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第七十五話

四人で一つの騎馬を作り、男子達が横一列に並んで向かい合っている。興奮している者が多く、あちこちで叫んだり腕捲りをしているのが見える。

そんな中で、悟仙は大口を開けて欠伸をしていた。

何というか……


「陸奥くんらしいな」


麻理は誰に言うでもなくそう呟いた。

悟仙はいつも良くも悪くもマイペースだ。悟仙から言わせればこんな学校行事に張り切っている人達の方がおかしく見えるのだろう。


「ほんと、あいつには気力ってものが無いのかしらね」


隣に座る夏子が呆れ顔で言う。今は男子がテントに居ないため、夏子は先程悟仙が座っていた席に座っている。


「陸奥くんは張り切るようなタイプじゃないみたいだね」


夏子の言葉に苦笑してしまうが、麻理はそんな悟仙見て内心少しほっとしていた。

ここ最近は何となく様子がおかしかった悟仙だが、今日は全くそんな感じがしない。

しかし、心配な事もある。精神的には回復したように見える悟仙だが、まだ身体は回復しきれていない。

騎馬戦なんて激しい競技、大丈夫なんだろうか。


「なに、麻理はそんなに陸奥が心配なの?」


顔に出てしまっていたのか、夏子が顔をのぞき込んでくる。


「うん、ちょっとだけ。まあ、私が心配しても仕方ないし、陸奥くんも無理はしないと思うんだけど」


「騎馬戦は結構危ないからね、心配する気持ちも分かるわ」


「なっちゃんも、やっぱり加藤くんが心配?」


「は!?誰も竜ちゃんが心配なんて言ってないでしょ!」


「そうだね、ごめん」


言葉では謝る麻理だが、目に見えて動揺する夏子についつい頬が緩んでしまう。

少しの間麻理が生暖かい目で見ていると、夏子がその雰囲気を変えるように咳払いをして口を開いた。


「ま、まあとにかく、あの二人は心配ないわよ。小中とあいつらの騎馬戦見てきたけど、あの二人は相当やるからね」


「そうなの?」


「うん、わざわざ竜ちゃんの中学校まで見に行ったあたしが言うんだから、間違いないわ」


夏子が自信満々といった様子で答える。

麻理は首を傾げた。体格も良く運動神経抜群の竜二はともかく、悟仙が強いとは思えない。そもそも、麻理は悟仙が騎馬の上に登っているだけでも驚いたくらいなのだ。


「陸奥くんも強いの?」


「陸奥が強いっていうか、二人が強いのよ。陸奥の場合はまあ、あいつの性の悪さが滲み出てる感じね」


「ちょっとひねくれてるけど、陸奥くんは悪い人じゃないよ?」


「そんなにムキにならなくても……まあ、見れば分かるわよ」


真剣な表情の麻理に夏子が少し身を引いてそう言うのと同時にピストルが鳴り響き、開戦の合図が鳴った。




☆☆☆




「おい竜二」


「ん?」


開戦が近付き、緊張感の高まる中で悟仙が呑気に声をかけると、隣の騎馬の上にいる竜二が腕捲りをしながらこちらに目を向けた。


「おそらくだが、今まで通りにはいかないかもしれない」


「どうしてだ?」


「俺は『勇者』なんだろう?」


「ああ、全くそう見えないけどな」


竜二の軽口は無視して悟仙は構わず続ける。


「もし、お前が悪の大魔王として勇者御一行が現れたら、先ず最初に誰を倒す?」


「そりゃ最初は勇者だろう?」


「だから、今まで通りにはいかないと言ってるんだ」


竜二が腕捲りをしていた手を止める。


「いや、でもお前が強いって訳じゃないだろう?」


「でも目立っている事には変わりないだろ」


まだ向かい合っているだけだというのに、前方からいくつもの視線を感じる。『勇者』の噂は伊達じゃないようだ。


「まあとにかく、最初は今まで通りやろうぜ」


「そうだな」


何はともあれ、出来ることをしなければ竜二に借りを作ったままになってしまう。トラック一周分の体力を残しながらも適度に頑張らなくてはならない。

悟仙が体力の配分の計算をしていると、開始のピストルが鳴った。




☆☆☆




紅団と白団に別れている両陣営のうち、先に動いたのは白団に属する竜二だった。大将騎目掛けて一直線に突っ込んでいく。


騎馬戦は団体戦のため、紅団の騎馬達が大将騎を守るように立ちふさがる。


「やっぱり、竜ちゃん達はいつも通りにやるみたいね」


興奮しているのか、夏子は少し前屈みになっている。

対する麻理は驚きで何も言えなかった。

合図とともに一気にグラウンド中が殺気立ったのもそうだが、一番に駆け出した竜二の後ろに悟仙がぴったりとくっついていることに驚いた。相変わらず眠そうな顔をしている悟仙を見れば、この行動は騎馬の単独行動ではないようだ。


「いっけえー!竜ちゃん!」


夏子の掛け声と共に竜二が紅団の大将騎に突っ込む。

しかし、取り巻きの集団に阻まれてしまった。


「加藤くん、無茶なんじゃ……」


「ここからよ!」


数騎に囲まれ防戦一方になってしまった竜二だが、それもほんの僅かな時間だけだった。

何故なら、後ろからやってきた悟仙が竜二と組み合っていた紅団の騎手から鉢巻を次々に奪っていくからだ。鉢巻を取られた騎手は騎馬から降りなければいけないため、竜二の前から騎馬が消えていき大将騎への道が開けた。


「すごい……」


麻理は思わず感嘆してしまった。多くの騎手を相手取り倒されず鉢巻も取られない竜二もすごいが、あっという間に鉢巻を奪っていく悟仙の早業もすごい。夏子が言うとおり、少し卑怯な気もするが二人の連携は見事だった。


麻理と同じ様に感じたのか、テントの下にいる女子達も大はしゃぎで歓声を上げる。

しかし、女子達が口々に言うのは竜二の名前ばかりだ。


「陸奥くんだって、頑張ってるのに」


竜二が女子から人気があるのは知っているが、少しくらい悟仙を応援する声があってもいいはずだ。

ここにも不満を感じている者がいるらしく、夏子が忌々しげに口を開いた。


「竜ちゃんはあれを狙ってやってるのよ」


「どういう意味?」


「良く注意をして見ないと、竜ちゃんが相手の鉢巻を取ってるように見えるのよ。いきなり飛び込んだりしたら、嫌でも目立つからね。陸奥に目が向かないの。本当に目立ちたがりなんだから」


「そっか」


確かに、激しくぶつかり合っている竜二に対して悟仙はその間をするすると動き回っているだけなので麻理のように最初から悟仙を見ていなければ目に入らないかもしれない。


二人がそんなやり取りをしている間も、悟仙と竜二は連携プレーで次々に紅団の騎馬を減らしていく。

その度に女子から歓声が上がり、夏子がどんどん不機嫌になっていく。

騒いでいる女子達は気付いてないが、紅団の男子たちは悟仙の活躍に気付きだしたようで、竜二を諦め悟仙を向かっていった。

それに対して悟仙はひょいひょいと上半身を振って次々に鉢巻を取りに来る手をかわしていく。紅団の男子たちが躍起になって悟仙に手を伸ばしていると今度はお留守になった竜二が悟仙に向かう騎手の鉢巻きを奪っていった。こうなると、悟仙だけを相手取る訳にもいかなくなる。

しかし、騎馬戦においてそう簡単にコミュニケーションを取るのは難しいようで悟仙達に比べて動きがちぐはぐで、なかなか二人を捕まえる事ができない。


ようやく悟仙の活躍に気付いたのか、女子達から悟仙の名前を出す者も出てきた。

麻理が満足げに頷いていると、紅団に動きがあった。

今まで奥に控えていた一際大きな騎馬、大将騎が猛然と悟仙に突っ込んだのだ。

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