第二十四話
葉子と別れた後悟仙は麻理の疲労の色が濃かった為、お互い何も話さずに竜二の家に着いた。麻理が竜二の家である一軒家のインターホンを押すと、出迎えたのは竜二ではなく夏子だった。
「遅かったわね。何かあったの?」
訝しげな目を向けられ悟仙はどう答えようか迷ってしまった。毎度のことで慣れてしまったが、姉の葉子の行動は意味不明で説明しようにもできない。
すると、麻理が悟仙の代わりに答えた。
「少し陸奥くんのお姉さんと話してたら遅くなったの」
「少しって感じじゃなさそうね。あんたげっそりしてるじゃない」
夏子はそう言ったあと悟仙に目を向けてきた。
「陸奥、あんた何かやったの?」
「何もやってない。もう上がってもいいか?」
悟仙は夏子の追及から逃れる為に夏子の返答も聞かずに靴を脱いで家に上がる。そう言えば、さっきから竜二の姿が見つからない。
「竜二はどうした?」
悟仙が不思議に思って聞くと夏子が二階にある、竜二の部屋の方を睨み付けた。
「掃除してるわよ。いつもは掃除しないのに、きっと麻理が来るからね」
「どうして?」
麻理が夏子に不思議そうに聞いた。すると、夏子は肩をすくめてみせた。
「さぁ?だらしない男と思われたくないんじゃない?」
「なっちゃんには思われてもいいんだね」
「そうね。あたしは女として見られてないのよ」
ふてくされたように言う夏子に麻理が嬉しそうに微笑みかけた。
「何を見られてもいいって思うのはそれだけ信頼してるんだよ。なっちゃん」
「そっそうかな?」
麻理の言葉を聞いて夏子の顔が赤くなる。あの二人、早く付き合えばいいのにと悟仙は思いながら夏子が落ち着くのを待った。そして、暫くして夏子が落ち着いてくると、麻理が何かいう前に口を開く。
「で、俺達はどこに居ればいいんだ?」
悟仙が聞くと夏子がフローリングの廊下の先にあるリビングを指差した。
「あっちで勉強するわよ」
「竜二の部屋は使わないのか?」
「当たり前じゃない。あそこに四人も入ったら窮屈でしょうがないわ」
じゃあ竜二は何のために掃除してるのか悟仙は気になったが、何も言わない。悟仙は竜二の考えている事など知る由もないし興味もない。
悟仙と麻理がリビングの大きなテーブルに文芸部の部室と同じように向かい合って座り、教科書やノートを広げていると、竜二が降りてきてリビングに入った。
「いや~やっと終わったぜ」
「いつまでやってるのよ。客を待たせても意味ないでしょ」
「まあ、いいんじゃないか。これも良い機会って事で」
夏子の苦言を軽くかわしながら竜二が悟仙の隣に、夏子が麻理の隣に座る。
それを確認した麻理が手をたたいて始まりの合図を出す。
「それでは、始めましょうか。時間は昼食時まででいいですか?」
一同がそれに頷き、勉強会が始まった。
「だから、ここは場合分けするの!さっきも言ったじゃない!」
勉強会が始まって一時間程経ったが、夏子の叫びは一向に収まりそうもない。
前に座る麻理を見てみると、流石成績優秀者と言うべきか、夏子の怒鳴り声など耳に入ってないのか黙々と問題を解いている。
悟仙はというと、今は英語の単語帳を見ていた。悟仙はいつもそれなりにしか勉強していない。テスト前は範囲の内容を浅く広く学習するだけで、じっくりと勉強したことはない。
そのため、悟仙はあまり集中力はない。
それからさらに一時間程過ぎ、悟仙の元から無い集中力が尽きかけた時、竜二が椅子の背もたれに深くなんかかりながら声を上げた。
「あー疲れた。昼飯にしないか?俺腹減ったんだけど」
竜二のその声を皮切りに残りの三人も手を止めた。悟仙もさっきまで読んでいた古文の教科書を閉じた。
「竜ちゃん、さっき見たけど冷蔵庫の中何も入ってなかったわよ?」
「マジで?」
竜二がぴょんと立ち上がり冷蔵庫に確認し行くが、やはり何も入ってなかったらしく顔をしかめた。
「お袋の野郎、作り置きの一つもしてねぇ!」
竜二の両親は二人そろって一人息子をおいて温泉旅行に出掛けたらしく、今日は家に帰ってこないようだ。
「お前の母親を恨んでもしょうがないだろ。昼飯なんて近くのコンビニで」
「むぅ!」
前の席から殺気を感じて悟仙が言葉を止めると、麻理が頬を膨らませ、少し垂れ目の大きな目を今は精一杯吊り上げてこちらを睨んでいた。
「む・つ・く・ん!」
「ああ、そうだったな」
悟仙はつい数時間前に麻理とした約束を思い出した。その時は麻理が余りにも悲しそうな顔をするからこれぐらいならと気軽に約束したが、これは意外に厄介かもしれない。
悟仙が少し後悔していると麻理が立ち上がり声を上げた。
「これから皆で買い物に行って帰ってきたらここで作って食べましょう!大丈夫です、私料理好きですから!」
麻理の力強い呼びかけに夏子と竜二が賛同の声を上げる。
「そうね。そうしましょっか」
「そうだな」
対する悟仙は反対だった。今日は梅雨明けを象徴するような快晴であり、時刻は昼である。おそらく外はずいぶんと暑いだろう。悟仙は暑いのが余り好きではない。寒いのも好きではないが。
「行くなら三人で行ってこい。俺はしっかりと留守番しておくから」
悟仙が言うと、竜二と夏子が呆れたように溜め息を吐いた。悟仙が要求が通りそうなことに満足していると麻理がその予感を打ち破った。
「ダメです!陸奥くんも連れて行きます!」
「何でだ?そんなに大きな買い物でもないんだから俺がいても何にもならないだろ」
悟仙が反論すると何を思ったのか麻理は腕を組んで得意気に笑った。
「陸奥くんはどうせ外が暑そうだから行きたくないだけですよね?」
悟仙は声を詰まらせてしまった。見事に図星だったからだ。
すると、その様子を見た麻理が今度は上品に手を口に当てて笑って付け加えた。
「それに、怠けて動かなかったらまた筋肉痛になりますよ?」
「分かったよ。行くよ」
悟仙は渋々頷いた。あの時の筋肉痛は本当に辛かったのだ。
悟仙達が行ったのは竜二の家から近いスーパーだった。スーパーに入ると麻理が興奮の混じった声を上げた。
「うわー。お店が違うと品揃えも変わるんですね~。今度はこっちにも行くことにします」
「そうか。それならそうするといい」
悟仙が適当に答えると麻理がむくれて抗議の声を上げた。
「もう、お店に入って涼しくなったんですから機嫌直して下さい。陸奥くんが好きなもの作ってあげますから」
確かに悟仙は今、心穏やかではなかった。それは暑さが原因ではない。
「おい井上、さっきから立ち止まってばかりだ。これじゃ買い物が終わらないぞ。竜二と九条にこのまま任せるのか?」
悟仙が前を見ても、先に行った二人はもういなかった。
「ああ!そうでした!すみません。早く行きましょう」
慌てて歩き出す麻理について行きながら悟仙が溜め息を吐いていると、麻理がクスリと笑った。
「ふふっ、陸奥くん、ちゃんと待っててくれたんですね」
「何いってる。お前が話し掛けてきたから離れようにも離れられなかったんだ」
悟仙がそう言っても、麻理は嬉しそうにくすくすと笑っていた。何か勘違いしている気がするが、面倒くさいので悟仙は訂正するのはやめておいた。
「ところで、陸奥くんの好きな食べ物は何ですか?」
ようやく笑い終えた麻理が悟仙の顔を覗き込んで言う。やはり外は暑かったようで、麻理の白い首筋にはうっすら汗が浮かんでいた。
「正直に言うが、笑うなよ?」
「はい、笑いません」
悟仙が一つ釘をさすと、麻理は真剣な顔で頷いた。
それを確認した後悟仙は口を開く。
「エビフライだ」
悟仙が自分でも子供っぽいと自覚しながら言うと麻理は口を真一文字にして、顔を真っ赤にして必死に笑いに堪えていた。




