第四十三話
夏休み明けの朝、竜二は久し振りの再会に歓喜するクラスメイト達を眺めていた。どうやら夏休みという期間は自分を見つめ直すには十分であったらしく髪を染めたりピアスをしたり、制服を着崩したりと所謂イメチェンをしている人が多かった。竜二は制服を着崩すのは良いことだとは思わないが、それは男子だけである。女子がスカートを短くするのは大いに結構である。
「眼福、眼福」
「な~にが眼福なの?」
竜二が何度も頷いていると、後ろから怒気がこもった幼なじみの夏子の声がした。
「なっ何でもねえよ」
「どこかに可愛い子でもいたんでしょ?」
「そんなんじゃねえって」
そう返して竜二は夏子の凛とした顔を軽く睨んだ。正直、夏子より美人の生徒はこの学校に数えるほどしかいないと思う。例えば今夏子の隣で柔らかな微笑を浮かべている麻理ぐらいしか竜二は知らない。そんな事を考えながら麻理に目を向けると、麻理の様子がいつもと違うことに気づいた。
表情はいつもの優しげなものだが、何か黒いものを纏っている気がする。
「おい、井上さん何かあったのか?」
竜二が夏子に声を潜めて聞くと、夏子も声を落として言った。
「麻理が怒ってるなんて珍しいわよね」
「やっぱり怒ってるよな。でもあの井上さんを怒らせるとなると…………」
「あいつでしょうね」
「そうだよな」
夏子の呆れ顔に竜二も同じ顔で言う。あの穏やかな麻理を怒らせるのはあいつしかいない。
竜二が確信を得ると同時に教室のドアが開き問題の人物が入ってきた。二学期になっても変わらず遅刻ぎりぎりの登校である。それと同時に麻理の黒いオーラが一段と濃くなった気がした。表情も心なしか固くなっている。
「よう悟仙、久し振りだな」
「何言ってる、昨日課題見せてもらいに俺の家まで来ただろうが」
「そういえばそうだったな。助かったよ」
「来年は計画通りしてくれよ」
「努力はするよ」
二人の話に一段落着くと、待っていたかのようなタイミングで麻理が悟仙の前に歩み寄った。
「陸奥くん、説明してくれますよね?」
「お、おう。井上か」
竜二には麻理が何を言っているのか分からなかったが、悟仙は違うようで悟仙にしては珍しくばつの悪そうな表情で後ずさっている。
「まあ、要約するとだな」
「要約しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと聞きますから。まだ先生も来ないみたいですし」
麻理は相変わらず柔らかい微笑を浮かべているが、怒っているのはまるわかりだ。睨み付けてくれたほうがまだいいかもしれない。
「さあ、話して下さい。どうして急に帰ってしまわれたんですか?私が買い物に行っている間に」
なかなか話さない悟仙にしびれを切らしたのか、麻理が悟仙に迫り、悟仙がさらに後ずさる。麻理の愛らしい顔が近付いたからではないだろう。
「分かった。ちゃんと話すから少し離れろ」
「仕方ないですね、離れてあげます」
麻理が少し距離をとって頬を膨らませた。あの恐ろしい笑顔ではないのは、悟仙が話す気になったからだろう。
悟仙が一つ咳払いをしてから話し出す。竜二とやはり気になるのか隣にいる夏子も聞き耳を立てている。
「あの日、オセロで井上が連敗記録を作った後から話せばいいんだよな」
「そうですけど、オセロの話は余計です」
麻理が顔を赤くするが、悟仙は構わず続ける。悟仙の小さな仕返しかもしれない。
「井上、お前が買い物から帰ってきて少しして律子さんが帰ってきただろ?」
「はい、帰ってきました」
「だから帰ったんだ」
悟仙がため息混じりに言う。
「どうしてですか?」
「俺はあの人が苦手なんだ。一日早く帰ってきそうな気がしてな。だから帰った」
「そうだったんですか。でも、よく由衣が納得しましたね」
「由衣には急用ができたと言っておいた。それと、また来るとな」
「へ!?」
麻理が裏返った声を出す。垂れ目がちな大きな目をさらに大きくしていた。
対する悟仙はため息をつく。
「しょうがないだろ。そう言うしかなかったんだ」
「いえ、別に悪いと言ってるわけではなくてですね……来ていただいても構いません、よ?」
麻理が顔を俯けて言う。すっかりあの黒いオーラは無くなってしまっていた。
ここで、竜二も何となく二人が何の話をしているのか分かった。夏子も同じようで竜二より早く口を開いた。
「陸奥、あんた麻理の家に言ってたの?」
「ああ、そんなとこ」
「別に、一晩泊まっただけだよ!?」
悟仙の言葉を遮った麻理は明らかに墓穴を掘ってしまった。みるみる夏子の切れ長の目がつり上がっていく。
「麻理!ちょっと詳しく聞かせなさい!」
「えっと、その、あぅ」
ギャーギャーやっている女子二人に構うことなく悟仙は静かに席に着いた。
「おいおい、井上さんフォローしてあげなくていいのか?」
竜二は悟仙が次に言う言葉が分かりながらも聞くと、悟仙は二人を一瞥した後言った。
「別にフォローしなくてもいいだろう。あいつが言ったことは事実だしな。だからあの二人の言い合いは」
『俺には関係ない』




