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第六十三話

「麻理ちゃーん、休憩取っていいよ」


「はーい」


麻理はメイド喫茶を仕切る友人のその言葉についへたり込みそうになった。

このメイド喫茶という出し物は麻理にとって予想外の疲労を与えた。ただでさえ男子と話すのが苦手なのにその男子を「ご主人様」と呼び談笑に花を咲かせないといけないのだ。麻理には苦行でしかなかった。


教室の出口から廊下に出る。右方向に足が出掛かるが、左に行けば受付の席があることを思い出し足が止まった。

三日連続であの席に座っている少年の様子でも見ようと思いそちらに向かうが、そこには眠そうな目をした少年ではなく、その少年が決して見せない爽やかな笑みを浮かべて女子生徒に文集を渡している竜二の姿があった。


「加藤くん?」


麻理が不思議に思いながらも声を掛けると、顔を赤らめて帰って行く女子生徒を見送った竜二がこちらに目を向けてきた。


「ああ、井上さん。休憩取れたの?」


「はい、もうクタクタです」


「大盛況だから大変だね。ああ、悟仙なら一時間くらい前から席外してるよ。俺はその代役」


顔に出ていたのか、竜二は見事に麻理が聞こうとしていたことを先んじて答えてくれた。


「そうですか、先程葉子さんがいらしてたので葉子さんに連れ出されたんでしょうか」


「いや、葉子さんじゃないよ」


「では、どうしたんでしょう?」


麻理がそう言うと、竜二の笑みが強張った。余程答えにくいのか目も合わせない。


「いや、実はさ……あの相沢茜っていう先輩いたじゃん?あいつあの人と文化祭回る約束してたみたいでさ……それで俺に代われって言ってきたんだよね」


「そうですか」


麻理は竜二が何故そんなに気まずそうにしているのか分からなかった。しかし、その理由を考える前に浮かんだのは文化祭一日目に悟仙と半強制的に文化祭を回ったときはどれくらいの時間だっただろうかという疑問だった。短かったような長かったような、何とも不思議な時間だった。


「そ、それにしても井上さん凄いよな~。昼前に出された美少女コンテスト、単独一位だもんな」


麻理が考えていることなど知る由もない竜二の言葉に今度は麻理の表情が強張った。


「そう……みたいですね」


先程葉子が言っていたことは本当のようだ。麻理にとって全く嬉しくない情報だった。


「でも、まだ途中経過で決定ではないんですよね?」


「うん、あと二時間位したら出るやつが最後みたいだね」


麻理はこれからの二時間の間に茜が抜いてくれることを心中で祈った。

この美少女コンテストなるものはどうやら非公式で行われているようなので、表彰されたりするわけではないようだが、これ以上苦手な男子からの視線を浴びる機会を増やしたくなかった。

メイド服という珍しい格好をしているせいか、今も多くの視線を感じる。


背中に刺さる視線に身震いしているとその背中に声を掛けられた。


「あれ、麻理ちゃんじゃん!休憩中?」


「おっ、宮田か?」


声だけで相手が予想できていたが、竜二によって予想が確信に変わる。麻理がため息を吐くのを我慢して振り返ると案の定彫りの深い、女子達曰わく格好いい宮田の顔があった。


「はい、今休憩に入ったところです」


「ふ~ん、ところでさ茜知らない?現在美少女コンテストで麻理ちゃんに一歩及ばず二位の茜、一緒に回る約束してんのに待ち合わせ場所に来ないんだよ」


「えっと、陸奥くんといるみたいです」


また美少女コンテストの話が出たことで声が詰まりそうになるのを堪えながら答える。やはり男子はこういうことに興味があるようだ。悟仙は全く興味なさそうだったが。すると、宮田の表情が忌々しげに歪んだ。


「はあ!?悟仙と!?なんであいつと茜が回ってんだよ!」


「わ、私に聞かれても……」


麻理は宮田に激情をぶつけられ戸惑ってしまう。すると、竜二が口を開いた。


「知らねえよ。まあ悟仙のことだからあいつから誘ったわけでは無さそうだけどな」


「じゃあ茜から誘ったって言うのか?じゃあ、あいつは悟仙のこと好きなのか?」


宮田の言葉に竜二が慌てて立ち上がった。机に体をぶつけたのか、大きな音が鳴る。


「そっ、そんな訳ねえだろ!?まだ出会ったばかりじゃねえか」


竜二の声には動揺が表れており、何故か目はちらちら此方に向けられている。

竜二の様子に麻理が首を傾げていると、宮田が口を開いた。


「そうでもないぜ?茜は結構惚れやすいって自分で言ってたしな」


「いや、それはないね。悟仙がイケメンに見えるか?あいつに惚れるにはそれなりに時間がかかるんだよ」


悟仙と付き合いが長いからなのか、竜二の言葉には熱がこもっていた。


「実は悟仙が茜に惚れてたりして、よく考えたらあの性格の悪い悟仙が誘いを断らないっておかしくないか?」


「陸奥くんの性格は悪くありません!」


麻理は未だに色恋の話はよく分からない。だから誰が誰に惚れているという話には口を出せないが、そこは見過ごせなかった。


宮田は麻理の訴えに怯むことなくニヤリと笑った。


「麻理ちゃん、やけに悟仙を庇うねえ?もしかして」


「随分盛り上がってるな、新しく討論大会でも始めたのか?」


麻理の後ろから宮田の声を遮ったのは今、三人の会話の渦中にあった悟仙だった。大きな声ではなかったが、麻理の耳にはすんなりと入ってきて直ぐに悟仙の声だと分かった。


「陸奥くん!?」


振り向くと悟仙は欠伸をかみ殺しながら後ろ頭を掻いていた。緊迫している三人に比べて呑気なものだ。


「悪かったな竜二、もういいぞ」


「お、おう。分かった」


立ち上がっていた竜二が場所を空けると悟仙が定位置に座る。それから、ちらりと麻理に目を向けてきた。


「井上は休憩中か?」


「はい」


「なら今のうちに休んどいたほうが良いと思うぞ。まだ客は多いみたいだからな」


悟仙はそう言って目で行列を示す。


「はい、そうします。ありがとうございます」


珍しく麻理の身を案じるような事を言う悟仙に自然と頬が緩む。やはり、悟仙の性格が悪いとは思えない。


すると、それまで黙っていた宮田が口を開いた。


「なあ悟仙、お前ってさ茜の」


「相沢さんが、教室の前で待ってると言ってたぞ。早く行った方がいいんじゃないか?」


再び言葉を遮られても、宮田は機嫌を損ねることもなく愉快そうに笑っていた。


「そんなに俺の質問に答えたくないのか?」


「そう見えるか?」


「見えるね。何をそんなに逃げてるんだ?お前らしくもない」


得意げに言う宮田に悟仙は宮田から目を背けて頬杖をついた。


「お前に俺らしさを語られたくないんだが」


「そうやって論点をずらすなよ」


悟仙の眉がぴくりと動く。動揺しているのかもしれない。


「言い直させてもらう、お前は茜の事好きなのか?」


宮田の質問に悟仙は何も答えなかった。珍しく目が泳いでいる。答えられないのかもしれない。

暫く四人の間に沈黙があったが、たまらず竜二が口を開いた。


「悟仙、お前……」


悟仙は声を掛けた竜二ではなく麻理に目を向け深く息を吐くとぼそりと呟いた。


「分からないんだ」


「分からない?」


宮田が反芻する。


「ああ、俺もこんなのは初めてだからな。よく分からん」


悟仙が声を落として言うと宮田が軽い足取りで悟仙に近付き、ポンポンと悟仙の頭を叩いた。


「まあ、今はそういうことにしといてやるよ」


宮田はそれだけ言うとそのまま行ってしまった。きっと茜に会いに行くのだろう。


頭を叩かれた悟仙は文句を言うことなくうなだれていた。目は焦点が合ってないのか、ゆらゆらと揺れている。


「陸奥くん……」


麻理は悟仙がここまで動揺している姿を初めて見た。







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