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第七十一話

「やっぱり、あいつが絡んでたのか」


向かい合って立つ悟仙と茜のさらに向こうにある給水タンクら出てきた宮田を見て、竜二は思わずそう呟いていた。


宮田の顔は怒りに染まっているが、対する悟仙の顔はいつもの眠たそうなものだった。

宮田は下ろしてある両手を握り締め、ずんずんと悟仙の前まで進むと、眉をつり上げて睨み付けた。


「おい悟仙、お前いつから分かってた?」


宮田の言葉は、悟仙が言っていたとおり茜の件に宮田が関与していることを示していた。


「相沢さんが近付いてきたときから、そうではないかと思っていたが」


「嘘つくなよ!」


宮田が悟仙の声を遮り叫ぶ。自分の策が早々に見破られていたことが余程気に入らないのだろう。


「文化祭の最終日、お前はあんなに動揺してたじゃないかよ!」


「ああ、あれは演技だ」


「なっ!?」


事も無げに言う悟仙に宮田は信じられないのか唖然としている。

そんな宮田をよそに悟仙が話し出す。


「でも、あの時分からないと言ったのは嘘じゃない。俺は恋愛感情を持たずに近付く人なんて見たことなかったからな」


それはそうだろう。そんな人が多くいたら竜二は人間不信になってしまいそうだ。


「まあ、確信を持ててなかったからな。取り敢えず泳がせておいたんだ」


「なら、どこで確信を持ったんだよ?」


泳がされていたことに再び怒りが湧いてきたのか、宮田がさらに詰め寄る。

それは竜二も気になることだった。竜二は悟仙と茜が屋上に上がったときに宮田の姿がなかったことで気付いたが、それだけでは大した根拠にならない。


「それ、言わないといけないか?お前はもう認めてるじゃないか」


「いいから言えよ!」


屋上に宮田の声が響き渡る。悟仙はうるさそうに耳を指で押さえた後ため息をついた。


「分かった。話す。俺は正気に戻ったばかりだから。さっき振り返って気づいたことなんだがな」


悟仙はそう前置きすると、落ち着いた様子で口を開いた。


「俺と相沢さんだけの噂が広まるのはどう考えてもおかしいんだ。俺は文化祭初日に井上と一緒に回っている。時間も相沢さんの時とさして変わらない。それに、あいつは俺と回っている時白装束を着ていて目立っていた。子供を捜していた母親が井上と一緒に歩いていた子供に気付くくらいにな。そうすると、誰かが相沢さんとの噂を助長したことになる。その行為の一つがお前が言う、俺が動揺していたときだ。メイド喫茶は結構並んでいたからな。そんな大勢の前で大声で叫べば噂も広まるだろう」


悟仙の話を聞いて宮田は苦い表情になる。しかし、竜二は宮田がそんなに大きなミスをしたとは思えなかった。ただ、悟仙が普通ではないだけだ。あの時宮田が声高に茜が悟仙に惚れてしまっているかもしれないと言った事で周りの人間がどう動くかなどと考える奴はまずいない。ボードゲームをしている時などでなければまず考えない。


根拠はまだあるようで悟仙は尚も続ける。


「それと、この構図を知っているのは俺と宮田、それから井上くらいだしな」


竜二は意味が分からなかったが、宮田は理解したのか一歩後ずさった。


「お前、そこまで……」


恐怖からか宮田の声は震えているが、悟仙はそんな宮田の様子を気にすることなく肩を竦めた。


「簡単な話だ。今の構図はあの夏休みの時と似ている。俺と井上の立ち位置を逆にしただけだしな」


「そうか!」


竜二はたまらず叫んだ。悟仙が言っていることがようやく分かったからだ。


「ちょっ、竜ちゃん静かに」


竜二と同じように少し開けたドアから屋上を覗く夏子が慌てた様子で振り返ってきたが、竜二はそれを気にする余裕はなかった。


確かに、あの時とそっくりだ。悟仙が数人の男子に暴行を受け、それを人質に宮田が麻理に自分と交際するように強要した時とまるで似ている。悟仙が言うように、悟仙と麻理の役割を変えただけだ。


あの時宮田は悟仙を利用して麻理に近付いた。そして今回茜は麻理を利用して悟仙に近付いている。

異なっているのは麻理に危害を加えていないことだが、それだって悟仙が茜の目的に気付かずに麻理が美少女コンテストで優勝していたらどうなっていたか分からない。


「全く、あの時の意趣返しとはお前らしいよ」


悟仙はそう言うと、もう話は終わりだとばかりにふっと息を吐いた。そんな悟仙の顔をよく見ると、悟仙の頬がこけていることに気付いた。目には隈がある。

そんな事に今まで気付けなかったことに竜二は歯軋りした。悟仙にも脆い部分があることを竜二はどこかで有り得ないことだと思っていたのかもしれない。

そんな竜二に比べて麻理は悟仙をよく見ていた。だから心配もしていたし、必要以上に悟仙に絡むこともしなかったのだろう。


だが、そんな悟仙の苦労もようやく終わる。竜二はそう思ったが、現実はそう上手くいかない。どんなに理屈を並べようとも人間は感情で動く。そこに例外はない。


宮田が登場してから一言も話さなかった茜がキッと悟仙を睨みつけると、隣にいる宮田に顔を向けた。


「ちょっと宗くん、何黙ってるのよ!あんな大して格好良くもない奴と恋人紛いのことさせておいて、責任取りなさいよ!」


「お、お前だって楽しんでたじゃねえか!どんどん自分に惚れていくのが分かって楽しいって言ってたじゃねえか」


茜の突然の変わりように宮田が狼狽える。悟仙も少なからず驚いているようで目を丸くしていた。


「どうせそれだって演技だったんでしょ!毎週末デートしてやったのに、ほんと下らないことしたわ!」


「不味いわね」


茜がヒートアップしていくなか、夏子がぽつりと呟いた。それには竜二も同感だった。茜が怒り狂うのは別に脅威ではない。問題は宮田だ。男には、女の前で見栄を張ってしまうという習性がある。


宮田もその例外ではなかったのか定かではないが、ゆらりと悟仙に向き直ると酷薄な笑みを浮かべた。


「確かに、口でごちゃごちゃやらないで気に入らねえなら最初からぶちのめしとけば良かったんじゃねえか」


竜二が危惧した通り、宮田が少し前のめりになり戦闘態勢に入った。その後ろでは茜が勝ち誇ったように笑っている。この二人、似たもの同士なのかもしれない。

そんな呑気な事を考えていたせいで竜二は屋上に出て行くのが遅れてしまった。


そしてそれは致命的な遅れだった。


竜二がドアを開ける前に宮田が力強く地面蹴って、見るからに疲労困憊の悟仙に向かって一直線に駆け出した。

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