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第四十九話

「うーん、やっぱりいまいちね」


放課後の文芸部の部室で、夏子は家から持参したデジタルカメラを顔の前から下ろした。

文化祭まであと二週間ほどになり、どこのクラスも部活も準備に追われている。


「えーと、またダメなの?」


困り顔で微笑む麻理と夏子と今はいない男子二人が所属する文芸部も例に漏れず文化祭の準備に追われていた。


「全然ダメよ。表情が固すぎるわ。これじゃ絶対売れな、じゃなくて絶対皆が安心して読んでくれないわ」


「まだ固いの?うーん、難しいな」


夏子達は今文集に載せるための写真を撮っている。文集自体は殆ど出来上がっているため、あとは夏子の納得いく写真が撮れればほぼ完成である。


しかし、その写真撮影が思いの外難航していた。クラスの居残り作業が始まった頃から機会があればシャッターを押しているが、なかなか良い物が撮れない。

いや、納得いくものがあることにはあるが、麻理にバレたら怒られそうなのでこれは最後の頼みにしておきたい。


「あたしは麻理のいつも通りの表情が撮りたいのよ」


「いつも通りのつもり何だけどな」


「いつもと全然違うわ。麻理はいつもこう……ほにゃっというか、ほんわかした感じじゃない。あれが欲しいのよ」


「よく分かんないかも」


夏子が身振り手振りを交えて説明するが、麻理は要領を得ないようで、小首を傾げた。


「あっ!その表情いい!」


「へ?」


麻理の表情が少し自然なものになったため急いでカメラを構えるが、カメラ越しに見た麻理の顔は緊張からかぎこちない表情になっていた。


「ああもうっ!何ですぐそうなっちゃうのよ!」


「よく分かんないけど、取り敢えずごめんなさい」


夏子が苛立ちを抑えきれず叫ぶと、麻理がぺこりと頭を下げた。


「はあ、もう今日は終わりにしましょ」


「そうだね」


そう言って二人並んでパイプいすに座る。最近はずっとこんな感じだった。もう殆どやることがないため、今から少し雑談して帰ることになるだろう。


「そういえば麻理さ、いつまで男子に敬語使うつもりなの?」


「男の子に慣れるまで……かな」


麻理がそのつるりとした白い頬を同じ色の指で掻きながら言う。


「あんたねえ、入学してそろそろ半年よ?まだ慣れないの?」


「うん、まだかな」


「麻理が男子に慣れる頃には人類が火星に住みだしてるかもね」


夏子が親友の進歩のなさに呆れて言うと、麻理が可愛らしい大きな目をぱちぱちと瞬かせた。


「えっと、どういう意味?」


「何でもないわ」


この純粋を絵に描いたような少女には嫌味も効かないようだ。


「そう言われると気になるな?」


麻理がその端正な顔を近付けてくる。もし夏子が男子だったらあっという間に惚れていただろう。今や学年の中では麻理に告白していない男子の方が少数派になっている。


すると、ドアが開く音がしてその少数派である男子生徒が部室に入ってきた。


陸奥悟仙、たった今起きたような顔をしているがこれが悟仙のいつも通りの表情である。


「何だ、取り込み中だったか?悪かったな、ノックもせずに入ってしまって」


言っていることとは裏腹に悟仙は全く悪びれた素振りを見せない。


「どんな勘違いしてんのよ。あれ、竜ちゃんは?」


夏子の幼なじみであり、悟仙の腐れ縁でもある男子生徒の姿が見えないため聞くと、悟仙がゆっくりと振り返り、後ろに竜二の姿が無いことを確認すると、相変わらずの眠たそうな顔のまま口を開いた。


「居ないみたいだな。教室で何か作業でもしてるんじゃないか?」


「何であんたも何か手伝うっていう発想にならないのよ」


「あいつは男子の喫茶店の担当だろ?俺はお化け屋敷担当だ。俺には関係ない」


「あっそ」


悟仙の言い回しは小学生の頃から聞き飽きているため夏子は一言返しただけだった。

しかし、簡単に引き下がらない人がここに一人いる。


「陸奥くん、それは違うと思います。陸奥くんはお化け屋敷の担当である前に加藤くんと同じクラスメイトですから、手伝うのはとても自然なことです。だから関係あります」


麻理が真剣な表情で言うが、悟仙は大口を開けて欠伸をしている。それを見た麻理が顔を紅潮させて立ち上がる。


「む・つ・く・ん、聞いてますか?」


「ああ、俺の耳は良くできていてな、聞きたくないことまでしっかりと聞こえてくる」


「どういう意味ですか!?」


「言葉のまんまだ」


何故か悟仙の嫌味には反応できる麻理が声を荒げるが、悟仙はどこ吹く風である。


夏子はそんな二人のやり取りをただ眺めていた訳ではない。このチャンスを逃すまいと、何度もシャッターを切っていた。

シャッター音に気付いた麻理がこちらを向いて指を指してきた。いや、流石に指を指すのは悪いと思ったのか何故か人指し指は折り畳まれている。


「あっなっちゃん、何撮ってるの!?」


カメラに気づいた麻理の顔はいつものような緊張したものではなかった。

しかし、それは麻理が成長したからとかカメラに慣れたからという訳ではない。


何故なら、最終兵器としてカメラのメモリーに残してある写真は、どれも教室で作業をしながら悟仙の隣で話す麻理の多種多様な表情であるからだ。

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