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第七十六話

悟仙と竜二の鮮やかなコンビネーションに女子達がはしゃいでいる頃、当の二人は焦りを隠せないでいた。


「おい、悟仙!早くこっちに来てくれ!」


「少し待ってくれ。俺も手一杯なんだ」


そんな会話を交わしながらも、二人は一騎、また一騎と騎馬を減らしていく。

しかし、如何せん相手の人数が多すぎる。とても二人では対応しきれない。二人の連携をもってしても、どちらかの騎馬が崩れるか、鉢巻きを取られるのは時間の問題となっていた。小学校、中学校でこのような事態に陥ることはなかったため、初めてのケースだった。


「だあ~!次から次へと湧いて来やがって!」


「だから言ったんだ。今まで通りにいくはずがなかった」


今二人が大忙しになっている原因は二つある。

一つは味方からの加勢がないことだ。白団の男子達は悟仙と竜二だけでどうにかなると思っているのか、全くこちらに来る素振りを見せない。まさかここまで協力的でないとは思わなかった。

そしてもう一つは……


「ああそうだな!やっぱり『勇者』効果は侮れなかったな!」


竜二がやけくそ気味に言う。

そう、もう一つの原因は悟仙が相手に気付かれるのが早すぎたことだ。

当初の予定では、相手が困惑しているうちに大半の騎馬を減らしてしまい、悟仙の存在に気付いた時には時すでに遅しという風にするはずだった。

しかし、得てして予定とはその通りにいかないもので、悟仙は二人の見立てより遥かに早く見つかってしまった。それはきっと悟仙が『勇者』であるからだろう。整列していた時に感じた視線が多すぎた。悟仙は騎馬戦が始まる前から注目されていたのだ。それではいくら竜二の後ろに隠れていても見つからない訳がない。


「竜二、俺はもう降りてもいいか?リレー分の体力を残しておきたいんだが」


予定通りにはいかなかったが、相手の騎馬は随分減らした。もう十分だろう。


「そうだな。これ以上やらせて後で倒れられたら、井上さんに怒られそうだ」


「すまんな、後は任せた。じゃあここは危ないから少し向こうに移動、ん?」


竜二からの了承も得たので、悟仙は自分の騎馬にここから離れてくれるように頼もうとした。

しかし、視界の端を大きな影が横切ったのに気付き、言葉を止める。

影の方に目を向けるとそこには凄まじい勢いでこちらに突撃してくる大将騎の姿があった。


「悪の大魔王の出陣か」


悟仙は渇いた笑みを浮かべそう言った。




☆☆☆




「陸奥くん、大きいのが来ましたよ!」


悟仙の危機に気づき、麻理は立ち上がり叫んだ。

しかし、大将騎の出陣にテントは湧きに湧いており、麻理の声はかき消されしまう。

大将騎が悟仙まであと数メートルに近付いた時、ようやく悟仙が大将騎の存在に気付く。だが、気付いたからといって不意打ちをされることを防いだだけだ。

悟仙の周りには多くの騎馬がいるが、大将騎はその中でも群を抜いて大きい。悟仙の騎馬と並んだら、悟仙の頭は相手の騎手の胸くらいの高さまでにしか届かないだろう。


「陸奥くん、逃げて!」


麻理の叫びはやはり届かない。例え届かなくとも悟仙なら当然逃げると思ったが、悟仙に逃げる様子はなく、諦めたように脱力している。


「あいつ、何やってるのよ!早く逃げなさいよ!」


隣に座る夏子が苛立たしげに言う。

悟仙は怪我しないだろうか。麻理はそれだけが心配だった。


悟仙は自分を支える騎馬に何やら指示を出すと、大将騎と正面から向かい合った。そして、ゆらりと両手を前に出した。

悟仙のその動作が終わるのと同時に大将騎が悟仙の目前に迫る。


大将騎は悟仙を射程圏内に入れると、直ぐに両手を突き出し、悟仙の両手をがっしりと掴む。大きさが全く違うため、大将騎が悟仙を上から押さえつけているように見える。

しっかりと手を掴まれる。たったそれだけの事をされただけなのに、悟仙の上体はぐらりと後ろに傾いた。よく見てみると、悟仙の両足が固定されていない。あれでは少し押されただけでも倒れてしまう。

大将騎が力を加えていく度に悟仙の上体はどんどん傾いていき、遂には地面と平行になってしまった。


「ちょ、ちょっとあれ見て!」


夏子に促され、指差す方向、大将騎の方を見てみると大将騎ほ騎手の体勢も危なくなっていた。悟仙とは反対に前傾姿勢になりすぎていて、悟仙が後ろにいくにつれて相手も前にいってしまう。ましてやあの身長差だ。大将騎の騎手は体の大部分を騎馬からはみ出させてしまっている。


悟仙の足が宙に上がる。悟仙の頭は地面まで一メートルもない。

そこまで悟仙の上体が傾いた所で、大将騎の騎手がとつとう騎馬から完全に離れてしまった。悟仙に覆い被さるように倒れ、二人分の体重を支えきれなかったのか、騎馬が崩れ二人が連れ立って騎馬から落ちる。


グラウンドは静寂に包まれ、テントの下にいる女子達も静まり返り、もうもうと土煙を上げる二人が落ちた地点をじっと見つめている。


「ゲホッ、ゲホッ」


土煙が消え、二人が姿を表す。土煙を吸ってしまったのか、咳き込んでいるのは悟仙だった。一方大将騎の騎手は倒れたままだった。


「どうして陸奥くんだけ無事なんだろう?」


悟仙が大きな怪我をしていないのはとてもい良いことだし、安心した。しかし、一つ気になるのがどうして悟仙があんなにけろっとしてるのかということだ。

麻理の疑問に答えてくれたのは夏子だった。


「あいつ、受け身とってたのよ」


「えっと、どうやって?」


「ちらっと見えたんだけどね。陸奥は騎馬が崩れる直前に地面に手を着いてたの。多分、そこからバク転の要領で受け身を取ったんでしょうね。反対に陸奥の上に被さってた相手は背中から落ちちゃったんじゃない?」


「陸奥くんは、最初からそうする気だったのかな?」


「そうでしょうね。足外してたし」


それならば、手を相手に掴ませたのはより多くの反動をつけるためだろう。よく考えると、悟仙が大将騎の接近に気付いたときにはもう相手はトップスピードになっていた。例え逃げたとしても、すぐに追いつかれていただろう。それなら、万全の体勢で向かい入れた方が良い。悟仙はどこまでも冷静だったのだ。


「すごいなあ」


「まあ、あいつは全く嬉しくなさそうだけどね。竜ちゃんの方が喜んでるってどうなのかしらね」


夏子が呆れ顔で言う。

男子達に囲まれ、嫌そうにしている悟仙が、麻理には林間学校の時と重なって見えた。あの時から随分経ったように感じるが、悟仙は全く変わっていない。


相討ちだったものの、大将騎を倒した悟仙に女子達から拍手が送られる。悟仙はそれに見向きもせずに整列し、皆に習って小走りでテントに戻ってくる。


悟仙の活躍に衝撃を受けたのか、女子達にはまだ興奮している者もいる。体育大会が終わったら、悟仙は有名人になっているかもしれない。


「さっきまで竜ちゃんばっかり応援してたくせに、調子いいわよね」


「そうだね。ふふっ」


「どうしたの?」


「ううん、何でもない」


悟仙は少し腰が重く、ひねくれているが、不思議な雰囲気を持ったとても優れている人物だ。麻理はそれを今騒いでいる女子達より随分前から知っている。


麻理はその事が無性に嬉しかった。

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