第十二話
多くの人が入れるように、二十人程度なら同時に入っても困らないくらいの規模の風呂場で、悟仙は肩まで湯に浸かりながら、今日一日を振り返っていた。
無事にウォークラリーのゴールに着いた後は、それぞれの班でカレーを作った。竜二達の作戦により、悟仙と麻理は二人で同じ作業をする事になった。
麻理はどうやら料理は得意なようで、手際がよくほとんどする事がないと思っていると「一緒にやって下さい。同じ作業をしてるんですから、関係あります」と言われた。
筋が通っているのかいないのかよくわからない理屈だったが、反論するとますます面倒くさくなりそうだったので、やめておいた。
仕方なく作業をしていると、麻理は宮田から「ちょっと手伝ってくれないかな?」と言われ、宮田の班に割り振られたテーブルに行ってしまった。麻理のお陰で作業はだいぶ進んでいたので悟仙は平気だったのだが、一人でいるところを夏子に見つかり、怒鳴られた。麻理が地図が読めなかったことを見抜けずに、迷ったことを本人以上に気にしていたらしく、いつにも増して殺気立っていた。
出来上がったカレーは割とおいしかった。
隣の竜二が立ち上がった音で、思考が切り替わる。
「そろそろ、出ようぜ」
竜二の言葉に辺りを見回すと一緒に入ったクラスの男子達はほとんどいなかった。
風呂から上がり、二つの班の男子が集められた計八人の男子部屋でくつろいで、ぼーっと天井を眺めていると、隣に一緒の部屋になった宮田が腰掛けた。
「そろそろ、係会議に行かないか?」
時計を見ると係会議という、各係の集まりが始まる十分前だった。
「そうだな」
立ち上がり、部屋を出て会議のある部屋に向かって歩くと、隣に宮田が並んできた。
「麻理ちゃんとは、友達なのか?」
「違うな」
即否定すると、宮田は苦笑いを浮かべた。
係会議があるのは、おあつらえむきに会議室のような部屋だった。中には数人の男女がいるが、どうやら女子は風呂が長引いているようで、女子の数が少ない。
特に何も話す事がなく、お互い無言で座っていると新たに遅れていたであろう女子が入ってきた。
その中の一人がこちらに向かってきた。
「すみません。少し遅れてしまいました」
こちらに向かってきた麻理は、まだ少し濡れている髪を後ろで一つに結んでいた。
「時間通りだ。遅れてはいない」
時計を見て言う。時刻はちょうど会議が始まる時間だった。
しかし、まだ担当の教師が来てないので始まりそうにない。
「あ、そうです。私、どうしても陸奥くんに確認したい事があるんです」
宮田とは反対側の隣の席に腰掛けて言う麻理
の表情はいつになく固い。
「なんだ?」
問うと、麻理は俯いて声を詰まらせる。
「あ、あのですね、陸奥くんはその、年下の女の子は好きですか?」
「どういう意味だ?」
意味が分からず言うと、麻理は俯いていた顔上げ、風呂上がりで少し赤くなった顔を近付けてきた。
「つまりですね!陸奥くんはその、年下の女の子を異性として好きなのか聞いてむがっ」
たまらず麻理の口を手で押さえる。こんなことを大勢の前で聞かれ、噂にでもなれば面倒なことと無関係でいられなくなる。
周りを見回すが、幸い誰にも聞かれてなさそうだ。
しかし、隣にいた宮田には聞こえていたようで、口をあんぐりと開けている。
「何をどう勘違いしたのか知らないが、俺は今まで異性を好きになったことは一度もない」
口から手を離しながら言うと、麻理は「あれ?やっぱり由衣の勘違い?」と呟いていたが、無視した。
「悟仙、ロリコンだったのか?」
宮田がようやく立ち直り、本当に愉快そうに笑いながら言ってきた。
「違うと言ってるだろ」
「でも、麻理ちゃんはそう言ってるぜ。ねえ、麻理ちゃん?」
話を振られ、麻理は困り顔になる。
「ねぇ、言ったよね?こいつがロリコンの変態だって」
宮田の雰囲気が変わる。麻理もその事に気付いたのか、さっきまで風呂上がりの為赤くなっていた顔が青ざめていく。
「もうロリコンでもシスコンでも何でもいい。お前には関係ないだろうが」
うんざりして言うと宮田の笑みはますます深くなった。
「え?このまま認めちゃっていいの?」
流石に少し不愉快になった悟仙は、宮田の弱点をつつく。
「お前こそ、いいのか?仮面が外れかかっているぞ」
麻理をちらりと見ながら言う。
怖くなったのか、青ざめて何故か悟仙の服の裾を握っていた。
宮田はようやく自分の失態に気付いたのか、ばつが悪そうに顔を背けた。
悟仙は宮田が仮面をつけている事など、林間学校が始まる前から気づいていた。竜二が言うとおり、人間観察が得意なのだ。
おおかた、皆が麻理に興味を持つなか、自分は余り興味がない風に装い、嫌みにならない程度の優しさで落とそうと思っていたのだろう。
そんな事を考えていると、担当の教師が部屋に入ってきた。
ようやく会議が始まるようだ。




