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第三十三話

「陸奥くん!?」


悟仙が一声掛けると、麻理が乱れた黒髪を揺らして振り返った。大きな目には涙が浮かんでおり、目元は赤くなっている。


「大丈夫なんですか!?」


「大丈夫じゃない」


乱れた息を整えることもせずに言う麻理に悟仙は一向に痛みが引かない自分の体を見下ろしながらそう返す。あくまで演出だったため、あの四人は手加減してくれたようだが何せ体格が良くしかも四人同時に襲ってきたため、悟仙にとっては十分痛かった。これで手加減なしだったらと思うとぞっとする。


「そう、ですよね。すみません、分かりきったことを聞いてしまって」


「そんなことはいい。それで、そっちは上手くいったのか?」


麻理が俯いてしまったため、悟仙がこの話題を打ち切る意味もあって確認すると麻理は何も言わずにコクリと頷いた。


実は悟仙は先程竜二からのメールで麻理が上手くやったことは知っていた。竜二のメールにはその他にも「やりすぎだ」というお叱りの言葉もあっが、それは宮田に対するものなのかそれとも今目の前で今にも泣き出しそうな顔をしている麻理のことなのか、多分後者だろう。


「それなら良かったじゃないか。お前は何をそんなに沈んで」


「良くありません」


俯く麻理から目を逸らして言う悟仙を遮って麻理が静に言う。小さな声だが、そこには有無を言わせない迫力があった。


「良くありません。陸奥くんが傷ついたのに、良い訳ありません」


「しょうがないだろ?お前の家に行ったときから俺は狙われていたんだ。それを演出に組み込んで上手くいったんだからそれで良いじゃないか」


悟仙が言うと、ようやく麻理が顔を上げたがその顔は晴れていなかった。


「良くありません!私、陸奥くんから前もって聞かされていませんでしたけど宮田くんにあの映像を見せられた時すぐに分かりました。ああ、これが陸奥くんが言っていた演出なんだろうって。でも、でも私は、私は陸奥くんが傷付いていいなんて微塵も思ってません!」


声を震わせて叫ぶ麻理の真っ赤になった目から、ついに涙が零れ落ちた。しかし、悟仙には慰めの言葉を掛けることもできない。


「俺が自分を偽れと言ったんだ。お前が思ってもないことを言うのは当然だろう。そういう算段になっていたんだから」


「それは分かってます。だから私は自分を許せないんです。私は自分を守るために嘘をついた。陸奥くんが傷付いていいなんて思ってもないことを言った。それがどうしても許せないんです」


髪を振り乱して言う麻理を見て、悟仙は納得した。麻理はきっと自衛のために自分を偽り嘘を言ったことが許せないんだろう。


「そんなことは気にするな。大丈夫じゃないと言ったが、たいした怪我はしていない。それに俺はこれで良かったと思ってる。宮田との件はそろそろけりをつけたかったからな」


「ですけど」


「それに、井上からそう思っていないと言われただけで十分だ。泣きはらした目で言われて疑うほど俺は卑屈じゃないからな」


悟仙が言うと、麻理は慌てて両手で目元を隠した。悟仙は余り気にしないが女子である麻理はやはり気になるようだ。


「それに、自分可愛さに自分を偽るのは誰でもすることだ」


「確かに、そうかもしれません」


悟仙が最後にそう付け加えると麻理は悲しそうに頷いた。


「じゃあな」


もう話すこともなく、全身にある痛みと倦怠感で話すことも億劫なため悟仙が帰ろうとすると麻理にそっとTシャツの裾を摘まれた。悟仙が怪我をして腕を掴めば痛みが走ると思い、気を遣ったのだろう。


「どうした?」


「ここからだったら私の家より陸奥くんの家の方が近いですよね?」


「そうだな」


「家に救急箱などか何かはありますか?」


「あるだろうな」


悟仙の家には救急箱がある。荒ぶる葉子の被害にあった時には度々お世話になっている。


「そうですか。じゃあ、私と今から陸奥くんの家に行きましょうか」


「は?」


思わず裏返った声が出てしまう。悟仙は今から家に帰ろうとしていたが、それに麻理がついてくる意味が分からない。


「怪我の手当てをさせて下さい。関係無いなんて言わせませんよ」


悟仙は何とか麻理に反論しようと思ったが、全身から発する痛みと疲労で頭が動かず上手い言い回しが思い付かない。


「分かった。勝手にしてくれ」


「はい、そうします」


この状態で断るのは無理だと判断した悟仙がため息をついて言うと麻理は頷いて悟仙のあとをついてきた。

何故か服の裾は摘んだままだったが、それを指摘するほど悟仙に体力は残されていなかった。




暫く二人で無言で歩くと悟仙が住んでいるどこにでもありそうなマンションについた。


玄関で靴を脱いで自室に入り、ベッドに身を投げ出すとすぐに眠気に襲われた。

このまま眠気に身を任せようとしていると控えめなノックの音が聞こえて誰かが悟仙の近くに座る気配がした。仄かに香る甘い香りが心地良くてますます眠気が増して意識が遠退こうとしているとそれを麻理が引き止めた。


「陸奥くん、寝たらダメですよ?寝るなら手当てをした後にして下さい」


そう言って前髪に隠れたおでこをつつかれて悟仙が目を開けると近くに穏やかに笑う麻理の顔があった。


「ああ、そう言えばそんなこと言ってたな」


「はい、手当てが終わったら眠っていいですから少しだけ我慢して下さい」


悟仙はベットから起き上がり麻理が側に救急箱を置いているのを確認すると悟仙の目線に気付いた麻理が苦笑いを浮かべた。


「すみません。陸奥くんが部屋に入ってしまったので勝手に探しました」


「別に構わん」


そう言って悟仙がおもむろに服を脱ごうとすると麻理が両手で顔を隠して甲高い声を上げた。


「まっ待って下さい!」


「どうした?」


「いきなり脱ぐなんて、その……………恥ずかしいです」


「見慣れてないのか?お前の父親と変わらんだろ」


「それとこれとは別なんです!」


「じゃあどうすればいいんだ」


悟仙がため息混じりに言うと、麻理は顔を真っ赤にして俯いた。


「あぅ、なるべく見ないようにします」


「そうか、じゃあ頼む」


それなら怪我の手当てなど申し出なければいいのにと思いながらも服を脱いだ。


「ひゃあ!?じゃ、じゃあ始めますね」


それから麻理は真っ赤な顔のままあわあわとおっかなびっくりな手付きで手当てをしていたが、終わってみると結構しっかりとしたものだった。

それを確認すると悟仙は再び横になった。


「じゃあ、俺は寝るからな。勝手に帰るなりどこかに行ってる姉貴が帰ってくるまでここにいるなり好きにしてくれ」


「はい、それでは葉子さんが帰ってくるまでここに居ることにします」


「そうか」


短く返して眠りにつき、意識を手放す前に心地の良い温かみと柔らかさが悟仙の手を包み麻理の甘い香りが少し強くなった。


「おやすみなさい、陸奥くん」


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