第四十四話
「文化祭を成功させるには一人一人の協力が不可欠である」というのが窓に背を預けて立っている担任教師の言葉だが、今のクラスの様子が一種の協力であるのか悟仙には判断ができなかった。
「だからさ、俺らのクラスは結構可愛い子が多いからメイド喫茶だったらいけるって!」
「はあ!?何言ってんの男子!そんなのそっちだって宮田くんとか加藤くんとかいるんだからあんたらがウエイターやりなさいよ!」
「その間をとってお化け屋敷やればいいじゃん!」
「全然間とれてないだろ!」
二学期に入り一週間経ち、十月の初旬に行われる文化祭に向けて悟仙のクラスでは七限の総合学習を利用してクラスの出し物に関する話し合いが設けられた。しかし、チャイムが鳴り終礼に入ってもなお未だに決まっていない。今はメイド喫茶と男子をウエイターにした喫茶店、そしてお化け屋敷の三つ巴の戦いになっている。クラスのほぼ全員がこの話し合いに参加しているため、協力的かと聞かれたらそうだろうが、これでは話がまとまらない。
悟仙がいつ終わるのか分からない論争をぼんやりと眺めていると、前の席に座る旧友の加藤竜二が振り返り、その爽やかな顔を向けてきた。
「おい悟仙、これっていつになったら終わるんだ?」
「俺に聞くな。俺だって早く帰りたいんだ」
「いやいや、今日は部活の話し合いもするって朝言っただろうが」
「そんな事も言ってたな」
悟仙はすっかり忘れていたが、今日の放課後悟仙が所属する文芸部でも文化祭に向けての話し合いがあるらしい。
「別に俺がいなくても支障はないだろ」
「お前がそう思っても、思わない子もいるだろ?」
竜二がニヤリと笑い、窓側に座る悟仙達とは反対側に目を向ける。悟仙もそちらを見やると一人の少女と目が合った。井上麻理、全体的におっとりとした雰囲気を持ていいるが、一度食いつくと全く離してくれない、スッポンのようなお嬢様なのだ。
「あいつから逃れられそうにないな。部員だから関係ないとも言えないし、行くことにする」
悟仙が恨みを込めて睨むが、麻理は大きな目をぱちぱちと瞬かせ、ふわりとしたボブカットを揺らして小首を傾げるだけだった。
「もう埒があかないわ!多数決にしましょう!」
悟仙が今日まっすぐ帰ることを諦めていると、教卓に立つ学級委員である某が声を上げた。早くそうして欲しかったが、ようやくこの無駄な話し合いが終わりそうだ。
多数決を取るため、議長をしていた学級委員も伏せて三つのうちどれかに担任教師が手を上げさせる。文化祭の明暗を分ける三択が終わり、顔を上げると驚くべき事が起きていた。
「あれ?綺麗に分かれてないか?」
竜二が不思議そうに呟く。竜二しか口を開かなかったが、皆同じ事を考えていただろう。
黒板にはそれぞれ十三本ずつの線で正の字が書かれていた。しかし、これはあり得ない。このクラスに限らず一クラスの生徒の数は四十名である。今日は欠席している生徒はいないので、一人手を上げていないことになる。
悟仙と同じ事を考えたようで担任は不機嫌そうな顔をしていた。担任からしてみれば協力的でない生徒がいると分かったため、当たり前のことだろう。皆も上げていない生徒を探すべく周りをきょろきょろと見回しているが、多数決の時伏せていたため分かるはずがない。そうなると、頼みは担任教師になるが、それも難しいだろう。
しかし、悟仙の予想に反して担任教師は不機嫌さを隠しもしない顔を悟仙の方に向けてきた。
「陸奥、お前手を上げてなかっただろ」
教室にある担任を含めた計八十の目が一斉にこちらを向いた。
「いや、上げましたけど」
皆の目線を気にせずに言うが、担任の疑いは晴れなかった。
「じゃあ、どれに上げたんだ?」
「それは………」
余り覚えていないが、確かに何かに手を上げた気がする。しかし、今はそれを言う訳にはいかなかった。いつも面倒な事とは無関係でいた悟仙にとって自分の一言でクラスの出し物が決まるなど面倒な事になる気しかしなかった。
「おい、早く答えろよ!」
妙に喧嘩腰な声を出したのは宮田だった。彫りの深い顔立ちで、女にモテるらしい。何故か二学期に入ってから悟仙に高圧的である。
「陸奥、手を上げてなかったなら正直に言いなさい」
担任教師が静かに言う。教師として生徒を信用しないというのはどうなのだろうかと悟仙は思ったが、今それを言っても仕方ない。
「確か、文化祭は三日間あるんですよね?」
「うん?そうたが、それがどうかしたのか?」
「じゃあ、三つを一日ずつしたらどうですか?」
悟仙の提案に、この時だけはクラス全員の心が一つになっていた。悟仙がそう感じたのは、クラス全員の声が揃っていたからだ。
「それだ!」




