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第百話

節目の百話目!といってもエピソードは全く一区切りつきませんが……


これからもよろしくお願いします。

休日とは読んで字の如く休む日である。日頃の疲れを取り、翌日また勤労に励むための充電期間だ。学生の場合、それは週末や祝日であったりする。


悟仙はなるべくこの休日の法則を守り、週末はいつも外に出ず家でじっとしている。決して外に出たくない訳ではない。法則というものは守らなくてはならないのだ。


その法則は、季節が冬に近付き外が寒くなるほど強くなる。冬場は外に出ること自体に労力が要るため、休日はより休む必要があるのだ。


今は一月の下旬、季節で言えば冬真っ盛りだ。その週末、つまり休日に悟仙は近くの公園にいた。誠に不本意ながら。


「……寒い」


人っ子一人いない公園の中で悟仙はポツリと呟いた。時折吹き付ける風にブルッと肩を震わせる。時刻は昼過ぎ、一日の中では最も暖かい時間帯の筈なのに、雲が太陽を覆い隠しているためその恩恵は受けられない。


服はこれでもかと着込み、頭にはニット帽首にはマフラー手には手袋をつけ、靴下は二枚履いている。これだけの装備でも寒いのだから日本の冬は恐ろしい。地球温暖化はどこにいったのだろうか。


悟仙が環境問題にまで考えを巡らせ始めたとき、自転車のブレーキ音が聞こえてきた。見れば手を振りながら自転車をこいでいる少年が一人。悟仙の待ち人、三島優弥である。


「悪い悪い。昼飯が遅くなっちまってさー」


そう声を張る優弥はかなり薄着だった。ニット帽もマフラーもしていない。それなのに、全く寒さを感じさせない。そんな優弥に手を上げようとした悟仙は気付いた。今優弥が向かっているのは公園の入口だが、歩行者用の階段がある方だ。通常自転車はそことは反対側の階段がない入口から入ってくる。しかし、優弥は構わず階段の上から自転車で下り始めた。


「ひゃっほー」


すぐにバランスを崩すと思ったが、優弥は危なげなく器用に下ってみせた。流石は野球部エースというより、悟仙の目には手慣れたものに見えた。


高い音を鳴らし悟仙の前で自転車を止めると、優弥はあの人好きのする笑みを浮かべた。


「本当に悪いな。呼び出したのは俺なのに」


今日悟仙は昼前に目を覚ました。悟仙にとっては普段通りの起床時間だ。そこで、傍らに置いてあったスマホにメールが来ていることに気付いた。差出人は三島優弥で、昼過ぎに公園に来て欲しいという旨が書いてあった。


それを見てすぐ、悟仙は断ろうと思った。事実断りの文面を殆ど打ち終えていた。そこで思い出した。思い出してしまった。先日悟仙は優弥に声を荒げ、結果優弥は部活に来なくなった。元々仮入部であったし、一日で抜けるのが優弥のやり方でそれが三日間もいたのだ。悟仙のせいとは言えない。麻理もそう言っていた。


しかし、悟仙にはやはり後ろめたさがあった。その思いが、悟仙の指の動きを止めてしまった。


「遅れたことはもういい。要件は何だ?」


優弥のメールには要件が書かれてなかった。書いてないということは、直接会わないと済ませられない事なのだろう。


優弥は自転車の籠に入っていた手提げを持つと、中からある物を取り出した。悟仙も見たことがある、直近で言えば二ヶ月ほど前に見た物だった。


「キャッチボールしようぜ」


優弥が取り出したのはグラブとボールだった。なるほど、これは外でしかできないことだ。理解できるが、納得はできない。


「今やる意味が分からないんだが」


「肘の具合を見たくてさ。俺が肘を壊してること知ってるの陸奥しかいないんだよ」


「現役野球部の球なんか捕れない」


「いや、それはないね」


優弥の声は確信があるように聞こえた。


「陸奥、俺は十一月にあった球技大会で陸奥を見てる。だから、陸奥が野球が上手いことを知ってる」


「大して上手くない」


「謙遜はいいよ。陸奥達のチームは、確かに加藤と宮田が目立っていたし、事実活躍していた。けど、陸奥がいたから勝てた」


本人にそのつもりはないのだろうが、悟仙はじわじわと追い詰められている気がした。


「俺は悪目立ちしただけだ」


「いいや違うね。セカンドの守備も上手かったけど、何よりバッティングだな。あの雰囲気の中、よくバントができたよ」


「別に、大したことじゃない」


球技大会のソフトボールのルールは通常のそれと異なっていた。

試合はイニング数ではなく時間制で十五分、パスボールとワイルドピッチ、四死球、盗塁なし。

バントなしという項目はなかった。だから悟仙は何の躊躇もなくバントをした。悟仙の足はそれなりに速い。大概のバントはセーフになった。それをよしとしない暗黙の了解みたいなものがあったようだが、悟仙は気にしなかった。


「まあバントはルールに違反してなかったからな。けど、決勝のアレは確かに悪目立ちだったな」


そう言いながら優弥は楽しげに笑った。偶然手に取った本が大当たりだった時のような表情だった。


球技大会のルールが正式なものと最も異なっているのが、イニング数ではなく時間制なことだ。だから悟仙はある手法をとった。決勝の最終回、裏の攻撃二死、悟仙のチームは一点差で勝っていた。


悟仙はファールを打った。三分間、試合終了までずっと。


その結果、チームは優勝した。しかし、悟仙は相手チームから冷たい視線を受けることになった。


「なあ陸奥、何であんなことしたんだ?」


そう言って優弥がグラブを放ってくる。悟仙は咄嗟に受け取った。使い古された、きれいなグラブだった。それを見ながら悟仙は言った。


「チームが優勝したいと言っていたから」


「そうか」


悟仙がやったことはルールには反していないが、優弥のような野球人にはひどく汚いプレーに見えただろう。責められても仕方ないと思っていた。しかし、優弥はそれだけしか言わず、ボールを投げてきた。綺麗な弧を描いてそれが胸の前に置いたグラブに収まる。


「これ、硬球じゃないか?」


捕ったボールはずしりと重く、表面はゴムではなく皮のようなものだった。


「硬式野球部だからな」


「俺は素人なんだが」


「素人があんな事やったから、俺は陸奥に興味を持ったんだよ」


「物好きだな」


「野球をやっているやつなら、あの凄さに気付かないと嘘だ。物好きなら、もう一人いたけどな」


「もう一人?」


ボールを投げ返しながら悟仙は言った。硬式球はやはり重く、指によくかかる。


「俺は陸奥を見ながら、この凄さに気付いてる奴を探したんだ。でも、野球部の中にはいなかった。皆呆れ顔なだげだった。けど、一人だけ熱心に陸奥を見てる人がいた」


そこまで聞いて、悟仙は一人思いつく者がいた。


「井上か」


優弥は目を丸くした。


「気付いてたのか?」


「いや、気付いてはいなかったが、まあ……」


先日麻理に言われたことを思い出し、悟仙は何と言っていいか分からず言い淀む。


「こんにゃろうっ」


そう言って投げたボールは今度は真っ直ぐ悟仙のグラブに収まった。バシッという音が鳴る。


「そんなことで、俺に興味を持ったのか?」


山なりに投げ返しながら、話を変える意味も込めて悟仙が言うと、優弥が曇り空に目を向けたまま捕った。


「うーん、まあそんなとこかな」


「それで文芸部に来たのか。随分気分屋だな」


「そうだったんだけど、気分が変わった」


宙を見つめたままそう言ったかと思うと、優弥は急にこちらを向いてボールを投げた。今までとは違う、速い球だった。ボールは一直線に胸ではなく左肩の上あたりに向かってきた。悟仙がそこにグラブを持っていこうとしたその時、突然ボールの軌道が曲がり、悟仙の胸に方向を変えた。


「っ!」


慌ててグラブの位置を戻した悟仙は何とか捕ることができた。先程より大きな音が鳴る。


「何だ、今の」


優弥がにやりと笑った。


「スライダー」


「俺は素人だぞ」


「でも捕った」


「あのな」


「反応がいいことは知ってたんだよ。野球部の打球も普通に捕ってたしな」


この男は野球を通して悟仙のことを一体どれだけ知ったんだろうか。もしかしたら、悟仙自信が気付けていない事まで知っているのかもしれない。


捕れることを優弥が知っていたとしても、悟仙はそうではない。流石にひやりとした。じろりと優弥に恨めしげな視線を向けるが、優弥は何か考え事をしているようでこちらを見ていない。


少しの間沈黙していた優弥は突然ある提案をしてきた。


「陸奥、俺と勝負しないか?」


「勝負?」


「ああ、一打席勝負、それで陸奥が勝ったら俺は野球部に戻る」


悟仙は思った。野球部の人間は、いつも唐突だ。

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