閑話2・During Set‐up
その日の、夜。
「……ああはい……ええ、分かってます――はい、はい、では」
ピッ、と。
24階建てのビルの中、15階にある部屋の中で、声の主は見た目よりも大人びた表情を浮かべ、きびきびと電話の相手に答えた後に通話を切った。
身長・150程度――いや絶対150に届いていない声の主である少女は、着ていた白衣が邪魔なのか一度乱暴に白衣を引っ張ってから定位置の椅子へ座った。すかさずお茶を出してくる少女より身長も年齢も高い男性に、溜め息混じりの礼を述べる少女。
「また政府ですか、女史?」
「ええ。また、よ。全く、煩いったらありゃしない」
苦笑しながら正解を言い当てる男性――柳沢に、女史と呼ばれる少女はヒラヒラと手を振って答え、長時間の電話で乾いた喉をお茶で潤した。実に気の利く男性である。
「しかしまぁ、政府の疑念ももっともだと思いますけどね。彼らにとっては、私達の発明は目の前に垂れ下がる餌でありながら、同時に強い毒がある」
「ツアー社やCH社の言いなり状態の政府なんて無いも同然よ。それだったらいっそその2社が政治を担当すればいいんだわ」
「おお、手厳しい。ですが開発者だからこそ、発明品――《ORS》が世に出ればどう言う事が起こりえるのか分かるでしょう。それによって、政府が危惧する原因も」
「……そりゃあね」
苦い者を飲んだ様な、そんな表情で手の中のカップを見つめる少女。
そんな見た目よりも年齢は上に感じる様な言動の少女が押し黙る中、その少女にこちらは見た目通りの反応をする者が1人。
「女史~、データを回収した《サポートキャラ》達帰ってきましたよ~?」
「……神酒、お前せめて空気読んでもう少しマシな行動取れ……」
「あ~? あぁ、悪い?」
「そこは疑問系じゃないだろう!?」
謝ったもののまだ首を傾げたままの神酒と言うまさに「脳筋!」と言った顔をした白衣を着るのにもの凄く似合わなさそうな男性の言葉に一昨日に続き頭を抱える柳沢はさておき、神酒はズイ、と少女の前にデータを示したタブレットを滑らせた。柳沢の心労が増えた瞬間である。
別に少女が座るデスクにはパソコンがあるので、そちらでもデータは見れたのだが……神酒が渡してくれたし、と少女は表示されたデータをスライドさせて見ていく。ちなみに、データは36人分――全部詳しく見れば1時間はかかる量だったが、少女はものの10分で終わらせ顔を上げる。
「まぁ、最初にしては上々な成績の人が多いわねやっぱり」
「確かに身体能力が高い奴が多いっすよねぇ」
「《能力者》なんてそんなものだろう、――っと、すまん」
少女の独白に神酒が反応した所で、此処まで全く無言を貫いていたこの部屋に居る人物の残り1人――鶯、と言う名の男性がそう漏らし、何故かすぐに謝った。その謝罪の対象だった少女は、「気にしてないわよ」と切り捨て、次に《サポートキャラ》達の情報を見ていく。
信じられない様だが、此処に居る少女、柳沢、神酒、鶯の4人――
――この4人こそ、《ORS》ならびに《RWO》を開発した張本人であり、この会社――『フェニックス社』の中枢メンバーである。
「……ふーん、《サポートキャラ》達もしっかり仕事してるわね。普通のAIじゃないから、少し心配だったけど……」
「ID:DCC/01が、しっかりと《サポートキャラ》達をまとめてくれてる様です。元々、彼らの中でのリーダー格でしたからね」
「おい柳沢、ちゃんと名前貰ってんだからそっちで呼べよ。それと彼らじゃなくて彼女達だろ」
「そう言ういつも抜けてる癖して細かい所つつく性格どうにかしてくれよ本当に……」
「諦めろ、柳沢。神酒は、こう言う奴だ」
「……はぁ」
先刻から頭痛がする様で、片手を米神から離さない柳沢に年相応の笑顔を見せた少女は、やがてタブレットの電源を切ると、
起動していた《ОRS》を動かし、空中に浮かんでたホロウィンドウをタップして、一声だけ3人に声をかけた。
「それじゃ、私ちょっと《サポートキャラ》達の様子を見てくるわ」
「あ、はい、いってらっしゃい」
代表して柳沢が答えると、数秒も経たずに少女の体から力が抜ける。
それを確認した上で、男3人は先刻の言いあいでの軽さなど消えた真面目な顔で――溜め息。
「……全く、休もうとしねぇな、女史は」
「ああ。昨日来る前に仮眠は取ったらしいが……下手すれば僕らよりも寝てない」
「開発主任なんだから、別に俺らにまかせっきりにすれば良いってのに」
「まぁ、フルダイブ中は体は完全に寝てるのと同じだし、少しはマシになるかなとは思うけど……」
「いやだからって、しっかり寝なくて良い訳じゃねぇだろ。それ結局脳は起きっぱなしって事だし、何処かで寝ねぇともたねぇぞ」
「それならお前が女史に言うか鶯?」
「勘弁。面倒くさいキャラは神酒で十分だし、そう言うのを言うのはお前の役割だろ、柳沢」
「おいお前ら、言いあいしてる暇あったら女史に毛布かけてやれよ全く……気が回らないな」
「「お前が言うな」」
半眼でそう言い彼女に毛布をかけてあげる神酒に、残り2人のつっこみがかかる。何だかんだで中の良い3人だ。かく言う彼らも、昨日に《ORS》が完成するまでは不眠不休でかれこれ3日弱寝ておらず、その前も4日徹夜と言う強行軍だったが、そんな事はお構い無しらしい。
どうやら(少女の身体的面に関してのみ)面倒見の良いらしい神酒は、先刻のチャラさなど欠片も無い様子で、
「しかし良い子だよなぁ女史って。俺が柳沢のセリフ被らせても反応してくれるし」
「いやお前のはふざけてるだろ!」
「? ふざけてるんじゃないっての、女史を少しでも笑わそうとな?」
「こ……こいつ……!」
……しかしやはり天然なチャラ男らしい神酒のセリフに、頭を抱えた柳沢の頭痛はとどまる事を知らなさそうだった。
◆◇◆◇
一方、そんな事を現実サイドで言われているとは露ほども思っていない少女は――と言うと。
「デ、貴女達ハドウダッタノ?」
≪普通に楽しかったですヨ。外に出るのも久し振りでしたシ≫
透明な、何処までも何も無い――ただ壁も天井も無い、何処までも透明な地面が続く場所で、フワフワと周囲を浮かび飛び回る妖精達の1人とと会話している、ゴシックロリータの紅い少女。
会話している妖精の方を《サポートキャラ》ID:DCC/01と言う通し番号の振られた妖精で、少女の方を鳳と言う、昨日の夜《ORS》並びに《RWO》の被験者たちに説明していた人物だ。
……と言うか、鳳は女史と呼ばれていた少女だった。
口元だけ露出した仮面を被り、掌サイズの妖精達を侍らせる姿は正に妖精の使役者的な雰囲気満載だ。此処がファンタジー然とした森の中だったらなおそう見えた事だろう。
しかし当の少女はそんな事も思わず《サポートキャラ》達のリーダー格である『DCC/01』を肩に乗せ、座ったまま今日の情報を交換していた。
「現実トノリンクニ違和感ハ無カッタカシラ?」
≪はイ、大丈夫でしたヨ。被験者様方のお付けになられている《ORS》で取り込んだ情報から演算し構築するスピードも問題ありませんシ、問題なく対応出来ましタ≫
「ナラ良イケド……ヤッパリ時間ガカカッタワネ、基礎測定」
≪仕方ないでしょウ、普通のゲームならステータスは運営で決めてしまえば良いですけド、あくまで《RWO》は現実準拠のゲームなんですかラ……と言うか、そうしたのは鳳様でしょウ?≫
「仕方ナイデショウ、《能力者》ノ地位向上ガ目的ナンダカラ……《能力者》ノ《能力》ハVR空間ダト発動出来ナイシ……」
時折愚痴を混ぜながら、先刻神酒から渡された情報では分かりにくい事を対話で解決していく2人。そんな2人は、ふと会話はこんな所へ逸れた。
「フム、被験者達ノ反応ノ方ハ?」
≪他の《サポートキャラ》達から聞く限リ、どの人達も対応さえ間違えなければ大人しい方々が多いでス。……もう少し粗野な人達が多いのかと思っていましたけド≫
「《能力者》ナンテソンナモノヨ。誰モ彼モトラウマトナルホドノ経験ト引キ換エニ手ニ入レテイル《能力》ダモノ……ソンナモノヲ、無理ニ振リ回セル程ノ胆力ガアルナラソモソモ《能力》ナンテ手ニ入レテナイワ」
≪……流石、当人が言うと説得力ありますネ≫
「……」
『DCC/01』の言葉に押し黙る少女。数秒経って開いた口から流れ出た言葉は、電子音声化されているにしては悲しげに聞こえた。
「……私ノ《能力》ナンテ……大シテ役ニモタタナイワヨ。貴女達ヲ今ノ状態ニシカ出来ナイ……ソンナモノナンダカラ」
≪……≫
彼女の独白に、『DCC/01』も数秒黙り込んだ。少女の周囲を飛び回っている妖精達も、彼女の言葉は聞こえていたらしく陽気に飛び回るのを止め、気遣わしげに2人の様子を窺っている。
数秒の緊張を破ったのは、妖精の方だった。
≪……そんな事無いでス。少なくとモ、それすらなかった場合、私達ハ――……≫
「言ウベキ事デハナイデショウ、ソノ先ハ。……オ互イ様ナンダシ」
≪……そうですネ。でモ、私達は貴女に感謝していまス。それだけは忘れないで下さイ≫
「……エエ、ソウネ」
辛気臭い話は此処で終わり、と一度頬を叩いた(仮面で遮られ満足に出来ていなかったが)少女は、クルリと周囲を見回しこの場に居る妖精全員を視界に入れて、唯一見えている口元に心からの笑みを浮かべた。
「サァ、明日カラガ本番! 皆忙シクナルトハ思ウケド、私モ頑張ルカラ……皆モ頑張ッテネ!」
≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪ハイ!≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
キーン、と耳鳴りがしそうなほど揃った応答がおかしいのか、クスクス笑う少女は年相応の無邪気さで――人間なら彼女と殆ど変わらない年に見える妖精達は、そんな彼女にそれぞれ挨拶しながらその場から消えていく。大方、実体化するのを止めデータの海へ一旦戻ったのだろう。
最後まで残った『DCC/01』――いや、ナノは、少し離れた所で待機している『DCC/02』――サキをチラリと見て少し表情を思案顔にした。そして、考えていた事をそのまま口にする。
≪鳳様≫
「何?」
≪……私と『DCC/02』は別々の所へ配属されるのではなかったのですカ? 私と彼女は《サポートキャラ》達の中心と言って良いと自負してはいますシ、情報処理能力も私と『DCC/02』がこの中でもトップでス。経験している時間も量も一番だからこその結果ですガ、だからこそ重要度の高い人へ配属されると聞いていたのニ――つまりテスト中会えない様な場所に配属されると思っていたのですガ……今日、彼女を見かけた時は驚きましたヨ?≫
「ン? アア、ダカラ、ヨ」
≪?≫
首を傾げる『DCC/01』。その反応に、懐かしむ様な雰囲気を浮かべながら、少女はは視線を別の方向を向けて呟く様に言う。
「1番チャント2番チャン――ウウン、ナノチャントサキチャンガ担当スル人ハ、カナリノ重要度ガ高イ人。ダカラ、ソウ配属サレタ。タダ2人ガ近クニ居タカラ、鉢合ワセシタダケ――ソレ以外ニ、理由ガ要ル?」
≪……いエ、失礼しましタ。見た目大してVIPにも見えなかったものデ……確かに強い《能力》でしたガ、それだけの様に見えましたシ……≫
「ナラ、良イヨ。ホラ、2人トモモウオ休ミ?」
≪はイ、そうしまス≫
フワリと一礼し、少女の言う通りに待っていた『DCC/02』に先を促し姿を消そうとした『DCC/01』。――が、その寸前で振り返り、ポツリと言う。
≪……それト、鳳様≫
「ウン?」
≪仕事、担当していた分はともかく、鳳様が担当していた筈の分まで押し付けるのは止めてくださいヨ……ネ?≫
「ウッ」
思わず言葉に詰まった少女に、『DCC/01』はしてやったりと笑って、今度こそ姿を消した。
誰も居なくなった空間で、ログアウトする為ホロウィンドウを弄りながら、少女も少女で一言。
「……私ダッテカナリ手一杯ナノヨ……」
以上です。
……前回の投稿からの時間差がほとんど無い件については活動報告の方で……って、またこの文句書いた気がする。
ま、まぁ今回は息抜き回ですし、息抜きしつつ読んでください。