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第五十話

悟仙は十月に入りすっかり涼しくなった朝、通学路を歩いていた。前方に見えてきた学校の校舎は色とりどりに飾り付けられている。校門を潜り、一歩学校の敷地内に入ると、学校の外とは異なりそこはどこか浮ついた雰囲気を醸し出していた。

しかし、それも無理はない。何故なら今日は……


「文化祭、だからな」




物事を進める上で、万事上手くいくことも勿論あるが、どこかで躓いたり失敗したり、はたまたこれ以上進めることが不可能になることも多々あるだろう。だから、これも無理からぬ事だろうと目の前にある惨状を見て悟仙はそう思った。







悟仙が文化祭の出し物の最終チェックの為にいつもより早く登校すると、どこでもそうであったように教室内もざわついていた。しかし、それは教室の外とは異なるものだった。


「ちょっとこれどうすんの?」


「どうするもこうするもないだろ」


「これはもう使えそうにないな」


クラスの殆どの者が入り口近くにしゃがみ込み何やら口々に言っている。

それを聞き流して中に入ると、竜二が片手を上げてこちらにやってきた。


「よう、相変わらずおせーな」


「何言ってる。いつもより早いだろ」


「それでも皆よりは遅いんだからな」


竜二が呆れ顔でため息を吐く。


「皆と俺は関係ない」


「そう言うと思ったよ」


悟仙の言葉を受け流し、「それよりも」と続ける。


「ちょっと面倒なことになったな」


「何がだ?」


「お前、さっき思いっきり通ってただろ。何で気付かないんだよ。あれだよ、あれ」


そう言って悟仙が先程通った入口近くを指差す。


「人がたくさん集まっているな」


「その人だかりの奥だよ」


竜二に促され一団の奥を見ると、悟仙もようやく合点がいった。


悟仙達のクラスは一日目にお化け屋敷をすることになっている。そのため、今教室内は積み上げられた机と椅子とダンボールで作られた仕切りがあり、通路ができているが、竜二が示した一角はその仕切りが崩れてしまっていた。しかし、この雰囲気はこれだけが原因ではないだろう。


「確かあそこには」


「今日使う小道具があったんだよ」


悟仙の言葉を竜二が引き継ぐ。

小道具は当日に配置する事になっていたため、確か入口近くに集めていた気がする。

そこにまるで狙ったように机と椅子が崩れてしまっていた。


そう『まるで狙ったように』だ。


「あれは全部ダメになったのか?」


「だろうな。殆どダンボールとかで作ったものだったし、壁は何とかなるだろうけど、小道具は修復不可能だろうよ」


「そうか」


すると、入り口近くの一団から二人の女子生徒がこちらにやってきた。


「陸奥、あんたはせっかくの文化祭だってのに相変わらず眠そうな顔してるわね」


「いつもより早く起きたからな、眠くて当然だ」


「あっそ」


二人のうちの一人である夏子の声には何となく棘あるように思えた。今日はなるべく夏子に話しかけないようにしようと心に決めていると、もう一人の麻理が声をかけてきた。


「おはようございます。陸奥くん、早起きできたんですね」


麻理がにっこりと笑って言う。まるで子供を褒める母親のようだが、本人は意識して言っていないようなのでその事については何も言わない。


「まあな、それより」


「どうしてなっちゃんの機嫌が悪いのかですね?教えますけど、あまり言いふらしたらダメですよ?」


悟仙の言葉を遮り、麻理が悟仙の耳に口を近付けてくる。麻理の方が身長が低いため、麻理が背伸びする形になる。


「なっちゃんの髪型がいつもと違うのは分かりますか?」


「髪型?」


目だけ夏子に向けると、夏子の髪型はいつものポニーテールだが、複雑に編み込んだようになっており、確かにいつもとは違っていた。


「分かるが、それがどうかしたのか?」


聞くと麻理が困ったように笑う。


「それがですね、あの髪型に加藤くんが気付いてくれなかったみたいで」


「そうか」


悟仙は言いながらそれは無いだろうと思った。竜二は誰よりも夏子を見ているはずだ。気付かないわけがない。どうせ照れて言えなかっただけだろう。


伝えることは言い終えたようで、麻理が悟仙から体を離す。


「えっと、すみません。ちょっと近すぎましたね」


悟仙に密着していたことに今頃気付いたのか、麻理が顔を赤らめて言う。


「いや、別に構わん」


悟仙は自分の顔がひきつっているのを感じていた。未だに反応してしまうこの変化への対応策はできていない。


悟仙が額浮かんだ嫌な汗を拭っていると、入り口の一団から一際大きな声が聞こえた。


「おい、誰かがやったんだろ!?出てこいよ!」


叫んだのは宮田だった。すると、周りにいる男子達までもが便乗し始めた。


「今言った方が楽だぜ?」


「早く出てきた方がいいって」


宮田達の言葉を受け、クラスメイト達も周りに疑いの目を向けだす。


「陸奥くん」


麻理がこちらを見上げてくる。その目にはクラスメイト達のような疑いの色はなく、あるのは少しの期待だった。


麻理は悟仙にこの事態の収拾でもして欲しいのだろうか。もしそうなら、悟仙にそれは不可能だ。悟仙は誰がやったのかも知らないし知っていてもそれを白状させようなどとは思わない。

しかし、収拾させなければいけないのも確かだ。このままでは出し物に支障が出てくるという訳ではなく、このままだと面倒くさくなるのが目に見えているからだ。面倒な事と無関係である為には芽を早めに摘んでおかなければならない。


「竜二」


悟仙が何やら夏子と言い合っている竜二に目を向けると、竜二はそれだけで察したようで嬉しそうに笑った。


「お!久し振りだな~。悟仙が頑張るの」


「関係する前に片付けたいだけだ」


「へいへい」


竜二から目を逸らし、宮田達の元へと歩いていく。


「もうよくないか?犯人探しなんて」


悟仙の提案に宮田があからさまに態度を悪くする。


「はあ?犯人探して謝らせないと意味ないだろうが」


「何のためにだ?」


「クラスのために決まってんだろ?」


宮田が馬鹿にしたように言うが、宮田の本心はそうではないはずだ。宮田はただこの状況を楽しんでいるだけだろう。如何にも宮田が好きそうなことだ。


「このクラスの目標って何だ?」


「文化祭の成功だろ?」


「犯人が出てくれば文化祭が成功するのか?」


「はあ!?意味分かんねえよ!」


宮田が声を荒げる。今やクラスメイト達の視線は二人に集まっている。


「犯人を見つけるより、壊れた物を修復した方がその文化祭の成功に繋がると俺は思うがな、小道具なんて暗闇じゃよく見えないだろうし直すのは壁だけでいいだろう」


「お前何言って」


「確かに、悟仙の言うとおりかもな」


宮田の声を遮ったのは竜二だった。


「犯人探しなんて文化祭が終わってからでもいいじゃねえか。皆だって文化祭楽しみたいだろ?」


竜二が周りに呼び掛けると、皆も一様に頷いた。


「宮田も、それでいいよな?」


竜二が宮田に微笑みかける。


「分かったよ。もういい」


宮田はまだ何か言いたげだったが、渋々頷いた。


「そうか。じゃあ皆で直そうぜ」


竜二に促されクラスメイト達が修復作業を始める。


「いやー、上手くいったな」


竜二が嫌らしいくらいの爽やかな笑みで肩を叩いてくる。


「問題を収拾した訳じゃないけどな」


悟仙は事態を収拾することはできない。しかし、事態を『うやむやに』することはできる。竜二の協力は必要だが。


これは昔からやっていることだが、多数の人を動かそうとする時、大抵は悟仙の提案に竜二が賛同することで上手くいっていた。


竜二は昔から無条件で悟仙に賛同する節があり、人気者である竜二を利用すれば、多くの人が味方に付く。そうすると、あとは多数決に持っていけばいいだけである。文芸部までは浸透していなくとも、教室には民主主義は行き届いているのだ。


悟仙が一仕事終えて一息ついていると、誰かに袖を引っ張られた。


「陸奥くん」


振り向くと、麻理の大きな目があった。夏子とは違い、麻理の髪型はいつも通りのふわりとしたボブカットである。


「なんだ?」


「あの、ありがとうございました」


麻理が先程の挨拶の時より深く頭を下げる。

やはり、麻理は変なところで鋭いので悟仙の真意に気付いたのだろう。全くの見当違いであることも有り得るが。


悟仙はすこし落ち着かなくなった。麻理と一緒にいると、昔なくした物がまた目の前に現れたような、そんな気分になる。


「感謝される筋合いはない」


だからだろうか。悟仙の声には少しの動揺が表れていたかもしれない。



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