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第五十九話

麻理達と別れた後、竜二は休憩に入ったが教室の入口近くの廊下の壁に背を預けていた。竜二の目は受付の席に着いている悟仙に向けられている。

先程の悟仙の様子は明らかにおかしかったため、悟仙を観察して原因を探ろうとしていた。

悟仙が学校一の美少女の茜と一緒にいたこともそうだが、その茜に対して「興味がある」と言ったのは明らかにいつもの悟仙にはない言動だった。


暫くぼんやりとして座っている悟仙を観察していたが、特に変わったことはなかった。変化と言えば、先程茜が来店してから教室が騒がしいことぐらいだ。

竜二の視線に痺れを切らしたのか悟仙が目を細めて口を開いた。


「さっきからどうした?そんなに見つめても俺はお前に恋なんかせんぞ」


「当たり前だ。俺にもそんな趣味はないよ。悟仙が女だったら別だけどな」


からかうような悟仙にニヤリと笑ってそう返すと、悟仙が嫌そうに顔をしかめた。


「そうかよ。せいぜい来世は女になるように祈っとくよ」


「そうしてくれ」


「で?何で俺を観察してるんだ?」


一通り冗談を交わし合うと悟仙が頬杖をついて聞いてきた。


「少し気になることがあってな」


「らしくないな。直接聞いてくればいいだろ?」


確かに人を観察して相手の心情を察するのは悟仙の得意分野であり、竜二はそんな能力はない。それならば直接聞くしかないだろう。


「それなら聞かせてもらおう。お前、相沢さんと何かあったのか?」


「何か、とは?」


「分からねえよ」


「曖昧な質問だな」


「悪かったな」


竜二は悟仙ほど鋭くはない。そのため悟仙の言うとおり曖昧な質問しかできないのだ。

しかし、悟仙はそれだけで竜二の意図が読めたのかふっと息を吐くと口を開いた。


「要するに、俺がいきなり今の所学校一の美少女と仲良くなったように見えたから気になる。と?」


「まあ、そんな所だ」


「やはり、そう見えるのか」


悟仙は半ば独り言のように呟くと何やら考え込み始めた。しかし、竜二としては悟仙に勝手に自己完結されては困る。


「おい!黙ってないで俺の質問に答えてくれよ!」


慌てて叫ぶと悟仙がゆっくりと顔を上げた。


「どうした?」


どこまでも呑気な悟仙に竜二は腹を立てて悟仙に詰め寄る。


「どうした?じゃねえよ!結局相沢さんとはどうなんだよ!?」


「うちがどうかした?」


悟仙が何か言う前に横から茜の声がした。そちらに目をやると茜の整った顔が思いの外近くにあったため、驚いて後ずさってしまう。香水だろうか。仄かに柑橘系の匂いがした。


「いえ、別に何もないです」


「そ~お?それじゃ頑張ってね。後輩くん!」


顔をひきつらせて取り繕う竜二に茜は追求することなく肩を叩くとそのまま立ち去っていく。

しかし、不意に足を止めて振り返り悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「あ!悟仙くん、あとでメールしようね!」


メールと言うのが何を指すのか竜二は暫く分からなかった。それ程悟仙が女子とメールをするのは珍しいことだった。珍しいというより初めてかもしれない。

意味が分からず竜二が悟仙に目を向けると悟仙は肩をすくめた。


「まあとにかく、相手次第だな」


「もう訳分かんねえよ」


悟仙とは長い付き合いなのに、竜二には悟仙の考えてくる事が分からずに頭を抱えたくなった。




☆☆☆




「麻理、さっきは珍しく怒ったわよね?」


竜二達と別れた後、夏子隣を歩く親友に問い掛けた。

麻理は普段物腰が柔らかいため茜に対しての態度は夏子にとって驚きだった。もっとも、あの時麻理は激昂することなく静かに怒っていたが。


「妹が何かされたかもしれないのに、怒らない人はいないと思うけど」


「まあ確かにそうね」


「それに……」


「どうしたの?」


歯切れの悪い麻理の顔を覗き込むと、麻理は困ったように笑っていた。


「由衣は人見知りするような性格じゃないの。だからどうしたんだろう?って思って」


「他にもあるんでしょ?」


「へ!?」


麻理が大きな目を見開いて驚く。


「伊達に親友やってないわよ。それぐらいすぐ分かるわ。麻理、顔に出やすいし」


「そっそんなに出やすいかな!?」


麻理が慌てて顔を両手で隠す。時折見せる麻理のこういった仕草が夏子は素直に可愛いと思った。


「今更隠しても遅いわよ」


「そうだね」


夏子が頬を緩ませて言うと麻理は観念したように手をおろす。


「怒ったのは由衣が相沢さんに何かされたのかなって思ったからだよ。でも分からないことが一つあってね」


「分からないこと?」


「うん、陸奥くんの様子がいつもと違うなって思って」


「どういうこと?」


夏子は悟仙の様子など気に留めたことがないためよく分からなかった。確かに有名人の茜を連れてきたのはおかしな事のように思えたが、麻理が言っているのはそんな事ではない気がする。


「陸奥くんが相沢さんを全く嫌がってる様子がないんです。いつもなら誰かに話し掛けられたら嫌そうな顔するのに」


「そうだっけ?」


「そうだよ!私が話しかけた時なんか特に!」


麻理がその愛らしい顔を近付けてくる。麻理が先程のように誰かに真剣に怒るのは珍しいことだが、悟仙に対して憤慨するのはいつものことである。


「まあ、あいつは面倒くさい性格してるしね、茜先輩に嫌そうな顔をしなかったのは……」


茜先輩に惚れたんじゃない?とは言えなかった。

何故かは分からないが、それを言ってしまうと何か決定的なものが変わってしまう気がした。


しかし、言えなかったのはもう一つ理由があった。

それは……


「あ~!麻理ちゃん達じゃない!?」


先程から話題に上がっている茜が後ろから声を掛けてきたからだ。



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