第五十三話
「美少女コンテスト、ね~」
竜二は他の物とは異なり、目立たないようにされている意図が感じ取られる掲示物を見ていた。おそらくこれは非公式で催されているものなのだろう。
まだ中間発表だろうと思われるその掲示物には竜二のクラスメイトであり、同じ文芸部の部員でもある麻理の名前もあった。しかも二位である。一位との票数の差は僅かしかない。
「これは逆転もあるかもね」
そうこぼしながら制服の胸ポケットからボールペンを取り出し、麻理の名前の近くに『文芸部』と書き加えた。これで文芸部の文集が少しでも売れればいいが、それは必要のないことかもしれない。夏子が言うように文芸部の知名度が高いなら自ずと文集も売れるだろう。唯一の不安要素といえば愛想のない悟仙が店番をしていることくらいだ。
「見ちゃダメです!」
今退屈しているであろう腐れ縁の少年に思いを馳せていると、少し離れたところから聞き慣れた少女の声がした。そして、その少女を動揺させるのは一人しかいないため、一緒にいるのが誰なのかも分かった。
竜二が声がした方に目を向けると、予想通りの二人の姿があった。ただいま美少女コンテスト第二位の麻理と今店番をしているはずの悟仙である。
しかし、竜二の予想と反していたのはその二人が往来のある廊下で抱き合っていることである。麻理が一方的に抱きついていると言った方が正しいかもしれない。
「分かったから離れてくれ。お前が抱きついても見ようと思えば見えるんだからそんな事しても意味がない」
珍しくたじろいている悟仙の声を聞きながら二人に近付くと、竜二にも麻理が必死に悟仙を制止している理由が分かった。
悟仙の後方には先程竜二が見ていた美少女コンテストの貼り紙があり、麻理はそれをみてほしくないのだろう。しかし、悟仙は首を少し回せば見えてしまうため意味がなさそうだ。
「離れますけど、絶対見たらダメですよ?そのままこっちに来て下さい」
「分かったよ。だから引っ張るな」
麻理が強引に悟仙の手を引いて、悟仙はされるがままに引っ張られている。
すると、仏頂面で引きずられている悟仙と目があった。もう少しこの微笑ましいやり取りを見ていたかったが、悟仙にはっきり認識されたため無視するわけにもいかず手を上げて二人の元へと足を向ける。
「ようお二人さん。休憩中か?」
竜二が声をかけると、悟仙を引っ張っていた麻理も竜二に目を向けた。
「あっ、加藤くん。こんにちは、私達はそんなところです。加藤くんも休憩中ですか?」
「休憩っていうか、俺は明日ウエイターで忙しい代わり今日は暇なんだ」
「そうなんですか。明日は頑張って下さいね」
そう言って麻理が柔らかく微笑む。流石は美少女コンテスト第二位、なかなかの破壊力である。夏子の存在が無ければ惚れていたかもしれない。
「井上さんも、最終日は頑張ってね。その時には美少女コンテスト一位になってるかもしれないから、客がいっぱいくるかもね」
「そっ、それを言ってしまったら……」
麻理の焦った声に竜二は自分の失態に気付いた。麻理の笑顔に見入ってしまい、うっかり口が滑ってしまった。別に口止めされていたことではないが、まずいことをしてしまった。
「ほう、井上はあれの二位なのか」
案の定悟仙が後ろに目を向けて言う。どうやら悟仙は美少女コンテストのことは知っていたようだ。
「あぅ」
しかし、それを隠そうとしていた麻理は悟仙が知っていることに気付かなかったようで、恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。
「ま、まあ井上さん、男子の間では結構前から噂になってた事だし悟仙が知ってても仕方ないよ」
「そうなのか?俺はさっきあれを見て知ったんだけどな」
「お前な、俺達があんなに話してたのに知らなかったのか?」
「ああ」
あっけらかんとして頷く悟仙に竜二は呆れて溜め息しか出なかった。先程麻理に言ったとおり文化祭の前から美少女コンテストのことで男子は随分盛り上がっていた。中には誰が一位になるのか賭けている人さえいたほどだ。それを知らなかったとは、今更ながら悟仙の無関心さに呆れてしまう。
「じゃあまだ誰にも投票してないのか?」
「ああ、興味ないしな」
「この学校の殆どの男子が投票してるぞ?」
「俺には関係ない」
「そうかよ」
悟仙のいつも通りのセリフに短く返して、悟仙の隣に目を向けると、麻理はにこにこと嬉しそうに笑っていた。悟仙が「関係ない」と言うといの一番に反論する麻理にしては珍しいことだ。
麻理はお化け屋敷の衣装である白装束だが、首にはどこかの出し物で取ったであろうメダルが数個掛けられており、手には景品がある。今まで悟仙と二人で文化祭を楽しんでいたのだろう。だから機嫌がいいのかもしれない。
「井上さんはこの一位の人と話したことある?上級生だけど」
大きな目を細めて微笑む麻理に問うと、麻理はふるふると首を振った。
「いえ、何度か校内で見かけたことはありますけど、話したことはありません。確か二年生でしたよね?」
「うん。二年生だった気がする」
今麻理を抑えて一位になっている女子生徒の名前は
相沢茜、竜二達より一つ年上でぱっちりした目に茶色の髪を鎖骨あたりで軽く巻いている美少女である。身長は麻理より高く、夏子と同じくらいで、どこか大人っぽい印象を与える雰囲気を持っていた。一年生の中では麻理が一番の美少女だと言われているが、二年生の中だと最初に茜の名前が上がるほどの美少女である。
「なあ、悟仙は……」
話したことがあるのかと言おうとして途中で止めた。悟仙が上級生の女子と話すなどあるはずがない。悟仙は男子には意外と人気があるが、女子からの人気は皆無である。中には悟仙のことをクールだと勘違いして近付こうとする少数派の女子もいるが、全く相手にしない悟仙に飽きるか、諦めるのが常だった。麻理のように悟仙に興味を示す女子は珍品とも言える。
そんな悟仙が茜と交流があるのは有り得ない。その証拠に竜二と麻理の話を聞かずに大あくびをしている。
「お前、そろそろこういうのに興味持ち始める年頃なんじゃないの?」
先程の代わりに尋ねると、悟仙は肩を竦めた。
「さあな。今の所興味ない」
世の男で女性の容姿を重視し、中身はどうでもいいという所謂「面食い」である者が多々いるが、悟仙はその全くの反対なのかもしれない。悟仙の目は人の容姿ではなくその奥をいつも見ている気がする。ただ他人に興味がないだけの可能性もあるが。
「まあいいや。仲良く二人で回ってるとこ邪魔して悪かったな。俺はもう少しぶらついてくるよ」
最後にからかって二人を赤面させようと思ったが、悟仙はまだしも麻理までもが首を傾げていた。
「邪魔?別に二人が三人になっても変わらんだろ」
「加藤くんも一緒に行きませんか?三人の方が楽しいですし」
「お、おう。じゃあそうしようか」
二人の言葉に戸惑いながら竜二は心中で溜め息をついていた。
この二人には未だに恋愛感情といのが分からないらしい。しかし、一人は他人に興味を示さず、一人は女子校育ちのお嬢様だ。無理もないことかもしれない。
「まあ、俺も人のことは言えないけどな」
竜二は二人に聞こえないように小さく呟いた。




