第四十六話
「秘策?ていうかナツ、俺は文集出すなんて聞いてないぞ。悟仙は聞いてたか?」
夏子にそう言ってこちらを向いてきた竜二に悟仙は首を振った。
「悟仙も聞いてないってよ」
悟仙も同じだったことに少し安心した表情で言う竜二に夏子は真顔で言った。
「当たり前じゃない。さっき麻理と決めたんだから」
先程麻理が話に入ってくる前に二人で話していたのはその事についてだったようだ。
「じゃあ井上さんは知ってるんだな」
確認する竜二に麻理は頷いたが、その表情は困惑していた。
「はい、文集を出すことは先程聞きましたが、百部も出すとは聞いてませんでした。勿論その秘策も」
夏子が決定事項のように百部の文集を出すと言っていたが、それは夏子の独断だったようだ。
「まあ待ちなさいよ。ひとまず秘策のことは置いといて、先ずは」
「どうして文集なんか出すのかからだな」
悟仙が口を挟むと夏子は腹を立てる前に呆れた表情になった。
「あんたね。普通は文集の内容からでしょ」
「お前の普通なんぞ俺には関係ない」
「はいはい、分かったわ。説明すればいいんでしょ」
最初からそうしろとは言わなかった。言えなかったという方が正しいが。
「むぅ~」
というのも、向かいに座る麻理がその白い頬を膨らませているからだ。早速消極的な悟仙にご立腹なのだろう。ここで麻理と言い争っても生産的ではない。
「もし、文集が沢山売れればそのお金は全部あたしたち文芸部に入ってくるわ。それで部室の備品を買うの」
「備品って何を買うの?」
女子に対しては敬語を使わない麻理が聞く。
「これから寒くなるからね。温かい物でも飲みたくなると思うの。だからポットを買います」
「確かに何か飲みながらってのは魅力的だけど、別に割り勘でも良いだろう?」
「何言ってるの竜ちゃん、お金が入ってくる予定があるのにそんな事する必要はないわ」
「そんなに文集が売れるってことか?ナツってそんなに文才あったか?」
「ないわよ」
あっけらかんと言う夏子に聞いた竜二は口をあんぐりと開けた。
続けて竜二が何か言う前に夏子が続ける。
「まあ聞きなさいよ竜ちゃん、文集に載せるのは文芸部らしく短編小説にするわ。これはもう夏休みにあたしと麻理で作ってあるから大丈夫よ」
「へ?なっちゃんあれを文集として出すの?」
本当に文集を出すことしか聞かされてなかったようで、麻理が素っ頓狂な声を上げる。
「そうよ。そしてここからが本題、その文集をどう売るかよ」
「そうだよな。そもそも俺たち文芸部って知名度が低いからどうしようもなくないか?その秘策ってのは知名度をあげる方法か?」
竜二の問いに夏子は首を振った。
「違うわ。だって文芸部は十分知名度は高いもの」
「え、そうなのか!?」
竜二が驚きの声を上げる。悟仙も声こそ出さなかったが驚いていた。何せ文芸部の部員は今ここにいる四人だけで、大した活動もしていない。そんな部活の知名度が高いとは考えられなかった。しかし、対面に座る麻理は驚いていなかった。
「あの、お二人は知らないかもしれませんが入部したいという方は結構いるんですよ?まあ」
「あたしが全部断ってるけどね」
麻理の言葉を引き継いだ夏子が得意げに言うが、悟仙はそんな事言われたことがなかった。竜二も同じだろう。
「入部したいっていうのが女子なら考えるけどね、全部男子なのよ。何でか分かる?」
夏子がからかうような口調で言い、悟仙に目を向けてきた。どうやら悟仙に聞いているようだ。悟仙は少し考えて答える。
「男子に本好きが多いから」
悟仙は真剣に答えたが、夏子は呆れたようにため息を吐いた。
「不正解。正解は文芸部に入ってここにいらっしゃる美少女と仲良くなりたいからよ」
夏子が麻理の肩に手を置いて言う。麻理は苦笑いを浮かべていた。
「なっちゃんいつもそう言ってるけど、なっちゃんと仲良くなりたいからだと私は思うな」
「未だに告られ続けてる人がよく言うわよ」
「あぅ」
夏子の言葉に麻理は俯く。そんな二人のやり取りを聞いても悟仙にはまだ納得いかない事があった。
「どうして俺か竜二に言ってこないんだ?」
悟仙の問いに夏子は先程と同じようにため息を吐く。
「あんたって昔から本当に鈍いわね。美少女の近くにいる人間に頼んでもその人が許してくれる訳ないでしょ。ライバルが増えるんだから」
「よく分からんな」
夏子はそう言うが、悟仙はそんな事しないだろう。竜二も断りはしない気がする。
「そうね。あんたには一生分からないでしょうね。麻理の近くにいても何の変化もないもんね」
まるで人間として大事な部分が欠けているとでも言いたげな物言いにすこしむっときて目の前の美少女とやらに目を向けるが、垂れ目がちな大きな黒目にふわりとしたボブカットといういつも通りの麻理の顔があるだけで、やはり何とも思わなかった。そもそも悟仙は誰かと仲良くなりたいと思ったことがないので分かりようもない。
「あの、陸奥くん?どうかしましたか?」
麻理が顔を赤らめて言う。少し見過ぎたかもしれない。
「いや、何でもない。それで、その秘策とは何なんだ?」
何となくばつが悪くなり、理から目を逸らして言うと夏子がようやく本題を話し出した。
「その秘策はね、ズバリ!『麻理の生写真大作戦』よ!」
「なっ何ですかそれ!?」
麻理の綺麗なソプラノの悲鳴は部室だけでなく、校舎中に響き渡ったかもしれない。




