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第九十五話

一月下旬、文芸部の部室、片手に文庫本を持っている悟仙の前にはゆらゆら湯気を立てているティーカップが一つ。頬杖を突いたまま悟仙が向かいに目を向けると、一人の少女が同じく文庫本を読んでいた。こちらはしゃんと背筋が伸びている。


井上麻理、ふわりとしたボブカットに透けるような白い肌を持った少女で悟仙と同じクラスでもある。少し垂れた大きな目が今は文庫本に真っ直ぐ向けられている。

もう二人部員がいるのだが、今日はまだ来ていない。委員会や追試などで部員が揃わないことはそう珍しいことではない。

つまり、いつもの放課後である。


ただ一つを除いて。


悟仙から見て左側、下座の席に少年が一人いた。黒い短髪に少しつり上がった目が特徴的な少年で、名を三島優弥(みしまゆうや)という。一昨日に入ったばかりの新入部員である。

どうやら図太い神経を持っているようで、文芸部員でありながらマンガを読んでいる。


タンタンと机の端で指を滑らせていた優弥がふと顔を上げると、不思議とよく通る声で言った。


「井上さん、お茶のおかわり貰ってもいい?」


「はい、ちょっと待って下さい」


麻理が笑顔で応じて席を立つ。初めの方こそ優弥に対してどこかぎこちなかった麻理も三日目となれば流石になれたようで今は自然に対応できている。


優弥のカップにお茶を注いだ後、麻理がこちらに目を向けてきた。


「陸奥くんもどうですか?おかわり」


「ああ、じゃあ貰う」


少し残っていたのを一息に飲み干してカップを麻理に差し出す。

ついで貰っている間に悟仙は優弥に目を向けた。


「三島よ」


「どした?」


優弥が人好きのする笑みを浮かべる。キリッとした顔立ちだが、笑うと途端に印象が変わってしまう。


「こっちに座ったらどうだ?」


優弥が座っているところはドア側で、窓からの陽射しが当たらず見るからに寒そうだ。


「いやいやそれは恐れ多い」


「恐れ多い?」


「だってそこは先輩部員の席だろう?恐れ多いよ」


「先輩も何も、同学年だ。そんなこと気にする必要はない」


「それでも、だよ」


思いの外頑なな優弥に悟仙は妥協案を出す。


「じゃあ、こっちに座れ」


そう言って悟仙と麻理の間、上座の席を指し示す。すると優弥は真顔で立ち上がって無言で座った。悟仙の隣に。


「結局そっちに座るのか……」


「陸奥悟仙」


優弥は悟仙の肩に両手を置くと、何やら優しげな目を向けてきた。


「陸奥悟仙よ、俺は本が読めない」


「文芸部なのにな」


悟仙の皮肉を無視して優弥は続ける。


「でもな……そんな俺でも空気ぐらい読めるんだ」


優弥の何とも言えない迫力に悟仙は少々たじろいた。


「そう、なのか」


「あそこに座るくらいなら、俺は先輩部員にどつかれた方がマシだ!」


「いや、どつかれたりしないから」


そんなやり取りをしている間にお茶を注ぎ終わった麻理が口を開く。


「あの、私はもう帰るのでこちらにどうぞ」


「え、井上さん帰るの?」


「すみません。なっちゃんが少し心配で」


「ああ、九条さんお見舞いに行くのか」


優弥が納得したように言った。


「そういえば、今日も来てなかったな」


独り言のつもりで呟いた悟仙だったが、麻理にはしっかり聞こえたようでジットリとした目を向けられた。


「陸奥くん、なっちゃんが休んでいる理由知ってます?」


「それくらい知っている」


仏頂面で答える悟仙に机に両手をついた麻理がずいっと顔を寄せてきた。ふわっと甘い香りがする。


「言ってみて下さい」


上半身を反らしながら答える。


「風邪、だろ?熱が下がらないとか何とか……」


夏子は一昨日から熱で欠席している。竜二が部活に来ないのも、夏子の様子を見に行っているからだ。麻理はこれまで二人に気を遣ってお見舞いに行かなかったのだろうが、流石に心配らしい。


「正解です。よくできました」


「あのなあ、九条の話は結構クラスでも話題になっていたんだから知っていて当然だろ」


「それもそうですね」


子供扱いするような言い方に少しムッとした悟仙だったが、反対に麻理はどこか嬉しそうだった。





「それでは、また明日」


笑顔で出て行く麻理にヒラヒラとおざなりに手を振る。ドアが閉まると、当然ながら部室には悟仙と優弥の二人になった。一昨日、昨日と麻理もいたため優弥と二人なのは初めてである。


悟仙は密かにこのタイミングを待っていた。


悟仙にしては珍しく、少し気になることがあった。


何故、三島優弥は三日間(・・・)も文芸部に()入部しているのか。


「三島」


「うん?」


マンガから目を離さずに言う優弥に悟仙は告げた。


「文芸部に、甲子園はないぞ」



クラスで話題になるくらいのことなら、流石の悟仙でも覚える。それが学年中だけでなく学校中で話題なっていることなら尚更である。


三島優弥を知らない生徒は殆どいない。


去年の夏の甲子園予選、毎年二、三回戦突破がいいところだったチームをベスト4まで導いた立役者。エースで四番、まさにチームの中心だったのが三島優弥である。


しかし、それが今グラウンドではなく文芸部にいてマンガを読んでいる。


最近、学校中である噂が流れている


『野球部を辞めた三島優弥が、様々な部活に一日だけ仮入部することを繰り返している』と……

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