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第九十八話

「人類最強の転職~魔物相手に成り上がる~」という作品を始めました。どうか一読よろしくお願いします。


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西口詩織は、溌溂とした猫のような目をした少女であった。短い髪を後ろで結んでいるためポニーテールなのだろうが、尻尾(テール)といっていいのか髪形に詳しくない悟仙からすると判断に困る。背は低く、一目で年上だとは分かりにくい。


その少女は言ったのだ。「三島優弥を野球部に復帰させて欲しい」と。


「あの、どういう意味ですか?」


そんなこと突然言われても、悟仙は困惑するしかない。


「そうだよね。ごめんね、えっと」


自分でも唐突すぎたと感じたのか、詩織は恥じ入るように俯いた。しかし、すぐに顔を上げる。


「最新から話すね。実は」


「あの」


これから昔話の一つでも始めようかといった様子の詩織を悟仙は押し留める。


「なに?」


「その話、長くなりそうですか?」


「うーん、そうかも」


「じゃあ後にしてください。それとも、二人で五限サボりますか?」


失礼かと思ったが言わせて貰う。こんな中途半端なサボり方はかえって疲れそうだ。サボるなら、朝からサボる。


「むむ、嫌味な言い方だね」


「性分なので」


実を言うと悟仙は意識して突き放すような態度を取っている。まだほんの触りしか聞いてないが、面倒なことになりそうな臭いがプンプンする。これで諦めてくれるなら万々歳だ。


しかし、詩織にそんな様子は全くない。それどころか、白い歯を見せて爽やかに笑った。


「じゃあ、放課後空いてるかな。その時話を聞いてくれる?」


おそらく、悟仙には関係ないことだ。しかし、そう言ってこの小柄な先輩は諦めるだろうか。それはないだろう。一度話を聞いてからでもいいかもしれない。


「……分かりました」


「ありがとっ。じゃね」


そう言って、詩織はパタパタと走っていった。二年生は上の階だ。五限はぎりぎりだろう。悟仙のせいではない、はずだ。


ドアを開けて教室に入る。すると、麻理と目が合った。こちらの表情を窺うような、心配するような何とも言えない表情をしている。取り敢えず「なんでもない」という意味を込めて首を振ってから席に向かう。


席に着くと、前に座る竜二が振り返ってニヤリと笑った。


「アイコンタクトってやつか?」


「そんなんじゃない」


竜二から言われたからじゃないが、午後の授業中悟仙は麻理と目を合わせられなかった。何となく気まずいのだ。この気まずさがどこから来ているのか、悟仙には分からなかった。


帰りのホームルームが終わり教室の外に出ると、廊下に詩織が立っていた。悟仙に気付くと、ブンブンと手を振る。流石野球部マネージャー、元気だ。


「やあやあ、昼休みぶりだね」


「……ですね」


「君はいっつも眠そうだね」


「よく言われます」


生まれてこの方ずっと言われてきたことである。今さら治しようもないし、治そうとも思わない。


「それで、どこで話すんですか?室内の方が……」


そこで、詩織がこちらを見てないことに気付いた。顔は悟仙を向いているが、焦点が合っていない。悟仙の肩越しに向こうを見ている。


「どうしました?」


「あの可愛い子は誰?」


言われて振り向くと、麻理が立っていた。こちらを伺うように見ている。


「どうしたの?」


詩織に声を掛けられ、麻理は慌てた様子で首を振った。


「いえっ、あの、陸奥くん私は部室にいますから」


麻理はそう告げると、逃げるように去って行った。その背中を見ながら詩織が言う。


「先約が?」


「いや、ないです」


「それなら、いいのかな」


一つ頷くと、麻理とは反対方向に歩き出した。何も言わないということは、ついてこいということだろう。背筋が伸びた背中を無言で追いかける。


しかし、昇降口に近付いたところで堪らず口を開いた。


「あの、外で話すんですか?」


「うん、今日は暖かいからね」


「いや、でも中の方が……」


「そうしたいんだけどね、中はどこに耳があるか分かんないから」


そういう理由なら頷くほかない。まさか「寒いから外は……」なんて言えるわけがない。


二人は中庭にあるベンチに並んで座った。まわりに人の姿はない。風はなく陽射しがあるため凍えるほど寒くはないが、暖かくもない。季節は冬なのだ。当然と言えば当然だろう。


そんなことを考えていると、一つ思い出したことがあった。この中庭で、悟仙はクラスメイトの宮田と一悶着あったのだ。そして、頬に一発貰った。あれ以来、麻理と関わる機会が増えたように思う。


「さっきの女の子」


詩織の声に顔を上げる。女の子とは麻理のことだろうか。


「あの可愛い子は、彼女?」


「いえ、違いますけど」


「そっか。もしそうなら悪いことしたなと思ってさ」


「それは気にしなくていいですよ。まあ、早く要件を済ませてくれると助かりますけど」


「君は正直者だね」


詩織は苦笑すると、一つ咳払いをして言った。


「優弥を野球部に復帰させて欲しい。それはもう言ったよね」


「はい」


「君は自分に関係ないと思ってるかもしれないけど、事実関係はないんだけど何とかお願いできないものかと考えている」


「どうしてそこまで僕に?」


「優弥はああ見えて頑固でね。いくら正しい言葉でも、それを言った人に興味が無ければ聞く耳を持たない」


「僕には興味があると?」


「うん。じゃないと三日も文芸部に通わないよ」


「……井上かもしれませんよ」


「井上?」


「井上麻理、さっき廊下にいた女子です」


「おおっあれが井上麻理さんか!?」


詩織は顔を紅潮させて言った。


「知っているんですか?」


さっきのやり取りでは、どちらにも面識がないように見えた。


「名前だけは知ってたんだよ。うちの高校の美少女コンテスト二位だよね?茜と僅差で負けた」


文化祭で非公式に行われた美少女コンテスト、懐かしい。数ヶ月前のことなのにかなり昔であるように感じる。


「詳しいですね」


「ああいうのを気にするのは男子だけじゃないんだよ」


「そういうものですか」


「でも道理で……もう少し話せば良かったな」


そこで話が逸れていることに気付いたのか、詩織はハッと顔を上げた。


「おっとごめん。井上さんに興味があるかって話だったね。うーん、それはないかな」


「言い切りますね」


「優弥はずっと君に興味があるって言っていたんだよ」


「ずっと?」


悟仙の問いに詩織は迷いなく頷いた。


「うん、二ヶ月くらい前からだったかな」


「そう、ですか」


少しの間、二ヶ月前の自分の行動を振り返るが全く思い出せない。何か優弥が興味を引くようなことをしたのだろうか。


考え込む悟仙を見てないこと何を思ったのか、詩織は歯切れ悪く言った。


「やっぱり、余り乗り気にはならない?」


「まあ、それは……」


どう考えても、これは悟仙に関係あることとは思えない。野球部に申し訳ない気持ちがなくはないが、断るべきだろう。


悟仙が口を開く前に、詩織が決意を込めた顔をして言った。


「よし、じゃあ交換条件を出そう」


「それは、どういった?」


「もし優弥を復帰させてくれたら、私が君の彼女になってあげるよ」

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