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第五十一話

あれからクラスの皆で作業をしたため、悟仙達のクラスの出し物は開始時刻に何とか間に合うことができていた。


開始から二時間程経った現在、他のクラスに比べて子供じみているため目立つのかお化け屋敷への客入りは上々だった。

今も十数人が列を作っている。


何故悟仙がそんな事が分かるのかというと、悟仙が教室の入口に置かれた机に座り、受付をしているからである。しかし、受付に殆ど仕事なんてあるはずもないと思い、この役割をしているが別の要因によって三十分前程から少し忙しくなってきている。


「あの、一ついいですか?」


「はい、三百円になります」


お金を受け取り、お客に商品を渡す。

悟仙が忙しくなっている原因は我が文芸部が制作した文集にあった。悟仙はお化け屋敷の受付と同時に文集販売の店番もしている。勿論悟仙の意志でやっている訳もなく、文芸部部長の夏子の命令である。何でも「お化け屋敷に来る人が文集を買って、文集を買いに来る人がお化け屋敷に入ってくれたら両方お得じゃない」と夏子が言い出し、お化け屋敷の受付になっていた悟仙が任命されたのである。


開始したばかりの頃は全く売れなかった文集だが、口コミで噂が広まったのかここにきて突然売れるようになっていた。百部の内すでに四分の一以上売れている。

こんなに売れているのはおそらく、文集のできが良かったわけではないだろう。この文集には夏子が撮影した麻理の写真が入っているため、それが目当てで買うものも少なくないはずだ。

どんな写真なのか少し気になり見ようとしたが、「絶対に見ないで下さい」と麻理に言われているので悟仙は未だに目の前に積み重ねられている文集を開いていない。見るなと言われて尚みたいと思うほど興味はなかった。


ほくほく顔で帰って行く客を見ながら頬杖をついていると、視界の端を小さな影が横切った。


「ん?」


影の方向に目を向けるが、そこには不気味に飾り付けられたドアがあるだけで動くようなものは何もなかった。


「うわあーん!」


悟仙が再び目を戻すと、教室の中から子供の悲鳴が聞こえた。

列になっている人達にも聞こえたらしく、何事かとざわつく中、先程閉まったばかりの入口のドアが開き中から一人の幼い子供が出てきた。見たところ由衣より年下かもしれない。おそらく影の正体はこの子供だろう。今日は金曜日のため少ないが、文化祭の三日間は一般開放されているため生徒以外の客がいてもおかしくない。


「ちよっと待って!」


そう言って子供の後ろから出てきたのは白い着物のようなものを着ている麻理だった。開始前には「幽霊です」と言っていた。

麻理は飛び出した子供の手を引いて引き寄せ、優しく頭を撫でた。


「ごめんね。怖かったよね?」


麻理が子供の顔をのぞき込み、尋ねると子供はしゃくりあげながら何度も頷いた。

どうやら暗闇で気付かずクラスメイト達がしっかり怖がらせたらしい。真剣さが裏目に出たようだ。


「陸奥くん」


「何だ?」


「確か受付の人は小さな子供を入れないようにと言ってましたよね?」


「そうだったか?」


言われて思い返すが、そんな話はなかったように思う。おそらく悟仙が聞き逃したのだろう。


「そうでした!」


悟仙の予想は当たったようで、麻理の頬がみるみる膨らんでいく。


「まったく、もう少し真面目にして下さい」


「悪かったよ」


麻理から目を逸らして言うが、簡単には許してくれない。


「こっちをちゃんと向いて下さい!だから陸奥くんは」


「ふっ、ひっぐ、うあーん!」


麻理の大きな声に子供がまた泣き声を上げる。


「ああ~、ごめんなさい」


麻理が慌てて子供を抱き締める。


「私はあなたに言ってるんじゃなくて、そこにいるお兄ちゃんに言ってるの」


「おにいちゃん?」


「そう。あそこにいるいつもおねむのお兄ちゃん」


麻理が悪戯っぽく笑って見上げてくる。年の離れた妹の世話で慣れているのか、子供はもう泣き止んでいた。


「お母さんどこにいるのか分かるかな?」


「わかんない」


「そっかあ~、じゃあ放送で呼んでもらおっか?」


「うん!」


「では、行きましょうか、陸奥くん」


「俺は必要ないだろ」


手をつないで立ち上がり麻理が当たり前のように言うが、悟仙には全く意味が分からなかった。


「必要ですよ。この子が泣いてしまったのは誰のせいと思ってるんです?」


麻理が得意気に言う。麻理には何か有無を言わせない雰囲気があった。

確かに、この子供をお化け屋敷に入れてしまった責任は悟仙にあるかもしれない。


「分かったよ。俺も行く」


「はい!では行きましょう。中になっちゃんがいるので、受付と店番を代わってくれるようにメールしときますね」


「助かる」


手早くメールを打ち終えて麻理が子供の手を引いて歩き出す。

しかし、すぐに振り返って笑顔で言ってきた。


「あ、そういえば私はそろそろ休憩にはいるのでついでに色々見て回りましょう」


「おい、どうして俺が」


「さあ、行きましょう」


悟仙の反論を聞くことなく麻理は先に行ってしまった。


悟仙は深くため息を吐き、重い足取りでボブカットを揺らして歩く麻理を追い掛けた。





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