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第二十七話

夏休みといえば昼過ぎまで寝ているのが毎年の恒例だった悟仙だが、今は朝の九時だというのに自室のベットから出てその上に座っていた。

この早起きの原因は勿論悟仙がたまたまいつもより早く目が覚めたのではなく悟仙が今持っているスマホににある。このスマホが悟仙のものであればまだ格好もつくのだが、これは姉の葉子のものだ。


今日の朝、仕事が休みのため家にいた葉子のスマホが着信を受けその相手が悟仙に替わって欲しい言ったため、葉子が悟仙の部屋に入ってきて悟仙の快眠を妨げたのであった。そしてその相手はというと


「あの、陸奥くん聞いてますか?」


先程からこうやってしきりに呼び掛けてくるクラスメイトにして同じ部活の部員でもある麻理だった。


「ああ、やっと目が覚めてきた」


悟仙がまだ完全に開いていない目を擦りながら言うと通話口の向こうから溜め息が聞こえた。


「何回も言ったのに、今までやっぱり聞こえてなかったんですね?」


「まあな、俺は朝に弱いんだ」


「そうでしたね。では、改めて要件を言いますね」


麻理はそう言うと一つ咳払いをして要件を言った。


「陸奥くんに、私の家に来て欲しいんです」


「何故だ?俺は井上の家に行く用事は無いんだが」


「それはそうでしょう。陸奥くんには外に出る用事なんてめったに無いでしょうから」


随分分かったような事を言うと悟仙は思ったが、その通りなので何も言えなかった。


「それで、その用事を聞かせてくれ」


悟仙が説教の一つでも始めそうな麻理に先を促すと麻理が少し声を落として言った。


「実は、私にも例の『あれ』が来たようなんです」


「うん?『あれ』とは何だ?」


「え、知らないんですか!?」


悟仙が不思議に思って言うと、通話口から麻理の驚きの声が聞こえて、たまらず耳から遠ざける。


「ああ、知らん」


悟仙がスマホを戻してから言うと、麻理が呆れたようにため息を吐いた。


「そうでしたね。陸奥くんの無関心さを侮っていました」


何だか馬鹿にされたような気がするが、本当に知らなかったので仕方ない。それに、他人に無関心なのは本当だ。


「で、それは何なんだ?」


悟仙が欠伸をかみ殺して言うと、麻理が訥々と話し始めた。


「実はですね。期末試験が終わったあたりから、誰かの家で勉強するのがクラスで流行っているんです。毎週末に誰かの家にお邪魔していたようで、それが明日私の家なんです」


「そうか、頑張れよ~」


悟仙が何だかこの先の展開が読めてきて早々に話を打ち切るべしだと思って言うが、やはりというか麻理は引かない。


「ちょっと待って下さい!それが今週私の家だと言ってきたのは宮田くんなんです!ですから……………」


麻理の声がだんだん沈んでいく。悟仙もそんな事だろうと思っていた。宮田が麻理に電話してきたということは必然的に宮田も来るのだろう。麻理は宮田が苦手なため悟仙に助けを求めてきたのは容易に予想できた。しかし、予想できたからといって了承する訳ではない。


「お前の言いたいことはだいたいわかった。でも、どうして俺が行く必要がある?人の家なんだ。宮田がお前に何かするとは思えんが、それとも当日誰も家にいないのか?」


「いえ、明日は母と妹がいます」


悟仙は「そうか」と言ってそれなら何が問題なのかと考えようとしたが、麻理の言葉に一つ引っかかったことがあり思いとどまった。


「おい、それは明日にあるのか?来週じゃなくて?」


今日は土曜日だ。麻理は毎週末だと言っていたので、来週の話だと思っていたが違うらしい。


「はい、そうです。今まで言い忘れていました」


何だか麻理が今だけ声に感情がなかったように悟仙は聞こえたが、気にしないで話を進める。


「まあ、それはいい。それで?どうして家の人が居るのにそこまで宮田を警戒するんだ?」


「それは…………」


麻理が言いよどむ。もしかして麻理の母親と妹も男が苦手なのか、でも結婚しているため違うだろうと悟仙が考えていると、それまで黙っていた麻理が口を開いた。


「その理由を言ったら、陸奥くんはきっと来てくれないと思います」


「ん?何だそれは?」


「言いません。その代わり、陸奥くんに一つ借りができるのでそれでチャラにしてれませんか?」


「それは、この前の『貸し一』を使うってことか?」


「いいえ、違います」


悟仙が麻理の言っている事が分からず言うと、麻理はどこか得意気に否定した。


「どう違うんだ?」


「私が『貸し一』を使うのではなくて、お互いに『貸し一』がある状態にするんです」


「面倒くさくないか?」


「私はそう思いません。それで、来てくれますか?」


何か麻理が話を逸らそうとしている気がするが、気のせいだろうか。しかし、悟仙が考えようとするとそれを邪魔するように話し出す。


「どうしても陸奥くんに来て欲しいんです。ダメですか?」


「九条は来ないのか?あいつが居れば大丈夫だろ」


夏子は麻理に男が寄り付くのを過剰に嫌っている。夏子が居れば宮田も自由に動けないだろうと悟仙が思って言うと、麻理が微妙な反応をした。


「なっちゃんは、来れても午後からなんです。加藤くんの家族となっちゃんの家族で旅行に行ってるみたいで帰って来るのは明日の昼みたいで、明日は朝から皆が来るので朝から来れないんです」


「何もあいつが朝から居なくてもいいだろ?昼からでも十分じゃないか?」


「そうですけど、その、昼から来てもらってもなっちゃんは身動きが取れないと思います。取れないというか、取りたくないというか」


「それまたどうしてだ?」


「それを言うと、陸奥くんは来てくれません」


「またそれか」


「すみません」


悟仙が辟易として言うと、麻理が本当に申し訳無さそうに謝る。悟仙はスマホを耳に当てて頭を下げている麻理の様子が容易に想像できた。


「それにしても、うちのクラスの奴らは随分勉強熱心なんだな」


悟仙が重くなった空気を変える意味も込めて言うと、通話口から渇いた笑い声が聞こえた。

悟仙はそれを聞きながら行くべきか考える。いつもなら「関係ない」と言って早々に断るのだが、宮田が絡んでいるとそうはいかない。それに、麻理は悩みがあれば打ち明けると言いながらもどれも軽いものばかりで、深刻なのは今回が初めてだった。余程切羽詰まっているのだろう。


「分かったよ。でも頼りにはならないかもしれないぞ」


「そうですか!ありがとうございます。ありがとうございます」


悟仙が了承すると、途端に麻理の声が明るくなった。どうやら相当厄介な事になるようだ。それは悟仙が聞いたら行きたくなくなる理由にありそうだが、聞いても答えないだろう。 


「では、明日の十時によろしくお願いしますね!」


麻理の弾んでいる声を聞いて悟仙は断るなら今しかないと直感したが、今まで麻理の申し出に断れたことはほとんどないため何を言っても無駄な労力にしかならないだろう。それに、今は寝起きのため麻理と口論をしても勝ち目はないだろう。


「分かったよ。じゃあな」


悟仙は了承の返事をして通話を切り、スマホを葉子に渡した後自室に戻りベッドに横になった。寝起きで未だに頭が良く動かない。それを自覚するのと同時に一つ気になったことがあった。


「あいつ、それを分かって朝に電話して来たのか?」


気にはなったが、確かめたいほどの事でもない。

明日はいつもより早く起きなければならない。それなら今日は寝過ぎても罰は当たらないだろうと思い、悟仙は再び眠りについた。


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