いたような声を出す。
「へー。本物、初めて見ました」
「差し上げましょうか? ……要らないし」
「いえ、いいですよ。これはあなたの戦利品ですし」
興味ありげに彼女は牙を見ていたが、すぐに持ち主である俺に返却してくれる。
俺もすぐに空間を歪ませてしまってしまう。そんなに値打ち物には見えないので、これはたぶん倒したという証拠品だろう。これだけで俺が倒したとは言えないのだが。
「ああ、そういえば……あなたの名前、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「な、名前、ですか?」
椎奈結城と申します、と馬鹿正直に言ったら即座に「?」という顔をされるだろう。流石に俺でもそんなことぐらいわかっている。全然知らない外国で異国の名前をそのまま出すようなものだ。普通ならそんなに問題ではないだろうけど、なんとなく恐い。もし日本で普通に使われている名前が、この世界では大反逆者一族の名前だったらどうする? そんな不安がよぎり、とっさに洋名を口にした。
「リ、リースフェルト・アンデルセン……で、す」
何を血迷ったか、そんなアホな名前が出てきた。
笑ってくれても構わないが、今だけは後悔した。アンデルセンというのはかの有名なデンマークの世界談大童話作家のひとり、ハンス・クリスチャン・アンデルセンから取ったものである。昔マッチ売りの少女を気に入って読んでいたので、まぁ、その名残かな。
リースフェルトというのは……うん、まぁ……とっさの思い付きでそんな名前しか出てこなかったんだよ。意味は特にないことはないが。リースは花や小枝で作った輪飾りで、フェルトは羊やラクダの毛を圧縮して作った生地――――混ざり物で作られた偽物のお飾り、という遠まわしな自虐であるだけだが。
しかしまぁ、『アイツ』の趣味に徐々に侵食されているのか。昔の俺が俺を見たら確実に自分と認識しないだろう。絶対にこれだけは『YES』と断言できる。
「リースフェルト……ふむ、聞いたことのない名前ですね」
「私は無名の村生まれですから、聞いたことがなくて当然、かと」
渾身の嘘が炸裂する。
この世界について知らないことは多い。どこかの村で生まれたと言って「どこの村?」と言われたらそこで言葉に積むのだ。だから俺はあえて無名と言った。無名の村の一つや二つ、あってもおかしくはない。
「無名……ふむ、北の方から来たのですね」
「あ、ええと、そう……北の最北地の村から来ました」
「あの『塔』に挑むため、ですか?」
「『塔』……? は、はい、夢見て家を飛び出して……親からは反対されていたんですが、好奇心がどうしても収められず」
「ふふっ、面白い人ですね」
今出来る最大級の嘘をつく。内心半端なく焦っているが、仕方がない。嘘をついたのは子供の頃妹にした時以来なのだ。いきなり人に嘘つけと言われてもいい言葉が見つからない。
俺は嘘は言わないが本当のことを言わないだけだが。
「いい、すごくいい。ええ、私とまるで同じ……冒険心満ち溢れる人。そんな臭いがします。凄く興味を刺激されます。いいな、弱くて。いいなぁ……」
全身から鳥肌が立つ。
彼女の赤い瞳が突然狂気と不気味さを宿し、俺は俺に一瞬だけ悪寒を覚える。
フードに隠れているけど少しだけはっきりと見える彼女の唇からは、冷気と何か惹きつけるような妖気が混じり、俺の脳を刺激する。本能的に一瞬だが逃げそうになった。だが俺は一歩だけ踏みとどまり、だがすぐに恐怖を逆利用して一歩だけ下がる。
すると彼女は意外そうな顔をして、すぐに面白いと笑う。
「……あははっ、すいません変なこと言ってしまって。変な意味はないので」
「そう、ですか……」
「あ、私の名前、まだ言ってませんでしたね。私の名前は、リーシャル・オヴェロニア。親しい者からはリーシャと呼ばれています。気軽に呼んでもらっても構いません」
「えっ、……どちらで呼べば」
「言ったでしょう? 気軽に呼んでください。あと、この際敬語は無しにしましょう。お互いの親睦を深めあうために」
「でも、その……」
会っていきなり呼び捨て、しかも女性に対してそれは少々やりにくい。
しかも俺は元の世界ではインドアの不良だったために、まともに友達さえ作らなかったのだ。居るにはいるが碌な奴らじゃない。そんな俺のコミュニケーション能力など低いに決まっている。インドアつってももめごと避けたいがために引きこもっていただけだがな。効果は薄かったが。
「では、こう言います。『お返し』の一環として、お願いします。これならいいですよね?」
そんなことを言われてしまっては言葉に詰まる。
仕方ないかと一息吐いて、心の準備を整える。大丈夫だ、俺ならできる。少しだけ自分を変えるんだ。
「……リースでいい。宜しく、リーシャ」
「宜しく、リース」
互いに握手をして、改めて挨拶をした。
すぐ後に、リーシャはそろそろ出ようと思ったのか「進もう」と一言だけ言い、進んでしまう。俺はそれを追いかけ、隣を歩く。これが恋愛ゲームなら手をつなぐ展開はあったのかもしれないが、残念ながらここはそんな生易しそうな世界ではない。ああくそ、思考が可笑しい。なんで今恋愛ゲームなんかに例えたんだ俺。やっぱ現実逃避したいのかね。
落ち着いて、彼女を分析する。外見は、十六十七程度だろうか。かなり胸のあたりが寂しいが、出るところは出ている。って違う、何変な分析してんだ俺は。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない」
真顔で軽く応じながら、俺は自分で自分の頭を一度小突く。邪な思考は切って捨てた。
俺はインドア派なので恋愛というか他人の感情には疎い、恋などしたこともないししたいとも思わない。特にこの世界では。
それに五十匹のモンスターを者の数秒で全て迎撃して見せた実力者なのだ。襲い掛かったら(死んでもしないが)その場で斬り捨て御免だ。命が惜しくてとてもできそうにない。
「……ふむ」
気になった。彼女の、リーシャの実力が。
一体どれほどなのか見極めたくなった。
広がる沈黙、『行動感知』をフルに使い、リーシャの足運び、呼吸の間隔、筋肉の動き方、全ての材料をもとに計測しようとする。変な目で見ていないからな。
【『心眼(偽)』のスキルを習得しました。知力が0.20上昇しました】
目を見開き、彼女の神髄を見極める。
『心眼(偽)』を使い、俺は彼女の実力を隅々まで透き通るように見る。
一瞬いやらしいと思ったがすぐにその思考はカットした。
【ステータス】
名前 リーシャル・オヴェロニア HP770/798 MP890/1420
レベル26
クラス ???
筋力13.80 敏捷29.98 技量16.25 生命力9.02 知力15.66 精神力12.43 魔力34.92 運6.28 素質10.00
状態 正常
経験値 5837/120000
装備 妖精女王の祝福儀礼済み純銀細剣『フローティ』 羽粉溶かしのレザーグローブ 焦熱地獄の炎鼠のレザーフード 高級シルクのシャツ 高級シルクの半ズボン 疾風皇帝の宝石指輪
習得済魔法 風魔法【ERROR】炎魔法【ERROR】古代魔法【ERROR】回復魔法【ERROR】
スキル 剣術12.33 直感4.78 高速行動47.02 風読み23.49 無詠唱許可19.00 未来予知(限定)5.00 風の申し子11.78 魔剣召喚魔法10.21 風魔法32.65 炎魔法16.90 古代魔法8.21 回復魔法22.01【以降読み取ることはできません・ERRORERRORERROREEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE】
「…………」
化物みたいな数値に一瞬我が目を疑う。全力で読み取ってエラーの多発。スキルの熟練度が低すぎるのか、あるいはあちらが読み取れないほど膨大な量なのか、どっちでも変わりはしないんだが。
「……リース?」
「あ、ああ、すまない。少しぼーっとしてた」
愛想笑いを浮かべて、どうにか引き攣った笑顔をごまかして首をブンブンと振る。
今のところはこの彼女は敵じゃない、なら今のうちに真意を見極めて味方につけるだけだ。ちょっと気の毒な気もするが、強い者を味方につけるのは生きるためには基本的なことだ。自分にしか頼らないという選択肢もあるが、さすがに右も左もわからない状況でそれはどうかと思い、やめた。
それに、敵に回られたらどうせ逃げるしかない。その時はその時で、せいぜい彼女が味方でいるときまで楽にしよう。
少々不安になりながら、俺は町へと歩みを進めた。
一体どのような困難が、この先待ち受けているのだろうか。それを思うと頭痛しかしなかった。