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第二十三話

翌日の土曜日の朝、麻理は悟仙から教えられたマンションの一室の前で深呼吸をした。


「陸奥くんに頼まれて来ただけ。うん、そうだよね」


そう呟いて自分に言い聞かせながらも、ついつい自分の服装に目をやってしまう。もうすぐ来る夏らしい青いワンピースだから別におかしい所は無いはずだ。悟仙は麻理がどんな服を着ても気にしそうに無いが。


麻理が意を決してインターホンに手を伸ばすと先にドアが開いて悟仙が出て来た。


「分かったよ。迎えに行くよ。姉貴は空手有段者なんだからかないっこないよ」


何やら中に向かって言った悟仙と目があった。麻理は急いで頭を下げる。


「お、おはようございます」


「おう」


悟仙は少し驚いていたようだが、すぐに返答した。

そして振り返って中にいるであろう人に言った。


「姉貴、客が来たぞ」


すると、中からばたばたと慌ただしく一人の綺麗な女性が悟仙を押しのけて出てきた


「え!?本当に来たの!?ちょっ!物凄い可愛いじゃない!」


麻理は突然見知らぬ人に誉められて目を白黒させてしまう。


「あ、自己紹介がまだだったわね。私は葉子よ。こいつの姉」


その女性、葉子は悟仙を指差して言う。


「えっと、私の名前は井上麻理です。いつもむつ、じゃなくて悟仙くんにはお世話になってます」


麻理が慌てて自己紹介をすると、葉子は苦笑いを浮かべた。


「あー、別に私に気を使わなくていいのよ。麻理ちゃん、うちの愚弟が誰かを世話なんてするわけないわ」


麻理は葉子の言葉に首を振った。悟仙には十分お世話になっている。


「いえ、私は悟仙くんにいつもお世話になってます。それは本当です」


言いながら葉子の後ろに目を向けるともう悟仙の姿は無かった。

麻理が葉子に目を戻すと葉子は興味深そうにこちらを見ていた。


「へえーあいつも美人には弱いのね」


「私はその、美人ではないと思いますけど」


「またまたー。謙遜しちゃって、すごい美人じゃない」


「えっと、謙遜なんてしてないんですが」


麻理が葉子のペースに飲まれ、しどろもどろになっていると、中から悟仙が歩いてきた。


「姉貴、そいつは俺の客だ。俺の客で遊ぶな」


悟仙の介入で葉子の勢いが収まり麻理が安堵の息を漏らしていると葉子が悟仙を睨み付けた。


「何よ。昨日夕食作ってあげたんだから、その分話してもいいでしょ?」


「あのな、それとこれとは話が別だ」


「私が別じゃないと思ったら別じゃないのよ」


ため息をついて言う悟仙に葉子がそう返す。それを聞いた悟仙は「そうか、終わったら呼んでくれ」とだけ言って中に引っ込んでしまった。


「全く、張り合いってものがないわね。あいつは」


葉子が悟仙の後ろ姿にそう毒づく。確かに、悟仙が誰かに張り合って言い合いをしているのは余り見たことがない。麻理が見たのは宮田との一件の時だけだ。


「ごめんね。あんな奴と一緒にいても楽しくないでしょ」


言われて麻理は、今まで悟仙と一緒にいた時のことを思い出す。すると、自然に言葉が出てきた。


「いえ、私は悟仙くんといて楽しくないと思ったことはありません。悟仙くんはいつも関係ない、関係ないと言ってますけど意外と優しいですし、変な圧迫感が無いので息苦しさを感じる事もありません」


麻理が思った通りに言うと、葉子は嬉しそうに笑った。何だかんだ言っても、悟仙の事が心配なのだろう。


「そう、それなら良かったわ」


そう言うと、葉子は笑いを止めて今度は品定めするように見てきた。しかし、すぐに振り返り中に向かって叫んだ。


「悟仙~。話終わったわよ~」


すると、中から悟仙が再びやってきた。肩にはいつも学校で見るトートバックを提げている。


「じゃ、またねー」


葉子はそう言って手をひらひらと振って中に戻っていった。麻理は葉子から余り好かれていないと感じた。


麻理がそんな事を考えていると、ドアを閉めて悟仙が出て来た。そしてすたすたとマンションの廊下をエレベーターに向かって歩いていく。麻理は慌てて悟仙に追いついて声をかけた。


「陸奥くんはあまり料理をしないんですか?」


「ああ、そうだな」


「じゃあ、いつもは外食ですか?」


こちらを見ず、前を見ながら答える悟仙に問うと悟仙は足を止めてマンションの外に目を向けた。


「あそこにあるコンビニでいつも弁当を買ってる」


麻理も足を止めてマンションの近くにあるコンビニに目を向けた。


「良いことだとは思いません。栄養が偏りますよ?」


そう言うと悟仙は再び歩いていってしまう。麻理が隣に並ぶと悟仙は口を開いた。


「俺が偏った食事をとっていても、お前には関係な」


「関係あります!」


麻理の少し高めの大きな声がマンションの廊下に響き渡った。

麻理は今まで度々悟仙のこの言葉を遮ってきた。悟仙が「関係ない」と言うたびに悟仙との間に壁ができたようで、何だか悲しくなってくるからだ。


「その心は?」


悟仙がそう聞いてくる。麻理が悟仙の言葉を遮ると以前は言葉を詰まらせていた悟仙だが、最近はその理由を聞いてくることがよくある。


「それは、陸奥くんが偏った食事をとっていると私が心配になってしまいます。そのせいで、心が病んでしまうかもしれません」


麻理の真剣な言葉に悟仙は顔をしかめた。


「おい、井上。それは暴論だろ。人が気に病むことなどいちいち考えていたら何もできなくなる」


「それなら私が気に病むかどうかだけ考えて下さい」


「どうしてそうなる?俺はお前を特別扱いするつもりはない。だからお前が気に病むなんて俺には」


「関係あります!関係あるったら関係あるんです!」


麻理は子供のようにいやいやと首を振った。どうしても悟仙に関係ないと言われたくなかった。


「あのな」


「関係あるんです……」


麻理が悟仙の顔を見られず俯いて言う。何だか泣きそうになってきた。


暫く無言が続いて、悟仙が溜め息を吐いたのが聞こえて顔を上げると悟仙は呆れ顔で頭を掻いていた。


「分かったよ。簡単なものだけでも作れるようになっとくよ」


そう言う悟仙を見て麻理は自然と頬が緩んだ。悟仙の心に一歩踏み込んだ気がした。


「私料理好きですから、分からない所があったら聞いて下さいね?」


「それは断る」


「そうそう。あんまり悟仙を甘やかしちゃダメよ?」


悟仙が麻理の申し出を断ると後ろから声が聞こえた。麻理と悟仙が慌てて振り返るとそこには悪戯っぽい笑みを浮かべる葉子の姿があった。


「どこから聞いてましたか?」


何だか恥ずかしくなって聞くと葉子はニヤリと笑って答えた。


「麻理ちゃんが悟仙に料理ができるか聞いた所からよ」


「最初から………」


麻理は驚きでそれ以上何も言えなかった。すぐ後ろで話を聞かれていたのに、全く気づかなかった。


「まさか、こんな子が出てくるとはね、うん。麻理ちゃん、合格よ!」


「へ?」


突然葉子に肩を叩かれてそう言われ、素っ頓狂な声を出してしまう。葉子を見てみると、部屋の前で会った時とは異なり、少しあった警戒されている感じが今は無いように思えた。


「姉貴、何のつもりだ」


「あんたは少し黙ってなさい。麻理ちゃん、ちょっと気をつけしてみて?」


葉子は悟仙の言葉を制すると少し麻理から距離をとってそう言った。

麻理が言われたとおり姿勢を正すと葉子が品定めするように麻理の頭の上から爪先まで見回した。麻理が悟仙に目を向けると悟仙はどうしようもないというように首を振った。


「よし、それでは……それ!」


葉子は一声上げると、麻理の柔らかそうな胸を両手で鷲掴みにした。


「ひゃあう!?」


麻理が声にならない声を出して葉子から離れようとするが、葉子は麻理を逃がしてはくれない。悟仙が葉子が空手の有段者だと言っていたが、本当のようだ。


「うん。麻理ちゃんは男性とこれまで付き合ったことはないようね」


葉子は暫く麻理の胸をモミモミしたあと満足げに手を離した。


「当たってますけど、それを確かめたかったなら、胸なんて触らずに聞いてくれれば良かったです」


麻理が両手で胸を隠しながら言うと、葉子はあははと笑いながら頭を掻いた。


「いやー、最近の女子高生は意外と発育が良いのね」


「姉貴、何がしたかったのか分からないが、もう行ってもいいか?」


麻理が悟仙に見られていた事に気付いて顔を赤くしていると、葉子がポケットからスマホを取り出した。


「そうね。じゃあ最後に麻理ちゃん、携帯交換しよっか?」


「あっ、はい。交換しましょう」


麻理も手に提げていた鞄からスマホを取り出して葉子とメアドと番号を交換した。それが終わると葉子は上機嫌に帰って行こうとしたが、ふと足を止めて振り返った。


「じゃ!デート楽しみなさいよ」


「デートじゃない」


「デートじゃありません!」


葉子は仏頂面で言う悟仙と慌てて言う麻理に手をヒラヒラと振って帰っていった。


その後麻理と悟仙はエレベーターに乗り込むと同時に溜め息を吐いた。


「何だか、勉強する前に疲れてしまいました」


麻理がそう呟くと、悟仙も疲れたように頷いた。






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