第十七話
日付がとっくに変わってしまっている深夜、麻理は暗い部屋の中で布団に入って未だに盛り上がっているガールズトークに参加していた。
「うーん、やっぱり一番人気は宮田くんみたいね」
女子の一人がそう言うと皆が賛同の声を上げた。
先程から知りうる限りの男子生徒の名前を挙げてそのたびに批評する事を繰り返したが、ようやくまとまったようだ。宮田の対抗馬に竜二の名前も挙がったが隣の夏子が竜二の罵詈雑言をとうとうと語ったため、学年の一番人気は宮田になった。
すると隣から夏子の呆れたようなため息が聞こえた。
「何回も言うけどさ、あいつのどこがいいわけ?あいつが遊び人だって知ってるんでしょ?」
「宮田くんはそんな人じゃないと思うのよ。それはきっとデマよ!」
恍惚な表情で言う女子に他の女子も頷く。
すると頷いていなかった女子が恐る恐る手を挙げた。
「あのーあたし宮田くんと昔付き合ってたけど、結構遊んでたわよあの人、あたし以外にも彼女いたみたいだし」
「それを先に言いなさいよ!」
「何年の時に付き合ってたの?」
「どっちから告白したの?」
その場の女子が見事に食いつき詰め寄る。
麻理は余りのテンションの上がり方に目を白黒させながらそれを見ていた。
麻理はガールズトークというものに慣れていないためさっきから困惑しっぱなしだった。
そのため、男子に対する批評は一切口にしていない。
ちなみに、悟仙に対する女子の評価は今のところ
「よく分からない」というものだった。
余りの食いつきに後ずさっていたが、先程の女子が口を開いた。
「中二の時にあたしから告白したの。二カ月で別れたけどね」
「そ、それで本当に遊び人なの?」
「そうね。あたしと付き合ってた時も二股してたみたいだし」
事もなげに言うその女子に麻理は驚いた。芸能人が二股されたなどはテレビで見たことがあるが、こんなに身近にいるとは思わなかったのだ。
「あの、二股してたから別れたの?」
たまらず聞く麻理に、その女子は首を振った。
「ううん。そういう訳でも無いかな。遊び人だって知ってたし」
「それだけ好きだったってこと?」
「うーん、そう聞かれると、好きだったような気がするし、違ったような気もする」
麻理は意味が分からなくなった。二股されても付き合っていたということは、それだけ好きだったということだと思ったが違うようだ。混乱していると、夏子が優しく肩に手を置いてきた。
「麻理、あんたはああいうのに染まっちゃダメよ」
「何よ、宮田くん結構格好いいから付き合ってたの。
今時の恋愛なんてそんなもんでしょ?」
「あたしは麻理に今時の恋愛なんてして欲しくないの!」
夏子が麻理を掻き抱きながら言う。
すると、別の女子が口を開いた。
「でも宮田くんってあの一歩引いた感じが良いのよね」
「そお?中学の時はそうじゃなかったけど」
夏子と言い合いをしていた女子が首を傾げて言った。
「高校生になったからイメチェンでもしたんじゃない?」
「それなら、もう変えて欲しくないな。何かクールって感じで格好いいし」
興味なさげに言った夏子に対して一人がそう言うと、皆は何度も頷いていた。
そんな中で麻理は夏子の腕の中で首を傾げていた。
麻理は宮田に対してそんなイメージを持っていなかった。最初は優しい人だと感じていたが、係会議での一件以来それもなくなっていた。
「決勝戦も大活躍だったし」
「あっ、それ!」
「格好良かったよね~」
その会話を聞いて、バスケ大会のことを思い出す。
準決勝での宮田のチームのラフプレーは明らかに不自然だった。宮田以外のメンバーがしていたのもそうだし、行きのバスで皆を黙らせる程の発言力を持っているのに宮田は味方に注意すらしなかった。
そのせいで、悟仙達のチーム、特に悟仙はボロボロだった。麻理は保健係という権限を使ってギャラリーに上がってきた悟仙に手当てをしようと思ったのだが、悟仙は「負けたんだから、もう関係ない」と言って床に座り込んでしまった。するとそんな悟仙に非難の目を向ける者もいた。終盤に急に動かなかったことに対してだろうと麻理は思った。そのことに何となく腹が立った麻理は悟仙の隣に腰掛けて決勝戦を観戦した。隣で悟仙が嫌そうな顔をしていたが、知らないふりをした。
結局宮田達のチームが優勝して、皆唯一ラフプレーをしなかった宮田を褒め称えたが、麻理は何となくそんな気になれず隣の悟仙を見ると呑気に拍手を送っていた。
「女子に興味ない男子なんてそうそう居ないよね?」
「だから、それはキャラだって言ってるでしょ!」
「高校生になって本来の宮田くんになったかもしれないでしょ!」
麻理が回想している間にもガールズトークは続いていた。
「あの、女の子に興味がない人なら陸奥くんもそうだと思うけど」
麻理がおずおずと言うが、女子達の反応は薄かった。
「陸奥くんっていつも竜二くんと一緒にいる男子のこと?そうだっけ?」
麻理からすると、悟仙のほうが女子に、または他人に興味を示していない印象が強いため宮田に対してそう感じなかった。
「そんな事よりさ、私気付いたことがあるんだけどさ宮田くんって何か麻理ちゃんに気がありそうじゃない」
「なっ!」
絶句したのは夏子だった。ぎこちなくこちらに向けてきた顔には焦りの表情があった。
「それあたしも思ってた!」
「確かに麻理ちゃんには妙に優しかったような気がする」
「うわー!麻理ちゃんだけ大事にしてるって感じで何か良くない?」
騒ぐ女子達を尻目に麻理は不思議に思っていた。
宮田は女子に興味が無かったんじゃないだろうか。
そして、宮田と付き合う自分の姿を想像し身震いした。
「私は、宮田くんの事を好きになれそうにないな」
麻理が苦笑いを浮かべて言う。隣で夏子がガッツポーズをしていたが、麻理は気づかなかった。
「え!なんでよ?」
「相手は宮田くんなのよ!?」
麻理の発言に対する抗議は夜が更けてもなお続いた。
「体大丈夫なんですか?」
翌朝、帰りのバスに乗り込む悟仙の動きがぎこち無かったので麻理が後ろから聞くと悟仙が煩わしげに振り返った。
「大丈夫だ。ただの筋肉痛だからな」
後ろで竜二が腹を押さえて笑いを堪えているのを見る限り本当のようなので麻理はそれ以上は何も言わなかった。
バスに乗り込むと麻理は夏子と竜二に促され一番後ろの右端に座る悟仙の隣に座った。
「えっと、隣いいですか?」
もう遅いと思いながらも尋ねると悟仙は何も言わず軽く頷いた。
バスが出発するとすぐに悟仙は寝息を立てて眠ってしまった。さっき嫌みを一つも言わなかったことを考えると、本当に眠たいようだ。
バスは山道に入り、大きなカーブ続いた。
すると、左端に座っていた男子が大袈裟に右
座る友人にぶつかり、将棋倒しのようになった。
「きゃっ!」
たまらず麻理も右の悟仙にぶつかってしまう。
悟仙は不機嫌そうに目を開き麻理を睨んできた。
「す、すみません。起こしてしまって」
麻理が頭を下げると、悟仙はちらりと麻理の奥に見える発端の男子に目を向けるとため息を吐いた。
どうやらそれだけで察したようだ。
「あんたは」
「井上麻理です」
麻理が笑顔で遮って言うと悟仙は何か言い返してくると思ったが、眉をピクッと動かしただけで渋々言い直した。
「井上は俺の隣に座っているところを見ると俺のことをそこまで嫌ってないのか?」
「えっ!?は、はい陸奥くんのことは嫌ってません」
いきなりそんな事を言われ驚くが何とか言葉を紡ぐ。
「そうか。それなら、俺にピッタリくっついてくれ。
そうすれば衝撃が少なくて済む」
動揺している麻理に比べ、悟仙は冷静そのものだ。
その事に何となく腹が立った麻理はお望み通りくっついてやった。
するとすぐに悟仙は眠ってしまった。
珍しい機会なので悟仙の寝顔を観察した。いつもは仏頂面に眠たそうな目の悟仙だが、寝顔は意外と可愛い。
それを見ていると麻理に悪戯心が生まれた。
悟仙の髪を少し引っ張るが反応はない。
次に悟仙の太ももを指でつんつんとつつくと悟仙が目を見開いて飛び上がった。
「ご、ごめんさい。痛かったですか?」
麻理が突然の反応に驚いていると仏頂面に戻った悟仙は、頭をかきむしった。
「筋肉痛だと言っただろ」
「そ、そうでした!ううっ、失念してました。本当にすみませでした!」
申し訳なく思い謝ると悟仙は目が覚めてしまったのか、眠ることなく窓の外に目を向けた。
その後も麻理は悟仙にくっついたままだったため、学校に着く頃には麻理の顔は真っ赤に染まっていた。
バスから下りると悟仙が声を掛けてきた。
「山道が終わったら離れても良かったんだが……」
「なっ!はっ早く言って下さいよ!」
思わず大きな声を出してしまった麻理に対して悟仙はどこ吹く風だった。
そして、珍しく微笑みを浮かべて得意げに言う。
「別に、俺には関係ないからな」
「関係あります!」
こうして、無関係ボーイとおっとりガールの出会いから始まる林間学校は終わった。




