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第六十八話

秋も深まった十月下旬の昼休み、夏子のクラスは何やら浮き足立った雰囲気に包まれていた。きっと明日が高校生になって初めての体育祭であるからだろう。

誰もが明日のことを話しているため、悟仙が部活に出なくなった日から二人が校内外で多々見られるようになったことで、ますます広まった茜と悟仙の噂も今は影を潜めていた。


しかし、どこにでも例外はあるもので今向かいに座る親友の麻理は体育祭の話もそこそこに心配そうな顔つきで学食から帰ってきて竜二と向かい合って座り、数人の男子と全く楽しくなさそうに話している悟仙を見つめている。


これは今に始まった事ではない。悟仙と茜が交際しているという噂が広まった当初、麻理はまるで観察するようにことあるごとに悟仙を見ていたが、いつからか麻理の視線は病人を気遣うようなものに変わっていた。何を血迷ったのか悟仙に「陸奥くんのお弁当を用意しましょうか?」と提案して珍しく悟仙に驚きの表情をさせることもあった。当人も何故悟仙を心配しているのか分かっていないようなので夏子は訳を聞くことさえもできなかった。


「陸奥がそんなに心配?」


今日も相変わらず悟仙を見つめている麻理にそう問い掛けると麻理がその大きな黒目に困惑の色を残しながらこちらを向いた。


「うん、心配。陸奥くん、どこかに行っちゃいそうで……少し怖い感じがする」


「あんた、それって陸奥のこと……」


続きは口に出さなかった。どう見ても麻理からそういった様子は感じられないし、嫉妬に燃える麻理など想像できず、したくもない。麻理は本気で悟仙を心配しているようで夏子の言葉が聞こえていないのか直ぐに悟仙に目を向けてしまった。夏子も同じ様に悟仙を見るが、全く変わった様子はない。どう見てもいつも通りの悟仙である。悟仙とは腐れ縁の竜二に聞いてもやはり夏子と同じだった。悟仙本人に聞いてもあの悟仙が素直に話すはずがない。「関係ない」と言われるのが目に見えている。


「ねえ麻理、悟仙はもしかして茜先輩と付き合ってるから様子がおかしいんじゃない?」


「ううん、そうじゃないと思う」


夏子にはこれしか考えられなかったが、麻理が即座に否定する。麻理は無闇に否定する事がないため、確信があるのだろう。


「じゃあ、何なのよ?」


「分かんない」


麻理とのこのやり取りも、もう何度目か分からない。夏子が麻理の可愛らしい横顔を眺めながら何か悟仙の様子を探る妙案がないか考えていると、一つ閃いた。


「そうだ、麻理のお母さんに聞けばいいじゃない!」


これは我ながらいい案だと思った。中学生になってから何度も顔を合わせている律子は夏子の知る限り最も鋭い人物だ。律子なら悟仙の様子がおかしい訳を見抜いてくれるだろう。

しかし、そんな夏子の考えも虚しく麻理は小さく首を振る。


「それじゃダメだよ」


「どうしてよ?」


夏子が不満を込めて聞くと麻理が真剣な顔を向けてきた。


「これは、私が解決したいから。この前は陸奥くんの考えに気付けないでお母さんに聞いちゃったんだ。だから今回は私一人で見破りたいの」


こうなったらこのお嬢様は絶対に譲らないだろう。麻理とはもう三年以上の付き合いのため容易に想像できた。


夏子が呆れて溜息を吐くと、クラスメイト達の視線が一斉にこちらに向けられた。まさかそんなに注目を集めるほど大きな音で溜め息を吐いてしまったのかとすこし慌てるがよく見ると、クラスメイト達の視線は夏子の後ろ、つまり教室の後ろのドアに向けられていることが分かった。夏子もクラスメイト達にならい振り返るとそこには茜が立っていた。同性から見ても美しいと思える容姿をしているので自然とクラスメイト達の視線を集めたのだろう。確か茜はほぼ毎日悟仙と学食で一緒に昼食を取っているのでその時の忘れ物でも届けに来たのだろうか。


しかし、夏子の予想は茜の言葉によって打ち砕かれることになる。


茜は何やら頬を赤色に染め、下を向いてもじもじとしたあと、意を決したように顔を上げて口を開いた。


「悟仙くん、大事な話があるの。今から、屋上で少し話せないかな?」


茜の登場で静まり返っていた教室が途端に騒然とし出す。動揺していないのはきょとんとしている麻理と真っ赤な顔の茜をじっと見つめている悟仙だけだった。


クラスメイト達が騒ぐのは無理もないだろう。何せ茜の発言は今から茜、この学校で一番の美少女が悟仙に告白することを意味しているのだから……。

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