第5話・Preparation 3
……ハ、ハ。笑うしかねぇ……。
「スンマセン――って、……亜瑠?」
「え?」
3
「……で、実践なんて何処でするの? まだモンスターはpopしてないって言ってなかったっけ?」
所変わって、近くの大型スーパー――昔はコンビニなる手軽に買い物出来る場所があったらしいが、食料問題の深刻化により食料の無駄が多かった日本は食料の廃棄が起きない様にする為、食料品はスーパーでしか買えない様にしたらしいので今は1つも見当たらない――の中である。
此処も《上書き》(ナノに≪《マッピング》でス≫、と教えられた)されているのかと思ったんだけど――案外、前に来た時と何ら変わっていなかった。
何故かとナノに問いかけたら、
≪こんなに人の多い場所だト、『人で遮られている場所』と『人で遮られていない場所』とを判断して《マッピング》するのは流石の《ORS》でもスペックが埋まってしまうんでス。今のβテスト中ならまだ二桁に入った程度の人数なので大丈夫ですガ、正式サービスが始まった時の事を考えますト……後は想像されるとおりでス≫
「……一万人だったっけ?」
≪一応の目安はそこでスが、ゆくゆくはこの日本に住む人間全てが1台ずつ持てる様にしようと考えていマす。ウェアラブル端末である《ORS》なラば、いちいち大型の機械を買ったりする必要も、昼にVRマシンのある場所まで行かなくても大丈夫になりまスし≫
……と、の事らしい。
何でまたこんな所に居るのか、と言うと、このレウと言う通貨が本当に1レウ=1円の価値に相当するのか確かめようと思ったからだ。測定に予想以上に時間がかかった為、今は時刻はお昼前。多分このままだと家に帰って昼食の為に――正確には空腹を錯覚させる為、だが――VR空間にダイブするのは面倒だし、となると何か小腹を満たす物を買っておかないと、育ち盛りの高校生としては持たないのである。
……と言うか誤魔化すだけなら《ORS》で朝ナノにシリアルを買ってあげた時の様に何か買えば良いだけなんだけど――と言う事になるのに気がついたの、スーパーに来た後なんだけどね。
そうしてその《マッピング》――だっけ、その事を聞いた後に冒頭の質問をして、ナノの返答がこれだ。
≪えエ、確かにpopしていませんヨ≫
≪デも、本当に始まっていきなり強い敵と遭遇しちゃッて、最初から死亡なんて事にはなりたくないでしョう?≫
「……まぁ、確かに」
≪だかラ、今から弱い奴を探しテ、それらを倒して慣れておこウ、と言う事ですヨ≫
「でもそれ、《能力者》以外の――発売されてから買う人にとっては、不利になるんじゃ……」
僕や凪の頭上でパタパタ飛んでいる2人のサポートキャラ達に、ああ楽そうだなぁと思いながら小声で会話する。
何故小声か。そして楽そう、と言うのはどう言う意味かと言うと。
小声なのは、流石に川岸とは違い人も多いので、そんな所で独り言なんて言ってる様に見えたらただのキチガイである――と理解している為の対処だ。幸いナノもサキちゃんも、小声だろうが大声だろうが同じ様に拾える――と言うか正確には脳がこう言おう、と言う電気信号を拾っているだけなので、究極的な話脳内で思うだけで良いらしいのだが、如何せん難しかった為に小声と相成っている。
で、楽そうと言うのは――
「あ、亜瑠君……人、多いよう……」
「後ちょっと、彼処まで行けば人少ないから頑張って」
漸く口を開いた凪を励ましながら、出来るだけ人の少ない所を通っていく。
さて本当に何でかと言うと。
――今絶賛、人の波に呑まれかけているのである。
この大型スーパー、ここら辺一帯では唯一と言って良い食料品を売る場所で、必然的に朝御飯や晩御飯の材料を買いに来る叔母さ――今寒気がしたので言い直します、お母様方の巣窟なのだ。
セールでもやっているのか、お母様方の波が一定方向に向かって集中的に流れ込んでおり、それに流されないよう凪の手を掴んで離れない様にしつつ、人混みの少なかった台所用品辺りに逃げ込んだ後、やっと一息吐く事が出来た。
昨日まで目が見えなかった(《ORS》無かったら今もだけど)凪は、必然的に人の多い所になんて行ったら迷う事必須なので、初めて見る大勢の人混みに完全に萎縮してしまっていた。僕の左腕に思いきりしがみついてきていて、此処まで来るのに若干手間取った。さっきのナノ達との会話に、僕しか答えていなかったのもそう言う訳で。まぁ、仕方無いんだけどね。
人が変わった様に、セール(今やっているのは生野菜の物らしい)で半額だよぉ~とか叫んでいる店員さんの近くにある食材にお母さん方が群がっていく。表現悪いけど、目の前にニンジンぶら下げられた馬だ、あれ。気持ちは理解出来るけど。
と言うと。
このご時世、正直言って食材の値段が高い上に食材自体売っている量が少ないので、必然的に争奪戦になるのだ。
僕は政府に養ってもらっている身(勿論必要最小限にまで削られてるけど)だからよく分からないが、十数年前に制定された食事機会制限法と言う法律の所為でちょっと豪勢な――お金があれば出来ない事も無いだろうけど、職場も給料も減少傾向にある地味なインフラ後のデフレに入りかけている今の状況で大量にお金を持っているのは大企業、しかも昼食の誤魔化しに役立っているVR関連の会社の社長ぐらいだろう――食事を取るなんて難しい程に法律で締め付けがきてると言うのだ。ちょっとでも安い食材を手に入れて満腹になりたいのは何処の家庭でも同じだろう。
食事機会制限法はその名の通り、食事に関する法律で、食事回数が1日3回だったのを強制的に2回に制限したり、1回の食事で食材が残らないよう、1人あたりで食べても良い量を規定すると言う、正直国民にとっては嬉しくない法律だ。
が、制限しなければ今既に800000000人を超えている世界人口全てを賄う量の食材が確保出来なくなるレベルだったとか。日本は捨てていた食材の量が世界的に多かったらしいし、逸速くこの政策に踏み切った日本に続く様に、世界的に似た様な方針が取られたらしい。……僕はその時まだ生まれていなかったから詳しく知らないが、この法律を制定する時国会の元へブーイングが大量に来たとか。
ちなみに具体的にどう2回しか食べていないのかを見るのかと言うと――
食材につけられている(勿論食べる時には取り外すけど)マイクロシール――具体的には1円玉の面積の4分の1くらいの大きさのICチップ――が、食材から剥がされる=食べられると言う事になるのを見越して、剥がされた瞬間に、何処で何時に剥がされたかを政府に送るのである。
昼頃に送られてきた、と言う事は昼御飯として食材が食べられようとしていると言う事。
そんな状況になると、政府から警告が飛んできて、『昼御飯を食べた罪』と言う罪目で罰金になるのだ。具体的にはその食材の値段の半額。
じゃあ昼と夜遅くに食べたりする職業の人はどうするの? と言うと、そう言う申請をしておき、政府から特定のカードを発行してもらう。そのカードを食材を買う時に提示して、マイクロシールに『これは昼か夜遅くに食べられる用の物だ』、と設定してもらう。後は、朝夕で食べる人と同じ事になる――と言う訳だ。
付け加えると、2時~10時が朝、10時~14時が昼、14時~20時が夕、20時~2時が夜と言う分類になる。何気に昼の時間が短い気がしてるのは僕だけじゃない筈だ。
そんな事情により、量は少ないにしても少しでも質の良い食材を食べたいと言うのはどの家庭でも同じ筈で、その結果お母さん方がセールに群がるのは仕方が無いんだろう……けど、もうちょっとどうにかならないのかな。凪が完全に萎縮して正直歩きにくいし色々気になるし……。
台所用品売り場から、極力人を避ける様にしてお菓子売り場まで辿りつく。正直人多すぎ。もっと少なくなってる時間に来れば良かったかな、と凪の方を心配して後ろの方を振り返りながら通路を歩いていたのがいけなかった。
角を曲がった瞬間、前から来た人とぶつかってしまったのだ。
僕も人ごみはそれ程得意ではなく、また顔を隠す為に目深に被っていた帽子が衝撃で地面に落ちる。
あ、と小さく声を出して拾おうとする僕に先んじて帽子を拾った相手が、僕に帽子を突き出して――
「スンマセン――って、……亜瑠?」
「え?」
相手の顔を見ない様に顔を俯けていた為に、落とした帽子を拾ってくれたらしい相手の顔を見ていなかったのだが、響いた青年の、もの凄く聞き覚えがありすぎる声が僕の名前を呼んだ事に驚いて顔を上げた。
其処に居たのは、同じ中学&高校のクラスメイトの、
「……白?」
「ああ、そうだ。て言うかお前、此方の方にも来るんだな。帽子被ってたから一瞬見間違いかと思ったぞ」
――尾藤白だった。思わぬ邂逅に驚いたものの、すぐに白は持ち前の機転の速さであっけらかんとそう言う。
「……ハハ。一応食事とかは政府が用意してくれるしね……僕も驚いたよ」
僕も驚いたが、学校での雰囲気と何ら変わらない白の言い草にいつも通りに返しながら自然と微笑が浮かぶ。
「だよなぁ。お前いっつも学校以外じゃ家から出て来なさげだし、俺もこっちに来る事そんなに無いしなぁ――ん?」
ケロッと笑った白が、ふと僕の後ろを見て目を瞬かせる。その視線を何気なく追って、
「……(ヒシッ)」
「……あ」
殆ど空気だった凪と視線が合う。左腕にかかる圧迫感が累進的に増加し、彼女がもの凄く怯えている事がヒシヒシと伝わってくる。
白に見つめられ、凪は僕を挟む様に背後へ移動すると、平均的な16歳の男子にしては細い体に命一杯隠れようとする。と言うか何か小動物的な雰囲気がして可愛く思えてきた。
思い切り体で拒否を示す凪の反応に無言でカリカリと頬を指先で掻いた白が、聞き辛そうに僕に問う。
「……えっと、……その子は?」
「……あー、七咲凪って言って、政府関連の知り合い――ごめんこれ以上聞かな痛たたたたっ!?」
答えた瞬間にギュ~がギチギチギチ……に変わり、思わず耐え切れなくなり条件反射で左腕を下へ下へ下ろして凪の拘束から逃れる。すぐにまた掴まれたけど。
白は僕と付き合いが長い為に、《能力者》である事も、両親が居ない為に政府に保護されている(正確には《能力者》と言うのも要因の1つ)成り行きも、僕が《能力者》が集められる所で暮らしている事も知っている。
つまりその僕が、政府関連の知り合いだと言う事はどう言う意味かすぐに理解出来たらしい。凪が腕を締め付けてきたのも《能力者》だとばらしてほしくなかったからだろう。
そんな仲の良い(?)僕と凪に、白は何故か無言で「頑張れ」的な目線を向けてくる。いやその視線はおかしいから。
「……お前、……いや、何でも無い」
「ちょっと、何でそこで言いよどむの? 僕どんな風に思われてるの!?」
「いや、まぁ……大変なんだろうなと。もの凄く年下の面倒見てるみたいな雰囲気だぞ、傍から見てると」
「……いや、凪僕らと同年代」
「……マジかよ」
まぁ、こんな会話は置いといて。
「……で、何でお前此処に居んの?」
「……うん、僕もそれ聞きたい。白学校挟んで反対側だよね? 家」
聞きたかった事を白に先に言われ、微妙に口元をへの字にしながら疑問に疑問で返す。
とりあえず白は無言で数秒考える素振りを見せた後、ともかく僕の質問に答えてくれた。
「ん、まぁ大して何か用があった訳じゃないんだが――……久し振りに大きな用事も無いから、鉄道巡りしてただけで、この駅で降りたのもそんなに意味も無いぞ? お前に会えるかなぁとか考えて下車しただけだし」
「……白さんや、乗り鉄?」
「いや、撮り鉄見る鉄乗り鉄だ」
「……それ全部だよね?」
まさかの2年近くの付き合いなのに初めて知った白の趣味である。そんなに鉄道マニアだったのか白って。
「そ、それよりお前は何で此処に居るんだよ? その――凪ちゃんの付き添いか?」
「……付き添いの様なそうでない様な……」
聞かれてなんだけどどう答えようこれ。
照れ隠しか若干顔が赤い白に問いかけられ、微妙な返答になりながら思わず頭の上のカチューシャ(モドキ)を触る。
《ORS》の事をばらしても良いものなのか。
だって《ORS》と《RWO》って、今絶賛クローズドβテスト中な訳で。クローズドって事はテストの内容他人に言っちゃ駄目って事だと思うんだけど……。
と助けを求めてナノ達を見上げた所で、先に白が口を開いた。
「……なぁ、さっきから気になってたんだが、」
そう言いながら、手を伸ばし僕の頭を――具体的にはカチューシャを触る。
「お前のこの……カチューシャ? そんな物付ける趣味でもあったのか?」
「えっ、あ、」
「……っ」
思わずドモった僕の後ろで、凪が身体を強張らせたのが左腕の感触で分かる。これはもう取り繕うしかないと思って、ぎこちなく笑った。
「……いや、別に人の勝手だから良いとは思うんだが、何か珍しいなと……」
「あ、まぁ、うん。ちょっとね……政府関連でね」
「ほー。政府ってそんなのつけろって言ってくるのか? そんな事して何か徳でもあるのか……? まぁ、知ったこっちゃ無いけど」
幸い納得してくれた様で、物珍しそうに弄っていた手を止めて帽子を被せてくる。それが何となく乱暴で、慌ててちゃんと被りなおすと、とりあえずもう一つの理由を言った。
「……まぁこれは関係あんまり無いんだけど、どうやってもVR世界に入れそうに無かったからさ、『特権』を使おうかなって思って」
「あー成る程、お前もか」
その反応からして、どうやら白も同じ目的で昼間にスーパーへ来たらしい。
お互いに納得して笑いあうと、クイクイと袖が引っ張られた。振り返れば、疑問そうな顔の凪。
「……どしたの?」
「……『特権』、って何?」
「ああそっか。凪学校行ってないもんね」
彼女の疑問も尤もだと首肯して、比較的人の少ない方へ白の後について向かう。
向かう先は――
「……人、結構いる、ね」
「まぁ学生にとって此処は戦場だからな」
「戦場はおかしいと思うんだけど……」
――俗に言う、『お菓子売り場』だった。スーパーの2列分の通路一杯に、小学校から中学、果てには高校生まで溢れかえり、野菜売り場とかで集中していた叔母さ――失礼、お母様方とは違い、年相応の無邪気さを持つ小学生から大人になりきれない微妙な大人っぽさのある高校生まで乱雑な雰囲気で溢れかえっている。
さて、此処で先刻僕が言った事を思い返してみよう。
食事機会制限法によって、朝と昼以外に食事をする事は禁止されている。つまり、制定される前には普通の家庭にもあった所謂『3時のおやつ』とやらは実際的に出来ない訳だ、法律を加味すると。けど、今この状況を見れば、学生達は棚に並べられた多種多様な大量のお菓子と相対し、個人差はあるものの最終的には食べれない筈のお菓子を買う為手に取り、レジへと並んでいる。
……面倒くさいのでまとめると。
「お前は何にするんだ?」
「うーん……出来れば安くてお腹に溜まる物が良いんだけど……」
人と言うのは学生の時に成長期を迎える。
→ならば成長の為に栄養が必要なのは自明。
→じゃあ例外的に学生は昼ご飯代わりにお菓子を食べさせても良いんじゃないか?
……と、言う事らしい。
ちなみに、此処にあるお菓子はどれを取っても栄養が1回分の食事を取るのと同じ量取れる様になってはいるらしい。「家族に作らせば良いんじゃねぇの?」と同じ能力者が政府の人間に突っかかっていた所を見かけた事があるが、どうやら「自分が食べない物を作らされて目の前で食われる所を想像してみろ」と諭されていた。確かにそれは拷問だ。
そう言う訳で、学生はお菓子を買う際に生徒手帳等の身分証明書を提示すれば、お菓子を買えると言う事がしっかり法律で許されている。大人がお酒を買う時と一緒だ。
勿論、しっかりとお金は払わなくてはならないが。
「……学生なら、お菓子……買える、の?」
「うん。凪だって政府から貰った身分書あるでしょ? 7歳から18歳の中に入ってれば、確か買えたと思うけど……そうだったよね?」
≪ハイ、そうでございますヨ≫
人混みにビクビクしながらも、初めて見る(彼女にとっては何もかもが初めて見るに入るだろうが)お菓子に興味津々の様子の凪。と言うか逆によく『お菓子』って言葉を知ってたな、と失礼ながら思ってしまった。凪って悪く言っちゃえばヒキコモリだし――と思った瞬間に一瞬だけ握る力が強くなって慌てる。
何で分かったの? とは流石に問えず、説明を続けたけど確信が無くなったので、いまだ上空でフワフワしているナノに問う。打てば響く様に肯定したナノだったが……
「……」
ふと視線を降ろして、訝しげな白の視線をバッチリ噛み合う。で、今僕がした事を思い返して固まる。
……そう言えば、白には見えてないんだった……。
と、流石にどう取り繕えば分からず硬直する僕に、白の口が動く。
「……お前、今度は『精霊と会話出来る様になりました』……とか言い出さないよな……?」
「……え?」
今の言葉の意味を問われるのかと思えば、少しベクトルがズレた言葉が返ってきてポカンとする。それに更に心配そうな表情になって、白は続けた。
「いや、お前と会った時に散々驚いたからもう驚きたくないんだが……動物が居るなら兎も角、このスーパー内で虚空に向かって話しかけるのは流石にひくぞ……? お前だってもうひかれたくないだろ、自重しろよ?」
「あっ、いや、あはは……それもそうだね、気をつけるよ」
その後白が続けた言葉に漸く合点がいって頭をポリポリ掻く。どうやら彼は心配していただけだったらしい、と内心胸を撫で下ろしながら、誤魔化す為にさっきから気になっていたイカの干物(野菜味)を手にとって彼を急かす。
「それより、僕はこれにするよ。……白も早く決めなよ」
「ん、おう。……と言うかお前それ食べんのか……?」
「? うん。噛んだ分だけお腹に溜まるから」
「……それ美味いのか……? 野菜味って……俺はこれかな」
「さぁ? 分からないけど食べてみようかなって。……凪はどうする?」
「……選んで、いい、の?」
「うん。凪だってお金持ってるでしょ? 僕に構わず選んでいいんだよ?」
「……うん、そうだ、ね。じゃ、これ」
「「決めるの早っ!」」
白が手に取ったのはハードグミ、ちょっと調子が戻ったらしい凪が即決で取ったのはポテトチップスだった。それを持ったままレジの方へ向かう。
ちなみに、人費削減の為、スーパーでは昨今レジ係なんてものは存在しない。完全無人で、買い物客が自分で清算し、自分で袋に入れるのだ。お陰で、本来レジ係の人が居る場所がそのままレジの機械の設置場所に利用できるので、予想していたよりも人は少なかった。
ちなみにちなみに、先刻述べた食事機会制限法の為食品に付けられているICチップでこの商品が『買われた』かどうかも記録され、入り口の所にあるゲートで判別されるらしく、万引きは出来ない様になっている。
1つしか買わないし知り合いなのだから別に別のレジ使う必要ねーだろ、と言う白の言い分により空いていたレジに入り、バーコードを読み込み値段が表示されて、
「……あ」
「ん? どうした亜瑠?」
「あ、いや、何でもないよ……」
思わず漏らした声に反応した白に誤魔化しながら、しかし取り出した財布を持ったまま若干脳内パニックになっていた。
元々これ、元はと言えば《RWO》の通貨レウで本当に物を買えるのか、買えるのならどうやるのか、……と言うのを試す為に来た筈で、此処で現金で払ってしまっては意味が無い。
でもしかしながら、ナノにその方法を聞くのを忘れてしまっている。主に白と会った所為で。
どうしよ、と後ろの凪を振り返った所で、
「……あの凪さん、何してるの?」
「カード、出してる」
「……いや、んな所に入れとくなよ、カード」
視界に入った光景に硬直して問い、同様に振り返った白が目を覆いながらそうつっこんだ。
凪が、着ている服の内側に手を突っ込んでその状態のまま悪戦苦闘していた。具体的には、首元から手を突っ込んで、……正直描写したくないが、胸の――その、ブラジャーの所らへんを弄っている。
と言うか彼女、普通に発育がいいのにそう言う事を全く意に関せず時折こう言う事をするのだ。箱入り娘って時折羞恥心消えるよね……。
男性陣が反射的に目を逸らす中、凪は「あった」と言いつつ手を引き抜き、黒いカードをヒラヒラさせる。視線に困ったのだろう白が、こっそりと僕の耳元に口を寄せて聞いてきた。
「……(おい亜瑠、凪ちゃんってこう言う子なのか……?)」
「……(残念ながら……時折こういう事する子だよ)」
「……(マジか。羨ま――ごほん、何でもない)」
「……(今絶対羨ましいって言いかけたよね? よね?)」
「……2人とも、どうした、の?」
「「いや別に」」
白と小声でそんな会話をしながらも彼女の動向を視線で追っていると、彼女は取り出した黒いカード――政府から能力者に渡される身分証明書――をレジのバーコード読み取り機の前に提示し、16歳だという事を示してから、ひっくり返して裏面を更に提示した。
年齢とかの個人情報が記載されている表面は兎も角、裏面を提示するのは何でだろう、とか思ってたら――
『幾ラ払ワレマスカ?』
「142、円、分」
『分カリマシタ、残高ハ1000→858トナリマス』
電子音声と会話しだした凪。自分が買う分だけのお金を言って、チャリチャリーンとか言う効果音と共に表示されていた金額が減る。
いやそのカードでお金払えたっけ? と問いかけかけて、それ以前の問題に気がついた。
「……1000から858?」
それって、《RWO》での初期所持金額じゃなかったか……?
首を傾げる僕に振り返った凪は、少しばかりしてやったり顔を浮かべつつ種明かししてくれた。
「……サキちゃんが、言ってた、よ? 《RWO》で手に入れたお金、その人が一番使うカードに、チャージされる、って」
「……あ、そうなの……」
何か脱力してしまった。
確かに現金が支給されるわけじゃないとは思っていたし、使うならカードとかの電子マネーだろうなとは思ってたけど……まさかの身分証明書ですか。
と言うか身分証明書にはそう言う機能無かった様に思うんだけど、どうやってるんだろうか。裏面には確かにバーコード的な物はあるが、それは情報読み込み用でしかなかったと記憶してるんだけど。
……まぁ、やり方分かったから良いや。
僕も財布の中から同じカードを取り出し、同じ手順を繰り返す。僕が買う分の184円(この中で一番高い)が引き落とされ、『残高ハ850→666円トナリマス』との確認が流れる。と言うか666って悪魔の数字じゃないか……。と思ったが、確かに《RWO》で僕が朝150レウ使っている為、数字は一致している。
次は白だ、と場所を譲ると、彼は僕の手の中のカードに視線を向けたまま器用に生徒手帳を提示し、120円を現金で払いながら口を開く。
「……政府に養われてるとそんなんまで貰えんのか……?」
「ん、まぁこれは身分証明書もかねてるけどね」
「身分? だったら生徒手帳でも良いだろ?」
「いや、能力の認定書的な物だから」
「……ああ、納得。だからカードマネー状態になってるのか」
実際は違うが納得してくれて何より。
その後スーパーを出て、白はこのまま別の電車に乗って帰るらしい。
「んじゃ、俺は此処で」
「うん、また学校で。……宿題あったっけ?」
「おいおい、高校始まって早速の数学の宿題が出てただろ。やっとけよ、あの先公煩いらしいから」
「そうなんだ。……まぁ早めにやっとくよ」
「おう、んじゃな、凪ちゃん」
「さ、さよう、なら……」
「亜瑠、凪ちゃんと仲良くな~」
「? うん、じゃあ」
遠ざかっていく白の背中を見ながら、首を傾げる。
……最後のセリフに、意味以上の物を感じたんだけど、一体何だったんだろう?
……。
えっと、言い訳等は活動報告の方で……。
誤字脱字、感想は感想の方へ宜しくです……。