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第三十四話

ドーンという腹に直接響くような音に悟仙は目を覚ました。起き上がり悟仙から見て左側にある窓の外を見てみると夏の夜空に色とりどりの花が咲いていた。


「そういえば、今日は花火大会だったな」


寝起きの掠れた声で呟いて左手で左目を擦る。続いて右手で右目を擦ろうとするが、右手が上がらなかった。不思議に思い窓から目を離してそちらを見ると右手を誰かの白く細い手が握っていた。


「まさか…………」


できれば当たって欲しくない予感を抱えてその手から同じく白い腕を辿って顔に目を向けると、案の定麻理がベットに顔だけのせて安心しきった表情で眠っていた。


「だと思ったよ」


悟仙は空いている左手を額に当て溜め息を吐いた。

確かに悟仙は姉の葉子が帰ってくるまでここに居てもいいと言ったが、それは悟仙の部屋という意味ではない。リビングでお茶でも飲んでいてくれれば良かった。

とにかくこの手を離してもらわないと身動きがとれないため右手を持ち上げるが、麻理は思いの外強い力で握っているようで離れそうにない。強引にほどいてもいいが、そうすると麻理は起きてしまうのでそれは避けたい。これは悟仙の優しさからではなく、眠りを妨げられるのは辛いという経験則からくるものだった。


その後、悟仙が暫く窓から見える花火をぼんやりと見ていると右手を握る麻理の手がピクリと動いた。


「ふみゅ?」


意味の分からない声に反応してそちらを見ると、電気を点けていないため暗い部屋の中で麻理が薄目をあけてベットから顔を上げていた。


「寝過ぎだ。こんなに大きな音がするのによく眠れたな」


「へ?」


麻理はまだ状況が掴めていないようで悟仙の嫌みに反応せずにキョロキョロと部屋の中を見回している。暫くそうしていたが、ようやく頭が正常に機能してきたのか焦点の合った目でこちらをじっと見てきた。


「寝ていたんだよ。ここで」


悟仙が種をばらしてやると麻理は大きな目をさらに大きくした後に顔を真っ赤にして俯いた。


「へ!?寝ていたんですか!?……………あぅ」


「俺はこの部屋に居ていいとは言ってないし、手を離さないから動けなかった」


「へ?ああ!?すみません」


悟仙が未だに握られている右手に目を向けて言うとそれに気付いた麻理が慌てて手を離した。


二人の間に無言が続いたが、それを悟仙の声が破った。


「もう遅いから帰った方がいい」


「そうですね。そうします」


先程まで慌てていたが、麻理の声は本来の落ち着いたものに戻っていた。


「送る」


「いえ、大丈夫ですよ。家も近いですし」


短く言って立ち上がろうとする悟仙を麻理がやんわりと止めた。

しかし、悟仙としては送らない訳にはいかない。手当てをしてもらった借りを返さなければならないし、麻理を安全に家に送ってこそ宮田との一件に決着が付くというものだ。そうすればやっと面倒くさい案件から解放される。


「そうはいかない」


「嬉しいですけど、本当に大丈夫ですから」


立ち上がった悟仙に対して麻理も立ち上がり、悟仙の胸にそっと手を当てて止める。それを気にせずに歩き出そうとするが、全身に痛みが走り体が硬直する。


「っ!」


「きゃっ!」


足が動かずよろけた悟仙は前に立っていた麻理に寄りかかってしまった。

麻理特有の甘い香りと柔らかい体から発する温かさを感じたことで悟仙は自分がどういう体勢になっているかに気付いて慌てて体を離す。


「すまん。怪我をしていたんだったな」


「い、いえ。大丈夫です」


俯いて言うの麻理の表情は分からないが、悟仙が今引きつった表情をしていることは分かった。前も感じたことだが、どうやら悟仙は女体に敏感に反応してしまうようになったようだ。今の所麻理にしか反応しないのでよく分からないが。そんな自分の変化に悟仙が嫌な汗を掻いていると部屋の入り口から呑気な声がした。


「あんた達何してるの?」


「姉貴………」


「葉子さん!?お邪魔してます」


悪戯っぽい笑み浮かべて部屋の入り口に立つ葉子に向かって仏頂面で言う悟仙に対して麻理は慌てて振り返ってぺこりと頭を下げた。


「やっほー麻理ちゃん、久し振り~」


「はい、お久しぶりです」


ひらひらと手を振る葉子に麻理がにっこりと笑って返す。


「どうかしたのか?姉貴」


「あんたこそどうしたのよその怪我?」


「まぁ、いろいろとな」


肩を竦めて言う悟仙に葉子が溜め息を吐いた。


「いろいろとじゃないわよ。朝あんたが出掛けるなんて言うから麻理ちゃんと花火大会だと思ったのに、買い物から帰ってきたらあちこちに絆創膏やら湿布を貼ってるあんたと麻理ちゃんが眠ってるなんてどういうことよ」


「井上と花火大会に行くことになっていたのは本当だ。二人でじゃないけどな。それにしても、よくわかったな」


残念そうに言う葉子に言うと、葉子は悟仙と同じ様に肩を竦めた。


「あんたを朝から引っ張り出すなんて麻理ちゃんしかいないじゃない」


この女、麻理とはまだ一回しか会ってないのによくわかっている。悟仙は竜二から鋭いと言われたことがあるが、いつも側に葉子がいるため悟仙は自分のことを鋭いと思ったことはない。麻理の母である律子にしても葉子といい勝負だろう。


「取り敢えず、麻理ちゃんは私が送るわ」


どうやら話を聞いていたようだ。


「どうしてそうなる?姉貴は関係な」


「あるわよ。麻理ちゃんは私にとっても貴重なの。それに、その怪我じゃあんたまともに動けないでしょ」


悟仙の言葉を遮って言う葉子に悟仙は反論出来なかった。やられた当初はそこまでではなかったが、今は所々腫れておりそれが熱を持ち始めている。今の悟仙の体では歩くだけでも一苦労だ。それに、誰が襲ってきても葉子が付いていれば大丈夫だろう。かつて、葉子は左足を骨折した状態で空手の大会で優勝したことがある。それを聞いたとき悟仙は祝福より先に恐怖してしまった。


「そうだな。姉貴に任せる」


「じゃ、先に外に出てるから麻理ちゃんも出て来てね」


葉子はそう言うとさっさと出て行った。


「玄関まで送る」


そう言って立ち上がろうとする悟仙を麻理がまたもややんわりと止める。


「大丈夫ですよ。怪我してるんですから、無理したらダメです」


にっこりと穏やかに微笑む麻理にそう言われ悟仙も渋々頷く。確かに無理をして歩いてもまたあんな事態を起こしかねない。


「分かった。そうする」


「それがいいと思います」


麻理はそう言って部屋を出て行こうとしたが、入り口で立ち止まるとゆっくりと振り返った。


「あの、陸奥くんは人は誰でも自分を偽ることがあると言いましたよね」


「ああ、表裏のない人間なんていない」


「確かに陸奥くんの言うとおりだと思います。表裏のない人間なんていません。でも、例え表裏があったとしても変わらないものだってあると思うんです」


「お前がそうであると?」


「そうありたいと思ってます」


確かに、麻理はぶれることないものを持っているように思う。だから、麻理は変わらないものを持っているのかもしれない。

そう、「かもしれない」だ。悟仙はそうであると言い切れるほど麻理と親しくないし、麻理とは無関係でいようと思っている悟仙が親しくなるとも限らない。

だから……………


「そうか」


悟仙はそう短く返すことしかできなかった。

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