第五十七話
律子の策略により由衣と文化祭を回ることになった悟仙は一通り回り終えて今は由衣と共に中庭のベンチに腰掛けていた。隣では由衣がここに来る途中で買ったクレープを頬張っている。
「むっちゃん、ぶんかさいってたのしいね!」
「楽しいか?そりゃ良かった」
口元についたクリームを気にせずに満面の笑みで言う由衣に悟仙も珍しく笑みを向ける。
律子は悟仙と由衣を一緒に文化祭を回らせるために一計を案じたようだが、悟仙としてはそこまでしなくても拒否はしなかっただろう。なかなか由衣に会うことができなかった事に対する罪滅ぼしもあるが、由衣から直々に頼まれては子供に弱い悟仙は断れるはずもなかった。
隣にいる由衣もそうだが、律子といい麻理といいつくづく井上家の人間は悟仙にとって天敵である。これで麻理の父親もそうならば、冗談にもならない。
悟仙がそんな事を考えていると、三人の見知らぬ女子生徒がこちらにやってきた。
「あ~!ちょっとあの子可愛くない!?」
「あっ!ほんとだ!可愛い~」
そんな会話しながら女子生徒達は一直線に隣に座る由衣の元に小走りで近付いてくる。そしてベンチにたどり着くと由衣を下から覗き込む形で屈んだ。
「君名前は?いくつ?」
「ゆい……このまえはっさいになったよ」
答える由衣の表情はいつになく固かった。由衣は天真爛漫な性格であるため、人見知りするようなタイプではないと思ったが違うようだ。
「へえ~ゆいって言うんだ?隣はお兄ちゃん?」
三人のうちの一人が初めて悟仙に目を向けたことにより、三人の視線が一斉に向けられた。
「いえ、知り合いの娘です」
麻理の妹と言ってもいいが、よからぬ勘違いをされても困るので止めておいた。どんな勘違いをされても悟仙にとっては関係ないことだが、それが麻理にとっても同じとは限らない。
「そっか、うわ~ほっぺプクプクじゃん!」
声をかけてきた女子生徒が興味なさげに返して由衣に手を伸ばそうとするが、由衣は身をよじってかわして悟仙にすっと身を寄せてきた。相変わらず表情は晴れていない。
「え~、どうして嫌がるの?うちなんもしてないよ?」
女子生徒が再度由衣に手を伸ばそうとする。悟仙が制止の声を掛けようとしたところで前方から聞き覚えのある声がした。
「なーにやってんだ?茜」
その声に由衣に手を伸ばしていない二人の女子生徒が歓喜の声を上げた。
「あ、宮田くんだ!」
「ほんとだ!おーい!」
その声に手をあげて宮田がゆっくりとしたどこか焦らすような足取りでこちらにやってくる。
二人に遅れてもう一人の女子生徒も振り返り声をかけた。
「宗くん、ちょっと遅くない?」
「クラスの出し物で俺も忙しいんだよ。何せ俺目当てで来る奴だっているんだぜ?簡単に抜けられねえよ」
その会話を聞いて悟仙は宮田の下の名前が宗一郎であることを思い出した。それにしても、あの人数の生徒が宮田目当てで来ているのなら竜二が以前言っていたとおり宮田は随分モテるらしい。
「確かに、宗くんモテるしね」
「何言ってんだよ。茜だってそうだろ?あれ見たぜ。今の所一位みたいだな」
宮田の言葉に由衣に手を伸ばしていた女子生徒、茜は得意気に笑った。
「まあ結構僅差だけどね」
「このままいけば大丈夫だろう?それよりもあの事なんだけどさ……って、お!?麻理ちゃんの妹じゃん!それに悟仙も!」
宮田が初めてこちらに気づいた。夏休みに麻理の家にいたので由衣とも面識があるようだ。声を掛けられた由衣は返事する事なく悟仙の制服の袖を摘んできた。麻理と同じ事をするのはやはり姉妹だからだろうか。
「宮田か、クラスの方はいいのか?」
「ああ、大丈夫だろう。竜二がいるしな。あいつも結構人気なんだぜ?」
悟仙は今頃目を回しているだろうと思われる腐れ縁の様子が容易に想像できた。
これ以上ここにいる必要もないためここから離れようとするが、その前に茜に声を掛けられた。
「あなたが悟仙くん?」
「はあ、割と珍しい名前なんでこの学校に同じ名前の生徒はいないと思いますけど」
「へえ、そっかそっか」
悟仙の素っ気ない返しを聞いて茜がまじまじと見てくる。その品定めするような視線の意図が読めずに宮田に目を向けるが、宮田は恍惚とした表情をした二人の女子生徒と話していためこちらを向いていなかった。
「うちのこと知ってたから敬語だったの?」
「いえ、知らなかったですよ。単純計算で三人に二人が上級生ですから敬語にしただけです」
正直に言う悟仙に茜は目を丸くして驚いていたが、直ぐに表情を戻し由衣に目を向けた。その目には先程声をかけてきた時とは違う感情がこもっているように見えた。
「由衣ちゃんは麻理ちゃんの妹なのね?」
「うん、おねえちゃんのともだちなの?」
恐る恐る言う由衣に茜は首を振った。
「違うよ。うちも知ってるし、向こうもうちを知ってるだろうけどね。有名人だから」
茜はそれだけ言うと、再び悟仙に目を向けてきた。
「悟仙くんって今は彼女いないんだよね?」
唐突な質問に茜の意図が読ないが、正直に答える。
「いませんけど」
「好きな人もいないんだよね?」
「ええ、まあ」
茜はそれだけ聞くと持っていたブランド等に疎い悟仙から見ても高級そうだと分かる鞄からおもむろにスマホを取り出して言った。
「じゃあ、取りあえずケータイ交換しよっか?」




