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第五十四話

「ねえ麻理、文化祭はどうだったの?」


律子は文化祭初日を終えて帰ってきた向かいに座る長女に夕食の席でそう問い掛けた。麻理はあまり自分のことを話すことがない。学校の行事の日程等はちゃんと話してくれるので困ることはないが、母親の身から考えるともう少し自分のことを話して欲しいと思ってしまう。特に今回麻理は文化祭を楽しみにしている様子だったので尚更だった。


「すごく楽しいよ。やっぱり中学校とは違って力が入ってる気がする」


動かしていた手を止め、麻理が柔らかく微笑んで言う。


「そう、楽しいなら良かったわ。やっぱり共学の高校の方がいいでしょ?」


「うーん、共学だから楽しいって訳でもないと思うけど。それに、まだ男の子とは上手く話せてないし」


困ったように笑う麻理を見ながら律子の脳裏に一人の少年の姿が浮かんだ。


「悟仙くんとも?あの子とは結構話せてるんじゃない?」


「陸奥くん?確かに陸奥くんとは話せてる……きがする。まだ敬語だけど」


「もう敬語じゃなくていいんじゃないの?一つ屋根の下で一夜を過ごした仲なんだし」


悪戯っぽく笑って言ってやると、麻理の顔がみるみる赤くなっていく。


「ちょっとお母さん!変な言い方しないでよ!陸奥くんはお手伝いに来てくれただけだよ。由衣を看病してくれて、本当に助かったんだから」


「そう、それは良かったわね」


「うん、陸奥くんは嫌々だったみたいだけど」


確かに悟仙は間違いなく進んで由衣の看病をした訳ではないだろう。

しかし、それでも与えられた役割はしっかりとこなしてくれる。だからといってそれ以上のことをすることはきっとない。

他人に頼られても決して依存させはしない。でもだからこそ麻理はあの眠そうな顔をした少年を頼ることができるのだろう。麻理は年の離れた妹がいるせいか、昔から両親に気を遣って何でも一人でやろうとしてきた。そんな麻理にとって気兼ねなく頼れる悟仙の存在はとても貴重なものなのだ。

そんな悟仙を律子はとても気に入っている。


そんな事を考えていると、律子の罠に悟仙が捕まっていることを思い出した。


「そう言えば、悟仙くんはまだ家に来ないの?あれからもう一ヶ月は経ってるわよね?」


「仕方ないよ。陸奥くんは文化祭の準備で忙しかったし。それに、由衣との約束を破る訳ないよ」


不満げに言う律子に麻理がやけに自信に満ちた表情で答えると、麻理の隣で口にこれでもかというほど夕食を押し込んでいた次女の由衣がこちらに音が聞こえそうな勢いで口の中にある夕食をごくりと飲み込んで口を開いた。


「でも、むっちゃんきてくれないよ!いつくるの?」


不機嫌さを隠すことなく言う由衣に麻理が親の贔屓目を抜きにしても可愛いと言える顔を穏やかな笑みにする。


「大丈夫だよ。由衣との約束は陸奥くんにとって『関係ない』ことじゃないからきっと来るよ。もし来ないって言ったらお姉ちゃんが連れてくるしね」


「うん!わかった!」


元気良く返事をして由衣がまた箸を動かし始める。隣の麻理も同様に箸を動かすと思ったが、麻理の手は止まったままだった。


「あの、お母さん」


「ん?どうしたの?」


麻理は少しの間視線を落とし黙考していたが、顔を上げて口を開いた。


「ちょっと分からないことがあって……陸奥くんの事なんだけど」


「分からないこと?なあにそれ?何のことか分からないけど取り敢えず話してみなさい」


麻理がこのようなことを言うのは珍しいことで、加えて律子のお気に入りの悟仙の事となれば大歓迎だ。


「うん」


麻理が一つ頷いて話し初めたのは今日の朝学校での出来事だった。


「それで誰がやったのかって事になったの。でもその犯人探しを陸奥くんが止めてくれて……私も陸奥くんなら止められるかもしれないって少し期待してたけど本当に止めてくれたのはちょっと意外で……だって陸奥くんには『関係ない』ことだし、でも止めてくれて……多分理由を聞いても答えてくれそうにないからお礼だけ言ったんだけど」


「どうして犯人探しを止めたのかが分からないってこと?」


律子が麻理の言葉の続きを言うと、麻理はこくりと頷いてふわりとした黒髪を揺らした。


「うん、何でか分からないけどお礼を言わなきゃいけない気がして、でもどうして陸奥くんが止めてくれたのか分からないからきっと私のお礼には心がこもってなかったと思うの」


真剣な表情で言う麻理に律子は少々面食らった。いくらなんでも真面目すぎる気がするが、生真面目なのも一つの美徳である。

だからあの悟仙も逃げ切れないのかもしれない。できれば二人には時間をかけて仲を深めて欲しい。近頃のように出会ってたいした時間が過ぎていないのに付き合うというまるで「ああでもない、こうでもない」と自分に合うパーツを探す作業のような恋愛はして欲しくない。


「それで、お母さんなら何か分かるかもしれないって思ったんだけど、どうかな?」


「うん、分かったわ。悟仙くんが犯人探しを止めた理由を教えてあげる」


上目遣いで聞いてくる麻理に律子が自信満々で答えると、麻理の表情が明るくなった。 


「本当に!?分かったの!?」


「勿論よ。伊達にあんたたちより長く生きてないわ。まあ要するに……」


悟仙には関係ないことだと思われるのにそれでも犯人探しを止めた理由、それを簡単に言うとこういうことになる。


「『麻理を助けるため』よ」


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