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第六十四話

「下さい」


「三百円です」


悟仙は隣でメイド服を来た少女がにっこりと笑ってこちらは同じ笑顔でもにやけ顔の男子生徒に文集を渡すのを視界の端で捉えながら頬杖を突いていた。別に役割を取られて拗ねている訳ではない。寧ろ楽ができるため喜んでいる。悟仙が一言申したいのは他にあった。


「陸奥くん!」


男子生徒が惜しむような顔をして立ち去ると、勢い良くメイド服の少女、麻理がこちらを向いてきた。余程興奮しているのか頬が赤くなっている。いつもならそんな事に気付くことはないが、麻理の顔が近いのと白っぽいメイド服と相まって今はよく分かった。


「なんだ?」


「売れました」


「そうか」


「完売です」


「そうか」


先程と同じ返答に麻理が形の良い眉をひそめる。


「達成感とかないんですか?」


「ある。それなりに」


何しろ文芸部のメンバーの中で最も文集を売ったのは悟仙だ。達成感は勿論ある。それなりにだが。


「嬉しくないですか?」


「お前は嬉しそうだな」


「はい、だって百部ですよ?すごいです」


麻理はそう言って両手で握り拳を作る。感動しているのか、キラキラした目をしていた。


「自分が書いたものが読まれるのは何だか恥ずかしいですね」


「自分の写真を見られるのは恥ずかしくないのか?」


「そ、それは……あう」


悟仙の何気ない問いに麻理は顔を赤くして俯いてしまった。

何となく気まずい沈黙が場を支配し始めた為、悟仙は普段滅多に使わない軽い口調で口を開いた。


「まあ、俺は文集の制作に関わってないからな。そういうのは分からん」


しかし、麻理は相変わらず頬を上気させたままちらりとこちらを見ただけだった。


「そうでもない……ですよ?」


「どういう意味だ?」


「秘密です」


そう言う麻理の顔はもういつも通りだった。何というか、切り替えの早い奴である。


「そうかい」


悟仙が麻理に向けていた目を逸らし言うと、麻理がずいっと顔を寄せてきた。


「陸奥くん、もしかして最後のお客さんに文集を渡したのが私だったから怒ってますか?」


余りにも見当違いな事を言う麻理に悟仙は答える気になれずため息を吐いただけだった。しかし、それをどう捉えたのか麻理は徐に立ち上がり立ち去ろうとする。


何か悪い予感がした悟仙は慌てて今にも駆け出そうとしている麻理の背中に声を掛けた。


「おい、一体どうしたんだ?」


麻理は顔だけこちらに向き直った。


「私の鞄にある文集を取りに行くんです」


「何のために?」


「私が最後のお客さんになります」


そう鼻息荒く言う麻理に今度はため息を吐く気にもならなかった。


「井上……そんなままごとはしなくていい。そもそも、俺は怒ってない」


「そうなんですか?」


悟仙の切実な要望に麻理は納得したようで悟仙の隣に座り直した。しかし、まずこうやって麻理が受付の席に座り直すこと自体がおかしい。


「さっきから言おうとしてたんだが、いつまでここにいるつもりだ?休憩はまだ終わらないのか?」


「もう少しだけ、ここにいます」


麻理は穏やかに笑ってそう言うが、もうかれこれ一時間近く隣に座っている。どう考えてもとっくに休憩時間を越えているだろう。


「もう文集は完売したのにか?」


「はい、何となく今は陸奥くんの隣にいた方がいい気がするんです」


何となくとは気になる言い方だが、この受付の席は悟仙の領土というわけではないためここから退くことを強制することはできない。


「そうか」


だから、悟仙は短くそう返しただけだった。






文化祭の全行程を終えた教室は文化祭が行われていた時より騒がしかった。しかし、クラスメイト達は口同様手もよく動くようで教室はみるみる日常の姿に戻っていく。


「陸奥くん、手が止まってますよ」


いすの上に立ち廊下側の窓に取り付けられた飾りを取っていると、下から咎めるような声がした。確認するまでもなく麻理のものだ。閉店後着替えたようで制服姿である。


麻理に欠伸で返事をしてしまい、また咎められながらも作業を進めていくと外が暗くなってきた頃にはすっかり教室は元に戻っていた。暗いといっても日が短くなった十月なのでまだ六時過ぎである。そんなに時間は掛からなかった。


作業が終わると皆手持ちぶさたなのか、雑談の声はさらに大きくなった。片づけが終わり次第帰っても良いと、生徒を信用しているのか適当なのかよく分からないことを担任が言っていたので、悟仙がいつも使っているトートバック肩に提げて帰ろうとすると背中に声を掛けられた。この声ももう聞き慣れてしまった。


「おい悟仙、帰るのか?」


「竜二、帰ったらまずいのか?担任からの許しは出ているはずなんだが」


相変わらず爽やかな竜二の顔に目だけ向けて言うと竜二は困ったように笑った。


「いや、まずくはねえんだけどさ、今から打ち上げに行かないかって話になってるんだけど、どうする?」


そう言う竜二の奥を見ると男子達が何か期待するような視線を向けている。しかし、そんなもの悟仙には関係ない。


「遠慮しとく。疲れたからな、帰って寝る」


「こういう時、来ない奴が話題になったりするから目立っちまうぞ?」


竜二の言葉にドアに進めていた足が止まる。しかし、それは打ち上げ云々のせいではない。

目立つといえば……


「例の美少女コンテスト、誰が優勝したんだ?」


竜二は少しの間目を丸くしていたが残念そうに答えた。


「茜さんだよ。井上さんは逆転されて二位だってさ」


「そうか」


悟仙は人知れずふっと息を吐いた。そこには少しの安堵が含まれていた。




☆☆☆




「麻理、打ち上げどうするの?」


男子の一団から離れた教卓付近にいる夏子が隣に立つ麻理に聞くと麻理は教室の後ろに陣取る男子達に目を向けたまま口を開いた。


「行きます。そんなに遅くはならないですよね?」


「麻理」


夏子が少し語気を強めると、麻理がはっとしたようにこちらを向いた。少し垂れ目気味の大きな目が更に大きくなっている。


「こ、ごめん。敬語になってたね」


「珍しいわね。あんた、なかなか間違えないのに」


麻理は未だに男子には敬語で話し、女子には普通に敬語を使わずに話している。夏子なら混乱してしまいそうだが、麻理は優秀だからか滅多に間違うことはないのだ。


そんな事を考えながら、また男子達に視線を向ける麻理に釣られてそこに目を向けると竜二が悟仙に声を掛け見事に振られている所だった。どうやら打ち上げの誘いを断られたようだ。


麻理の横顔を見るとその目は観察するように悟仙を捉えていた。

しかし、そうしているだけで声を掛ける様子はない。麻理なら「言い出しっぺなんですから、ちゃんと最後まで参加して下さい」などと言って無理矢理にでも参加させそうだがそんな気配はない。


「麻理、止めなくていいの?」


夏子が尋ねると、麻理は目を丸くして驚いていたが、大きな目を細めてにっこりと笑った。流石美少女コンテスト第二位、その優しげな瞳に同性の夏子でさえ見惚れてしまいそうだ。


「いいの。陸奥くん、本当に疲れてるみたいだから」


そう言って再び悟仙に目を向ける麻理は悟仙をドアが閉まって見えなくなるまでじっと見つめていた。


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