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第十八話

ゴールデンウィークという素晴らしい日に、悟仙は本屋に行く為に住宅街を歩いていた。


それにしても今日は暑い。

悟仙は三十度近くまで気温を上げていると思われる太陽を睨み付けた。前を歩いている老齢の女性など、暑さのせいか足下がおぼつかないように見える。

そんな事を考えながら十字路を右に曲がる。


すると、左の方からドサッと何かが落ちる音がした。

もしやと思い来た道を戻ると案の定、先程の女性がうつ伏せに倒れていた。


「っ!」


慌てて駆け寄り女性を仰向けにして意識を確認するが、どうやら意識は無いようだ。

口元に耳を近付けると呼吸はあった。


悟仙は滅多に使わないスマホを取り出し、救急車を呼び、場所と女性の容態を伝える。


一息ついて素人にも何かできることはないかと辺りを見回す。すると、周りに人はいないが、近くに自動販売機を見つけた。悟仙はそこで惜しみながらも千円札を使いペットボトルのスポーツドリンクを五本購入した。


「えっと、どうすればいいんだ?」


悟仙は頭を掻いてそう呟いて、取りあえず女性のズボンのベルトを外し、上着を脱がせる。次に女性の両脇と首筋にペットボトルをあてがった。


この後どうするか考えていると、目の前に赤い車が止まり、中からOL風の二十代か三十代と思われる長い黒髪の女性が出てきた。


「君、どうしたの?あっ、そう言うこと」


OL風の女性は一目で事態を把握したようで、納得したように頷いた。


「私の車、今冷房入ってるから運んじゃおっか?」


言われて悟仙は筋肉痛が治ったばかりの腕を使って老齢の女性を抱き上げ、車の後部座席に乗せた。


「あの、今さらですけど動かして良かったんですかね?」


「さあ?」


「さあ?って………思い切ったことしますね」


悟仙がOL風の女性の大胆さに呆れているとその女性は悪戯っぽく笑った。


「君だって女性の服を脱がせるなんて、思い切ったわね」


「仕方ないでしょ。僕だって慌てていたんですよ」


「そういう趣味なんじゃないの?」


首を傾げて言うOL風の女性に悟仙はため息を吐いた。


「違いますよ。まあ、どう思われようが僕には関係ありませんけど」


「君ね~。そんな事言ってたら青春できないわよ?青春時代なんてあっという間なんだから。君、彼女なんていたことないでしょ?」


「そうですけど」


確信を持って言われ、仏頂面で素直に答える。


「私なら放っておかないけどな~」


そんな事を言いながらも後部座席で横になる女性の様子をしきりに見ているあたりこの会話は救急車が来るまでの繋ぎのようだ。


「ご冗談を」


肩を竦めて言うと、OL風の女性はまた悪戯っぽく笑った。


「そんな事ないわよ。君の何か影を背負っている感じが放っておけないのよね。あっ!でも私結婚してるからごめんね」


悟仙は目を見開いた。その様子を見てOL風の女性は腰に手を当てて笑う。


「あれ?そんなに驚いてどうしたの?私はこれでも子持ちよ」


悟仙が驚いたのは勿論その事ではない。女性の指に結婚指輪がしてあるのは知っていた。


悟仙は何か言おうとしたが、間が悪くサイレンを響かせて救急車がやってきた。


救急車から出てきた人がどちらかが同乗するように言ったので悟仙が名乗り出ると、OL風の女性が真剣な顔を向けてきた。


「私が乗るわ。流石に子供に任せられないし」


「僕が乗りますよ。あなた、車はどうするんですか?それに、任せるも何も僕等素人ができることはもう無いですよ」


言われて相手も納得したのかいつもの悪戯っぽい表情に戻し言った。


「律子よ」


「え?」


「私の名前、律子って言うの」


悟仙は「そうですか」とだけ言って救急車に乗り込んだ。





☆☆☆





律子は車を近くの総合病院にとめて、足早にエントランスを抜けた。

すると、すぐに看護士が声を掛けてきた。


「律子さんですよね?」


「そうですけど………」


言われて律子は首を傾げる。何故この看護師が自分の名前を知っているのだろうか。


「先程運び込まれた女性の付き添いの方があとはあなたに聞いてくれと仰っていたので」


どうやらあの眠そうな顔をした少年は律子に丸投げしたようだ。


「あの子、何考えてるんだか」


律子は呆れてため息を吐いた。しかし、その顔は笑顔だった。


あの少年が何を考えているのかまるで分からない。

あれだけ必死にあの女性を助けようとした癖に今のような無責任な行動をとっている。


しかし、律子はそういう性格が嫌いではない。できればもう一度会ってみたいと思った時、律子は自分の失態に気付いた。


「名前、聞いてなかったわ」





☆☆☆





ゴールデンウィーク明けの朝、悟仙はいつも通りの遅刻ぎりぎりの時間に教室に入った。


席に着くとすぐに担任の教師が入ってきてホームルームが始まり、それが終わると前に座る竜二が不満顔を向けてきた。


「なんで来なかったんだよ?」


「なにがだ?」


意味が分からない悟仙に、竜二は体もこちらに向けてきた。


「クラス会だよ!どうして来なかったんだよあれだけ誘ったのに」


「ああ、それか」


確かにゴールデンウィーク中に何度も竜二からのメールが届いていたが、悟仙は行かなかった。


「ったく、せっかくクラスの人と親睦を深めるチャンスだぜ?確かにお前は最終的には男子に好かれるようになるけど、はやく仲良くなるに越したことはないだろ?」


「そんなものでしか親睦を深められないなら、俺は親睦を深めなくていい」


憮然とした顔で言うと竜二は呆れ顔になった。


「よく言うぜ。誰とも親睦を深める気がないくせに」


「そこまでして俺に来させたかったなら、どうして林間学校の時の貸しを使わなかったんだ?」


問うと竜二はにやりと意地悪い笑みを浮かべた。悟仙は竜二がこの表情をする時は何か面倒な事になると知っていた。

しかし、竜二は具体的な事は言わず曖昧に言うだけだった。


「切り札は最後まで取っておく主義なんでな」






四限の授業が終わり、皆が昼休みに入るなか悟仙と竜二はちょうど四限の授業をしていた担任の教師に呼び出され、「今日中に出すように」とだけ言われて一枚ずつプリントを渡された。見てみると部活の入部届だった。悟仙が意味が分からず首を傾げていると隣で竜二が呆れたというようにため息を吐いた。


「やっぱりな」


「何がやっぱりなんだ?」


問うと竜二はどこか嬉しそうな顔をしていた。


「うちの学校、全員部活の入部強制なんだよ」


悟仙が全く知らない事だった。家に近いというだけの理由でこの学校を受験した為、どういう学校なのかなど知ろうともしなかった。


「じゃ、とりあえず学食に行こうぜ」


悟仙は何がとりあえずなのか分からなかったが特に拒む必要もなかったのでいつも昼食に利用する学食に向かった。


学食に着くと生徒がごった返す中を竜二はするすると迷いなくその間を縫っていく。悟仙は何となく竜二に着いていくとそこには見知った顔が二人いた。


「確保できたぜ!」


「やっぱりそいつなのね………」


「私も何となく陸奥くんのような気がしてました」


その二人は額に手を当てうなだれている夏子とにっこり笑う麻理だった。


「これは何の集まりなんだ?何となく予想はつくが」


その二人を一瞥する悟仙に、竜二はの予想通りの事を言った。


「お前には、俺と一緒に夏子達の部活に入ってもらう」


「理由はなんだ?」


竜二の代わりに夏子が答える。


「あたしと麻理が文芸部に入部しようよ思ったんだけどね、部員が一人も居なかったのよ。一人もよ!一人も!」


「俺に文句を言うな。俺は関係ない」


激昂する夏子に言うと、夏子が少し落ち着いた様子で続ける。


「それでね、先生に聞いたら部員が四人以上いないと部として活動させられないって言われちゃってね、それで竜ちゃんに、竜ちゃんとあと一人入部させる男子を選んでもらってたの」


「なんで男子なんだ?女子でも良くないか?」


不思議に思って聞くと夏子が突然慌てだした。


「そっそれは、ほかの女子が入ったら竜ちゃんがその子と……じゃなくて!竜ちゃんが可哀想だからよ!」


「いや、だから俺が言いたいのはもう二人女子を集めれば良かったんじゃないかというこ」


「細かい事はどうでもいいの!とにかく、あんた入るの?入らないの?」


大きな声で悟仙の言葉を遮った夏子の隣では麻理が苦笑いしていた。


「それなら答は決まっている。俺は入部しない。部として認められるかどうかなど俺には」


「関係あります!とは、言えないですね。すみませんでした。無理なお願いをしてしまって」


麻理は最初こそ切迫した表情で悟仙の言葉を遮ったがその表情は次第に暗くなり、俯いてしまった。

すると、そんな麻理に竜二が明るく声を掛けた。


「まあまあ、井上さん大丈夫だよ。悟仙は必ず入部するから」


「大した自信だな」


言うと竜二は得意気に胸を張った。


「ああ、お前には貸しが一つあるからな」


「それならダメだ。あれくらいの借りでどうして部活に入部しなければならない。部活は三年間もあるんだぞ?」


言っても竜二は慌てなかった。悟仙がそう言うことは予想していたらしい。腐れ縁も考えものだ。


「あれくらいだと?考えてみろ。もし俺達があの試合に勝って決勝戦に進んで、そこで活躍してたら黄色い声援の嵐だったんだぞ!完璧なスタートダッシュだったんだぞ!宮田を見てみろ!あいつは決勝戦で活躍したから女子にモテモテだろ?多分これから三年間ずっとモテモテだろうな!フィーバーだろうな!ということは、お前は俺から三年間のフィーバーを取ったと言ってもいいんだよ!」


竜二が熱く語り終えると、夏子が冷ややかな笑顔を竜二に向けた。


「へぇ~、竜ちゃんはモテモテになりたかったんだ?フィーバーしたかったんだ?」


竜二は冷や汗を流しながらも弁明する。


「いや、違う!そういう意味ではなくてだな」


「じゃあどういう意味よ!」


近くで言い合いを始める二人を見て悟仙はため息を吐いた。


「分かったよ。入部する」


「本当か!?」


夏子に揉みくちゃにされながら竜二が目を輝かせた。


「ああ、どうせどこかに入部しなくちゃいけないんだしな」


そう言って悟仙は昼食のメニューを取りに行った。





☆☆☆





ようやく夏子の制裁が終わり、竜二が麻理に目を向けると麻理は浮かない顔をして悟仙が歩いて行った方を見ていた。


「どうかしたの?」


竜二が言うと麻理は浮かない顔のまま振り向いた。


「あんなやり方で入部させて本当によかったんでしょうか?」


どうやら、麻理は悟仙を無理矢理入部させたことわ気にしているようだ。


「それなら、大丈夫だよ。あんなむちゃくちゃな暴論をあいつが受け入れたって事は、あいつもまんざらじゃなかったみたいだからな」


「そうなんですか?」


「ああ、それに俺があいつに頼み込んで、あいつが今までに断ったことは一度もないからな」


そう言ってやると、麻理は納得したように頷きそして嬉しそうにまるで花が咲いたようににっこりと笑った。

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