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第七十四話

グランドの中央に置かれてある長さ十メートル程の竹のようにペイントされた棒を女子生徒達が群がって奪い合っている。何とも奇妙な光景だが、競技名は「竹取物語」と言うらしい。


「こんな野蛮なことをしていたら、月からのお呼びもかからないだろうな」


「おいおい悟仙、お前の目は節穴か」


悟仙の呟きに対してどこかで聞いたことがあるような返しをしてきたのは隣に座る竜二だ。

二人が座っているのはグランドに白線で引かれたトラックの外にあるテントの下である。横一列に設けられたテントの下に全校生徒が集まっているため、今でこそ女子生徒達が競技に出ていて空いているからいいものの、参加人数の少ない競技となるとむさ苦しくて仕方ない。


「俺より、目がおかしい奴が大勢いるだろうが」


そう言って悟仙はテントから出て立ち入り禁止ライン、つまりトラックのラインすれすれに群がっている男子の集団に目を向けた。せっかくテントの下が空いたのに、そのテントから出るとは、意味が分からない。

しかし、竜二には意味が分かるようで呆れたように首を振った。


「おかしいのはお前だ。悟仙、あそこには男のオアシスが広がっているんだ」


「オアシス?」


聞き返すと、竜二が大きく頷いた。


「ああ、オアシスだ。見てみろ、あの女子達を。真剣にやっている女子、周りの目を気にして控え目ながらも頑張っている女子、年頃だからか余りやる気のない女子、いろんな女子の日頃は見れない姿が見られるだろ!あとはまあ……揺れる、こう……あれとかも見られるだろ!」


「前に集まっている連中は、お前が最後に言ったやつしか見てないみたいだけどな」


悟仙は再度食い入るように競技を見ている男子達に目を向けた。よく見てみると、皆揃って顔を上下に振って何かを目で追っている。


「それは男の性だ。仕方ない」


竜二はそこで一旦言葉を切ると、ニヤリとからかうような笑みを向けてきた。


「まあ、『勇者』様には分からないかもな」


「またそれか」


悟仙は仏頂面でそう言って、最後の一本に群がる女子達をぼんやりと眺めた。

ここで言い返せば無駄な体力を使ってしまう。午前の競技がすべて終わり、まだ午後の競技は始まったばかりだが、悟仙にそんな余裕はない。

何せ、あと一周トラックを走らなければいけないのだ。



「どういう意味だ?」


今朝、竜二の意味の分からない発言に悟仙はそう問い掛けた。

『勇者』だとか言われても、悟仙は悪の大魔王を倒した覚えもないし、お姫様を助けたこともない。『勇者』というものにおよそ当てはまらない。

隣にいる麻理も当然意味が分かっていないようで、こてんと首を傾げていた。

そんな二人に対して、夏子は理解しているのか呆れたように溜息を吐いた。


「陸奥、あんた本当に分からないの?」


「分からん」


「あんたは敏感なのか鈍感なのかはっきりしなさいよ」


責めるような口調で言われても、分からないのものは分からない。


「まあナツ、悟仙には分かるわけねえよ。こいつ、こういうのだけは疎いからな」


竜二が夏子を諭すように言った。

あまり鈍い鈍いと言われるのも嬉しいことではない。


「あの、どういう意味なんでしょうか?」


なかなか本題に入らない二人に悟仙より先に麻理が口を開いた。それにしても、本当に麻理は他人の事を気にかけるものだ。余程のお人好しなのだろう。

悟仙がそんな事を考えていると、竜二がようやく話し始めた。


「悟仙がそんな風に言われている原因は単純だ。悟仙が茜さんの告白を断ったからだ。よく考えてみろ。茜さんは今年の美少女コンテスト優勝者だ。まさに全生徒の憧れの存在、その告白を断ったとなれば、嫉妬よりも先に尊敬してしまう。だから悟仙はそう言われてんだよ」


「何が尊敬だ。そもそも、あれは告白じゃなかった」


あんなものを告白とは言わない。あれはただのゲームみたいなものだ。


「それを前もって知っていたのは茜さんを除けば宮田とお前だけだし、今知っているのはごく一部だ。皆には『悟仙が茜さんに告白されて断った』くらいしか伝わってねえよ」


噂というものは無駄に尾ひれが付くくせに、肝心な部分は簡略化されて伝わらない。

悟仙が溜め息を吐いていると、竜二が気を取り直すように言った。


「まあ、補欠になることを了承したのは悟仙だし、宮田が来てないのもお前があいつをやりこめたからだ。リレーに出る奴らは皆優勝を狙ってるからな。足を引っ張らないでくれよ」


「分かったよ。だが、必要最低限のことしかやらんからな」


これは間違いなく自業自得、つまり悟仙に「関係ある」ことだ。断るわけにはいかない。


「陸奥くん、大丈夫なんですか?」


心配そうに覗き込んできた麻理に悟仙は短く答えた。


「大丈夫だ」



今朝、悟仙は麻理にそう言いきったが、大して自信がある訳ではない。悟仙はそこまで自分の体力を信用していない。

だから、悟仙は開会式が終わってから色対抗リレーに出ている時以外はテントから一歩も出ずに体力温存に努めた。

今も大多数の男子がテントから出て騒いでいるのを余所に静かに座っている。もっとも、もし元気でも女子の競技を目を光らせて見ることはなかっただろうが。


一つ、ピストルの音がする。どうやら競技が終わったようで、前に出ていた男子達がぞろぞろとテントに戻ってきた。


「あんまり取れませんでした~」


テントに戻ってきた麻理の第一声がそれだった。本当に残念そうにしている所を見れば、麻理が真剣に競技に取り組んでいる事が分かる。

スポーツにおいて、真剣に取り組めば上手くいくという定義はない。ましてや「竹取物語」は多少のスピードが必要だが、殆どは力勝負だ。麻理の細い腕では活躍できる筈がない。


「まあ、終わったことを言っても仕方ありませんね。陸奥くんが次に出るのは騎馬戦ですよね。精一杯応援しますから、無理せずに頑張って下さいね」


大きな目を細め、にっこりと笑って難しい注文をしてくる麻理は朝からずっと悟仙の隣に陣取っている。先程竜二が座っていたのは実は麻理の席なのだ。

変な使命感でも感じているのか、麻理はしきりに悟仙の体調を気遣い、やたら水分補給などを勧めてくる。


「ああ」


麻理に一言そう言って、悟仙はぼんやりとグラウンドで行われている競技を眺め始める。

麻理は悟仙の返事に満足げに頷き、同じ様に前に目を向けた。


三つほど競技が終わると麻理が前から目を離さずに声をかけてきた。


「陸奥くん、そろそろお水を飲んだ方がいいですよ」


「そうだな」


「疲れはどうですか?」


「多少はある」


「そうですか。無理してはダメですよ」


「分かってる」


「次の騎馬戦、怪我に気をつけてくださいね。頭から落ちないようにしてくださいね」


「ああ、気をつける」


お前は保護者か。

悟仙は思わずそう言いかけたが、今はその体力すら惜しい。それに、この不快な臭いが漂うテントの下で麻理は唯一それを中和してくれる存在だ。テントから出られない今、無碍に扱う訳にはいかない。


「井上さん、お取り込み中悪いけど、ちょっと悟仙借りてもいいか?」


暫く麻理とそんなやり取りをしていると、不意に後ろから竜二に声をかけられた。


「へ?あっはい、どうぞ」


麻理は矢継ぎ早に話しかけていたのが恥ずかしかったのか、顔を赤らめた。


「何だ?」


悟仙が振り返ると、そこには竜二の呆れ顔があった。


「何だって、周り見て見ろよ。もう皆集まってるぞ」


竜二の言うとおり周りを見てみると、男子の姿がなかった。


「騎馬戦か」


「そうだよ。ほら、早く行くぞ」


思いの外、麻理との会話に集中していたのかもしれない。そんな事を考えながら麻理に目を向けると麻理が真剣な顔を向けてきた。


「陸奥くん」


「無理はしない。ただの学校行事だからな」


そう言い残してテントから出る。今日は運動日和で晴れている。久し振りにテントの外に出て、日差しに目を細めていると隣に並ぶ竜二が肩を組んできた。


「なあ悟仙、いつものやろうな」


「前々から思っていたが、あれはお前に何か得があるのか?」


悟仙がするりと竜二の腕から抜け出して答えると、竜二は当然だというように頷いた。


「勿論、俺の役回りの方がかっこいいんだよ」


「そうか、まあ、お前がいいなら何でもいい。その代わり」


「分かってるよ。リレーのアンカーは俺が代わってやる。これで貸し借りなしだ」


「ならいい」


悟仙と竜二は並んで男子の集まる場所へ歩いていく。

もうすぐ騎馬戦が始まるのだ。




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