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第六十九話

竜二は今、並んで歩く茜と悟仙から五歩分ほど離れて隣にいる夏子と共に屋上への階段を上っている。


茜の衝撃的発言の後暫く教室は騒然していたが、それを無視して茜の元に歩いていく悟仙を見て、皆で結果を屋上に見に行こうという話になった。それはちょうど教室から出ようとしていた悟仙の耳にも入っているはずなのに、悟仙にそれを何とかしようとする様子はない。竜二は思わず苦笑してしまった。きっと悟仙は「野次馬などいても関係ない」とでも思っているのだろう。あるいはこの喧騒が聞こえないほど動揺している可能性もあるが、悟仙に限ってそれはないだろう。

しかし、告白というのは悟仙一人で成り立つものではない。当然そこには茜の心情も関わってくる。クラスの大半が見守る中で告白するなどまるで見せ物だ。廊下で悟仙を待つ茜にはそんな事を考える余裕もなさそうなので、ここは竜二が対処することにした。


竜二の説得の結果、告白の結果を悟仙が言わない可能性があるのでクラスの男女一人ずつが見に行くことになった。見るといっても物陰からそっと覗く程度だが、悪趣味なのには変わりない。


しかし、こうでもしないとクラスメイト達が落ち着きそうになかったので仕方ない。悟仙には気付かれるだろうが、茜にさえ気付かれなければそれでいい。代表者は悟仙と付き合いが長い竜二と立候補した夏子になった。夏子が名乗り出たのは意外だったが、日頃悟仙と関わっている女子は麻理と夏子くらいなので、周りの生徒たちに不平を漏らす者はいなかった。竜二は麻理が名乗り出ると思っていたが、よく考えると誠実そうな麻理がそんな事するとは思えない。だから夏子が立候補したのだろう。ここ最近、麻理が悟仙を気にかけていることもあるのかもしれない。竜二にしても、いつもなら付き合いが長いからこそ覗きに行くことはしなかっただろう。しかし、夏子から言われた麻理が悟仙を心配しているという話が頭から離れなかった。竜二には悟仙の様子はいつもと同じに見えたが、高校に入学してから最も悟仙を見てきたのは間違いなく麻理だ。だからこそ何かを感じ取っているのかもしれない。それに、この教室に一つ気になったこともある。


そういう経緯で屋上に向かう、竜二と夏子は屋上へ続くドアの前で足を止めた。


「ついて行けるのは、ここまでだよな」


確認する竜二に夏子が頷く。


「そうね、流石に二人から見える位置に居るわけにはいかないわ」


夏子と意見が一致したところで、音を立てないように静かにドアを覗ける程度開く。

屋上には悟仙と茜以外の人影はなく、奥に給水タンクが一つあるだけである。茜によって人払いが施されているのかもしれない。

そんな事を考えていると、立っている竜二の顎の下に夏子の頭が出てきた。夏子の艶のある黒髪が目の前にあり、少し心拍数が上がる。


「告白の現場なんて、麻理がされるのしか見たことないけど、やっぱり緊張感あるわね」


夏子の言葉に我に返り、改めて屋上の二人に目を向ける。


「確かに、な」


夏子の言うとおり茜は勿論だが、悟仙も緊張した面もちだった。


「うん?」


悟仙の様子がおかしい。竜二は初めてその事に気付いた。いくら告白の現場であってもあの悟仙が緊張することなど有り得ない。悟仙はそういうものとは無縁の男だったはずだ。


「どうしたのよ?」


夏子が見上げてくるが、それに返答する余裕はない。


「あいつ……」


そもそも、教室が騒ぐ中悟仙はそちらに見向きもしなかった。いくら興味がなくても、悟仙なら迷惑そうに顔をしかめる事くらいするはずだ。では、あの時からおかしかったのだろうか。それはないだろう。体育祭の競技決めの時、悟仙が言っていたではないか。『俺は今普通じゃない』きっとあの時からいや、麻理が危惧し始めた時から悟仙の変化は始まっていたのだろう。その原因は十中八九茜にある。

しかし、今それに気付いても意味はない。もう賽は投げられたのだ。


「悟仙くん、あなたのことが好きです。付き合って……くれないかな?」


茶髪に染まった髪を揺らして言う茜の告白に、悟仙は直ぐに返答しなかった。しかし、平静を保てている訳ではない。目の焦点が合ってなく、この距離から見ても動揺しているのが分かる。やはり悟仙も男、見惚れてしまうほどの美少女に告白されれば気持ちも揺れるのだろう。


「陸奥の奴、OKするんじゃない?」


夏子がぼそりと呟く。竜二も同じ事を考えていた。悟仙の気持ちはおそらくそちらに傾いているはずだ。


暫く沈黙していた悟仙は何を思ったのか一つ苦笑すると、竜二には聞こえない声で何かを呟いた。

竜二より近くにいるため聞こえたのか、戸惑う茜に悟仙は肩を竦めると口を開こうとした。


悟仙がいつも通りでないなら、止めなくてはならない。竜二は漠然とそんな事を思った。

自らの直感に従い、屋上に向かうべくドアノブに手をかける。いくらか冷静になる頭にはその直感の根拠が浮かんできた。


あの騒然とする教室には、宮田の姿がなかった。それはきっと偶然ではない。


この件には確実に宮田が関わっている。


制止するため、竜二がドアを開く前に悟仙が返答してしまう。


「じゃあ、お答えしますね。答えはノーです」


それは竜二の予想とは異なるものだった。

そして悟仙の表情はいつもの今にも眠ってしまいそうなものに戻っていた。





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