第八十九話
長らく待たせてしまって本当にすみません。
このクリスマスの騒動までは何とか書き切りたいと思っております。
加えて、アルファポリスの小説大賞に応募しているので、投票していただけたら嬉しいです!
宮田からの恋愛講座と今のクラスの状況説明を受けて早数日、しかし悟仙と麻理は未だに解決策を出せずにいた。
もう十二月に入り、期限であるクリスマスまでもう二十日ほどしかない。焦ったからといって上手くいく筈もないのだが、クリスマスが近付くにつれて活気付く、もとい浮つくクラスメイトたちを見ていると、流石の悟仙も何か対策を考えなければという気がしてくる。
悟仙でそうなのだから、麻理は当然焦っていた。現に今こうして放課後の部室で落ち着かずにウロウロ歩き回って文字通り右往左往している。
「おい、少しは落ち着いたらどうだ?」
見かねて声を掛けたが、麻理はこちらが落ち着いてるのがおかしいとでも言いたげな表情を向けてきた。
「これが落ち着いていられますか。もう幾ばくも無いのですよ!」
「幾ばくくらいはあるだろ」
「ありません!」
仏頂面の悟仙に麻理は長テーブルに手を突いて声を上げた。興奮しているのか頬が少し赤い。
「分かったから、とにかく落ち着け。そんな様子じゃ、思い付くものも思い付かんぞ」
悟仙の言葉に麻理は渋々向かいの席に着く。焦っているとはいえ、麻理がここまで取り乱すのは珍しい。
「陸奥くんは、もう少し焦ってもいいと思うんですが……」
「俺はそこまで他人に感情移入しないからな。それに、まだ二十日ほどある。のんびりとはいかないが、まだ焦る必要はない」
悟仙としては至極当然のことを言ったのだが、麻理はキョトンとしている。
「どうした?」
尋ねると、麻理はその大きな目を数回瞬かせてから小さくため息を吐いた。
「そうでした、そうでしたね」
「やっと気付いたか、じゃあもう少し冷静に」
「陸奥くん」
言葉を遮る麻理のいつもより強めの声に悟仙は少々面食らった。
「なんだ?」
戸惑う悟仙をよそに麻理は真面目な顔で、加えて背筋を綺麗に伸ばして口を開く。
「今日の、いえここ数日の朝のホームルーム中どうしてましたか?」
「どうしてたって……」
改めて問われると返答に困る。朝のホームルームなど大して意識して過ごしてない。強いて言うならば
「別に、いつも通りだ」
としか言えない。というか、ほとんどの学生がそうなのではないだろうか。
「いつも通りというのは、つまり眠そうな顔で欠伸を噛み殺しながらぼんやりとしていた、ということですね」
麻理の言葉には棘があった。やはり、今日の麻理は少しおかしい。いつものおっとりとした雰囲気があまり感じられない。
しかし、悟仙はここでその事について突っ込んだりしない。『君子危うきに近寄らず』だ。
「まあ、そうだが……結局何が言いたいんだ?」
「明日から、この部室には入れないんです」
「入れない?」
「はい、明日からテスト期間に入るので」
「テスト?」
「期末テストです」
「あ」
ここで悟仙はようやく麻理の言いたいことに気付いた。テスト期間に入れば、大会前など何か特別な理由が無い限り部活動をすることが出来なくなる。そして、その情報は朝のホームルームで伝えられていたのだ。
「部室が使えないのは、ちょっとまずいな」
「やっと気付いてくれたんですね。私はてっきり陸奥くんもその事を知っていると思ってました」
「全く知らなかった」
あまり他人に関心がないため、教師の話を聞かないことは多々あるが、テストについて聞き漏らしたのは初めてだった。クラスメイトたちはテストなど関係ないとばかりに色めきだち、いつもならその話題を振って来る竜二が沈んでいるのが原因かもしれない。
そんなことを考えながら対面に目を向けると、そこには麻理の膨れっ面があった。
「もう、少しは反省してくださいね。こうやって私が話していることも、ちゃんと聞いてくれてますか?」
「聞いてるよ」
即答しても、麻理の疑念は消えない。
「本当ですか?」
「本当だ。井上の話はよく聞いている」
他の連中ならまだしも、麻理の話を無視したら面倒なことになりかねない。面倒なことと無関係でいたい悟仙の答えに、麻理は優しそうな印象を与える少し垂れた目を少し見開いた。
「そ、そうですか。それはその……ありがとうございます」
「あ、ああ。それはどうも」
麻理の戸惑いが伝染したのか、悟仙も言葉を詰まらせてしまう。
何とも言えない空気が文芸部の部室を支配するが、こんなことに時間をとっている場合ではない。明日から部室が使えないということは、竜二と夏子について話し合う場がなくなるということなのだから。
悟仙は息を吸い込み、いつもより少し大きな声を出した。
「それで、どうするだ?あの二人の件は。諦めるか?」
「もう、どうして諦めるという案が出て来るんですか」
悟仙が沈黙を破ったのが功を奏したのか、麻理の表情から緊張がとれる。
「とにかく、一度現状を整理してみませんか?」
「そうだな」
このまま焦った状態で考えても迷走するだけかもしれないと考えて悟仙は賛成した。
「なっちゃんと加藤くんが仲直りできない原因は二つあると思うんです」
「というと?」
悟仙の問いに一つ頷いた麻理は白い指を一本立てた。
「一つは、なっちゃんと加藤くんがお互いに何というか……意固地になっていて仲直りを切り出せていないことです」
続いて二本目を立てる。
「二つ目は、二人の周りの人たちが異常に二人に注目していることです。それが、一つ目の原因に拍車をかけている面もあります」
分析する麻理は思いの外冷静だった。おっとりとしていて何も考えていないように見えてもしっかりしているのが、麻理が優秀な要因かもしれない。
いくら喧嘩の経験が無いとはいえ、そんな麻理でも苦戦していることからどれだけこの件が面倒なのか分かる。
一つ目の原因はそんなに大したことじゃない。問題は二つ目だ。
これさえなければ、竜二と夏子はクラスメイトたちの見えないところで仲直りしてしまえばいい。しかし、周りに注目されているせいで、例え仲直りしてもすぐに勘づいたクラスメイトに茶々を入れられ二人の関係は瓦解してしまうだろう。
また、周りの人の目自体をどうにかしようとしても、それは難しい。そのためにはまた誰かを標的にする必要があり、例えば学年中で美少女と有名な麻理が誰かと付き合っているという噂を流せばよい。しかし、それは悟仙の本意では無い。
「陸奥くん、何か案はありますか?」
テスト休みは明日からの一週間、試験はおそらく四日間、土日を挟むことがあればそれ以上の期間ここでの話し合いは持てなくなる。
テストが終わればもうクリスマスまで数日しかない。
だから、このこれまで何度繰り返されたか分からない問いも、最後になるかもしれない。
二人が仲直りできない二つの原因、それを避ける、もしくは解消しながら仲直りさせる夢のようなとはいかないまでも一石二鳥な都合がいい案。
果たして、それはあった。
悟仙の頭の中に、しっかりとあった。もっと言えば随分前、宮田の話を聞いた後には思い付いていた。しかし、その案を実行に移すのは抵抗があった。すこぶる私的な理由で抵抗があった。
そのため、今日まで色々考えてきたのだがこれ以上の案は出そうにない。
というか、この腐れ縁二人の仲直りというおよそ高校生がぶつかる壁とは思えない件を早く終わらせたかった。
「案は、ある」
「それは?」
麻理が期待に満ちた目を向けてくる。対して悟仙は苦虫をかみつぶしたような表情だった。
「期末テスト明けの、クラス会に行く」
「へ?」
麻理の素っ頓狂な声が、部室中に響き渡った。




