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第四十一話

「ちょっと長風呂になっちゃったかな」


風呂上がり、濡れた周りの女子に比べると少し短めの髪をタオルで拭いながら麻理は呟いた。最近は由衣の事が気掛かりで余り長く風呂に入ることができなかったが、今日は悟仙が居るためたっぷり入ることができた。


リビングに入り辺りを見回してみるが、悟仙の姿はなかった。確か由衣が寝るまでの話し相手になると言っていたが、まだ由衣は寝ていないのだろうか。麻理が風呂に入る前には二階から由衣の声が聞こえていたが今は聞こえない。由衣が寝たのなら悟仙は降りてくるはずたが。不思議に思いながらも肩にタオルをかけたまま二階に上がる。


「入りますよ~」


ノックしてから由衣の部屋に入るとベットに横になって由衣が寝息をたてていた。そして……


「あっ」


由衣が眠るベット背中を預けて座り、頭を下げて悟仙も眠っていた。

悟仙の近くにしゃがみ込み悟仙の寝顔を覗き見る。前にも思ったことだが、悟仙は寝ているときはとても穏やかな顔をしている。いつもの仏頂面が嘘みたいだ。もう少し寝顔を見ていたいがお客をこんな所で寝かせる訳にはいかない。


「陸奥くん、起きてくださーい」


そう言って肩を掴んで軽く体を揺さぶると悟仙が顔を上げて薄目を開いた。


「ん~」


「どうして陸奥くんまで寝てるんですか?陸奥くんは由衣が寝るまでの話し相手をするって言ってましたよね?」


いつもの仕返しに少し嫌みを言ってやるが、悟仙は大きな欠伸をするだけで全く聞いていない。

悟仙は近く眠る由衣を一瞥して寝ていることを確認すると立ち上がって部屋を出て行こうとする。


「ちよっと待って下さいよ」


麻理も慌てて立ち上がって言うと、悟仙が部屋の出口の前でぴたりと止まった。麻理の制止を聞いてくれたのかと思ったが、おそらく違うだろう。悟仙が麻理の言うことを素直に聞くとは思えない。

悟仙は猫のように目を擦りながら振り返り聞いてきた。


「客用の布団はどこにあるんだ?」


「下の和室にありますけど」


「そうか」


悟仙はそれだけ言うとすたすたと歩いていってしまった。麻理も点きっぱなしになっていた明かりを消して部屋から出て悟仙の後を追う。


「あの、もう寝るんですか?」


「いや、まだ寝ないが布団を持って行っておこうと思ってな」


「持って行くってどこにですか?和室は十分広いので大丈夫だと思いますけど」


そんな会話をしながらもリビングの隣にある和室に入る。麻理が押し入れを開けて布団を抱えると悟仙がそれをひよいっと取り上げた。


「俺は二階で寝る」


「へ?」


麻理は悟仙が言っていることがよく分からなかった。二階には麻理と由衣、そして両親の部屋があるだけだ。悟仙はどこの部屋で寝ようとしているのだろうか。もしかして…………

麻理は布団を抱えたまま部屋を出て行こうとする悟仙の前に飛び出し両手を広げた。


「陸奥くん!ちょっと待って下さい!」


麻理が必死な形相で言うと、悟仙は首を傾げた。


「どうしてだ?」


「そっ、それはですね」


麻理は風呂上がりで上気している顔がさらに熱を持っていくのを感じた。


「陸奥くん、流石に同じ部屋で寝るわけにはいきません」


麻理が意を決して言うが、悟仙は相変わらず首を傾げている。


「どうしてだ?」


先程と同じ問いに麻理はますます焦ってしまう。


「どうしてって、陸奥くんは自分が何を言っているのか分かっているんですか!?」


「分かってるよ。仕方ないだろ。そういう役目なんだから」


あっけらかんとして言う悟仙に麻理はさっきとは違う意味で顔が熱を持った。


「馬鹿にしないで下さい!私だって陸奥くんが何を言っているかぐらい分かるんですから!」


麻理が珍しく怒鳴り声を上げるが、悟仙は耳に指を突っ込んで顔をしかめるだけだった。


「おい、由衣が寝てるんだ。静かにしろ。由衣を寝かせるのは結構苦労したんだからな」


動じない悟仙に麻理はついに辛抱たまらず言った。


「それはうるさくもなりますよ。急に一緒に寝るなんて言われて落ち着いている方がおかしいです」


悟仙は目を見開いて少しの間呆けていたが、すぐに眠そうな目に戻りさっきより大きく首を傾げた。


「は?」


「ですから、その、一緒に寝るなんて言われたら…………困ります」


悟仙の顔が直視できずに俯いて言うと悟仙の溜め息が聞こえた。


「あのな、俺は井上と寝るなんて言ってない。由衣の部屋で寝ると言ったんだ」


「へ?そうなんですか?」


顔を上げて麻理が聞くと、悟仙は呆れ顔で頷いた。どうやら大きな勘違いをしていたようだ。麻理は周りから天然だと言われることがあるが、そうかもしれない。


「もう通ってもいいか?」


「あっすみません」


麻理は先程から道を塞いでいることに気付き慌てて道を開けようとするが、一つ気になったことがあった。


「あの、どうして由衣の部屋で寝るんですか?」


「由衣は夜に熱を出すことがあるらしいからな」


「だからってそこまでしなくても大丈夫ですよ。夜中に何回か様子を見に行ってますし」


「お前がそうしなくてもいいように俺が由衣の部屋で寝るんだよ」


「そんな事してもらわなくても私一人でだいじょ」


「前から何でも一人でしようとするなと言っただろ。お前はもう少し誰かを頼ることを覚えた方がいい。残念なことに今日は俺しか居ないから俺を頼るしかないがな」


麻理の言葉を遮り言う悟仙に麻理は少し驚いた。悟仙ならこんな事言わずに「関係ない」と言うと思っていた。確かに悟仙は律子に由衣の看病を頼まれていたようだが、ここまでする必要はないはずだ。


「意外と優しいんですね」


麻理が素直に思ったことを言うと悟仙は布団を抱え直して麻理を横切りながら言う。


「今日一日中お前の疲れた顔を見てたからな、今晩眠らせないようにするほど俺は冷たい人間じゃない。それにこの前の怪我の手当ての借りを返すためでもあるからな、関係ないとも言えない」


やっぱり優しい。


相変わらずの仏頂面に眠そうな目で言う悟仙に麻理は素直にそう思った。それと同時に自然と頬が緩むのを感じる。何だか悟仙という人間は、知れば知るほどもっと知りたくなってくるから不思議だ。


そんな事を思っていると、押し入れの中に枕が残されていることに気付いた。悟仙が忘れていったらしい。それを持って廊下に出ると悟仙はちょうど階段を上がろうとしている所だった。

麻理は急ぎ足で悟仙に追いつくとその背中に枕をぶつけた。


「忘れ物ですよ~」


悟仙が迷惑そうな顔をしていたが気にしない。こうでもしないと今まで感じたことのない高揚感を押さえきれなかった。

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