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第三十二話

麻理は涙が出てくる目元を手の甲で跡が残ることも気にせずに強引に拭いながら、必死に悟仙の姿を捜していた。宮田に見せられた映像に映っていたのは四、五人の男から暴行を受けている悟仙の姿だった。暴行していた人物の顔は映っていなかったが、場所がどこかの駐車場であることは分かったため麻理は今ショッピングセンターを飛び出し、高いビルが所狭しと立っている場所まで来ていた。


「どこにいるの?陸奥くん」


麻理は震える声で誰にも届かない問い掛けをしながら今日悟仙と別れる前のことを思い出していた。





「え、私がまた宮田くんに告白されるんですか?」


麻理は悟仙に言われたことが信じられず素っ頓狂な声を出した。今、麻理と悟仙は竜二が夏子に引っ張られていったため、二人で陳列されている色とりどりの服を見て回っていた。麻理はこのような若者がよく行く店に悟仙がいることが何だか不釣り合いで可笑しかったのと、余り認めたくないが悟仙と二人でショッピングをしていることが少なからず嬉しかったため自然に頬が緩んでしまっていた。


そんなときに悟仙がおもむろに口を開き、「井上、多分お前はまた宮田に今から告白されるかもしれない」などと言われれば、素っ頓狂な声が出るのも無理はない。


「ああ、される。おそらくだがな」


陳列された服に目を向けたまま言う悟仙に見えないように麻理は溜め息を吐いた。


「何度されても、答えは決まってるんですけどね」


「いっそのこと付き合ったらどうだ?」


「絶対嫌です」


ちらりと目だけこちらに向けて言う悟仙に麻理は即答した。顔は悟仙に負けないくらいの仏頂面になっていたかもしれない。

麻理は未だに誰かに恋をしたこともなければ、好きな男性のタイプも分からない。しかし、宮田のような自分に対して絶対の自信を持っている人は好きではない事だけは確かだった。


「それなら、断り方を工夫しないとな」


そう言って悟仙は天井を見ながら何やら思案している。悟仙だけに任せる訳にもいかないため、麻理もどう断れば諦めてもらえるか考えた。麻理はこれまで多くの男子生徒に告白されたが全て断っている。その時の断り文句は「そういうのがよくわからないから」だったが、それはもう前回宮田に使ってしまってる。


「やはり、これしかないか」


麻理が答の出ない迷路に入っている最中に悟仙がポツリと呟いた。


「それは何ですか?」


「井上が宮田には手に負えない人物であると示せばいい。あいつはプライドが高いからな、それを示せば勝手にお前から離れていくはずだ」


確かに宮田は高いプライドを持っている。んなひ人は自分の手に負える人としか付き合わないだろう。しかし、悟仙の理屈は分かったが肝心の断り方が分からない。


「でも、どうやってそれを示すんですか?」


「それは簡単だ」


あっけらかんとして言う悟仙に麻理は首をひねった。麻理が宮田に手に負えないと示すということは、麻理の方が宮田より優れていると示さなければならないということになる。麻理は他人より自分が優れていると思ったことがないが、それを示すのは簡単じゃないことは知っていた。


「簡単にそれを示す方法があるとは思えないんですけど」


「宮田以外の人間ならこれは簡単な事じゃない。だが、相手が宮田なら簡単だ」


「そうなんですか?」


「ああ」


悟仙は麻理の問いに頷くと、ひょいっと片手に一つずと二つのTシャツを手に取った。それは白を基調としたものと黒を基調としたものだった。


悟仙がそのうちの白い方を自分の体に合わせて言う。


「こうだと思っていた奴が」


そして今度は黒い方を体に合わせる。


「実はこうだったと思わせればいい」


悟仙の言葉に麻理は納得して頷いた。宮田は自分のことを今まで偽っていた。そのため自分と同じ様に仮面を付けている人物は直ぐに気付いただろう。しかし、麻理に対してそれを見抜けなかったとなれば以前悟仙が指摘したときに動揺していた事から麻理に対して恐怖すら抱くかもしれない。


「でも、私はそれを上手く示すことができるでしょうか?」


「ああ、できる」


「もしかして、陸奥くんが手伝ってくれるんですか?」


懇願めいた視線を悟仙に向けるが、悟仙は頭を縦には振らなかった。


「いや、俺は手伝わない。手伝えないと言ったほうが正しいがな。それに、これは井上一人でやらなければ意味がない。何か起きたときの保険はかけてあるから安心しろ」


「でも………」


麻理が未だに不安を隠せないでいると、悟仙がポンと麻理の肩に優しく手を置いた。


「大丈夫だ。井上は意外に利口だからな」


悟仙のいつもより優しい声音に麻理はコクリと頷いた。悟仙の手は思ったより温かく、暫くこうしていたいと思ったが悟仙は麻理が頷いたのを確認すると手を離してこちらに背を向けて歩いていってしまった。


「陸奥くんはどうするんですか?」


慌てて悟仙の背中に言うと悟仙がこちらに目だけを向け、肩を竦めて答えた。


「俺は、そうだな。強いて言えば演出だな」






悟仙が言った通り、麻理が少し演技しただけで宮田はかなりショックを受けていた。宮田をあそこまで追い詰めるには悟仙が宮田の手のものに暴行されるという演出は必要不可欠だっただろう。


だけど…………だけど………………


「だけどそれで陸奥くんが傷付いていい訳ない」


「それはどうも」


突然後ろから今麻理が一番聞きたかった声が聞こえ、今まで走っていたため息が絶え絶えになってしまったことも忘れ振り返るとそこには口元や頬に痣を作った悟仙がいた。

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