第四十五話
「いやー、まさか悟仙の案が採用されるなんてなー?」
放課後、部室に入るなり感慨深げに言う竜二に悟仙も全く同感だった。
「俺だってあの場を切り抜けるために適当に言っただけだ。皆が賛成するなんて思わなかった」
悟仙はあの時責任が自分にこないように適当な案を出したつもりだった。しかし、クラスメイト達はそう感じなかったようで、悟仙の案に物凄い勢いで食いつきすぐに決まってしまった。
「これから忙しくなりそうだな。誰かさんのせいで」
言葉とは裏腹に竜二の表情は明るかった。竜二は文化祭のような学校行事に積極的に参加するタイプなので楽しみなのだろう。しかし、悟仙は竜二とは正反対である。
「悪かったよ。あんな事言うんじゃなかった」
「いやいや、俺は別に構わないぜ?ていうか、そもそも悟仙は何で手を上げなかったんだ?」
「いや、俺は」
「陸奥くんが手を上げないなんて有り得ません!」
先程から夏子と何やら話し合っていた麻理が二人の会話に割り込んできた。大きな黒目には真剣な色が映っている。
「井上さんはどうしてそう思うの?」
「あそこで手を上げないのは陸奥くんらしくないからです」
麻理は人のことなのにやけに自信満々だった。
「陸奥くんはそんな人じゃありません」
意外に悟仙は麻理に好印象を持たれていたようだ。元々麻理が誰かに嫌悪感を持つようには思えないが、嫌われてはなかったらしい。
「あの多数決は三択でした。だから一人手を上げない人がいると、三つに割れてしまう可能性があります。そうするとまた話し合いが続くかもしれません。話し合い中、陸奥くんはとても退屈そうでした。それはもう、生欠伸を何回していたか分からないくらいでした」
「そんなに悟仙を見てるなんて、井上さんも退屈だったんだね」
竜二がからかうように言うが、麻理は構わず続ける。
「だから陸奥くんが自分からそんな面倒なことになることをするなんて有り得ないんです」
「たいした推理だな。将来は探偵志望か?」
鼻息荒く言い終えた麻理に頬杖をついて言うと、麻理は悟仙の嫌みを気にする素振りを見せずに首を傾げた。
「何か間違ったことを言いましたか?」
麻理の問いに関して悟仙は目を逸らすだけで何も答えなかった。麻理が言ったとおりだったからだ。多数決になると決まったとき、悟仙はようやく終わると思い、勿論手を上げた。ただ、ちゃんと腕を伸ばして上げたかは覚えていない。もしかして竜二に隠れて見えなかったのかもしれない。
「それにしても、吉田があそこまで悟仙を疑うとは意外だったな」
「誰だ?その吉田は」
竜二が心底呆れたようにため息を吐く。
「悟仙、せめて担任教師の名前くらい覚えたらどうだ?」
「教師なんて『せんせい』としか呼ばないだろ。俺には関係ない」
「陸奥くん、人の名前は覚えておかないとその人に失礼ですよ」
麻理が諭すように言う。悟仙は人に名前を覚えられてなくてもさして気にしないが、麻理にとっては失礼に当たるらしい。
「なるべく覚えるようにしとくよ」
「はい、そうした方がいいと思います。話は戻りますが、吉田先生は確かに陸奥くんを疑いすぎでした。陸奥くんはそんな人じゃないのに………少し腹が立ちました」
「お前が腹を立ててどうする」
「そうかもしれませんが、陸奥くんはそんな人じゃありません」
それが誉め言葉ではないのは先程の麻理の推理で分かっていたので何も言わなかった。
「少し、ひどいと思いました」
麻理が悲しそうに言う。伏せている顔から涙が落ちてもたいして驚きそうにないほどだった。他人事にここまで感情的になれるとは麻理は余程感受性豊かなんだろう。
「井上が気にすることはないだろ。人から悪意を向けられるのには慣れてるしな」
麻理が俯けていた顔を上げる。
「それはどういう」
「よし!決めたわ!」
麻理が何か言おうとしていたが、先程から会話に加わらずに何やら考え込んでいた夏子の声にかき消された。
「ナツ、何が決まったんだ?」
竜二が聞くと、夏子が待ってましたとばかりに堂々と言う。
「今年の文化祭で、我が文芸部は文集を出します!しかも、どーんと百部くらいね!」
「随分と強気に出たな。そんなに売れるのか?」
「大丈夫よ竜ちゃん!私に秘策ありだから!」
夏子が胸を張って言うと、何故か向かいに座る麻理が身震いした。




