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第十話

その日の放課後、竜二は悟仙と並んで自宅へと帰っていた。

悟仙の家とはたいして近い訳でもないが、帰る方向が同じ為一緒に帰ることが多い。いつものように竜二が話を振り、悟仙がそれに応対するという形で会話しながらその日も帰途についていた。


「なあ、今日の昼休みお前と井上さん宮田と話してなかったか?」


「ああ、少し話した」


ふと気になって聞くと悟仙が前を向いたまま答えた。


「何の話をしたんだ?」


「保健係の話を少しな。何か係長になったとか何とか」


興味なさげに答える悟仙の方を軽くにらむ。


「大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫なんじゃないか?ただの業務連絡みたいなものだったような気がするし」


「ような気がするってお前な……」


言って思わずうなだれてしまう。

昼休みの夏子との作戦会議で最も注意しなければいけない人物は宮田だと決定した。宮田は女子の扱いがものすごくうまい。中学のときに彼女がたくさんいたことからも、それがわかる。


確かに麻理は、あの悟仙を言い負かす辺りから考えて、普通の女子ではないだろう。

しかし、相手はあの宮田だ。注意するに越したことはない。


一つ気になることがある。夏子も言っていたが、宮田が未だに麻理に対して何のモーションもかけていないのだ。麻理のことは余り好みではなかったのだろうか。いや、ありえないだろう。麻理は、間違いなく美少女だ。学年一と噂されているが、それも頷ける。

少ししか話した事がないが、悟仙と口論になった時を除くと、落ち着いた物腰で品があり、性格も悪くない。


それに、宮田は可愛いと噂される女子を自分のものにして、優越感を得るタイプだ。そんな奴が麻理に言い寄らないのは不可解すぎる。


「じゃあな」


そんな事を考えていたら、もう悟仙との別れ道まで来てしまったようだ。声のした方を向くと、悟仙はこちらに背を向けてスタスタと帰っていた。

何か言おうと思ったが止めておく。悟仙はたまにしか働かないが、与えられた役割はきちんとこなす男だ。竜二と夏子でフォロー出来ない所は悟仙に任せて大丈夫だろう。

心配なのは悟仙が恋愛に対して疎いことだが、それは今に始まったことではないので、考えないようにする。


ふっと息を吐き、竜二は再び歩き出した。




☆☆☆




次の日、つまり林間学校前日の夕方、悟仙は自分の部屋で荷物の準備をしていた。


すると、ノックもなく部屋のドアが開き姉の葉子が部屋に入ってきた。


「準備終わったの?」


「もう少しで終わる」


答えると葉子がにやっと笑った。何か面白い事でも見つけたようだ。


「高校は楽しい?」


「普通だ」


「彼女とか作る気ないの?あんた、今まで彼女とか出来たことないでしょ」


「作る気は今のところない」


人間の心とは移り変わっていくもので、ある日突然彼女が欲しくてはたまらなくなるかもしれない。

今のところと言ったのはその時の為の保険だ。


「あんた、まだ引きずってんじゃないでしょうね」


さっきとは打って変わり真面目な顔で聞いてくる。


「それはない」


とは言い切れない。心中でそう付け加える。

少なくとも、あの口癖が直らない限りは引きずっていると言われても否定できない。


葉子はため息をついて、そのまま出て行こうとするが、不意に振り返った。


「あ、そうだ。それ終わったらまたおつまみ買ってきて。あんた、意外とセンスあるし」


あれは自分で選んだんじゃないと言おうとしたが、それを言うと面倒くさくなりそうなのでやめておいた。







林間学校の準備を終えて、この前のスーパーに入りおつまみコーナーに行く。

葉子には、この前とは違うのがいいというリクエストがあったが、まずこの前買ったものが思い出せない。

確率は低いが、もし同じもの買ってきたら葉子が何をするか分からない。


「また、会いましたね」


つい先日と同じように声を掛けられ、またかと心中で呟きながら振り返ると案の定そこには井上麻理がいた。


「またお使いですか?」


「そんなところだ」


言うと麻理はにっこりと笑った。


「林間学校に行っている間はお使いにも行けませんから、多めに買っておいた方がいいと思います」


「そうだな。ところで、前に買ったやつ以外で、他に何かお勧めはあるか?」


麻理は知らないかもしれないが、悟仙は明日から多大な労力を麻理のために使うかもしれないのだ。

これくらいは有効利用させてもらっても良いだろう。


麻理は少し考えていたが、並べられた品物の一つを指差した。


「それなら、あれですね。あれも、父のお気に入りです」


麻理の父親と葉子の味覚が同じであることを祈りながら少し多めに手に取り、振り返ると麻理は満面の笑みを浮かべていた。


「明日の林間学校、楽しみですね」


「そうか?」


林間学校など小学校でも中学校でも経験している為、悟仙は学校行事という認識しかないが、麻理は違うらしい。

竜二が言うには、麻理はお嬢様学校に通っていたらしいので、その時は余り経験しなかったのだろう。


「はい、楽しみです。皆さんと仲良くなりたいので」


その元気な言葉を聞いて、悟仙は頭を抱えたくなった。


井上麻理はものすごく可愛い。というのが竜二の言葉だ。悟仙は顔なんて首の上についていればいい程度の認識だが、皆は違うようで今も握り拳を作って力説している麻理をすれ違う人が、ちらちらと見ている。


そんな奴が皆と仲良くしようとすれば何が起こるかなど、容易に想像がつく。

その時はきっと竜二と夏子だけでは手に負えなくなり、悟仙も働かなくてはならないだろう。


麻理の輝く大きな目を見ながら、悟仙は

おつまみの袋を握って、ため息をついた。





☆☆☆





長女の麻理を夕飯の買い物に出した後、麻理の母である律子りつこは、リビングに置かれたテーブルで、次女の由衣と一緒に明日から行われる林間学校のしおりを開いた。

どうしても、先日家に来なかった男子のことが気になったのだ。


麻理は、親の贔屓目を無しにしても可愛い。

若い頃の自分も十分可愛いと思っていたが、それよりも遥かに可愛い。


だから、先日麻理が連れてきた男子生徒で、夏子の彼氏と思われる男子を除いて皆が麻理に対して色目を使っていたのにいい気分はしなかったが、当然の事だと思う。胸も意外と大きいし……。


しかし、だからこそ家に来なかった男子生徒が気になるのだ。彼女がいたり、特別な性癖を持っているなら納得できるが、そうじゃないならとんだ珍品だ。


そんな事を考えながら、しおりの班員の名簿を見る。

家での会話を二階からでも聞こえていた為、その男子生徒以外の班員の名前は全員覚えている。

麻理に直接聞かなかったのは、妙な勘ぐりをすると、たまに鋭いことがある長女に不審に思われるかもしれないからだ。

それに、こういうのは自分で調べたほうが面白い。

もう一つ付け加えると、共学の高校に通わせることは夫の反対を押し切って律子が決めたことだ。

麻理が変な男と付き合ったりしたら、夫に何を言われるか分からない。


麻理の班の名簿から目的の人物を見つける。


「むつ ごせん……ね」


呟くと隣でしおりに視線を落としていた由衣が勢い良く顔上げて、その幼いながらも姉と同様整った顔を向けてくる。


「それ、むっちゃんだ!」


「むっちゃんって、あんたが迷子になった、じゃなくて学校まで連れて行ってあげたっていう人?」


「うん!」


律子はこの前の日曜日に、由衣が言っていた話を思い出す。

子供扱いされることを嫌う由衣を迷子から案内人に誘導するとは、なかなかのお手前だと思ったものだ。


これは直々に会ってみたいと考えていると、玄関の鍵が開く音がする。

どうやら麻理が帰ってきたようだ。


「ただいま」


リビングに麻理が入ってくると、由衣がたまらず麻理に飛びついた。


「おねえちゃん、むっちゃんと友達なの!?」


問われ麻理は、まだよく意味が分からないのか首を傾げた。


「……へ?」

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