第四十七話
「生写真?大丈夫かそれ?」
夏子が宣言した秘策に竜二が早速苦言を言う。しかし、夏子の表情は得意気なままだった。
「大丈夫よ。何も水着になったりする訳じゃないから」
「当たり前です!」
麻理が顔を赤くして言う。先程も悲鳴を上げていたので、この作戦に余り乗り気ではないのかもしれない。
「まあまあ、落ち着きなさいって麻理、文集に制服姿の麻理の写真を加えるだけだから」
「でも……」
まだ乗り気でない麻理に夏子がさらに言う。
「最近の野菜だって育てた人の写真載せてたりするでしょ?それと同じよ」
「どういう理屈だ」
それまで黙っていたが、悟仙はつい口に出てしまった。しかし、麻理の耳には届いてないようで悟仙に構わず何やら考え込み始める。
「あんたは黙ってなさい」
悟仙が邪魔すると思ったのか、夏子が睨んでくる。悟仙は余り興味がなかったので言われたとおりそれ以上何も言わなかった。
「どうして私の写真なんですか?」
暫く考えていた麻理が口を開くと、夏子が待ってましたとばかりに答える。
「それはね、麻理が一番文芸部らしい雰囲気があるからよ。あたしと竜ちゃんは運動部って感じがするじゃない?陸奥は論外だし」
夏子の言葉に麻理が口に手を当ててクスリと笑う。演技がかった仕草だが、麻理がすると自然に感じるから不思議だ。
「確かに、陸奥くんは睡眠部って感じだもんね」
「そんな部活ないだろ。あったらそっちに入ってる」
「ふふ、あったら私もそうします」
男子である悟仙に対して麻理が敬語で言う。この切り替えがいつも正確なのは悟仙にとって謎だった。
「それで、写真載せてもいい?」
「うーん、どうしよっか」
夏子が逸れかけた話を戻し、麻理がまた考え始める。
すると、竜二が声を潜めて聞いてきた。
「おいおい、井上さんいいって言いそうじゃないか?」
「言うだろうな」
顎に手を当て、大きな目を閉じて黙考している麻理に目を向けて言う。夏子は明らかに麻理を嵌めようしている。しかし、おっとりお嬢様の麻理はその事に勿論気づいていない。麻理は十中八九承諾するだろう。
「それって大丈夫なのか?井上さん最近は上級生にまで告られてるって聞くぜ?」
「そういえばあいつはよくモテるんだったな」
悟仙は今更ながら麻理と関わりだしたのは麻理に言い寄る男子から守るためであったことを思い出した。確かそれを言ってきたのは夏子に命令された竜二だった気がするが、夏子は覚えていないのだろうか。
「何にせよ、俺達が何か言っても無駄だろうな」
「ああ、ナツが部長だしな」
竜二がため息混じりに言う。悟仙は最近聞かされたことだが、我が文芸部の部長は夏子だ。上司命令となれば下っ端は従うだけである。まだ文芸部まで民主主義は浸透していない。
「あの」
悟仙がこの世のままならなさを憂いていると、おずおずと麻理が声をかけてきた。
「何だ?」
「陸奥くんはどう思いますか?私の写真があった方が皆さんが安心して文集を手にとってくれると思いますか?」
どうやら夏子の洗脳は上手くいっているようで、麻理はトンチンカンな事を言っている。
「文集に安心も何もないと思うけどな」
「もう、揚げ足を取らないで下さい。とにかく、陸奥くんはどう思うのか聞いてるんです」
麻理が頬を膨らませる。悟仙は何故自分に聞いてくるのかとは問わなかった。夏子に聞いても無駄だろうし、竜二は夏子の一睨みに屈服してしまう。単純な消去法だろう。
「いいんじゃないか?」
「真面目に答えてます?私は本気で聞いてるんですけど」
「大真面目だ。井上なら問題ないだろう」
麻理は落ち着いた雰囲気を持ったお嬢様だ。清楚な文学少女には当てはまっている。悟仙が知る限り麻理の雰囲気が変わるのは悟仙に食ってかかる時だけである。
そんな事を考えていたためか、麻理が目を見開いて驚いていることに気付かなかった。残りの二人も同じような表情をしている。
「どうかしたか?」
不思議に思い聞くと、麻理が驚きの表情のまま言う。
「陸奥くん、関係ないとは言わないんですね」
麻理の言葉に悟仙ははっとした。確かにいつものようにそう言ってもおかしくはなかったかもしれない。
「俺も部員だからな、関係ないとは言えない」
悟仙の言い訳が通用しなかったのは、変なところで鋭いお嬢様が柔らかく微笑んだことで、容易に理解できた。




