第十四話
麻理は体育館の二階にあるギャラリーで、下で行われているバスケットボールの試合を観戦していた。男女同時に試合をしているため、同じクラスの人がしている試合を全部見られる訳ではない。
トーナメント戦のため、負ければ観戦ができるが、麻理のチームは夏子が大活躍し、一回戦を勝ち進んだため、まだ落ち着いて観戦はできそうにない。
今、ちょうど悟仙と竜二が入っているチームの試合が始まった。
試合は風貌からして、スポーツができそうな竜二が予想通りシュートを決め続け、早くも相手を圧倒していた。
隣では夏子が大はしゃぎだった。
改めて試合を見ていて、麻理はあることに気がついた。
竜二が相手の選手からボールを奪うため、相手に攻めさせていないこともそうだが、こちらがシュートする前のラストパスは、ほとんどが悟仙によるものだった。
よく見ると、竜二のシュートがよく決まるためシュート数も多く見えるが実際は悟仙が他の余り運動が得意そうに見えない三人にも、均等にパスを出していた。
しかし、悟仙は全くシュートを打つそぶりを見せない。
「どうしてだろ?」
「ん?どうかしたの?」
ぽつりと漏らした言葉に、夏子が聞いてきた。
麻理が気づいたことを言うと、夏子は試合を見てそのことを確認し、納得したように頷いた。
「うん、確かにそうね」
「どうしてだと思う?」
「そんなの、楽するために決まってるじゃない」
夏子が当然のように言うが、麻理はそう思わなかった。
悟仙は竜二へのパスは楽に通しているが、他の三人へパスを出すときはドリブルやフェイントで相手をかわしてからパスを出している。
とても楽をしているようには見えない。
そんな事を考えていると、試合が終わり悟仙たちが上がってきた。
「いやー、勝った。勝った」
「もっと点差をつけられたでしょ」
意気揚々と帰ってくる竜二に夏子が言うが、顔は嬉しそうだ。
こうやって話す竜二と夏子を見ていると、お似合いのカップルに見えるが、本人達は否定している。
「お疲れ様でした」
そんな二人の後ろから相変わらずの眠たそうな顔でやってきた悟仙に向かって言うと、悟仙はちらりとこちらを見ただけで何も言わず、その場に横になり持っていたタオルを頭に被ってしまった。
「え、寝ちゃうんですか?」
近くにしゃがみ込んで言うが、反応はなかった。本当に寝てしまったようだ。
「こんな所で寝てたら、踏まれますよ」
そう言いながら、周りを見てみるが、二人がいる所は皆から離れていて人はいなかった。
このことを把握して寝ているあたり、悟仙らしいと麻理は思った。
すると、竜二と夏子がこちらにやってきた。
「もうすぐ二回戦が始まるわよ」
言われてバレーコートを見てみると、もうすぐ試合が終わりそうだった。
「そうだね。あっ、加藤くん、陸奥くんのことお願いします」
竜二は横になっている悟仙を見ると、苦笑を浮かべた。
「了解。何だか井上さん、悟仙の奥さんみたいだな」
麻理はそう言われ、顔が赤くなるが運動したせいだと自分に言い聞かせて平静を装うが、うまくいった自信はない。
「本当にだらしないわね。こいつ。麻理、こんな奴はほっといて試合に行くわよ」
「うん。それでは、陸奥くんの事よろしくお願いします。次の試合が始まるまで起こさないであげて下さい」
竜二にそう言って、麻理は先を歩く夏子を足早に追いかけた。
☆☆☆
夏子は荒々しくアタックを打ち、麻理は基本トスを上げるだけだが、時折相手の隙を突いて空いているスペースに落とす。
まるで、性格を表したようなプレースタイルだ。
それなら、悟仙はどんな性格なのだろうか。そんな事を考えながら竜二が隣の悟仙に目を向けると、悟仙がむくりと起き上がってきた。時計を見ると、試合が始まる三分前だった。
相変わらず、狂いのない体内時計だ。
「よく眠れたか?」
「ああ」
そう言って悟仙が大きな欠伸を一つして立ち上がった。竜二も体を預けていた手すりから体を離した。
階段を下りてバレーコートを見るともう試合は終わっていた。どうやら勝ったようだ。その証拠に夏子たちのチームは笑顔でハイタッチしていた。
すると、そこに宮田と数人の男子が近づき何やら声を掛けている。
「あいつ、井上さんにあんなに話しかけてたか?」
不思議に思って呟く。
この前まで宮田は他の男子とは違い、麻理に対して一歩引いていたような気がする。
まるで、皆とは違う姿を見せるように……。
「そういうことか」
そう考えると、宮田の狙いが分かり思わず声がでる。
宮田は他の男子が麻理に言い寄るなかで、自分は他の男子とは違って麻理に興味が無いことを彼女に見せていたのだろう。そして、多くの男子が告白して撃沈した後に悠々と麻理に近付く狙いのようだ。
林間学校に来てから、結構な数の男子が撃沈したと夏子が言っていたので今がチャンスなのだろう。
隣で欠伸をしている悟仙を見る。
竜二でも気付けたのだ。人間観察に長けた悟仙も当然気付いているだろう。
しかし、この狙いによって慣れない男子に何度も告白され、男子を普段より麻理に意識させて宮田が自分の勝率を上げていることを恋愛ごとに疎い悟仙は気付いてないだろう。
そう考えると、何だか悟仙に勝った気がして気分が良い。
「でも宮田よ、その作戦は失敗だ」
竜二は誰にも聞こえない声で呟き、駆け足でバスケットコートに入った。




