第十五話
昼休み、麻理は食堂で昼食めメニューであるうどんを食べていた。朝食とは違い、食べる相手は自由なため一緒に試合を観戦することも多かった竜二と悟仙も向かいの席で昼食を食べている。
「ほんっとに、悔しい!」
「まあまあ、相手も強かったし仕方ないよ」
隣で本当に悔しそうに言う夏子を宥める。
麻理のチームは四回戦で負けてしまった。相手のチームに現役バレー部員がいたため、歯が立たなかったのだ。
夏子は勢い良くうどんの汁を飲み干し向かいに座る二人を指差した。
「あんた達は絶対優勝しなさいよ。次って準々決勝でしょ」
「おう!優勝するぜ!」
竜二は胸を張って言うが、悟仙は何も言わずうどんを啜っている。
「でも、次の相手は物凄く強いんですよね?」
「そうなんだよな~」
麻理が問うと竜二が腕を組んで言った。
次の相手は確か五人中三人がバスケの経験者でどの試合でも大差で勝っている。
「弱気なこと言わないの。あんた達も十分強いんだから。それと陸奥!あんたはもっとやる気を出しなさい!一本もシュート決めてないでしょ!」
「勝ってるんだから別にいいだろ」
仏頂面で悟仙が言うと、三人の男子がこちらにやってきた。
「なぁ、二人とも練習しに行かないか?体育館が開放されているらしいんだ」
三人のうちの一人が言うと竜二が勢い良く立ち上がった。
「よっしゃあ!特訓だ!」
目を輝かせて言う竜二に反して、悟仙は心底嫌そうな顔をする。この後に言われることは、麻理でも予想できる。
「それじゃ悟仙も行こうぜ」
さっきとは違う男子が言うと、悟仙が口を開こうとする。
「それは」
「陸奥くんにも関係ありますね。皆さんが練習するのに、一人だけしない人がいるとチームの志気が下がりますから」
麻理が悟仙の言葉を遮って言うと、悟仙が言葉を詰まらせた。悟仙がこういう反応をするのは珍しい。
すぐに言い返せないのはやはり疲れているからだろう。
悟仙は渋々立ち上がると食器を下げて他の四人に連れられて食堂を後にした。
「仲が良さそうだね」
その光景に頬を緩めていると夏子が鼻息を吐いた。
「あいつは昔からああなのよ。社交性は無い癖に友達は結構いるのよね。あいつが友達と思ってるかは知らないけど」
確かにさっきの三人は親しげに悟仙に声を掛けていたような気がする。
「竜ちゃんは絶対あいつのこと悪く言わないし、この前なんか『俺が女だったら間違いなく悟仙に惚れてる』なんて言うのよ?あいつなんかものぐさだし、顔だってこれといった特徴も無いのに」
麻理は悟仙の顔を思い浮かべた。特徴といえばあの眠たそうな目だろうか。
その後二人で雑談をしていると悟仙たちの試合が始まる時間になったので体育館に行った。
準々決勝はやはり相手が強いらしく接戦になっていたが、相手チームの主力の三人の活躍もあって竜二達の必死の応戦も虚しく終盤に四点差をつけられていた。
そんな中、麻理はこちらが劣勢に立っている原因に気付いていた。
それは先程から悟仙のパスが通っていないことだ。
竜二以外の三人の消耗が激しい事もあるが、悟仙が
シュートを打たないことに気付いた相手チームが、悟仙にマークをつけなくなり余った一人を竜二のマークに加えたからだ。
「このままだと、あいつらとは試合できそうにないな」
隣からの声にそちらを向くと宮田が立っていた。
麻理は見ていなかったが、宮田のチームがこの前の試合に勝ったことは女子が興奮して騒いでいた為、耳に入ってきて知っていた。
どうやらこの試合に勝ったチームと準決勝で戦うようだ。
麻理が何も言わずに試合に目を戻すと、残り時間が僅かななか、悟仙にボールが渡った。
悟仙がスリーポイントラインの後ろでシュートモーションに入るが、相手チームの選手はフェイントだと思いそれを見ても悟仙にディフェンスをしない。
「また、フェイントかよ」
隣で宮田が呆れて言うが、麻理は悟仙の表情を見て違和感を感じた。試合中ですら、眠たそうだった悟仙の目がその時だけはつり上がっていたからだ。
「いや、フェイントじゃありません!」
麻理が確信を持って言うと、悟仙がシュートを打った。
やけに滞空時間が長く感じたそのボールはきれいな弧を描きゴールに吸い込まれた。
一瞬の静寂の後に会場中がどよめいた。
そんな中でも悟仙は表情をいつもの眠たそうなものに戻してふっと息を吐いただけだった。
「こんな時ぐらい、喜べばいいのに」
大きな声援のせいで誰にも聞こえない声で呟きながら麻理は本当に不覚ながら悟仙のことを少し格好いいと思ってしまった。
しかし、あと二点取らなければ悟仙達のチームは負けてしまう。
すると、相手チームも負けずに速攻を仕掛けてきた。
こちらの対応が遅れているうちに一気に攻め込みシュートモーションに入る。
しかし、後ろから忍び寄った悟仙がそのボールをはたき落とす。地面を弾んだボールが竜二の手に渡り、攻守が入れ替わる。
竜二がそのままドリブルで相手の陣地に切り込むが二人がかりのディフェンスにそれを阻まれた。
竜二が右に走ってきた悟仙にパスをすると、それを受け取った悟仙は右サイドをドリブルで駆け上がり、そのままシュートモーションに入った。先程のシュートを思い出したのか、それとも時間が残り数秒しかなくなった為このシュートさえ止めれば勝てると思ったのか相手は三人がかりで悟仙に飛びかかった。
しかし、悟仙はディフェンスが悟仙に辿り着く前にシュートを打った。
「あっ!」
しかし、ボールはゴールを大きく越えてしまった。
「ナイスパス!」
すると、悟仙とは反対側にいた竜二がそのボールを受け取りシュートを決めた。
そしてすぐに、試合終了のブザーが鳴った。
それを聞いた相手チームはうなだれ、悟仙達のチームはガッツポーズをしたり、ハイタッチをしたりしていた。
悟仙は近付いてきたチームメイトに肩を組まれ、嫌そうな顔をしていた。
「俺、あいつらに絶対勝つから」
それが可笑しくて笑っていると、宮田が言った。
「そ、そっか」
少し引き気味に言うと、宮田は下に降りて行った。
麻理は昨夜の一件以来、宮田の事がすっかり苦手になっていた。話し掛けられる度に豹変した宮田の悪鬼のような表情を思い出し、背筋が寒くなる。
それなら、悟仙の憎まれ口の方がよっぽど楽だ。悟仙に嫌みを言われ、腹が立つことはあるが不快感を感じたことはない。それに、優しい一面もあると知っているので、そんな事も何だか可愛いく感じる。
そんな事を考えていると、麻理は無性に悟仙の顔が見たくなり、下に降りていった。
☆☆☆
試合が終わり十分という短い休憩時間の中、悟仙は壁に背中を預けて床に座り天井を眺めていた。
「今回は寝ないんですね」
声のした方を見ると隣に麻理が立ち、にっこりと笑い掛けてきた。麻理の仄かに甘い香りが悟仙の鼻をくすぐる。
「十分しか無いからな」
「そうですか」
簡潔に主語を抜いて言うが、麻理は理解できたようでクスクスと笑いながら言う。
笑われたことに少し腹が立つが、今は言い返す気力すら惜しい。それに、麻理に笑われてもそこまで不快にならないから不思議だ。きっと麻理が纏うおっとりとした雰囲気が原因だろう。
時計を見ると、残り時間はあと五分だった。三分前には体を動かさなければならないので、実質二分しかない。そんな事を考えていると麻理が口を開いた。
「いつもみたいに、関係ないって言わないんですね」
「不思議か?」
「はい、不思議です。もっと適当にやると思いました」
「チームの皆が、本気で勝ちを望んでいるからな。同じチームになった以上関係ないとは言えない。出来ることなど限られているがな」
言いながら立ち上がる。もうすぐで三分前だ。
コートに入ろうとすると、後ろから麻理に声を掛けられた。
「あの、さっきはその、少し格好良かったです。それで、もう私はお腹一杯なので、無理して頑張らなくてもいいです。えーと、その、とにかく怪我だけには気をつけて下さい!」
言ってる事が滅茶苦茶だ。悟仙は麻理のお腹を膨らませるためにやっている訳ではないし、やれることをやっているだけで、別に無理はしていない。シュートをまだ一本しか打ってないので、むしろ楽をしている。
そう思ったが、麻理が余りにも切迫した表情で言ったため、頷いて悟仙はコートに入っていった。




