第4話・ Preparation 2
遅くなりましたっ!
「……へぇ、凪はラルって名前なのか」
「……うん。……変、かな……?」
2
「……んで、どこに行くの?」
≪そうですねェ……あそこの河川敷とかがいいんじゃないですかネ?≫
ナノを段ボールから救出し、外に出れる服装に着替える(だってまだ寝巻きだったし)。
フワフワ周囲を飛んでいるナノとそんな会話をしつつ、(家の中はいつも通りだったのだが)家の扉の外側がやっぱり木で作られているかの様に《上書き》されているのを見ながら鍵をキッチリ閉める。普通の金属製の鍵とナンバーロックがしっかりかかっているか確認。お金は(阿呆な事をしない限り)政府から支給される上に大事な物と言える物は持っていないし、家には置いていないので究極的にかけなくてもいいんだけれど、習慣と言う物である。
エレベーターが来るのが遅いので、樹で出来た階段(枝が丁度階段みたいになっている)で正面玄関まで行って、フロントにいる係員さんに挨拶をして出る。マンションの5階からも見える川へと向かいながら、大樹の森の中を歩いていく。
窓は《上書き》されずに、窓枠やら壁やら人工物が自然の物で作られているかの様に見える様になっている。小学生の頃夏休みか何かの宿題で、『花と緑のポスターコンクール』と言うユニセフか何かが主催しているポスターコンクールでよく描かれている街並みを思い浮かべて、あれがリアルになったらこんな感じなのかな、と思った。《ORS》、恐るべし。
そこでふと、ナノに聞いていなかった事を聞いた。
「そう言えば……結局経験値の話を聞いてないんだけど……」
≪……そうでしタ。えーと、ちょっとややこしいんですけド≫
そう前置きしてから、ナノは言いにくそうに説明を始めた。
≪今から測りに行きますガ、《RWO》では基準となる値を決めテ、その値に倍率をかけていくと言った形になりまス。例えば――筋力値が30だったとしますネ。そしテ、そこに経験値を10追加したとしまス。経験値10ポイントで倍率が0.1倍増えるので、結果、筋力値は33になる、と言った感じですネ≫
「……つまり、100ポイントで2倍?」
≪そう言う事でス≫
「でもそれじゃ、上限にすぐ届いちゃうんじゃ……」
≪あア、それは大丈夫でス。元々《RWO》のキャラのパラメータには上限がありませんシ、倍率の上限はアップデートごとに上昇しますかラ≫
――この会話、端から見たら1人で喋ってる様に見えるんだろうなぁ……。
そんな事を思いつつ、やっと見えてきた河川敷(安全用の柵は消え、アマゾン川みたくなっている)の橋の下に、見知った人らしき人物が見えてちょっと驚く。
「……あれ? ……凪……だ、よね」
≪私に言われても分かりませんガ……≫
うん、ナノは分からなくて当然だろう。会った事無いだろうから。
そう、凪だ。七咲凪。目が見えていない、同じ年の女の子。
橋の下にいたのは、その凪――の、筈。
服装も雰囲気も、彼女と断言出来るのに、言い切れない理由は――彼女の動き。彼女は今、橋を支える柱(徹底してるね、橋もコンクリート製じゃなくて木製になってるよ)に白いボールか何かを一生懸命ぶつけては、跳ね返ってきた所をキャッチすると言う動作を繰り返しているのだが、どう見ても――キャッチする時の動作が、自然すぎる。見えてないと出来ない、滑らかな動作。本当に凪かな……?
そんな理由で本人かどうか図りかねつつ、一応近づいて声をかける事にした。
「……凪……?」
その声に、相手が振り向く。こちらの姿を認めて、その顔を驚きと、喜びで一杯にした後――
「亜瑠君!!」
僕の胸に、思いっきり飛び付いた。
◆◇◆◇
「……へ~、《ORS》のお陰で……」
「うん……だから亜瑠君の姿も、ハッキリ見える、よ」
ご機嫌である。凪がこんなにつっかえずに話すのを聞くのは、久しぶりだ。
その首にはまっている首元を一周する様な形の《ORS》を見て、そう言う形もあるんだ、と思う。ナノに聞けば、《ORS》にはプロトタイプが20種類近くもあるらしく、僕の『カチューシャ』タイプや凪の『チョーカー』タイプ以外にも、色々な人が使える様に様々な形の物があるそうだ。初見じゃ《ORS》だと分からない物もありますヨ~、とは本人の弁。
凪とナノ曰く、《ORS》は《上書き》する際に周囲の風景をリアルタイムで取り込み、脳に内蔵されているナノコンピュータでVR……この場合はER化して頭に送り込む事により、現実と何ら変わらぬ映像を見ていられる、との事らしい。つまりリアルタイムで周囲の状況が分かると言うのは、元々目が見えていない凪にとっては目が見える事と同義なんだそうだ。VRワールド内でしか自らの目で見る事が出来なかった凪からすれば、嬉しさもひとしおだろう。
ちなみに凪にも《サポートキャラ》が居て、その子――ナノと似たプラチナのロングヘアを三つ編みにして、白いワンピースを着ている――サキ(名前の由来は《サポートキャラ》のサポートとキャラの頭文字だとかなんとか……)と言うのだが……。
サキを見たナノが不自然に硬直していたけど、どうかしたんだろうか。
「でも良かったよ、凪の目が見える様になるなんて思ってなかったけど……」
「うん……亜瑠君、アバターネームは、何てした、の?」
「うん? ああ、僕は『ルプス』ってしてるよ。凪は?」
「えへへ……ふ、フレンド登録、してくれれば、教え、る」
「へっ? フレンド登録? ……おーいナノ、どうやるか教えて」
《サポートキャラ》同士で何やら会話していたナノとサキを呼び寄せる。僕の問いに、ナノは目をパチクリとした後、≪あア≫、と言って僕にウィンドウを開くように言った。
≪えート、ウィンドウを開いて――所持金の下ニ、色々アイコンが浮いてると思うのですガ……その中ニ、人の形をした物がありますよネ≫
「え~……て、これか」
≪それでス。タッチした後に開いた画面の右側が『フレンドリスト』となりまス≫
ナノの指示通りに階層を潜り、フレンドリストに到達すると、待ち構えていたかの様に、凪が不可視のリストを動かし僕に対してメッセージを送ってきた。内容は――
『ラルからフレンド申請が送られてきました。受諾しますか?』
と言う物。数秒まじまじと見つめ、凪改めラルの視線に気がついて慌ててOKボタンを押す。
すると、空欄だったフレンドリストの一番上に、ラルと言う名前が煌々と表示される。
「……へぇ、凪はラルって名前なのか」
「うん。……変、かな……?」
「ううん。良いと思うよ」
「……へへ、……褒められた」
ポワポワと幸せオーラを生産しまくりの凪。リスみたいで可愛い。
……余談だけど、よくお前は直球過ぎると白の奴に言われる。せがまれるままに頭を撫でつつ、ふとそんな事を思い出した。何故そんな事を言われたのかも、どう言う意味なのかも理解はしている。要するにもっとオブラートに包めと。
周囲の人に対する反応がそのまま過ぎると言いたいらしいが、僕にとっては遠回しに言う必要性を感じない。好きな物は好き、嫌いな物は嫌い、それで良いと思う。狼だった頃に直接的な言葉しか使っていなかったからかもしれない。
ん? 狼だった頃に言葉なんて使ってたのかって? それは――うん、まぁ言葉のあやって事で。
「……これで、ルプス君が、どこに居るか、バッチシ」
「ん? 見れるの?」
「……ルプス君――ううん、亜瑠君は、無理かもだけど……私は、『ピクシー』だから」
どうやら凪、僕の事を『ルプス君』と言いたかったらしいが違和感があったらしい。結局『亜瑠君』で固定のようだ。まあ、僕もラルと呼ぶのには妙な違和感があるし、凪で固定で良いかな……って、『ピクシー』?
首を傾げ、目でナノに説明を乞う。ナノは苦笑しつつ、コショコショと耳に口を近づけ、詳しく説明してくれた。
≪鳳様の説明にあったと思うんですけド……種族の1つですヨ。感知能力が高いのデ、索敵スキルにボーナスがつくんでス≫
「……へ、へぇ~……」
「……ねぇ、亜瑠君は種族、何?」
「うわ!?」
ナノの声に集中していただけ、凪が接近してきているのに気づくのが遅れ――って言うより気がつかず、後ろからの声に思いきり体を跳ねさせる羽目になる。それを見た凪の方が驚いているのに、サキが目を丸くしていた。
……ナノはお腹を抱えて笑っていたけど……。
って、そう言えば僕の種族……何なんだろう?
≪ちなみに種族ハ、能力欄の所で見れますヨ……クックック≫
「……ナノ、笑いすぎ……お、これかぁ」
さて、僕のは――うん?
「……『ビースト』?」
「……何て言うか……」
「うん……ハマりすぎ、って言うか、うってつけって言うか……」
ホロウィンドウに写った内容に凪と顔を見合わせる。なにせ僕は《ビースト・ウルフ》の《能力者》である。まるで、僕の為に作られたかの様な種族――出来すぎだ、と思うのは僕だけ――じゃないと思う。
それに、凪だって《能力者》だ。よくよく考えれば、『ピクシー』だって――
「私の、能力、増幅する様な、物だもんね……」
「……確かに」
凪の能力は、《耳千里》。
うん、安直なネーミングセンスだと思うけど、本当にそれぐらい、凪の耳は遠くの音まで聞こえる。遠くの音が聞こえるなら近くの音は大きく聞こえる筈だが、そこら辺は調節出来るのだとか。それに『ピクシー』の聴覚・視覚増強なんて加わったら、凄い事になるだろう。
目が見えない代わりに、耳が良い凪。
本当なら彼女には、双子の姉が居たらしいのだが……この税政が急降下し、物価が高くなっているこの現代日本では、人1人養うのですら難しい。世界の人口が800000000人を突破し、食料の確保ですら難しいご時世で、しかもその頃にはもう凪には《耳千里》の能力があったらしく、怖がった――と言うのも加担して、凪の両親は凪達双子を見捨てて何処かへ行ってしまったらしい。
事故に見せかけて。
姉は何か特技があったらしく引き取り先が見つかったが、凪は見つからないまま、捨てられた。
「……」
グッ、と拳を固く握り込む。
いくら《耳千里》があるからと言って、周囲の状況が見えないのはこの情報社会で生きていくには厳しい。殆どの情報はパソコンなどの機械で交わされる今じゃあ、目が見えないと言うのは八方塞がりに等しい。
政府――殆どVRマシンを製造し、食糧の危機をVRワールド内で作った架空のご飯を食べる事で脳に錯覚を起こし、1日朝夕の2回の食事にする事で人類の存亡に一役買った『ツアー』社や『CH』社の賄賂で成り立っている――が凪を保護しなければ、凪はそのまま――っ、
「……亜瑠君、良いんだよ」
「……え?」
フワリと、握り拳の上に凪の細い手がそえられる。
凪は僕の顔を覗き込みながら、消え去りそうな儚い笑顔で――そう思えるのは、多分凪の経緯を思い出していたから――、僕を諭す。
「……政府に保護されてなかったら、私は、亜瑠君に……会えな、かった」
「……っ」
「……それに、今の生活だって、何も、不自由してないし、……ね?」
「……でも、凪だって、お姉さんに会いたいんじゃ……」
そう言うと、一瞬だけ悲しそうな顔をする凪。でも、言葉は止まらなかった。
「……確かに、そうかもしれない……でも、私は、亜瑠君と……居たい」
「……!」
直球。ある意味告白とも取れる台詞。
凪が目の前で若干顔を赤く染める。凪はよく僕と居たい、と似た事をよく言っていたが、ハッキリと言ったのはこれが初めてだ。《ORS》のお陰で目が見える様に(正確にはそれと同じ状態に)なったからか、今日の凪は何かいつもと違う。
いつもはこんな事ないのに、といきなり脈打ち始めた心臓を宥めようと必死になっていると。
≪ア~……ルプス様、そろそろ喋って良いですかネ~?≫
≪ちょっとナノサん、良い所なんだから邪魔しチゃ……≫
バッ、と2人してその場から離れる。そうだった、ナノ達の事すっかり忘れてた。
「ご……ゴメン、放ったらかして」
≪いえまぁ良いんですけどネ、目の前でイチャイチャされてモ……でもそろそロ、測定の方を始めたいんですガ≫
「……ナノちゃん、……ゴメン」
謝って(ナノの後ろでサキは謝られてオロオロしていた)、ポケットからあの白いボールを取り出す。
「……で、どうすれば良いの?」
◆◇◆◇
≪えーとですネ、このボールには中に機械が内蔵されていましテ――ラル様がされていた様ニ、ボールを壁にぶつけたり投げたり握り込んでみたりするんでス。それで筋力を測りまス≫
「……機械内蔵するだけでそんな事まで出来るようになるの?」
素朴な疑問をぶつけながら、僕と凪は欄干の下まで行って、言われた通り全力でボールをぶつけていた。テンテン……と転がってきたボールを拾っては投げ、拾っては投げを数回繰り返すと、ピッと言う音と共に目の前にホロウィンドウが出て、筋力測定完了の文字が出る。
隣で同様にしていた凪が終わるのを待って(僕より先に何回かやっていた筈なのに遅いのは何でかと思ってサキに聞いたら、凪は遠近感が掴みにくいのか欄干自体に当たらない事が多かったらしい)、堤防の地面に印を置き、100mを測る。今度は敏捷力……ゲームで言うAGIと言う物を測るとかで、3回ナノの合図で走る。
……走ったのだが。
≪13秒09でス≫
「……また遅くなってる気がするなぁ……」
ナノの告げるタイムが、以前よりも(コンマ2秒だけど)遅くなっている。本当に走るのは苦手だ――2本足じゃ。
≪ルプス様、遅いんですかこのタイム? 平均的な高校生男子なら妥当くらいの速さだと思いますけド……?≫
「……亜瑠君、ナノに、見せて、あげた、ら? アレ」
≪? アレって何ですかラルちャん……?≫
ナノとサキが首を傾げる中、凪はどこか得意そうな顔をして言う。……まぁ、測定だと思って割り切ろう、うん。
「あーえっとナノ、もう1回測ってくれるかな……凪の言う、アレ、やるから」
≪? 分かりましタ≫
更に傾げる角度を大きくしながら、ナノが100m先でストップウォッチ(実際は《ORS》が測っているらしいが、見た目の問題である)を構える。
やりにくいので靴と靴下を脱ぎ捨て、ちょっと目を丸くしているナノに本当に人間臭いと思いつつ、ナノが、
≪スタート!≫
と言ったのと同時に両手をつけて4本足で疾駆。今度こそ目を見開いたナノが居る地点を通り過ぎてから、慌てて制動をかける。
≪……ジュ、10秒07……≫
≪ハ、速いでスね……≫
「ふふ、……亜瑠君の《能力》、だから、ね」
「……凪、なんでそんなに嬉しそうなのさ?」
妙に嬉しそうな凪に疑問をぶつけつつ、手と足裏についた土を払う。昨日は雨も降っていない筈なんだけど、何故か地面が若干湿っていて皮膚に土が結構ついている。川の近くだから? いやまさかね……。
≪凄いですネ、ルプス様! どうやったんですカ? 人間の構造上、2本足で走った方が速いと思うんですガ……≫
「僕の、能力だよ、っと。って言うかこれは能力って言うより癖なのかな? 僕、2歳半ぐらいまで、狼の群れに混じってたから」
「亜瑠君は……野生の、狼、だから。2本足より、4本足の方が、慣れてる」
……凪さんや、何故にそんなに嬉しそうなのかね?
≪な、成る程……ルプスさンは、《ビースト・ウルフ》の《能力者》なんでスね≫
≪そういう事でしたカ。ルプス様も何かの《能力者》と言う事は知っていましたが、《ビースト・ウルフ》だったんですネ……≫
どこかしみじみと呟く《サポートキャラ》2名。
……うん? ちょっと待て、
「僕が《能力者だって知ってた? 何で?」
ナノの言葉で引っ掛かった部分を拾い上げて、発した本人にぶつける。
ナノは一瞬驚いた表情をした後、ニヤッと笑って言った。
≪勿論、それが《ORS》が作られた目的の1つですかラ≫
「「……目的の1つ?」」
凪と言葉を被せつつ言うと、ナノは何やらストップウォッチの数字を手元に出現させたホロウィンドウに(ちゃんと《サポートキャラ》の大きさに見合ったサイズだ)打ち込もうとしているサキを一瞥し、まだ時間がかかりそうなのを見てから口を開いた。
≪《ORS》ハ、勿論誰でも使用できて楽しめる機器であリ、またそれを目指して作られた機械でス。しかシ、その「誰にも」には勿論《能力者の人々も含まれまス――と言うか《能力者の人の方がより良く使用できる様な機器になる様に製作されましタ。何故なラ、今現状虐げられている側である《能力者の人々の地位向上を図る為でもあるからでス≫
「……《能力者の地位向上……?」
≪ハイ。今現時点デ、《能力者に対する差別ハ、絶対に存在しまス。人間と言うものは、自身の理解の及ばないものを排除しようとする傾向がありますかラ……《ORS》の開発者――鳳様ハ、普通の人間も《能力者》も同じ人間だと思っていまス。でも《能力者》以外の人間は、そう思ってくださる人の方が少数派でしょウ。ならバ、《能力者》が必要とされる状況を作れば良いのでス≫
「……《能力者》が、必要と、される、状況……?」
≪……逆に問いますガ、ルプス様やラル様は、《能力者》と分かった後、虐めに会いませんでしたカ?≫
「「……」」
顔を見合わせて沈黙する。凪は捨てられた時の事、僕は中学生時代の事を。
≪このままでハ、《能力者》はただ虐げられるだけの存在ニ――江戸時代の部落民族の様になってしまいまス。でも《能力者》と人間ニ、どれ程の違いがあると言うのですカ? 人間が生きていくのに必要な一部分が欠落しているだけで、《ORS》でその部分を補ってあげれば、普通の人間と変わらないじゃないじゃないですカ!≫
ナノの言葉が次第に熱を帯び、言葉もだんだん荒々しくなっていく。
≪更に《ORS》で補った部分の対価として手に入れた能力はそのままなんですヨ? 《能力者》を虐げる暇があるのならバ、その能力を生かせる様にしてあげれば良い話! 現に《能力者》の中でも今の現代社会に貢献できそうな能力は沢山見つかっていまス!≫
「ちょ、ちょっとナノ、抑えて抑えて……つまり、《ORS》を現時点で渡されている被験者は、その全員が《能力者》である……と?」
ドウドウと手でジェスチャーをしながら、ナノの言葉をまとめてみる。どうやら彼女、案外熱くなりやすい性格らしい。
ナノはハッと一瞬止まって、すぐにクールダウンしたのか声のトーンを抑えて続けた。
≪……ハイ。《ORS》は体を動かしながら使用できるVR技術の最先端技術が使われていまス。更に《RWO》は《能力者》の能力も攻撃の手段として使用した場合、通常の能力よりも威力が高くなる様に設定されていまス。《RWO》内で《能力者》が居るパーティと居ないパーティでは、人1人分の戦力差が生まれる程ニ。ですがそれにハ、《能力者》が能力を使用した際に発生する現実側の状況を理解し演算しテ、それに便乗して技を使った場合の威力がどうなるのかも計算しないといけないのデ、どうしてもテスターが必要になるんでス……《能力者》以外の人向けの物はすでに完成しているのですガ……≫
「……成る程……それで、私達に、回ってきた……と」
≪そう言う事でス、ラル様≫
頷くナノ。成る程、今回のテストは《能力者》限定の調整(大雑把にまとめすぎると)用、と言う事か。一般人用は大方開発者達がテストした分で十分だったのだろう。
そして追加情報、ナノは熱くなりやすく冷めやすい。……要らないか。
とそこでサキが、キーボードで打ち込むのを止めてホロウィンドウを閉じた。
≪ナノサん、終わりましタよ~≫
≪ありがとウ、サキさン。……と言うより案外時間かかりましたネ?≫
≪あ~えーと、私キーボード操作苦手な物で……≫
≪全ク、ちゃんと習得しておくべきですヨ? 《サポートキャラ》たるもノ、プレイヤー様方にご不便をお掛けしない様にしなくてハ……≫
≪ナノさんみたいなタイピングスピードは出せませンよ……≫
キャピキャピと僕らの周囲を飛び回りつつ会話する2人。
可愛いなぁ、と微笑ましく見守っていると、ふと首を傾げた凪が、考えれば至極単純な問いを口にした。
「……《サポートキャラ》に、得手不得手、なんて……ある、の?」
≪≪!≫≫
「え? あ、それもそうか……」
凪の疑問に一度首を傾げてから、確かにそうだと思い直す。
《サポートキャラ》は当然、ゲームのシステムに付随しているプログラムの筈だ。ある程度独立しているとは言っても、あくまである程度の範疇の筈なので、ゲームシステムの恩恵を受ける筈だからタイピングスピードに差が出るなんて事は起こりえない筈……と言うかそれ以前に、ゲームシステム内にその情報をそのまま流すとか、前提的にタイピングする、なんて状況が起こりうるのか? 現にナノはキーボード使っていない様だけど……。
凪の問いに驚いた2名だったが、回復したのはナノの方が早く、少し考える仕草を見せた後、ニヤッと笑った。
≪《サポートキャラ》の事が知りたけれバ、クエストで探してくださいナ♪≫
「……ふむ。言えない、と?」
≪勿論でス。《サポートキャラ》は所詮皆さま方をサポートする為だけの人材。更にゲーム側の者ですヨ? 私達の方から答えを言うなド、ズル以外の何者でもありませんからネ≫
「……じゃあ、私が、《サポートキャラ》の事……調べ尽くして、あげる」
フフフ、アハハ、と黒い笑みを交換する凪とナノ。
……本当に凪、今日はどうしたんだ? 若干笑みが怖いんですけど……と、サキと顔を見合わせる。
≪あ、あのお2人サん……そろソろ、システムに反映される頃だと思うんでスが……≫
≪あ、そうですネ。ルプス様、メニューウィンドウから能力欄を開いてくださいナ≫
「あ、うん……おお、STRって言うのとAGIって言うのが埋まってるね」
サキに言われ、一転して元に戻ったナノがそう言い、凪とほぼ同じタイミングでメニュー画面を操作。能力欄のパラメータ、と言う所にあるSTRとAGIと言うのが埋まっていた。筋力と敏捷力は測ったしね。
でもあとDEXとか、VITとかが残ってるんだけど……って言うかまだ2つ。
それになんか、AGIの数値がが2つ並んでるんだけど?
「ナノ、何で僕のAGI、2つも並んでるの?」
≪あア、それは能力発動時と発動していない時の物を両方載せているんでしょウ。通常は2本足なので遅い方だけですが、手も使って走った方がルプス様の場合速いですシ、分けておかないとシステムの方が誤作動を起こすのデ≫
「成る程……って言うか、僕の《ビースト・ウルフ》の能力って、『4本足で走った時の方が速い』って言うだけじゃないんだけど……」
≪え、そうなんでスか?≫
「私も……初耳」
「あー、まあ凪の前で使う事もなかったし、ゲーム中に使う場面があるかも分からないしね……まあ、使った時に教えるよ」
≪そうですカ……≫
「って言うか、」
地面に置きっぱにしていたボールを取って上に投げてはキャッチしつつナノに言う。
「まだ2つしか終わってないよ? 時間足りるの?」
≪うーン、ちょっと時間をかけすぎましたかネ……ちょっと頑張って早く終わらせましょうカ≫
◆◇◆◇
≪……ハイ、これで終わりでス。お疲れ様でしタ≫
「……うーん、なんか学校の検診みたいな感じがしてきた」
ニコニコと笑うナノに対して、若干疲労感が否めないままそう返す。
あの後、握力、柔軟さ、瞬発力、器用さ……と色々測った。うん、一応聞きたいんだけど、VIT……頑丈さなんて必要?
「疲、れた……」
≪お疲れ様デす、ラルちャん≫
欄干に寄りかかった凪に、サキがナノのものより柔らかい笑みを浮かべて、凪の膝の上にちょこんと座っている。ナノと似た様な笑顔なのに、サキの方が邪気が無い様に見えるのは何でだろう?
そこでふと、自分の手を見て、先刻握力を測った時(あの白いボールを握り締めると言うやり方で、予想外にも僕の握力は普通の人より強かったらしい)を思い出す。
「……ねえナノ?」
≪ハイ? 何ですかルプス様?≫
「これさ、筋力とか測ったでしょ? でも筋力とか速さとかってトレーニングとかしたら強くなったり速くなったりするじゃないか。その場合はどうするのさ?」
≪ああえっト、《RWO》プレイヤーは1ヶ月に1回、定期的に今回の様な測定をしまス。元値が変化していてハ、倍率が大きくなればなるほど差も大きくなりますかラ……≫
「つまり……《RWO》は身体能力の高い人の方が有利、って事?」
≪いいエ。倍率の方を上げれば、例え元値が低くても、互角に戦える様になりまス……元値が高いと倍率が同じ状態になった時に不利なのはそうですけド≫
ふむ。近接戦闘ははっきり言って喧嘩と大差無いからな……魔法とか遠距離攻撃ならもっと別のパラメータが必要になる(実際種族的に魔法が得意なピクシーである凪は、僕よりも測定項目多かったし)みたいだから、僕は多分――と言うより絶対近接戦闘だろうけど、痛いのは嫌だなぁ。……あれ?
「……ってこれ、HPを減らしきって相手を死亡状態に追い込んだ場合、相手からの攻撃は禁止とかになるの?」
≪えエ。HPが無くなれバ、《RWO》から強制退出……つまり今見えているこの木々の様な演出やメニューウィンドウが視界に表示されなくなりまス。その状態で相手に攻撃するト、すぐさま《ORS》から体を停止させる様に強制命令が出るんでス。逆もそうでス……本当は違法なんですけどネ、人の脳の信号を乗っ取る何て言うのは≫
「ちょ、っと待って……この風景は《RWO》が見せてるものなのか? 《ORS》を持っていれば勝手に見せられる的なものじゃなくて?」
≪エ? あア、ハイ。《ORS》だけなら現実の景色と何ら変わらない光景を生成するだけですヨ。そうじゃなかったラ、ラル様は《RWO》から強制退出になった場合、いきなり視界が真っ暗に、なんて状況になってしまいますヨ≫
「あー成る程、納得した」
手をヒラヒラ振ってそう言うと、ナノは一旦見えない所へ飛んでいった。どこに行ったのだろうとは思ったが、別にいいかと凪の近くへ近寄って彼女を立たせる。
伸びをしてからナノに向けて確認のつもりで問う。
「ま、でもこれで終わりだよね?」
≪えエ。測定は終わりましタ……けド≫
「……けど?」
ナノの言い回しに首を傾げて振り返ると、僕の右後ろ上空辺りで沢山のホロウィンドウを周囲に浮かばせ、もの凄い勢いでキーボードを乱打しているナノが居た。……ウワォ、めっさ速い。確かにこのスピードなら、サキ\\は打つのが遅い、とナノが言っても不思議じゃない。
ものの5秒で全てのウィンドウを閉じると、ナノはもう1つホロウィンドウを出現させ、それを覗き込んだ。
≪次は実践ですネ≫
その言葉に、僕も凪もええ~と言う表情をしたくなったのは間違いない。
が、ナノが指を立てて口を開いた所を、
≪じゃあ今から早速――≫
「ちょっと……待って」
手を挙げて、凪が遮った。
当然、他3人の視線が集中し、それぞれ疑問の声を漏らす。
≪ン?≫
≪どうしまシた、ラルちャん?≫
「何かあるの、凪?」
「……今、お昼時だ、よね」
「? うん、そうだけど――」
クゥ、と。
控えめなサウンドが凪のお腹から鳴った。
……何を言いたいかは分かった。
「とりあえず、お昼……どうにか、してからに、しない?」
勿論、1も2も無く頷いた僕だった。
以上です。
……桁一個増えてるし前話から……10000文字だってよ、凄いなぁ。
すいません、5ヶ月近く投稿期間が空いてしまいました……いやはやすいません。他の作品が意外にヒートアップしちゃってたもので……ナノ程じゃないけど。
今更ですが、《能力者》の能力は「日常生活に必要不可欠な部位(凪の場合は目)が使用できない人物がそれを補う為に発現させた物」ですので、「それ程強くない」と思ってください。能力は「使用すればするだけ強くなる」と言う認識でOKです。細かい定義は後々……するのかなぁちゃんと。
……《能力者》にも別の理由で発現する能力が無いわけでも無いですが。勿論対価を何か支払ってますがね。