第2話・During STart‐up 2
ちょっと説明がちです。
「……なんか、僕にも、メール入ってる……。ねぇ、その見た事無いメールって、差出人、『鳳』ってなってない?」
「う、うん。……え、サム君にも……同じメールが……?」
「……みたい」
2
何処か寮のようにも見える《超能力者育成所》のマンションの5階まで上がり、家の鍵を取り出す。鍵を差し込んでカチンと音を立て回し、ちょっと重い鉄製の扉を引いて中に入る。
荷物を放り出し、手を洗ってからベットにバタンと倒れこんだ。
「……はぁ」
――何か色々と疲れた。特に精神面で。
高校に入って早々の体育でコンプレックスが(白によって)暴露されるとは思ってもみなかったが、それ自体は別に良い。問題はそれによって発生する蔑視と、イジメ問題に発展しないか、だ。
中学時代は(白には隠していたが)完っっ全にイジメの対象だった。普通の靴・教科書隠し等の軽い物から、最悪の物では狼の剝製をワザワザ血糊を付けてまで殺している様に見せかける、と言う物まであった。ラストの物が実行された時は流石にブチ切れて本人達をぶん殴ったけど。
余り人間としての生活に馴染めず、目立とうとしないからか良い標的だったのだろう。《能力者》、と言うのも後押ししているみたいだけれど。
――高校でまでイジメが始まらないと良いけれど。
と溜息を吐く。
◆◇◆◇
――ふと。何か聞こえた気がしてベットから顔を上げる。
「…………ん、」
ピーピーピー、と言う音に目を向けると、時計に設定したアラームが鳴っていた。時刻は5時半。もうそんな時間になっていた。
と言うかいつの間にか寝入っていたらしい。僕が帰ってきた時はまだ4時過ぎぐらいだった筈だから、かれこれ1時間半も寝ていたらしい。
「…………」
無言で立ち上がり、ベット脇に据え付けられている機械に歩み寄る。何処か卵の様な形をしているそれのハッチを開け、中に滑り込む、と言うか座る。ハッチを閉めて――
最後に、機械上部に取り付けられているヘッドギアを被って。
「ネクス・スタート」
起動コマンドを、口にした。
視界がホワイトアウトし、次いで『Welcame to the Virtual world!』の文字が見え、何処へ接続するかの選択肢が出る。幾つかある項目の内の1つを叩くと、もう一度ホワイトアウトした視界が、教室の様な部屋を映し出した。と言っても、此処は政府が《超能力者育成所》に所属する《能力者》に連絡事項を報告する・される為に作られた場所であり、他の人と会話は出来るものの、此処から移動できないし、大体――此処は、本物の教室では無い。
9年前になる2026年、1人の天才物理学者によって完成された、VRマシン……《仮想現実システム》、略して《3R》が生みだした仮想空間だ。
政府に言われ、この時間帯だけは毎日此処に入ってはいるものの、大抵似た内容を報告して、空のメーラーを見るだけだ。
幼い頃に政府に保護され、以来両親の顔を知らずにあの部屋で育った。2歳半から16歳までの、約13年間。
7歳になって、まだ精神的には狼だった頃、その精神矯正と教育の為、当時まだ大型のゲームセンターにしか導入されていなかった《3R》を政府はワザワザ部屋に運び込んでくれたのだ。
以来、生活の半分がVR世界に浸かる事になった。毎日午前8時半から午後4時までメンタリングやら教育指導(まだ7歳の頃は小学校に通える程の精神状態では無かったらしい)を受け、5時からは自分が保護された山に行ってはしゃぎ回る、と言う生活が繰り返される。食事は昼はVRワールド内で人間が食べる物に慣れていき、朝夕は食堂になっている一階で、政府の雇った人が作る食事を食べた。だんだん《人間》になっていくにつれ、山に行く回数も減った。
その頃だ。自分の些細な《能力》と、周囲の人間が向ける視線の意味に気付いたのは――。
「……さ、サム君……」
「!」
アバターネームを呼ばれ、ふと振り返ると、何処か妖精然とした(自分も似たモノだが)恰好の女の子が、目の前に立っていた。
淡いピンクのポンチョの背中に、薄い羽根のついた服。黄緑のショーツを履いたその子は、現実の本人と酷似した少々ボンヤリとしても見える目を恐々と向けた。
「あ、ご、ごめんね、邪魔……しちゃった……?」
「う、ううん、ちょっと考えてただけだから。……どうしたの、レル?」
「……さ、さっきも、会ってた人と、こっちでも、会えるって、……なんか、変だな、って思って。だから、ちょっと声を、かけてみたの」
ちなみにこのレルと言う少女は、凪の動かすアバターである。更に追加するなら、凪は同じマンションに住んでいる《能力者》だ。目が見えない所為で普通の学校へ通う事が難しく、《3R》を使ったVR内での授業を受けている為、VR環境内での動きに慣れきっている。
「……それに、なんか、見た事無いアドレスから、メールが入ってたから……1人で見るの、怖くって。サム君、一緒に、見てくれないかな……?」
「へぇ? 見た事無いアドレス?」
――此処が分かれ目だった。認識が逆転する、あのゲームテストへの。
「――良いよ。ただ、ちょっと待って、一応僕もメール入ってないか見ちゃうから」
そう言いつつ、視界左上に浮かぶ手紙の形をしたマークを数秒直視する。きっかり3秒後、鈴の音と共にメーラーがポップアップした。てっきりメールは入っていない物かと思っていたが……『新規メールが2件入っています』、と言う文章に驚く。
1つはマンションの管理人からの物だ。が、もう1つは――。
「……?」
「ど、どうしたの……?」
「……なんか、僕にも、メール入ってる……。ねえ、その見た事無いメールって、差出人、『鳳』ってなってない?」
「う、うん。……え、サム君にも……同じメールが……?」
「……みたい」
2人で顔を見合わせる。2人共に同じメールとは。一体何なのだろうか。
「……せーの、で、開く?」
「……そう、しよう」
2人で合意に達した所で、一度頷き合い。
「「せーの」」
ポチ。
と開けた音は小さかったが、次に発生した音に2人して耳を塞いだ。
『ドウモドウモコンニチハ! オ初ニオ目ニカカリマス鳳デス宜シク! サテオ2人ニ、我等ガ作ッタ《ORS》ヲ、オ2人ノ所ニ届イテイルハズナノデ、モシ見テモ良イトオ思イニナラレルノナラ、本日ノ午後7時ニ《ORS》ヲカブッテ、電源ヲ入レテ下サイ。待ッテイマスヨ!』
どうやら音声メールだったらしい。電子然とした女の子の声が(VRワールド内なので)直接耳に、と言うか聴覚野に叩き込まれ、数秒間グラグラと頭を揺らす。耳塞いでも全然意味が無かった。
何とか回復した後、レルの方を見る。レルの方は3秒ほど余分に使ったらしいが、幸い涙目ながらも顔を上げた。
「……大丈夫?」
「う、うん……」
返答が返ってきてから、もう1つのメールを開く。こっちは文章で、宅配便で荷物が届いているから1階のエントランスに取りに来るように、と言うものだった。さっきの『鳳』が言っていた《ORS》とか言う奴だろう。
「僕、この後下に荷物取りに行くけど……レルはどうする?」
「……あ、私は、もう取ってるの。買い物から、帰って来た時に、呼び止められて……」
「そっか。……さっきの、覗いてみる?」
「……うん。どうせ、部屋にいても、授業の時以外、……暇だから」
「……そうだね、僕も覗いてみるかな。んじゃ、これでログアウトするよ。じゃあね」
「……うん、またね」
そう言ってから、左下に浮かぶ赤いバッテンをクリックする。別に直視してもいいのだが、時間がかかるので今は却下。ポップアップした離脱するかの確認ログのOKに触れた。
視界がホワイトアウトしていく中、ふと、あれ、と思った。
――さっきのメール、なんでお2人に、だったんだろう。
◆◇◆◇
1階から前が見えなくなる位の大きな宅配便を受け取って、自室に戻ってきた後。早速その箱を開けてみたのだが。
「……何、これ」
衝撃緩和材に厳重に包まれ、中に入っていたのは、パッと見カチューシャの様な物だった。薄い青みがかった黒い色だが、普通のカシューチャの3倍の厚さがあり、側面に《ORS》の文字が入っている。ちょっと持ち上げてみたが、かなり重い。てっきりあのメールで「被って」と言っていたのでVR機器(ちなみにさっき使っていた機械は《エッグ》と呼ばれる『Rectum Realitatem(大抵tworをそのまま日本語読みしてツアー)』社が出したゲームストア用の物であって、普通は同社が発売している一般用の《クラウン》と呼ばれる王冠型の機械や、『ツアー』社の商売敵になる『コンバート・ヒストリー(大抵CH)』社が最近出したと言う《チョーカー》、《ヘッドピース》と言うVRマシンを使ってフルダイブする)の後継機かと思ったが、これがVR機器だと言うのだろうか。CH社の《チョーカー》はこれと同じ感じで首に巻けるよう柔らかく作られていて、着けたまま移動も出来るらしいが、それと似た様な物なんだろうか? にしてはコンパクトすぎる。
ふとさっきのメールの内容を思い返す。
「……あのメール、7時にこれ被って電源入れろ……って言ってたよな……」
着けてみた。
「うわ、首がぁ……」
重い。グラグラする。我慢できずベットに倒れこんだ。ふと時計を見るが、まだ6時を回った所。あと一時間弱もある。
「……取り敢えず、する事済ませてからこれ話被ろう……」
そう決めて、一旦外したのだった。
で、一時間後。
夕食&洗濯物を終わらすと、ちょうどいい時間になった。棚の上におきっぱにしていた《ORS》とやらを掴み頭に装着すると、一応部屋の電気を消す。ベッドに寝転び仰向けの姿勢で視線だけ左へ向けて、暗い中でも蓄光板製である時計の針がキッカリ7時をさした瞬間に、左側についているスイッチを――、
カチッ。
と押し込んだ。――次の瞬間、
シャリリリリイイイィィィィン!
と言う電子音が耳元で爆発し、視界が真っ白になった。
以上です。
この世界のVRマシンは、ソードアート・オンラインの2025年頃と同じ位です。《エッグ》は、名探偵コナンの映画の6作目、「ベイカー街の亡霊」に出てくる《コクーン》がモデルです。
次はちょっと遅くなります。
§12月28日(日)19時11分、内容を修正しました§