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第三十五話

葉子は麻理を家まで送るために玄関の外で待っていた。少しすると何だかすっきりしたような表情をした麻理が出て来た。


「すみません。お待たせしました」


「ううん、じゃあ行きましょうか」


エレベーターを降りて外に出る。夏真っ盛りの夜は日が落ちても蒸し暑く、風が吹いても涼しいとは感じられず不快ですらあった。

しかし、風に吹かれて髪を手で押さえながら垂れ目気味なぱっちりとした目を細める麻理は涼しげだった。


「うーん、麻理ちゃん本当に可愛いわね」


つい思ったことをそのまま口走った葉子に、麻理が驚いたようにこちらを向いた。


「へ!?そんなこと、ないですよ」


驚き顔を柔らかな微笑に変えて麻理が言う。これだけでも絵になるのだから麻理がどれだけの美少女なのか分かる。


「麻理ちゃん、高校に入って何人から告白された?」


言うと麻理が困ったように笑った。


「ええと、すみません。よく覚えてないんですけど、最近は余り告白されないようになりました」


覚えられないほど告白されたのだろうか。まあ、麻理は物腰が柔らかでおっとりとした雰囲気なのでもしかしたらと思ってしまう男がいてもおかしくない。


「誰かと付き合う気はないの?」


「はい、今の所はありません。そういうのよくわからなくて、女子校に通っていたからだと思うんですけど」


「そう言って毎回断ってるの?」


「はい、本当の事なので」


そう言ってしまうと、もしかしたらと思う男はまだ出てくるだろう。だが、麻理はいくら告白されても相手にしないような気がする。ただの勘だが。


そんな事を考えていると、麻理が街灯によって生じた自分の影を見ながら口を開いた。


「でも、その断り方も変えた方がいいかもしれません」


「どうして?」


「私がそういう断り方をしてるから、隙ができて告白されるのかもしれません」


麻理は随分古風な考え方を持った女性のようだ。近頃は告白されたことを自慢気に話す人もいるというのに珍しい。


「実は陸奥くんの怪我は私のせいなんです」


それは葉子も分かっていた。怪我の手当てをされた悟仙と麻理が一緒に寝ていれば一目瞭然だ。姉として怪我の原因である麻理にお叱りの言葉でも言えばいいのかもしれないが、葉子は喜ばしいくらいだった。


「へえー、あの子体張ったりするのね」


悟仙が誰かの為に何かをするのは珍しいことだ。体を張ったのは初めてだろう。


「陸奥くんは自分のためにしたようですけど」


風にふわふわした髪をなびかせながら麻理が寂しそうに笑う。悟仙は美少女にお願いされても了承するような人間ではない。それは麻理でも例外ではないはずだ。そんな悟仙が麻理の為に何かをしたのは麻理が相当な策士であるからか、それともそれほどまでに魅力的な女性であるからなのか、葉子は両方かもしれないと思った。

麻理はとても魅力的な女性だと思う。それは麻理の容姿が優れているのを抜きにしてもだ。


「変わらないものもある。ねぇー」


葉子がぽつりと呟くと街灯に照らされた麻理の顔が一瞬にして真っ赤になった。


「きっ、聞いていたんですか!?」


「まあね~」


「あぅ」


葉子が得意げに言ってやると麻理は俯いてしまった。相当恥ずかしいようだ。


「なかなか面白いことを言うわよね」


「あれはそうありたいと言っただけで、私がそうであるとは言ってませんから」


麻理が何かを訂正するように言う。でも、葉子はそれでも十分だった。


それから世間話をしながら歩いていると麻理が大きな家の前で立ち止まった。


「私の家はここなので、ここでお別れですね。送っていただきありがとうございました」


「随分立派な家ね。庭も広いし」


「そうですか?普通だと思いますけど」


小首を傾げる麻理に、葉子は悟仙に食ってかかり、放っておかないのは麻理が天然だからかもしれないと思った。


「じゃあ私は帰るから、何かあったら気軽にメールしていいからね」


そう言って帰ろうとする葉子を麻理の綺麗なソプラノの声が止めた。


「あの」


「ん?どしたの?」


葉子が振り返ると麻理がおずおずと言った。


「あの、明日も家に行ってもいいでしょうか?陸奥くんの怪我の手当てをしたいんです。陸奥くんの怪我は私のせいですし、それに心配で、あとはええと……」


「うん、いいわよ。私は仕事だけどあいつは家に一日中いるだろうしね」


「本当ですか!?ありがとうございます」


葉子が了承すると、麻理が明るい笑顔で頭を下げた。



それから麻理と別れて葉子は帰路についていた。花火は終わったようであの腹に響く音はもう聞こえない。そのため、葉子の独り言は誰かの耳に届いたかもしれない。


「悟仙、あの子から逃げるのはなかなか大変そうね」





☆☆☆





あの一件から数日後の夜、悟仙が自室で本を読んでいると近くに置いてあったスマホが振動し始めた。手にとって着信相手を見ると知らない番号だった。悟仙は基本的に知らない番号からの電話は出ないようにしている。そのため、今日も元の場所に置き直しただけで電話には出なかった。今読んでいる推理小説が解決シーンに入っていることもあったが。


しかし、悟仙のスマホは久しぶりの仕事に張り切っているのか、なかなか振動を止めない。これでは本に集中することもできないため再びスマホに手を伸ばすが触れる直前に手が止まる。何か嫌な予感がした。もう少し具体的に言えば、面倒なことになる予感がした。悟仙のこの手の予感はよく当たる。そのためこれまで面倒事を避けてこれたこともある。しかし、今夜の悟仙はどうしても早く続きが読みたいのもあって電話に出てしまった。


「はい」


悟仙が低いトーンで電話に出ると、通話口の向こうから明るい声が聞こえた。そしてその声に悟仙はため息を吐くのを我慢できなかった。


「やあ悟仙くん。元気?」


「律子さん………」


悟仙の予感は見事に当たっていた。

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