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第六十二話

メイド喫茶開店から数時間経った昼過ぎ、悟仙は教室の入口から続く減る兆しが見えない行列をぼんやりと眺めていた。昨日の客は殆どが女子であったが、今日は男子ばかりである。中には私服姿の他校の生徒と思われる客もいる。


そんな様子を眺めながらも、悟仙の瞼はどんどん重くなっていく。先日同様、行列や教室の中から聞こえる喧騒がいい具合に眠気を誘うのだ。

目の前にある、二日前から積まれていた文芸部の文集も噂がだいぶ浸透してきたのか残すところあと十部になっている。今ここで小一時間寝てもそのせいで文集が売れ残ってしまうことはないだろう。


正当とはとても思えない理由を付けて悟仙が本格的に居眠りの体勢にはいろうとした時、頭の上にもう慣れてしまった殺気を感じた。

それとほぼ同時に半ば反射的に頭を後ろに仰け反るように倒すと目の前を凄まじい速さで上から下に影が通り過ぎた。そして、机にその影がぶつかり大きな音を立てた。


驚いた行列に並ぶ人達からの視線が一斉に向けられるが、殺気を放った人物なら意にも介さないだろう。


机の上には指を伸ばして揃えた右手が置かれていた。

おそらく悟仙の頭に手刀を放ったであろう人物へ目を向けると予想通りの顔があった。


「姉貴……」


「あんた、本当に避けるの上手くなったわよね」


なんの挨拶もなしに先制攻撃を仕掛けてきたのは姉の葉子だった。悟仙はこの手の冗談にもならない悪戯に慣れているから避けられたが、もし人違いで座っていたのが悟仙ではなかったら直撃していただろう。空手有段者の一撃をもろに食らえば軽い怪我ではすまされない。悟仙は武道家を目指していないため、褒められても少しも嬉しくなかった。


「おい、俺じゃなかったらどうしてたんだ」


悟仙が軽く睨んで言うが、葉子は弟の睨みに怯むことなく余裕の笑みを浮かべた。


「あら、こんな所で寝るのはあんたくらいよ」


どうやら葉子はこの学校の生徒を余程信用しているようだ。


「何しに来たんだ?」


「文集を買いに来たのよ。それと、メイド喫茶も見ようかと思ってね。でも、この様子じゃ入れそうにないわね」


葉子は当たり前のように言うが、悟仙は文集を売っていると葉子に言っていないし、今日のクラスの出し物がメイド喫茶であることも言っていなかった。悟仙が不思議に思っていると、葉子が悟仙の思考を読み取ったように言った。


「麻理ちゃんに聞いたのよ。文集、結構売れてるそうじゃない。一部タダでくれない?」


「やらん。三百円だ」


「ケチね。小さい男になるわよ」


「損する大きな男よりマシだ」


悟仙の言葉に納得したのか分からないが、葉子は素直に三百円出したので、悟仙は身内のため他の客にしている精一杯の愛想笑いをせずに真顔のまま渡した。

葉子が受け取り、ページをめくると最後のページにある麻理の写真のところで目を見開いた。


「え、何これ麻理ちゃん!?」


葉子が手を突きだして写真を見せてくる。そこには麻理から見て左に微笑みを向けている麻理の顔があった。


「ああ、そうだろうな」


「どうして麻理ちゃんの写真があるのよ!?」


「そういう商売方法らしいぞ」


無駄に興奮している葉子に顔をしかめながらも答えると、葉子はもう一度麻理の写真なのに何故かカメラに目を向けていない写真をしげしげと見た。


「へえ~、よく考えたわね。で、麻理ちゃんは中にいるの?」


「ああ、多分な」


未だに麻理の写真から目を離さない葉子にそう答えると、葉子が行列の先頭の生徒に断って入口を開けるが、先程葉子が手刀を披露したせいか、後ろに並ぶ人達から非難の声はなかった。


「麻理ちゃ~ん」


葉子が一声掛けると教室の中から澄んだ声が聞こえる。


「あっ葉子さん!?来てくれたんですね!」


「うん!麻理ちゃん相変わらず可愛いわね~」


そんな会話をしながら二人が廊下に出てくる。

麻理が出てきたことで先程とは違う視線が注がれるが、麻理達は気にすることなくいつのまに仲良くなったのか、和気あいあいとした雰囲気で話している。


「あっそういえば、麻理ちゃん美少女コンテスト一位じゃない?二位とは僅差みたいだけど、このままいけば優勝ね。だからここもこんなに人気あるのね」


「え、一位……ですか?単独で?」


嬉しそうな葉子に反して麻理の顔は冴えなかった。

どうやら麻理はこの美少女コンテストに乗り気ではないらしい。


「それと、麻理ちゃんこの写真なんだけどさ……」


葉子が麻理の耳に顔を寄せて話したためその続きは聞き取れなかったが、何を言われたのか麻理の顔が真っ赤になった。


「ええっと、はい。実はそうなんです。私こういうの苦手なので」


そう言いながら麻理が真っ赤な顔のまま大きな目を潤ませてこちらをチラチラと見てきたが、悟仙には何のことを言っているのか分からなかった。


その後も二人は話していたが、麻理が忙しいことに気を遣った葉子が会話を打ち切り、麻理も教室に戻ろうとすると廊下の奥から間延びした声が聞こえた。


「悟仙く~ん、おーい」


悟仙がそちらに目を向けると、茶色に染めた髪を揺らしながら小走りでやってくる茜の姿があった。

麻理と葉子もそちらに目を向けるが茜はそれに気付いた様子はない。


「悟仙くん、まだ休憩とれないの?てか朝のメール見た?」


「見ましたよ。もう少ししたら休憩取れそうなので待って下さい」


悟仙が座る机に到着するなり言ってくる茜にそう返すと、茜は不満そうに口をとがらせていたが、悟仙の隣に立つ麻理を見つけるとにっこりと笑った。


「あっ麻理ちゃんだ~。その服可愛いね!」


「ありがとうございます」


麻理も微笑んで返す。


「麻理ちゃん美少女コンテスト一位になってたね。おめでとう!」


「はあ、ありがとうございます」


その話を振られると途端に麻理の顔が浮かないものになる。


それだけで話は終わったのか、茜が再びこちらに目を向けてきた。体が近づいたからか、柑橘系の香りがした。悟仙はすぐにそれが香水の匂いだと分かった。


「じゃあ悟仙くん、中庭で待ってるから休憩になったら来てね!」


「分かりました」


悟仙が短く答えると、茜がひらひらと顔の横で手を振って歩いていった。


悟仙が無言でそれを見送っていると、麻理が口を開いた。


「では、私もこれで。葉子さん、文化祭楽しんでいって下さいね」


「うん、忙しい時にごめんね」


これまで黙っていた葉子が口を開いた。麻理が教室に戻ると落ち着いた口調で言った。


「さっきの子、麻理ちゃんとは正反対ね」


「そうか」


「私ね、麻理ちゃん大好きよ」


「そうか」


葉子が意味することは分かったが、悟仙は短くそう返しただけだった。





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