第四十二話
翌日、久し振りに由衣と普段見ることのない昼のワイドショーを麻理が観ていると悟仙が大きな欠伸をしながら起きてきた。寝癖で髪があちこちに伸びている頭をがりがり掻いている。
「いくら何でも遅すぎませんか?」
悟仙に非難の目を向けて言う。確かに由衣の様子を見ていては早起きするのは辛いかもしれない。しかし今は昼過ぎだ。昨夜は早めに寝た麻理と同じ時間に部屋に入ったはずなのでどう考えても寝すぎである。
「遅くない。休日はいつもこの時間に起きているからな。いつも通りだ」
悟仙はソファに座る麻理をちらりと見てからそう言い、目をこすりながら洗面所に行ってしまった。
「むっちゃん!」
ああ言えばこう言う悟仙に麻理がため息を吐いていると、隣に座る由衣が悟仙に向かって駆けていった。由衣はすっかり悟仙に懐いているようだ。
洗面所から水を流す音が聞こえた後由衣に手を引っ張られた悟仙が出てきた。顔を洗ったようだが、少しも目が覚めた様子ではない。
「朝食はどうしますか?」
「二人は何を食べたんだ?」
「お味噌汁と目玉焼きです」
「じゃあ味噌汁だけ頂くことにする。朝はあんまり食べられないんだ」
麻理は林間学校の時に竜二が言っていたことを思い出した。あの時も同じようなことを言っていた。
「分かりました。温め直すので少し待ってて下さい」
「助かる」
麻理がキッチンに向かい味噌汁を温めていると由衣の楽しそうな声が聞こえた。悟仙は明日帰ることになっているのでその時に由衣がぐずりそうで麻理は少し心配になった。
「できましたよー」
ダイニングテーブルに味噌汁と茶碗に盛ったご飯を置いて言うと悟仙がのろのろとこちらに向かってきた。悟仙はまだ目が覚めていないらしい。相当朝に弱いのだろう。
悟仙が席に着くと何故か隣に由衣も座った。悟仙はそれを気にすることなく味噌汁を一口啜るとほっと一息ついた。何も文句を言わないので不味くはなかったのだろうと勝手に予想し麻理は少し安心した。
「ごちそうさん」
朝食を食べ終わり食器を下げた悟仙は再び由衣にこちらに連れてこられる。
「むっちゃん!これしよう!」
悟仙をソファに座る麻理の隣に座らせた由衣が取り出したのは最近由衣がはまっているオセロだった。
「オセロか。別にいいが、由衣はやりきるのか?」
「できるよ!おねえちゃんよりつよいもん!」
由衣が頬を膨らませて言う。馬鹿にされたことに怒るのはいいが、麻理の事を言うのはやめて欲しかった。案の定悟仙が馬鹿にしたような目を向けてくる。
麻理は由衣に引きつった笑みを浮かべて言う。
「由衣~、お姉ちゃんは今まで手加減してたの。だから由衣よりも強いかもよ?」
「そうなの?」
純粋無垢な由衣は目を丸くしていた。しかし、純粋でも無垢でもない悟仙は目を細める。
「ほう?」
「だっ、だから、私は由衣と陸奥くんの勝った方の人とするね!」
「わかった!」
悟仙の訝しげな視線を視界に入れないようにして言うと由衣が元気の良い返事をする。由衣は本当によい子に育っている。
「むっちゃん!はやくしよう」
手早く用意して言う由衣の言葉で悟仙はようやく麻理から視線を外して盤上を見た。
対戦は圧倒的なものだった。麻理の予想以上に悟仙は強かった。由衣に付け入る隙を全く与えず圧勝した。何というか…………
「大人気ないですね」
「俺はまだ大人じゃないからな」
「だからって…………」
先程からずっと黙っている由衣を見る。肩は微かに震えていた。
「あの、由衣?」
麻理が恐る恐る声をかけると由衣それまで俯いていた顔を勢いよく上げた。
「むっちゃんすごい!」
麻理の予想に反して由衣は目を輝かせていた。
「すごくないよ。昔少しやってたんだ」
悟仙は由衣が泣いていないことが分かってたのか全く驚いた様子ではなかった。
「だれとやってたの?」
しかし、由衣の何気ない問いに悟仙の表情が固まった。悟仙にしては珍しい表情だ。
「どうかしたんですか?」
「いや、何でもない。昔祖父とやってたんだ。俺が四歳か五歳の時に亡くなったけどな」
悟仙は何でもないように言うが、その目には何か複雑な感情が見え隠れしているように見えた。しかし、それがどういったものなのかは分からない。
「むっちゃんのおじいちゃんも強かったの?」
「さあな。小さい俺よりは強かったが、そこまで強くなかったのかもしれないな」
そう答える悟仙の目はもういつも通りの眠たそうなものだった。
「そっか~。あっ、つぎはおねえちゃんとだよ!」
「そういえば、ういうことになっていたな」
「そうですね。私の本気を見せてあげましょう」
何故悟仙があんな顔したのか気になったが今は聞かない事にした。聞くのはもう少し悟仙と親しくなってからでもいいだろう。
「井上も子供なんだから、手加減しなくてもいいぞ」
悟仙がニヤリと笑って言う。
「当たり前です。手加減しません」
結果は麻理の惨敗だった。




