第五十二話
「お母さんが見つかって良かったですね」
「そうだな」
悟仙は隣を歩く麻理に仏頂面で返した。
悟仙達は放送室に到着する前にあの子供の母親と会うことができ、感謝の言葉を貰い今は二人で色々な出し物を見て回っていた。
何やら嬉しそうな顔をしている麻理はお化け屋敷の衣装のままの白装束である。あの母親が子供を見つけられたのも麻理が目立つ格好をしていたからだろう。
「明日か明後日にお母さんと由衣が来るみたいなので由衣も迷子にならないか心配です。私と同じで迷いやすいので」
麻理が困ったように笑って言う。
悟仙が麻理の妹である由衣と初めて会ったのは由衣が迷子になっている時だった。姉妹揃って方向音痴らしい。
「律子さんも来るのか?」
「はい」
はにかんで頷く麻理に対して悟仙は顔をしかめていた。できれば律子とは会いたくない。悟仙はどうもあの人が苦手であった。
「そう言えば」
麻理が足を止め、こちらに顔を近付けてきた。
声に少し咎めるものがあった。
「由衣が陸奥くんに会いたいって言ってましたよ?陸奥くん、また来るって言ったのに一度も来ないんですから」
「文化祭の作業を手伝わせたのはお前だろ。忙しくてそれ所じゃなかったんだ」
麻理に副班長を命じられたため、悟仙はほぼ毎日放課後に残って作業をしていた。麻理の家に立ち寄る暇なんてなかった。
「確かに、そうでしたね。では、また今度いらして下さいね」
「由衣は文化祭に来るんだろ?そこで会えば良くないか?」
笑顔で言う麻理に提案するが、頬を膨らませて反論される。
「それではダメです。陸奥くんの方から出向かないと約束通りじゃありません」
麻理の声には先程悟仙を子供の親探しに誘った時と同じ様に有無を言わせない雰囲気があった。
最近気付いたことだが、麻理がこうなるときはだいたい何らかの策が弄されている。そして、結局は麻理の思い通りになってしまう。これは間違いなく律子の血によるものだろう。
「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
悟仙が開き直って言うと、麻理が笑顔で頷く。
「はい。ところで、陸奥くんの家族は文化祭に来たりしますか?」
「姉貴は来るかもしれないが、両親は来ない。海外にいるからな」
麻理が大きな目をさらに大きくする。
「えっ、陸奥くんのご両親は海外にいらっしゃるんですか?」
「まあな、言ってなかったか?」
麻理が悟仙の両親に対していつもより言葉が丁寧なことに違和感を持ったが、聞かなかった。
「はい、聞いてませんでした。そうなんですね、海外ですか。寂しかったりしませんか?」
麻理が心配そうな表情で顔をのぞき込んでくる。麻理は気付いてないかもしれないが、胸元が少しはだけてしまっているため、非常にきわどくなっている。
「そんな事はない。年に何回かは会ってるしな」
そこから目を離し言うが、麻理は悟仙の前に回り込み再び見上げてきた。
「本当ですか?」
「本当だ。親に会えなくて寂しがるような年でもないだろ」
「そうですか」
ようやく納得したのか、麻理が悟仙から少し距離をとったことで、悟仙は安堵の息を吐いた。何故か麻理に反応してしまう事に早く対応策を考えないと心臓に悪いかもしれない。しかし、そのために必要なこの反応の原因が悟仙には分からなかった。
そんな事を考えていると、麻理が少し声のトーンを落として聞いてくる。
「あの、陸奥くんも海外に行ってしまうなんてこともあるんでしょうか」
「親に来いと言われれば、行くしかないだろうな」
「どっどうしてですか!?」
麻理がまた体を近付けてくるが、悟仙はそれより早く後退して対処してから言う。
「当たり前だろ。俺は親から振り込まれる金で生活してるんだ。それを止められればのたれ死ぬとになる。高校生一人でやっていくのは難しいだろう」
働きながら高校に通うくらいなら、多少慣れなくても海外に住んだ方がいいに決まっている。
「確かに、そうかもしれませんが……」
麻理が表情を暗くして俯く。よく他人の話に、しかももしかしたらの話にここまで感情的になれるものだと悟仙は少し感心してしまった。
「陸奥くんさえ良ければ、私の家に住んでもいいんですよ?」
「あのな、それでも何も変わらないだろ。多少は楽になるだろうが、金がないことには変わりない」
「そう、ですよね」
「おい、これはただの可能性の話だろ?それに、俺が海外に行く可能性は殆どない」
「そうなんですか!?」
麻理が表情を明るくして顔を上げる。表情がころころ変わるのは麻理が感受性豊かであるからだろう。
「ああ、もしそういう話になっても姉貴と協力すればいい。あいつは武道派だからな、力で何とかするだろう」
「そうですか。良かったです」
麻理が胸に手を当てほっと息を吐く。これが胸をなで下ろすというやつだろうか。これによってはだけた胸元が元に戻ったので悟仙は少し安心した。
「すっかり立ち止まってしまいましたね。次はどこに行きま……」
麻理が途中で言葉を止める。視線は悟仙の後ろに向けられていた。
不思議に思い、振り返ろうとするが、麻理が慌てて抱きついてきた。
「見ちゃダメです!」
「なっ!」
麻理の体の柔らかさと香水ではない甘い香りが突然やってきて悟仙は珍しく動揺して言葉が出なかった。
しかし、麻理に抱きつかれる直前に悟仙の視界には他のものとは異なり、ひっそりと貼られている掲示物が入っていた。
そこにはこう書かれていた。
『美少女コンテスト』と……




