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第二十六話

期末試験が終わり夏休みに入った今、悟仙は駅の近くにあるデパートのベンチに座って行き交う人々をぼんやりと眺めていた。

悟仙が夏休みだというのに休みもせずデパートまで赴いたのは同居人であり姉である葉子の荷物持ちの為である。悟仙はもちろん断ろうとしたのだが、この前親戚同士の集まりに行かなかった事を言われて渋々了承したのだ。それに、空手有段者の葉子に抗う術を悟仙は持っていない。


「それにしても、良く買うよな」


悟仙が足元に置いてある数多くの品々を見てぽつりと呟く。ちなみに今葉子はここに居ない。悟仙も初めは葉子の後ろをついて行っていたが、流石に女性の下着売場にはついて行けなかった。誰にどう見られようと悟仙にとっては関係ないのだが、何かの拍子に犯罪者にされては堪らない。


「やあ~、久し振りね」


悟仙がそんな事を考えていると前方から何となく見覚えのある女性がにこやかに手を振りながらやってきた。


「私のこと、覚えてる?」


当たり前のように隣に座った二十代から三十代と思われる女性をよく見てみるが、上手く思い出せない。悟仙が首を捻っていると女性が長い黒髪を持ってくいっと上に持ち上げた。


「これでどう?わからない?」


「ああ、あなたはあの時の」


言われて悟仙もようやく思い出した。ゴールデンウイークに一緒に老齢の女性を介抱したOL風の女性だった。あの時は髪を結い上げていたのでわからなかったのだ。


「確か、律子さんでしたっけ?」


「そうよ。君はどうしてここに?ここは割と若い子が多いわよ?年配の人はなかなか居ないと思うけど」


「あの、僕が何か特殊な趣味があると思ってません?」


「あら、女性の好みは人それぞれよ」


律子にあっけらかんと言われて、悟仙はため息をついた。確か前にも麻理に同じようなことを言われた気がする。その時は幼い女の子が好きなのかと言われたが。


「そんな趣味持ってませんよ。あなたこそ、どうしてここに?」


悟仙にしては珍しく聞くと、律子は手に持っていた買い物袋を掲げた。


「もちろん買い物よ。何を買ったか気になる?」


「別に、気になりませんけど」


悟仙が仏頂面で言うと律子は気にせずに買い物袋に手を入れてガサゴソと何やら出そうとしていた。


「えーとね。私が買ったのはこれよ」


そう言って律子が取り出したのは色とりどりの女性の下着だった。

悟仙が目を見開いて驚いていると律子はそれをベンチに並べ始めた。


「この中に私と私の娘のがあるんだけど、どれが私のかわかる?」


周りの目を気にしない律子の行動に悟仙は頭を抱えたくなった。この人には恥ずかしさというものが無いのだろうか?


「そんなのどちらでもいいですよ。娘さんのが入ってるならこんな場所で見せぶらかさないで下さい」


「あら、それもそうね。ていうか君、女性の下着を見て焦らないのね。面白くないわね。彼女でもできた?それで慣れっこだったりして?」


下着を買い物袋に戻してこちらを覗き込んで言う律子に悟仙は再びため息をついた。悟仙は顔には出してないが、十分焦った。女性の下着にではなく、律子の行動にだが。


「僕には姉がいますから。それで見慣れているんですよ」


「へぇー、お姉さんいるんだ?じゃあ今日はお姉さんの荷物持ちってとこかしら?」


「そうですよ。拒否権はないのでね」


悟仙の足下をちらりと見て言う律子にそう返すと律子は辺りを見回した。


「そのお姉さんはどこにいるの?」


「女性の下着売場です」


「あら、それで入れなかったんだ?あそこに男性が入るのはなかなか勇気がいるわよね」


「そうですね」


悟仙がそう言った後、暫く無言の間があったが律子の思い出したような声でその沈黙は破られた。


「あっそうだ。あの時のおばあゃん、君が帰って少ししたあと意識が戻ってね、おばあちゃんとその家族にすごいお礼言われちゃったわ。まあ君のことは言わなかったけどね」


「それはどうも」


悟仙が礼を言うと、律子は呆れたようにため息をはいた後、ぱっとこちらを向いた。


「ねえ、今彼女いないんだよね?」


「いませんけど」


悟仙が律子の勢いにたじろきながら言うと律子がニヤリと笑ってうんうんと何度も頷くと突然立ち上がった。


「ねえ、会ったことがある好みの人と会ったことがないけど聞いた話によると好みの人だったら、君はどっちを選ぶ?」


「意味が分かりませんけど、まず会ったことがない人と会わないとフェアじゃないと思います。ていうか律子さん旦那さんいるんでしょ?」


律子の言葉に首を傾げながら悟仙が言うと、律子は不敵に微笑んだ。


「あら、誰も私のことなんて言ってないわよ?」


じゃあ誰のことなのかと悟仙は思ったが、あまり興味がないので聞かなかった。それに、この律子という女性とはできれば無関係でいたかった。


悟仙がそんな事を考えていると、律子は「またね」と手を振って帰って行った。


その後少しすると葉子が買い物袋を提げてやってきた。


「あんた、今綺麗な女の人と話してなかった?もしかして逆ナン?」


「逆ナンの方がまだ良かったかもしれない」


そう言って、悟仙は今日何度目か分からないため息を吐いた。





☆☆☆





律子が家にデパートから戻ると二人の娘が出迎えた。


「おかえり、お母さん」


「おかえり、まま」


「ただいま」


律子がそう返すと、長女の麻理がすっと手に持っていた買い物袋に手を伸ばした。


「持つよ」


麻理がにこり微笑んで言うと、次女の由衣も両手を伸ばした。


「まま!ゆいももつ!」


「ありがとう」


律子はそう言って二人に買い物袋を渡し玄関からリビングに入るとテーブルの上に薄い「さんすう」と書かれた問題用紙が置いてあった。どうやら麻理が由衣の宿題を見てあげていたようだ。

そう思ってよくできた長女に目を向けた。


「麻理、あんたが持ってる袋開けてみて?」


「へ?うん、分かった」


麻理は戸惑いながらも袋を開けると、その愛らしい顔を真っ赤にした。


「これって、私の下着!?」


「そうよ、麻理がこの間お風呂に入る前に独り言言ってたからね、買っておいたの。嫌だった?」


律子が聞くと、麻理は赤い顔のままでふるふると首を振った。


「嫌じゃないけど、これちょっと派手すぎないかな?」


「それぐらいがちょうどいいのよ。それで気になる男の子をノックアウトしなさい」


律子がニヤリと笑って言うと、麻理の顔がますます赤くなった。


「そっそんな人いませんから!」


「ふふっそうなの?それは残念ね」


麻理の様子が可笑しくて笑っていると、暫くうろたえていた麻理がこちらを見て嬉しそうに笑った。


「今日お母さんいいことあったでしょ?顔に書いてあるよ」


そう言われて律子は今日デパートで再会した眠そうな少年を思い出す。律子にではなく麻理にいいことがあったのだが、言わないでおいた。


「そうね、面白い子に会ったのよ」


「それってゴールデンウイークに会ったっていう男の子?」


「そうよ」


「ふーん、何て名前の人?」


首を傾げて言う麻理の言葉に律子はあの少年の名前を思い出そうとする。


「えーとねぇ…………………」


しかし、何度考えても全く思い出せない。何故なら


「あっ!?あの子の名前聞いてない!?」


律子が自分の失態に気づきうなだれていると、麻理のスマホの着信音が鳴った。それに気付いた由衣が先程まで律子が買ってきた洋服を見ていたのを止めて声をかけた。


「おねえちゃん?なってるよ?」


「あ、本当だ。ありがとう、由衣」


それを聞いた麻理がにこりと笑って由衣の頭を撫でたあと、スマホをとった。


「知らない番号だけど、誰だろう?」


そう言いながらも電話に出た麻理は相手の声を聞いてすっと表情を固いものにした。


「誰からだったの?」


麻理が電話を切ったあと律子が言うと、麻理は固い表情のまま答えた。


「宮田くんっていう同じクラスの人だよ」


「そう」


律子が短く言うと、麻理が浮かない顔をして聞いてきた。


「あのさ、お母さん私にも『あれ』が来たみたいなんだけど、いいかな?」


「別にいいけど、あんた大丈夫なの?何か顔色悪いけど」


「うん、大丈夫だよ。女の子もいるみたいだし」


「そう、それならいいけど」


律子がそう言いながら一つ気になった事があった。


「そう言えば、それにあの陸奥悟仙っていう男の子は来るの?」


「絶対来ないよ」


即答する麻理の顔は先程よりいくらか顔色が良かった。律子はそれに気付くと同時にデパートであの少年に言った事を思い出した。


「それなら、その子を連れてきなさい!」


「一応誘ってみるけど、どうして?」


指を指して言う律子に麻理が困惑気味に聞いてくる。


「気になるのよ。どうしても」


「でもその人、由衣が言ってた『むっちゃん』じゃないと思うよ?」


麻理が未だに洋服を眺めるのに夢中な由衣を見て言う。


「いいから、何としても連れてきなさい!」


「うん、誘ってみるよ。私も陸奥くんがいるほうがいいしね」


麻理の言葉が少し気になり、律子が聞こうとするが、「むっちゃん」に素早く反応した由衣に阻めれた。


「むっちゃんくるの!?」


「うーん、その人かもしれない人が来るかも」


曖昧に答える麻理に由衣が詰め寄る。


「じゃあ、はやくさそって!」


急かす由衣に対して麻理は由衣と目線を合わせてにっこりと微笑んだ。


「まだ誘っちゃだめなの」


「どうして?」


首を傾げる由衣に麻理は穏やかに答える。


「陸奥くんはね、とても腰が重い人なの。今は水曜日でしょ?それで約束は日曜日。陸奥くんを今誘っても、その日までに何か行かない作戦を考える時間をあげちゃうだけだから、前日の土曜日に誘わないと逃げられちゃうの」


そうにこやかに由衣に言って聞かせる麻理の顔はもういつも通りの顔色になっていた。

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